学位論文要旨



No 115664
著者(漢字) 朴,炳順
著者(英字)
著者(カナ) パク,ビョンスン
標題(和) 東京における木造アパートの発生及び建築的特徴の変遷に関する研究
標題(洋)
報告番号 115664
報告番号 甲15664
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4780号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 藤森,照信
内容要旨 要旨を表示する

 日本独特の都市居住形態である木造アパートはその発生から約1世紀が経過している。都市部における住宅供給上多大なる役割を果たしてきたにも関わらず住宅政策、防災計画、不燃化対策等においては排除しなければならない住宅として扱われている状況である。建物に関して大体の印象で説明しているがそれは調査に基づいた事実ではなく、既存観念または偏見によることが多い。戦後木造アパートの供給は1958年頃から大阪における供給をはじめに、東京においては大阪より2,3年遅れた1960年頃から大量に供給された。大阪の木造アパートに関する研究は1960年代から1970年代にかけて盛んに行われた反面、東京の木造アパートに関する研究は少ない。近年は建て替え、政策上の問題などに着目した研究は僅かあるものの変遷に関する研究はなされていなく建物そのものに着目した研究はない。

 本研究は東京における木造アパートの発生を明らかにすること、発生から約100年間の建築的特徴の変遷を明らかにすること、建築時期別・構造別特徴を定量化する事によって建築時期別・構造別建築的特徴か明らかになるだけではなく、既存木造アパートに対する建築時期特定を可能にすること、在来木造以外の構法によって供給された2階建てアパートの建築的特徴を明らかにすることを目的とする。まず、第1章で本論文の枠組みを述べ、第2章から第4章まで木造アパートの発生と建築的特徴の変遷に関して述べている。ものに則した実態調査結果をまとめている。5章においては1980年代から供給された構造の異なるアパートに関して述べている。特にプレハブアパート商品の動向をまとめることによって木造アパートの発生から100年間の建築的特徴の変遷を明らかにした。第6章では、論文の内容のまとめと今後の課題を示した。

序(第1章)

 日本特殊居住形態である木造アパートに関する研究は戦後建築された木造アパートの居住者及び経営者に対する実態に関する研究が多い。建物そのものに関する研究はほとんどされていなく,木造アパートの発生に関する研究もなされていない。従って本研究においては木造アパートの発生を明らかにすること、発生から約100年間に至る木造アパートの建築的特徴を明瞭化すること、また建築的特徴の変遷を明らかにすることを目的とする。本研究における木造アパートとは戦後における「木賃アパート」を含む、発生当時から昭和初期を経て現在に至るまで木造アパートという居住形態を総括して称するものである。

木造アパートの発生(第2章)

 木造アパートの起源である共同長屋の発生に至るまでの背景となったのは貧民の劣悪な住環境であった。貧民屈において家を持たぬ貧民のすまいとなった木賃宿は、大広間と呼ばれる雑居部屋と夫婦者または家族、連れ込み客のための別間があった。木賃宿の最も多い場所は、本所花町と浅草町であり、その宿泊者は日稼ぎ人足が最も多かった。東京における木賃宿の特徴は止宿者の多いことであり、一時宿泊所ではなく貧民の住居としての役割を果たしていたが故に世帯の住む住居としての不便性が生じ、共同長屋という新たな住居形式が発生するに至った。木賃宿の変形として発生した共同長屋は、木賃宿の夫婦または家族世帯のために明治35年本所区横川町にはじめて建築された。創案者は本所区花町にて木賃宿を経営していた中井平八である。木賃宿の平面図と共同長屋の平面図から分かるように木賃宿の別間の空間がそのまま一つの建物化し、共同長屋となった。共同長屋は棟木の方向に廊下があり両側に3畳または2畳の部屋が並ぶ。1階の廊下は土間であり、押入はなく炊事は廊下にて行われた。便所と井戸は共用であった。木賃宿に比べて共同長屋のよい点は、雑居ではなく、壁で区切られている一つの部屋であり、家庭的な雰囲気であること。区役所等にて世帯の届出に有利であったことが挙げられる。また普通長屋に比べて共同長屋のよい点は家賃の支払いが月払いではなく木賃宿同様日掛けであったこと,共同長屋にて世帯を持つための必要経費か少なくて済むことであった。

昭和初期木造アパートの建築的特徴(第3章)

 明治35(1902)年,共同長屋の発生から約35年から40年が経過した時点である昭和11年から昭和14年の間に建築された木造アパートの建築的特徴を明らかにした。昭和10年代に建築された木造アパートの建築的特徴を把握するために用いられた方法は,建築申請(届)の書類及び図面の分析であった。総調査事例7棟,そのうち現存する建物が6棟である。調査建物はすべて木造であり,2階建てが6棟,3階建てが1棟である。既存アパートの別館として増築された1事例を除く6事例は貸室数が15室から39室まである。延床面積は79坪から241坪までの分布であり建築規模は中規模以上である.玄関にはポーチを設ける等建物の意匠面において目立つ構えをしており建物の象徴的獄意味をもつ。この玄関の構え方は管理人の存在と共に昭和初期木造アパートの特徴であるといえる。

 貸室の面積は4畳半または6畳の一間であるが,6畳一間が主流である。押入は全事例に,ガス台は5事例に,流しは1事例にみられる。貸室内にガス台を設けているのは当時東京における木造アパートの特徴でもあった。共同設備としては炊事場,洗面所,便所があり,炊事場には水道とガスを引いた。和洋折衷の外観を持ち,玄関で履き替えるのではなく1階の床をコンクリート叩き仕上げにして1階の廊下又は階段の踊場までは土足であった。2階の各貸室まで土足でアプローチ出来る事例もみられる。昭和12年以降に建築されたアパートにおいては共同便所を水洗にしている。昭和12年建築のアパートにおいては各貸室内に流しを設けているが,当時木造アパートとしては先駆的な試みであったと考えられる。平面構成は中廊下型が多く,コの字型,I字型,H字型,T字型と建物によってそれぞれ異なる平面特性を持つ。共同設備の配置においても各々事例の特徴がみられるが,各住戸の構成には一貫性がみられる。

 工事期間の目安は大体150日間としている。建物各部の設計内容は当時工務所によるものが多く,その設計にあたっては当時の「市街地建築物法令」の内容を参考にしているとみられる。基礎に最も多く使われたのはコンクリート布基礎であった。軸部においても火打土台,火打梁,筋違等が用いられた。材木には松,赤松,杉,檜などか使われている。1階木造床の地盤面からの高さは1.5尺(45.45cm)以上,居室の天井高は7尺(212.1cm)以上保たれている。1階の廊下,火気を使うすべての場所及び階段裏において床,側壁または天井を不燃材料であるラスモルタル塗りまたは亜鉛鉄板張りに仕上げている。

木造アパートの建築的特徴の変遷(第4章)

 主に戦後建築された木造アパートの建築的特徴の変遷を把握するために東京都世田谷区南鳥山4・6丁目における建物実態調査を行った。そのデータを元に「木造と非木造(在来木造以外の構法をここでは非木造という。木質系プレハブ及び2×4構法は木造であるが在来木造と区別するために非木造に含める。)の建築的特徴の比較」,「木造の建築時期別建築的特徴」の分析を行った。その結果建築時期別木造アパートの各部の特徴か明らかになった。建築時期による変化の傾向がみられるが,各部変化を左右する設備状況というもう一つの要因があった。設備状況と建築時期は比例関係にあり建築時期の古い要素と設備状況の悪い要素は一致する。その内容は,金属板葺き切妻屋根・木製及び金属板の外壁・木製の建具・金属板の雨戸・金属板及び木製の戸袋・木造室内階段と廊下・ベランダのないことである。この要素を揃えた建物であるほど設備状況が悪く,建築時期が古い。建築時期の新しい要素と設備状況のよい要素はシングル及びスレート葺き寄棟屋根4モルタル吹き付けタイル等及びサイディングの外壁・既製部材及びアルミ製の建具・シャッターの雨戸及び戸袋・鉄製廊下・踏板コンクリートの鉄製階段・既製部材のベランダである。この要素が揃っているほど設備状況がよく,建築時期が新しい。この結果を逆利用すると建物の建築的特徴を識別することによって建築時期及び設備状況が判断可能となった。

プレハブアパートの建築的特徴(第5章)

 木造アパートと同じ居住形態を持ちながら構造の異なるものが1980年代以降現れるがそのうち年々増加傾向にある鉄骨系プレハブアパートの概況を述べる。プレハブアパート商品の大きな変化は初期のアパートは画一化された単調なデザインであったが、屋根型式・外壁仕上げ・外壁色を変えることによって多様化されていることが挙げられる。近年は外観から「プレハブアパート」という印象を与えないようにするためデザインの多様化を図っている。同時に戸建て感覚の高級感を与えるためフラット屋根を寄棟屋根又は切妻屋根に変えており,フラット屋根であってもパラペットを付けるなど工夫している。ここで興味深い現象があるが,木造アパートはプレハブアパートの供給に刺激され設備の向上を図っている。また,外壁材・雨声・戸袋・手摺りなどにおいても既製部材を多く導入している。一方,プレハブアパートは画一化された単調な外観からプレハブらしくない外観を目指して多様化を図っていることである。両者は現時点において外見上の差はほとんどみられなくなっている。現在のプレハブメーカー各社は新商品の開発ばかりではなくメンテナンス及び再生に関する開発・3階建てアパートも開発・発売を進めている。

まとめ(第6章)

 本論文は,東京における木造アパートの発生及び建築的特徴の変遷に関する研究を行った結果を述べたものである。木造アパートの発生は木賃宿の変形として創案された「共同長屋」である。共同長屋とは木賃宿の別間群をそのまま一つの建物化したものである。その後,100年間に至る建築的特徴の変遷を明らかにした。建築時期と設備状況による建物の特徴は比例関係にある。即ち,建築時期の古い建物の特徴と設備状況の悪い建物の特徴は同じであることが分かった。プレハブアパートも年々増加傾向であるが木造アパートとの外観上の差は狭まっている。今後,他の型式の住宅との比較,地域性の比較等を検討する必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「東京における木造アパートの発生及び建築的特徴の変遷に関する研究」は、日本独特の都市居住形態である木造アパートについて、その東京における発生を明らかにするとともに,発生から約100年間の建築的特徴の変遷を明らかにしたもので、6つの章から成る。

 第1章では、既往研究及び用語の定義について述べた後、研究の目的を木造アパートの発生過程の解明,発生から約100年間に至る木造アパートの建築的特徴の明確化,また建築的特徴の変遷の正確な記述の三点とすることを述べている。

 第2章「木造アパートの発生」では、広範な文献調査によって、東京における木造アパートの起源が木賃宿の変形として明治35年に発生した共同長屋であることを指摘し、初期の共同長屋の建築的な特徴とその普及の要因を明らかにしている。

 第3章「昭和初期木造アパートの建築的特徴」では、昭和11年から昭和14年の間に建築され東京都内に現存する複数の木造アパートの現地調査及び図面分析により昭和10年代に建築された木造アパートの建築的特徴を明らかにしている。具体的には、玄関の構え方が洋風であること、管理人室が存在すること、中廊下型の平面構成をもつこと、少なくとも1階廊下までは下足での歩行を前提としていること等をこの時代の木造アパートに共通する特徴として指摘した上で、貸室の規模、付帯設備の状況、工期、各部仕様、各部寸法の内容を明らかにしている。

 第4章「木造アパートの建築的特徴の変遷」では、東京都世田谷区南烏山4、6丁目地区を調査対象地区として選定した上で、その地区に建つ木造アパートの全数について現地調査と補足的な資料調査を行い、建築時期別の建築的特徴の差異を明らかにしている。具体的には、設備状況、屋根の形状及び仕上材料、外壁材料、外部建具の材料及び意匠、階段及びベランダの形式のそれぞれに建築時期による差異が存在することを明らかにし、木造アパートの建築的特徴を識別することによってその建築時期が判断できることを示している。

 第5章「プレハブアパートの建築的特徴」においては、1980年代から供給され始めた構造の異なるアパート、プレハブ構法によるアパート商品の建築的特徴の変遷をまとめている。具体的には、前章と同じ地区に建っプレハブアパートの建築的特徴の分析と生産者に対する聞き取り調査等から、外観上の意匠の変容過程、付帯設備の仕様向上の過程等を明らかにし、木造アパートに対する影響について考察を加えている。そして、現在では両者の間に外見上の差がほとんど見られなくなったことを指摘している。

 第6章「まとめ」では,以上各章で明らかになった内容をまとめ、結論としている。

 以上、本論文は、長い間にわたって大きな役割を担ってきたにもかかわらず研究対象となることの少なかった木造アパートについて、豊富な文献・資料調査や詳細な現地調査、聞き取り調査によって、その発生の経緯及び建築的特徴の変遷を明らかにしたものであり、建築学の発展に寄与するところは大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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