学位論文要旨



No 115658
著者(漢字) 羅,強
著者(英字)
著者(カナ) ルオ,チャン
標題(和) 大規模複雑流域における分布型水収支モデルの開発及び関東地方への適用
標題(洋) A Distributed Water Balance Model in Large-scale Complex Watersheds (LCW) and Its Application to the Kanto Region
報告番号 115658
報告番号 甲15658
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4774号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 HERATH,A.Srikante
 東京大学 助教授 沖,大幹
内容要旨 要旨を表示する

過去十年間に,コンピューター技術は迅速に発展し,その結果、物理則に直接基づいた分布型流域モデルの開発を可能した。今では,物理的な分布型流域モデルは円熟期に到達し,色々なソフトが流通している。しかし,大規模複雑流域(LCW)においては規模の大きさと大面積の平野と都市化の影響により、物理的な分布型流域モデルは色々な困難に直面している。主にこの困難は:1)非均質性と分布型データの欠乏,2)水平に近い大きな平野,3)手広い人間活動の影響に起因している。以上の認識に基づいて,本研究はLCWにおける有効な分布型水収支モデルの開発を試みた。最初に,LCWにおける流域モデルの特性を研究し,一次元流域データ構造を導入した。それから,数個のモデル:河道網と流域境界を作成するモデル、河道網構造のモデル、浸透モデル、蒸発散モデル、三つの地下水モデル、と地表水流出モデルを作った。最後に,これらのモデルを組み立てて水収支モデルを構成した。そして、この水収支モデルを日本の関東地域へ適用した。

 コンピューターの記憶容量と計算時間を省くために,本研究では従来の二次元流域データ構造の代わり一次元の流域データ構造が導入された。この一次元流域データ構造に基づくモデルは流域グリドのデータしか貯えない、流域グリドしか処理しない,だからコンピューターの記憶容量と計算時間を省ける。

 LCWの特性のためにDEMは正確な流域境界と河道網を作成できない。補足河道網流域境界作成モデル(CSWGM)はGISによってDEMデータを用いて一セットの河道網と流域境界を作成する。このようにして作成された河道網と流域境界は平坦な地域と人間活動が影響された地域では必ずしも正しくない。PhotoShopによって地形図を用いて、もう一つのセットの河道網と流域境界を作成する。この二セットの河道網と流域境界を互いに比べて、合わない箇所を改正し、GIS上で正しい河道網と流域境界を作成する。

 従来の河道網構造は流域の統計的性質を知ること地球物理的な分析と行なうには有用であった。現代では、詳細な構造を明らかにすることができる物理的な分布型モデルが圧倒的多数を占める趨勢になってきた。河道網の統計特性のみでは不十分で,もっと有効な新しい河道網構造が必要になっている。本研究は格子による線形の河道網構造モデル(GLSSM)を作って、自由順序木構造を導入し、新しい河道網構造を提供する。格子による分布型流域モデルのために、このGLSSMはGISを活用することにより外の方法で作成した河道網にベクトル化のツールを提供することができる。この河道網構造は一次元流域データ構造と一貫性がある。

 Green-Amptモデルは共通の浸透モデルの一つである。二層のGreen-Amptモデルでは、条件として上層の水理浸透係数(k)が下層のそれより大きいことが必要である。しかし、関東平野の土壌はこの条件を満足していない。この土壌の浸透計算のために、簡単な二層浸透と地下水補給モデル(STIRM)が作られた。上層の完全飽和の前には、上層の浸透率は一層のGreen-Amptモデルによって計算される;飽和に達した後は、二層の浸透率は上層の飽和浸透率に等しいと近似されている。地下水の補給は一次元の方程式により計算される。

 本研究における蒸発散モデルでは、参照作物蒸発散または潜在蒸発散がエネルギ収支法と空気力学的方法を合成することによって計算される。土壌水補給が十分なときは、実際の蒸発散は参照作物蒸発散または潜在蒸発散に作物係数と土壌係数を乗じて計算される。土壌水補給が足りない場合には、実際の蒸発散は土壌水の補給に支配される。気象データの内挿法には逆距離加重法を用いた。

 地下水モデルは1)河川と地下水の水交換モデル、2)地下水位推定モデル、3)帯水層パラメーターを推定する逆問題モデルの三つから構成されている。関東地域では分布型帯水層パラメーターの観測値があまりないので、関東地域における分布型帯水層パラメーターを推定するために,大規模流域地下水モデリングにおける逆問題の非最適化直接方法モデル(NODMIP)を作った。地下水モデルにおける逆問題ではイル・ポスドネス(III-posedness,不良問題)の致命的な問題がある,たしかに、測量誤差が大きい場合,この不良問題の結果,最適方法は適用することができない。この問題を解決するため,本研究では非最適化方法を逆問題モデルに導入した。本研究はこの方法を導入した最初の研究だと考えられる。NODMIPでは次のような段階を経て,帯水層パラメーター推定する。1)クリギング技術を用いて地下水位の観測データを内挿し、外挿する;2)時間または空間の各ステップごとに支配方程式を解く;3)方程式の解きの間に事前情報をモデルのアウトプットの制約条件とする;4)各時間ステップの計算値の算術平均値を各格子点の推定値とする。関東地域の水収支モデルにおいて,河川と地下水の水交換モデルと地下水位推定モデルではNODMIPが推定した帯水層パラメーターを用いて地下水のシミュレーションを行なっている。

 もと物理的な地表水流出過程をために、河道のみを対象とする格子点を作成すると,流域における地表水流出と結合する際に困難となる。この難点を解決するために,本研究ではルオ-タマイ(LUO-TAMAI)・モデルと呼ばれる地表水流出一体追跡モデルが作られた。ルオ-タマイ・モデルは陸域流出と河川流出を同じ物理体系で取り扱う。陸域格子点と河川格子点を同じ性質を有する流域一般格子点としているので、河川格子点は陸域格子点の境界条件とならない。この基本的な特性を持つルオ-タマイ・モデルは,一セットの支配方程式により陸域流出と河川流出を一体的に追跡できる。ルオ-タマイ・モデルは支配方程式によって陸域格子点と河川格子点の間の質量交換ばかりでなく運動量交換もまた勘定に入れている。このモデルでは一次元特別河川格子点の流出をより簡単に物理的に追跡できる,また、二次元体系を持っているので,特別の処理なく二次元特別河川格子点での陸域を含めた流出を追跡できる。連結(カップルド)モデルと他の分布型モデルと比べて,以上の三点はルオ-タマイ・モデルの主要な長所である。ルオ-タマイ・モデルでは二次元の拡散波方程式を地表水流出の支配方程式として、陸域流出と河川流出の一体的政な差分支配方程式を導いている。LCWの大面積は平坦な部分である,この平坦な部分の流れ特性を考えて、千鳥状配列(Staggered scheme)で支配方程式を離散化する。SIMPLE法を利用して数値解を得る。また、三因子対角行列方法を用いて一体的な支配方程式を解く。ルオ-タマイ・モデルにおいては都市の舗装、下水道と灌漑の効果も考慮した。

 以上のモデルを組み立てて水収支モデルを構築した。この水収支モデルは利根川流域で検定し、有効であることを確認した。検定は流量観測所点の河川流量の観測値と計算値を比較することによって行う。このモデルは毎月の降雨、蒸発散量、浸透量と地下水量分布を計算することができ、毎時間と毎日の流域総量も算定できる。このモデルにより毎月の地表水深度、土壌水と地下水位の流域分布を予測することも可能である。全ての河川格子点流量の月平均値も記録する。この水収支モデルにより利根川で、豊水年、渇水年と普通年の流域分布水収支と流域総合水収支を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「A Distributed Water Balance Model in Large-scale Complex Watershed (LCW) and Its Application to the Kanto Region(大規模複雑流域における分布型水収支モデルの開発及び関東地方への適用)」と題し、水収支に関する流域管理支援システムを構築したものである。流域に関わる情報は近年精力的に数値化が進められているので、これらを河川管理に直接用いることが出来る技術体系が求められており、本論文はそれに応える一つの例である。

 流域の管理のためには様々な場所での情報が連続的に得られる分布型の取り扱いが望ましい。しかし、物理的な分布型流域水収支解析法は未だ種々の困難に直面しており、1)流域の物理的係数の非均質性、2)水平に近い大きな平野での水の挙動判定、3)人間活動による変形の結果、などを数学的模擬手法の上でどのように処理すればよいかの一般論は得られていない。本研究では、関東地方全域を念頭に置き、流域開発の歴史、人間活動の影響により複雑な様相を呈している流域に対する適切な方式を構築した。全体系は、河道網構築法、浸透量予測法、蒸発散予測法、地下水予測法、地表水流出法より成り立っている。

 河道網の構築に当たっては、基本的に数値地形情報を活用するが、平坦な地域と人間活動により変更が加わった地域ではこれのみでは不足である。地形図を併用し、地理情報システム上で正しい河道網と流域界を作成する方式を採用している。また河道網構造としては格子による線形の、自由順序木構造を導入し、ベクトル化に成功している。これにより記憶容量を節約でき、大規模な流域を分布型解析法で取り扱うことを可能にした。

 浸透過程の数式表現としてはGreen-Amptモデルが一般的に用いられる。2層のGreen-Amptモデルを考えるときには、上層の水理浸透係数が下層のそれより大きいことが必要である。しかし、関東平野の土壌はこの条件を満足していないので、修正法を考案している。本研究における蒸発散予測法においては、参照作物蒸発散または潜在蒸発散をエネルギ収支法と空気力学的方法を合成することにより計算している。土壌水補給が十分なときには、参照作物蒸発散に作物係数を乗ずるか、潜在蒸発散に土壌係数を乗じて計算される。土壌水補給が不足する場合には、実際の蒸発散は土壌水の補給量によって定まる。気象資料の内挿法には、逆距離加重法が用いられた。

 関東地方では全域にわたる水理浸透係数の観測値は揃っていないので、知ることが出来ない。地下水の数値計算を行うためには、全域にわたる係数値が必要であるので、逆解法によりこれを推定する手法を開発した。現地における観測値には誤差が含まれているため、逆解法では不良間題を解決する必要がある。本論文では非最適化手法を逆問題に導入し、大規模流域の逆問題を現実的な計算時間内で解くことが出来る新しい手法を提案した。このようにして推定された地盤水理係数を用いて、数値模擬実験が行われ、河川水と地下水との交換量および地下水位の予測が行われた。

 地表水流出過程を追跡するために、河道のみを対象とする格子点を作成すると、洪水時に陸域に氾濫し、また河道水位が低下したときにそれが戻る過程を計算することが困難である。本論文では陸域流出と河道流出を同じ物理体系で扱うことで、この問題を解決している。すなわち、陸域格子点と河道格子点を区別せずに、流域一般格子点法を考案した。これにより、河道格子点は陸域格子点の境界とはならず、支配方程式により河道流出と陸域流出を一体的に追跡できる。この流域一般格子点によれば、河道格子点と陸域格子点の間の質量交換のみでなく、運動量交換も計算できる。例えば、河道と氾濫源との間の付加的な勇断力などについても経験的な公式を与える必要はなく、定式化の中で自動的に考慮されて行くことになる。地表水流出計算では、二次元の拡散波方程式を基礎方程式として採用している。計算過程においては、都市域の舗装、下水道、灌漑排水網の効果を考慮している。この流出モデルは、久慈川の観測資料により検定をした後に、利根川流域に適用され、豊水年、渇水年、普通年の流域水収支を明らかにした。

 本論文は水収支に関する流域管理支援システムを構築したものである。これにより流域管理の基礎が築かれたと言える。以上要するに、本論文で得られた成果は河川計画の課題に対して有力な解決手法を与えるものであり、河川工学に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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