学位論文要旨



No 115659
著者(漢字)
著者(英字) ROMSHOO,SHAKIL AHMAD
著者(カナ) ロムショー,シャキル アフマド
標題(和) レーダによる観測と散乱モデルに基づく表層土壌水分量の算定
標題(洋) DETERMINATION OF SURFACE SOIL MOISTURE USING RADAR OBSERVATIONS AND SCATTERING MODELS
報告番号 115659
報告番号 甲15659
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4775号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 HERATH,A.Srikantha
 東京大学 助教授 沖,大幹
内容要旨 要旨を表示する

表層土壌水分量は,非常に重要な環境要素であり,陸面過程たとえば水文,気象,農業過程のモデリングのために必要不可欠なパラメータである.しかしその重要性にも関わらず,現在までのところ,水文,気象,農業モデルへ直接入力することが不可能なパラメータである.これは,時空間に亘る包括的な土壌水分計測が困難であることに起因する.この困難な時系列面的土壌水分の計測を可能たらしめるものとして,リモートセンシング技術,特にマイクロ波リモートセンシングが大いに期待されている.

 面的土壌水分量計測へマイクロ波レーダリモートセンシングを適用するためには、地表面後方散乱係数σ0の地表面の幾何学的・電気的特性に対する依存特性を理解することが必要である。この依存特性は,地表面粗度と植生の性質に強く影響されることによって,極めて複雑なものとなっている.土壌水分量推定アルゴリズムを開発するためには,地面および植生に関する精密な検証データに裏付けられた地上および衛星リモートセンシングと理論的モデリング手法を,様々な環境条件に対し適用することが必要である.そのため本研究では,様々な環境条件下での衛星データ解析と地上検証実験が,単一周波数(Cバンド)と多周波数(X,C,Lバンド)レーダシステムの両方を用いて行われた。実験結果は,表面散乱および体積散乱モデリングを用いて理論的に検討された。

 土壌水分は様々な時空間スケールで変動を持つ.そのためタイ国・スコタイ水田域における検証実験では、約10haの地域を25m×30mのグリッドに分割して土壌水分を測定した。収集された12時期の観測土壌水分パターンを統計解析した結果,顕著な季節変動を見出した。乾燥期の土壌水分は広い空間において相関が高く,値の分散も小さいが,湿潤期には狭い空間相関性とより大きい分散が見られた.またヌジェット効果(空間相関性グラフの切片)は湿潤期により大きい値へと向かう傾向が見られた.これらの挙動は,地域の土壌水分分布を制御する水文学的,気象学的そして地形学的効果により説明することができる。タイ冬期の乾燥期間中,土壌水分量は非常に小さく地域内一様に分布している。透水係数が小さいため土壌水分の水平方向の分布は小さい.逆に,湿潤期には土壌水分量は大きく,水平方向の変動も大きい。ヌジェット効果に見られた特徴は,乾燥期よりも湿潤期の方が変動の大きい土壌水分分布の空間変動あるいは測定誤差によると考えられる。次に同じ領域においてERS-2 SAR衛星による後方散乱係数と土壌水分変動の間に非常に高い相関と感度を見出した。そこで衛星データに関しても上記と同様の統計解析を適用した。衛星センサーは,地表面のある面積のマイクロ波信号を積分しているため,小スケールの空間変動の平滑化が想定される。しかし本研究では衛星データの空間相関性は実測土壌水分のものと同程度であった.分散に関しては衛星SARデータの正規化により小さくなることが明らかになった。これは本研究で解析した全てのSARデータにおいて共通である.

 さらに広い範囲の面的土壌水分分布を得るために,主成分分析(PCA)と変動係数法(CV)の2つの統計手法を,スコタイ水田域を含む約830km2の領域におけるERS-2時系列データに適用した.その結果,流域規模での土壌水分空間分布の推定可能性を示すとともに,水文学における重要な概念である部分的流出寄与域-すなわち殆どの流出は土壌水分が時間的にあまり変化しない地域で生じるとするその地域-を地図上に特定できる可能性を示した。また,PCA法はCV法よりも適用性が高いことが判明した。

 続いて,同領域において,理論的マイクロ波散乱モデルの適用可能性に関して研究を展開した。代表的な地表面散乱モデルである,IEM散乱モデル, Dubois散乱モデルは,ともに裸地面からの後方散乱には適用可能である。しかし植生がある場合,Dubois散乱モデルの方が適用性が高い.そこで,Dubois散乱モデルをタイの土壌水分量の推定に適用した.観測地域である狭領域の実測結果を用いた検証の結果,散乱モデルは非常に良い推定を示すことが判明した。しかし,スコタイ水田域に適用した水循環モデルシミュレーションより得られた広域土壌水分と広域マイクロ波後方散乱係数分布とを比較したところ,裸地面における空間分布は整合するが定量的には整合しないという結果が得られた。

 以上より,理論的散乱モデルに関する検討を更に進めることが必要であることが認識された。そこで以降の本研究では,千葉実験所内において種々の実験を行い,その結果を各種散乱モデルにより詳細に検討した。

 まず,地表面粗度と水分状態が変化する裸地条件下におけるIEM散乱モデルの適用可能性を検討した。HH偏波では散乱モデル推定値と実験結果との間に良い一致が得られたが,W偏波ではあまり良い一致は得られなかった。さらに,IEM散乱モデルを用いて,地表面特性とセンサー構成の後方散乱係数に与える影響を理解するための感度解析を実行した。地表面高さの標準偏差(σ)は,最も敏感なパラメータで,特に入射角や周波数などが小さいほど敏感である。相関距離(1)も感度があるが,小さい入射角と周波数では感度が下がり,5cm以下の場合感度がなくなる。σと比較した場合,後方散乱係数に対する土壌水分の感度は,周波数に依存するが,数デシベル小さいことが判明した。

 次に,体積散乱モデルを含む多くの散乱モデルを,高い草地を対象とした多偏波多入射角のCバンド散乱計システムを用いた実験により検証した。この条件では表面散乱モデルIEMとDuboisモデルは不適切であり,歪Born近似に基づくLang's体積散乱モデルがかなり良く後方散乱を算定することが示された。様々なフィールド条件下での実験結果に対してLang's体積散乱モデルを用いた感度解析を行ったところ,Cバンドでは植生水分量への感度が一番高く,土壌水分への感度は二番目であった。つまり,対象とした種類と生長の植生状態でもSARを用いた土壌水分探知が可能であることが示された.その可能性は,植生量の減少とともに増加する。後方散乱係数は表層士壌水分が小さくなるほどその感度は大きい。地表面パラメータや体積含水率に対する感度は,入射角が小さくなるにつれて大きくなるという結果が得られた.地面特性の感度は偏波に依存しないが,植生パラメータの感度は偏波に依存することが分かった.植生水分量の感度は入射角とともに増加し,またHH偏波で大きいため,草地キャノピーはHH偏波よりW偏波でマイクロ波をより透過することが示された。

 さらに,多周波システムによる土壌水分推定可能性を評価するため,X,C,Lバンドの3周波数,多入射角,3偏波による実験を麦耕地に対して行った.Lang's散乱モデルを実験データの検証に使用したところ,C, LバンドのHH,VV両偏波で特に良い一致が得られた.土壌水分の時間変動モニタリングはXバンドでは不可能であり,その可能性は波長が大きくなると増加することがわかった.Lバンドは植生量が大きい場合(7.Okg/m2)でも土壌水分の変動に敏感であった.特に,入射角が小さいほど敏感であり,小さい入射角のLバンドによる地表面土壌水分推定の強い可能性が示された。これに対しCバンドは,小さい入射角で地面特性に,大きい入射角で植生パラメータにより敏感であった。

 最後に,C, Lバンドにおいて,土壌・キャノピー相互作用に対する地表面粗度の影響を調査するために,Lang's体積散乱モデルを地表面散乱モデル(IEM)と結合した.その結果,Lバンドでは地表面粗度の効果は,小さい入射角でHH,VV両偏波に対し後方散乱係数の増加をもたらすが,入射角が大きくなると有意な変化をしないという結論が導かれた。また,Cバンドでは,平坦から粗までの粗度の変化は大きな差を生み出さないことが示された。

 以上より、土壌水分および植生の状況は場所により時期により大きく変動するが,植生下の地面に対しても,マイクロ波レーダーを用いた土壌水分計測が十分な可能性を持つことが示された。植生が密な領域では低周波数(Lバンド)観測システムが有効であり,一方Cバンド観測システムは植生が密な領域には適用不可能である。残念存ことに,土壌水分計測に相応しい単一めマイクロ波レーダーパラメータセットというのは有り得ないと言えよう。しかし,計測対象,すなわち地表面パラメータや植生パラメータを,複数のカテゴリーに分類したならば,あるカテゴリーに対して最も感度の高い単一のレーダーパラメータセットを設定することが十分可能であることが結論付けられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「Determination of Surface Soil Moisture Using Radar Observations and Scattering Models(レーダーによる観測と散乱モデルに基づく表層土壌水分量の算定)」と題し、8章で構成されている。

 第1章は、序論であり、リモートセンシングによる表層土壌水分量計測の意義と技術の現状が概観された後、本研究の目的として、1)異なる環境条件下における裸地の表層土壌水分量の計測条件を明らかにすること、2)植生地における土壌水分量の計測条件を明らかにすること、3)SAR衛星による土壌水分量計測の要件を明らかにすること、等を上げている。また、論文の全体構成が要約されている。

 第2章では、マイクロ波リモートセンシングによる土壌水分量の計測について、理論、研究実績および水文モデリングとの関係等について文献が広汎にレヴューされている。

 第3章では、土壌水分の時間的・空間的変動特性が調べられる。本研究の海外における対象サイトであるタイのスコタイ地域(顕著な雨季と乾季があり、この種の研究には好適)では、SAR衛星ERS-2の12時期の観測に同期して約10haの区域内の25m x 30mグリッド毎に土壌水分サンプリングが実施されている。この土壌水分サンプリング・データとSARデータにvariogramを中心とする統計解析が適用され、土壌水分量の時空間変動に顕著な季節変化があることを見出している。すなわち、士壌サンプリング・データに対しては、乾季には分散が小さく、広い空間相関性を持ち、雨季ではその逆の傾向が顕著なこと、nugget値は雨季に大きな値を示すこと、SARデータに対しては、空間相関性については土壌データの解析結果と同様の傾向を示すが、分散は小さいこと等が指摘され、それぞれの理由について考察が加えられている。

 第4章では、衛星SARデータと地上検証データの解析ならびにマイクロ波散乱モデルの適用性の検討により、衛星SARデータからの土壌水分マッピングの可能性が議論されている。まず、千葉県に設置されたいくつかの地上検証実験サイトにおけるポイント・スケールでの検討結果から、粗度の変化と植生が少ないサイトではSAR衛星ERS-2、RADARSATとも土壌水分量を定量的に計測でき、IEM散乱モデル(単波長・単偏波)とDubois散乱モデル(単波長・多偏波)とも適用できるが、粗な植生がある場合にはDuboisモデルの方が適用性が高いことが指摘されている。次いで、広領域における土壌水分量分布の抽出について調べるために、タイ・スコタイ地域(約83000ha)に対するERS-2とJESR-1の時系列データに主成分分析と変動係数法が適用される。その結果、河川沿いの湿地帯や水田灌漑域が明瞭に判別でき、流域規模で土壌水分分布を把握できる可能性が示されている。さらに、この領域の土壌水分量分布地図がERS-2とRADARSATのデータにDuboisモデルを適用した後方散乱係数-土壌水分量関係から作成される。当然ではあるが、スコタイの土壌水分検証区域では良い一致を見せている。この地図と分布型水文モデルによる計算値とを対照すると、グリッド毎の値は必ずしも一致していないが、定性的な分布形状にはかなり良い一致が見られる。

 以上の検討の総括として、様々な地表面条件に対して衛星SARデータから土壌水分量を精度良く算定するためには更なる地上実験と理論的な検討が必要であるとの認識の下に、第5から7章の研究が展開される。

 第5章では、裸地における土壌水分の抽出が取り扱われている。生産技術研究所千葉実験所構内に設けられた実験サイトにおいて、X-バンド、C-バンドおよびL-バンドの散乱計を用いて異なる地表面粗度と水分状態の下で多数の観測が行われた。得られたデータを用いてIEMモデル(裸地に対する理論モデル)の適用性が検討され、HH偏波に対しては適合性力浪いが、W偏波に対しては必ずしも良くないことを明らかにしている。また、IEMモデルを用いて被観測パラメータ(地表面粗度、土壌水分)とセンサー・パラメータ(入射角、周波数、偏波)に関する感度分析がなされ、それぞれのパラメータの基本的振舞いが詳細に整理されている。

 第6章では、草地における単一波長C-バンド散乱計観測による土壌水分の抽出が議論されている。上述の実験サイトに牧草を植え、成長に合わせ、また刈り取りなどで条件を変えて観測データが取得された。こうした草地に対してはIEMやDuboisなどの表面散乱モデルは不適切であり、Langの体積散乱モデルの適用性が良いことが示されている。また、植生条件も加えてLangモデルに基づく感度分析が実施され、それぞれのパラメータの振舞いが詳細に整理されるとともに、植生条件下での土壌水分評価に対する要件が議論されている。

 第7章では、麦耕作地を対象にしてX、CおよびL-バンドによる土壌水分の抽出が取り扱われている。観測は実験サイトに小麦を植え付けて行われた。Langモデルの適用性が検討され、Xバンドには適用が不可能であり、C-バンドとL-バンドのHH偏波とW偏波で特に適合性が良いこと、Lバンドで入射角が小さいほど土壌水分に対する感度が高いこと、G-バンドでは小さい入射角で地表面特性に、大きい入射角で植生パラメータにそれぞれ感度が高いこと、等が明示されている。

 第8章には、以上の研究の結論が要約されるとともに、本研究を踏まえて土壌水分量と植生パラメータを抽出する立場から、既存あるいは計画中の衛星センサーの優劣が整理されている。また、今後の研究の方向が示唆されている。

 以上要するに、本研究は、SAR衛星とその地上検証実験および地上散乱計を用いた系統的な屋外実験から得られた広汎なデータを駆使して、マイクロ波散乱に関する理論モデルと経験モデルの適用性を検討することにより、能動型マイクロ波リモートセンシングによる土壌水分量抽出の可能性と要件をを明らかにしたものである。また、本研究で系統的に取得されたデータ・セットそのものが今後のこの分野の研究に極めて有用な資料を提供している。これらの点において本研究は水文・水資源士学のリモート・センシング応用分野の発展に資するところ大である。したがって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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