学位論文要旨



No 115657
著者(漢字) 刘,鴻潮
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,ホンチョウ
標題(和) 過飽和ネットワークにおけるリアルタイム信号制御方式に関する研究
標題(洋) A Study on Real Time Signal Control fbr an Over-Saturated Network
報告番号 115657
報告番号 甲15657
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4773号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 柴崎,亮介
内容要旨 要旨を表示する

 交通信号は都市交通において非常に重要な要素であり、その制御は交通管理において極めて重大な役割を担っている。その証拠に、舗装済みの都市街路網における渋滞の90%が、交差点もしくは交差点付近で発生している。信号制御の最適化は、既存あるいは計画道路をフルに活用することにより、都市交通管理において大変重要な役割を果たしている。

 交通信号制御に関する既存研究は、想定している交通需要-交通容量の状況から、2種類に分類される。非飽和の状況と過飽和の状況である。非飽和状況下を対象とした研究は、単独交差点での制御から、ネットワーク規模での制御まで広く研究がなされているが、過飽和ネットワークを対象とした研究について、それらが示す制御手順は、一般性のないものが多く、主な研究目的も、経験や簡単な分析に基づいた目の子算的な方法を、実務の技術者を支援するために提供することにある。

 複数の過飽和信号交差点を抱える交通網において、ピーク時における最も適切な信号制御方式を決定することは、交通技術者にとっての一つの挑戦でもある。

 この研究は、過飽和ネットワークにおける交通信号制御問題に関する研究である。内容は主に2つの部分より成り、第1部は理論的な研究であり、第2部はシミュレーション分析である。理論的研究の部分では、過飽和のネットワークにおけるリアルタイムの動的な信号制御のための数式モデル構築に焦点をあてた。そこでは、point-queueを仮定し、線形計画法を用いて、所与の動的な交通需要から、最適な信号制御を与える数式モデルを提供している。

 過飽和状況下でにおける信号制御の目的は、単独もしくは複数の交差点を出発する車の台数を最大化することであり、これは青時間を最も有効に使うことと等価である。Fig.1は、一般的な信号交差点における車両について、時間を横軸に、交差点に到着・出発した車両の累積台数を縦軸に図示したものである。混雑した交差点において、待ち行列が発生したときの車両を1番目とし、待ち行列が解消したときの車両をn番目とする。このとき、j番目の車両が交差点に到着した時刻tjにおける2本の曲線の垂直距離は、j番目の車両が到着した時点での待ち行列の長さに相当し、水平距離はこの車両の待ち時間に相当する。2つの曲線に囲まれた図中の影部分は1台目の車両の到着から、n台目の車両の出発までの時間における、待ち行列での総遅れとなる。

 線形モデルでは、車両を1台単位ではなく複数の車両をまとめて扱うCyclic FlowModelで交通流を表現する。このモデルでは自由流での旅行速度を仮定し、交差点において垂直に待ち号列を形成する。Fig.2のように、信号交差点における出発曲線は、あたかも信号の影響がないかのようにスムージングされる。

OD交通需要と経路選択方法を与えると、累積到着関数4)と待ち行列長X(t)は、時刻tの関数となる。線形計画法では、time-dependent交通流と交通容量の制約条件の下で、ネットワークのすべての交差点における出発台数D(t)を目的関数として最大化する。得られた最適な交通流率は所与の現示パターンに基づいて、基本信号パラメータ(サイクル、スプリット)に変換する。

 Point-queueの仮定に基づく数式モデルでは、physical-queue状況下で、信頼性に欠ける場合があることがわかった。理論的研究から得た信号パラメータを評価、修正するために、第2部では、交通流シミュレーションモデルを構築した。そこでは、point-queueだけでなく、physical-queueも考慮し、数式モデルから得たpoint-queueでの信号パラメータを基本入力とした。シミュレーションを、physical-queue状況下で実行した場合、線形計画法によって最適化されたいくつかの交差点における信号パラメータは、評価指標(平均遅れ時間)の最小値を示さなかった。このことは、physical-queueによる影響が、これらの交差点において無視し得ないことを示している。そのため、physical-queueを明示した研究を行い、シミュレーション結果に基づく、信号パラメータの修正を行った。

 その後、2つの部をオンラインシミュレーションと最適化モデルに統合した。この統合モデルでは、定式化された式から得た信号パラメータをシミュレーションにおける基本入力項目として導入した。単位時間の間に、シミュレーションプログラムは、すべての交差点における当該時間の待ち行列の長さ、交通流の状況を数式モデルに返し、数式モデルはその状況により、パラメータを再セットする。

 この研究の一つの成果は、過飽和状況下における交通信号制御という交通工学の中でも緊急を要する課題に、妥当な試みを行ったことである。研究では、シミュレーションモデルと最適化を統合するために、交通流シミュレーションを線形計画法の中に取り込んだ。モデルは完全に、リアルタイムの交通流状況に依存し、”自動的に”他の交通状況にも対応する。リアルタイム交通制御の水準では、過飽和非飽和で異なるモデルを利用せざるを得なかった既存研究の欠点を補った。この研究が、過飽和状況下において信号制御を扱う際に、信頼できる選択肢を提供できることが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、過飽和交差点を複数含むネットワークにおける交通信号制御手法の提案を行ったものである。既往の研究は、ほとんどが非飽和交差点における信号制御に関するもの、あるいは単独の過飽和交差点における制御手法に関するものであり、研究の新規性が認められる.現実には車両の遅れ時間のほとんどは過飽和交差点での遅れ時間であり、それら交差点における制御手法の提案は時宜を得た主題である。

 本研究は、2つの部分から構成されている.第1は、過飽和ネットワークにおける制御手法の最適化に関する分析で、Point-Queueを用いてLP問題に帰着させている.複数交差点を含むネットワークを対象としているために、LP定式化においてはネットワークフロー変数と交差点分岐フローの表現方法に工夫が見られ、独自性が認められる.また、LPでは信号パラメータ(サイクル長、スプリット、オフセット)を明示的には組み込まず、交差点における方向別流出交通量を制御変数とし、最適化されて制御変数から信号パラメータを推定するという段階的な手法も独創的である。

 第2は、Physical-Queueを考慮した信号パラメータの修正である。LPで最適化された信号パラメータはPoint-Queueに基づいたものであるので、現実の渋滞延伸のあるPhysical-Queueを考慮した場合には、必ずしも最適パラメータである保証はない。そこで、交通シミュレーションモデルを構築し、それを用いてLPで求められた信号パラメータを逐次修正していく方法を提案している。また、三鷹地区の現実のネットワークに本手法を適用し有効性を確認している。

 本研究では、利用者の経路選択行動を考慮していない、信号パラメータの最適化はリアルタイム最適化であり、大局的に最適である保証がないなどの課題も残しているが、これらは今後の課題としてまとめられている。

 以上のように、本研究の成果は、大きな杜会問題となっている過飽和交差点群の交通制御に大きく影響を及ぼす信号パラメータについて、交通工学の知見に基づいたリアルタイム最適化手法を提案したことであり、学術的にも実務的にも高く評価できる。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク