学位論文要旨



No 115661
著者(漢字) 田中,正博
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,マサヒロ
標題(和) 混合粒径底質の漂砂量と海浜地形変化に関する研究
標題(洋)
報告番号 115661
報告番号 甲15661
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4777号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 佐々木,淳
内容要旨 要旨を表示する

 海浜が持つ現地特性の一つとして挙げられる「底質」は,波による淘汰作用の影響を受けて,粒径が比較的揃う傾向にある.しかし,岸沖方向には砕波点や汀線近傍に粗粒成分が集中するため,粒度が空間分布を持つ場合がある上,漂砂源近くの海岸で十分に淘汰が進んでいない場合や,養浜工が実施された海岸などでは,広い粒度分布の混合粒径砂が見られることも多い。

 平成12年4月に施行された新海岸法の中で「砂浜」が海岸保全施設の一つとして位置づけられたことで,今後は養浜やサンドバイパスなどが採用されるケースが増えることが予想され,そのための海浜地形変化予測手法の開発においては,対象海浜の地形変化量のみならず,生物環境への影響度の高い底質粒径の分布をも予測する必要が近い将来出てくると予想される.しかし従来の海浜地形変化予測モデルでは,漂砂量則を規定する粒径条件としては,現地底質の代表粒径一種類のみを対象としており,淘汰作用などの分級を表現することができない。

 現地の海域においては,砂は通常シートフロー状態で移動しており(清水,1996),このうち岸沖方向の正味の移動は,波の浅水変形に伴って生じる正負前後非対称流によって引き起こされる.シートフロー状態における1周期間の砂移動としては,振動流速によって運ばれる高濃度の掃流砂移動分のほかに,沖向き流速反転時に巻き上がった浮遊砂が沖向き流れに乗じて運ばれる浮遊砂移動分がある(渡辺ら,1999).従って,岸向きの掃流砂量と沖向きに運ばれる浮遊砂量の差し引きが,ネットの岸沖漂砂量ということになる.

 Dibajnia・Watanabe(1996)は,均一粒径砂による実験結果から,上記の掃流砂量および浮遊砂量は粒径および流速振幅によって規定されることを示しているが,混合粒径砂では細・粗砂粒子間の干渉効果により,掃流砂量および浮遊砂量が変化すると考えられる。

 混合粒径砂の海浜変形予測手法を開発する第一歩として,波浪場における混合粒径砂の移動機構について理解を深めることとした.従来,河道の土砂水理分野において,定常流について大粒径砂によるアーマコートにより小粒径砂の移動量が抑制される現象が明らかにされてきているが,振動流条件下あるいは振動流に定常流を加えた条件下における混合粒径砂の移動機構の解明は日が浅く,十分でない。

 そこで本研究では,はじめに振動流装置を用いて細粗混合粒径砂を底質とした正負非対称流実験をシートフロー条件下で行い,装置側面から観察することにより,混合粒径砂の移動機構のさらなる解明を試みた.その結果,シートフロー条件下での混合粒径砂の移動形態は,粒径(の組合せ),混合率,流速および波の正負非対称性によって,アーマリング型,浮遊砂卓越型,掃流砂卓越型に分類できることがわかった。粒径の組み合わせが同じであれば,アーマリング型と浮遊砂卓越型の違いは混合率に依るところが大きく,細砂混合率が大きくなるとアーマリング型から浮遊砂卓越型に移行する。ただし粗砂が浮遊する程度までに流速が大きくなると,細砂混合率が小さい場合でも浮遊砂卓越型が現れることがわかった。

 次に,アーマリング型および浮遊砂卓越型の条件を満たす混合率および流速の条件下で,振動流装置の中央断面を通過した約30周期分の漂砂量を直接測定する漂砂量実験を実施することにより,アーマリング型および浮遊砂卓越型における細砂・粗砂それぞれの1周期間のネットの漂砂量データを取得した。これに加えて画像解析を行うことにより,1周期中,各位相でのある断面を通過する粒径別漂砂量を求めた。具体的には,画像の輝度から求めた移動層中の細砂および粗砂濃度の鉛直分布に,PIV法(Particle Image Velocimetry:粒子画像速度計測法)を用いて計測した砂粒子速度を掛け合わせることで,時々刻々の断面通過漂砂量を粒径別に求めた。

 直接測定の漂砂量実験結果より,均一粒径砂に比べて混合砂の場合には岸向き掃流漂砂量を増加させ,沖向き浮遊漂砂量を減少させるような効果を漂砂量則に導入する必要があることが分かった.特にこの効果は浮遊砂卓越型よりもアーマリング型の方が大きいため,混合砂の移動形態が十分反映されるように漂砂量則を規定することが重要である。

 以上より,ここでは混合砂の移動機構のうち,粗砂が細砂の上を覆うアーマリング現象が粗砂・細砂それぞれの漂砂量に大きく影響することを採り上げることとした。アーマリングが生じた場合には異粒径底質間の干渉を図(a)に示すとおり,半周期間の掃流移動量が変化する効果および浮遊砂の巻き上げ高さΔが変化する効果があると考え,両効果とも粒径比di/dmをパラメタとした関数として表し,均一粒径砂に対する漂砂量算定式に導入することとした。粒径比をパラメタとすることにより,広い粒度分布を持つ一般的な底質条件においても適用可能となる。

 この粒径別漂砂量算定式の検証は,振動流装置実験スケールと現地スケールの大小2つのスケールについて行った。

 まず振動流装置実験スケールでは,混合率および流速振幅をパラメタとして行った漂砂量実験結果に適合することを確認し,さらに画像解析から求めた振動流1周期中,各位相での鉛直浮遊細砂濃度分布,細・粗砂粒子流速およびネット漂砂量から,漂砂量算定式の各項が妥当であることが確認できた。

 一方,現地スケールでの検証を目的として,大型造波水路を用いた海浜断面実験を実施した。これまでにも山本ら(1998)によって同種の大型水路実験が行われているが,粒径分布の広い砂を使用しているため,地形変化と分級過程の特徴を把握するにとどまっている。本研究では粒径別漂砂量を精度よく算出するために,条件をより単純化して,粒径分布が双峰型の細粗2粒径砂を用いた実験を行い,得られた地形変化データと分級データをもとに算出される粒径別漂砂量の時空間分布から,現地スケールでの混合砂の漂砂移動を定量的に把握した。なお,波浪条件は,現地の時化を模擬した4段階の規則波(波高レベル:小→大→中→小)である。

 図(b)は,CASE II(侵食性波浪時)の地形変化と分級過程である。両図中2本ずつ描画されている実線は,当該時刻および前計測時における砂面形状である。なお,砂中の混合率分布は,隣接した2本のサンプリングコア試料を分析して得られた混合率の鉛直分布を,砂表面からの深さに応じて岸沖方向の距離で線形補完し求めたものである。CASEI(堆積性波浪時)でバームの表面が粗砂化した後を初期地形として(Ohr),沖合に生起したバー(3hr)が成長しながら沖側に移動し(7.2hr),ある程度の規模になるとバー頂部の水深を保つようにバーはさらに沖側に移動する(13hr,20hr).またバーの沖側斜面には細砂が,岸側斜面には粗砂が堆積している様子が確認できた。

 粒径別漂砂量は単位時間あたりある岸沖断面を通過する砂粒子の体積で定義されることから,その断面の岸側および沖側の砂量(間隙含む)の増減を地盤高さから求めた後に,地盤の間隙率λを適切に設定することにより,細砂・粗砂の土量を保存したまま粒径別漂砂量を算定することができた。

 こうして得られた現地スケールにおける混合粒径海浜の地形変化量ならびに分級過程に対して,混合粒径砂の漂砂量式の適用性を検討するにあたり,波・流れの計算には,海浜縦断方向の波の浅水変形ならびに砕波減衰を考慮できるモデルとして,Nwogu(1993)により導かれた修正Boussinesq方程式を高精度差分スキームにより解くZhengら(1998)の方法を用いた.また,戻り流れは波の非線形化に伴う岸向き漂砂量を減少させ,沖向き漂砂量を増加させるため,特に砕波帯内の地形変化計算には重要であることから,大規模渦のエネルギー算定にSchafferら(1992)のモデルを用いて砕波帯内のエネルギー逸散率から戻り流れの流速分布を求めた。以上に加えて混合粒径砂の漂砂量式を組み入れた断面地形変化計算モデルを構築した。

 図(c)はCASE I(堆積性波浪)15hr後での計算結果であるが,平均波高,戻り流れとも良好に再現されている。漂砂量については,堆積性波浪条件では戻り流れが小さく波の非線形性によって岸向きに運ばれるが,粗砂,細砂とも向き・大きさ共に良く合っている。粗砂と細砂の漂砂量の絶対値はほぼ等しくなっており,このモデルを用いることで粗砂によるアーマリングを表現できることがわかる。

 粗砂混合率の実測値(最上段)を見ると,X=10mを境に岸側で大きく,沖側で小さくなっており,混合率を考慮して算出した場合と未考慮(初期混合率0.3)の場合とでは粒径別漂砂量が2倍程度異なる。また,中央粒径(0.44mm)相当の均一砂とした時の漂砂量は,絶対値のほぼ等しい粗砂,細砂の漂砂量を合算した程度の大きさになっており,分級過程を表現できないものの,地形変化量の再現は可能である。バーム形成までの時間ならびにバーム中の粗砂・細砂の構成比を精度よく再現するためには,場所毎の混合率を考慮したモデルを用いることが重要であると言える。

 このように,波の非線形性および戻り流れが卓越する現地スケールの海浜変形の場合についても,混合粒径砂の漂砂量式を適用することで,地形変化量および分級過程を良好に再現し得ることがわかった。

(a)混合粒径砂の漂砂量モデルの概念図

(b)侵食性地形変化と粗砂混合率の分布

(c)CASE I(堆積性)-15hr後

審査要旨 要旨を表示する

 海浜地形は、海岸の防災機能、利用、生態系を規定する環境の基盤的要素である。したがって、海岸における漂砂移動を把握し、その結果として生じる海浜地形変化を予測することは、工学的に非常に重要な課題となる。波による漂砂移動に関しては従来から多くの研究がなされてきたが、そのほとんどが一様粒径の砂を対象とするものである。これは、現地において波による淘汰作用があるために粒径が一様化することから、ある程度妥当であるといえるが、漂砂源の近くで淘汰の進んでいない場合や現地よりも大粒径の砂を用いて養浜する場合などを念頭に置くと、混合粒径としての取り扱いが必要となる。しかし、混合粒径砂を対象とする漂砂の研究は限られており、一般的で定量的な評価には至っていない。

 本研究では、波による混合粒径砂の移動に関して振動流装置および大型造波水槽を用いた実験を行い、その結果を解析することにより、混合粒径砂の漂砂量算定モデルを提案したものであり、5章と付録によって構成されている。

 第1章は緒論であり、研究の目的および論文の構成が述べられている。

 第2章では、振動流装置を用いて波作用下での混合粒径砂の移動機構を詳細に調べ、その結果に基づいて混合粒径砂に対する漂砂量算定式を提案している。まず、既往の研究をレビューし、一様粒径砂の漂砂量算定式を紹介するとともに、混合粒径砂の移動形態に関する知見をとりまとめた。その上で、波による混合粒径砂の移動機構を明らかにし、漂砂量算定式を求めることを目的として、振動流装置を用いた移動床実験を行った。振動流は浅海域で顕著となる有限振幅性を考慮して非対称なものとし、最大流速を変化させている。底質は0.2mmの細砂と0.8mmの粗砂の2粒径の砂を混合したものとし、細砂混合率を種々変化させた場合の、底質移動をハイスピードカメラ等で計測したり、実験前後の底質の移動量から粒径ごとの漂砂量を求めている。その結果、まず、最大流速と細砂混合率によって、移動形態を分類した。特に、アーマリング型と名付けた、粗砂による上層のアーマリング効果によって細砂の浮遊量が減少する移動形態が存在することを明らかにした。これに基づいて、細砂・粗砂の漂砂量の測定結果を解析して、粒径ごとの漂砂量を評価するための算定式を提案した。従来の一様粒径の漂砂量算定式において、細砂と粗砂の混合率に比例させて漂砂量を求めたのでは、特に細砂の漂砂量が過大評価となるのに対し、本研究で提案した算定式は、より実験結果に近い値を与える。また、この算定方法は、2種類だけでなく、一般的な粒径分布を有する場合にも拡張可能性を有している。

 第3章では、大型造波水路を用いた混合粒径移動床実験について述べている。用いた水路は、幅3.4m、深さ6m、長さ205mという現地スケールのものであり、これに中央粒径0.27mmの細砂と0.84mmの粗砂を7:3に混合して1/30勾配の移動床を製作し、波を作用させて海浜縦断地形変化の実験を行った。初めに堆積型の波を作用させ、続いて侵食型、中間型、堆積型の順に波を作用させ、その間、波高、流速、地形、底質等を測定した。砂面計によって計測した地形データから漂砂量を求める際には、堆積地形における空隙率の増加や、混合率の違いによる空隙率の変化等を考慮することにより、精度を向上させている。その結果、細砂および粗砂のそれぞれの漂砂量が求められ、堆積性波浪や侵食性波浪などの条件を経て混合砂が分級する過程が明らかにされた。また、地形変化と砕波波高・戻り流れなどとの関係について考察が行われ、バーの発達によって戻り流れが弱まり、それによって侵食が抑制されることを示した。

 第4章では、得られた混合粒径砂の漂砂量算定式に基づいて、海浜断面変形の数値モデルを構築している。波浪場の計算にはBoussinesq方程式を用い、差分法を用いて数値計算する方法をとった。そして、戻り流れの評価も行った上で、混合粒径砂の漂砂量算定式を適用し、地形変化の予測モデルを構築した。その計算例が示され、波高変化、戻り流れ、漂砂量について実測結果との比較により検証されている。

 第5章は結論であり、研究成果がとりまとめられている。

 以上のごとく、本研究は研究例が少なく定量的評価が行われていなかった、混合粒径砂の漂砂量と地形変化に関して、現象を解明するとともに漂砂量の定量的評価を行ったものであり、この分野での研究の新たな展望を切り開いたものである。よって,この研究業績は特に優れたものと認められ,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク