学位論文要旨



No 115665
著者(漢字) 金,漢承
著者(英字)
著者(カナ) キム,ハンスン
標題(和) 膜分離型高濃度粉末活性炭処理システムの開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 115665
報告番号 甲15665
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4781号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

 近年、浄水処理への膜分離技術の応用が広がっている。膜分離の主な除去機構は篩い効果であり、濁度やバクテリアなど膜の公称孔径より大きな物質は完全に除去することができるが、ウィルスなどの膜の孔径より小さい粒子や農薬、トリハロメタン前駆物質、界面活性剤、消毒副生成物、異臭味物質などの溶存性物質は原理的には除去できない。

 本研究では、膜分離技術の特性を最大限発揮させ、かつ上記のような微量有機物質等を効率的に除去するプロセスとして、吸着性に優れた粉末活性炭と組み合せ、生物学的な処理特性も併せ持つ高度浄水処理装置の開発を目的として基本的運転処理特性を解析した。

 本システムは、原理的には凝集剤を使用しないシステムであるので、発生浄水汚泥量の抑制、薬品添加による副次的な作用の低減など、高度浄水プロセスとして期待できるシステムである。

 以下論文の構成に沿い、成果を取りまとめて述べる。

 第1章では、研究の背景と目的および論文の構成について述べた。

 第2章では、水処理における活性炭吸着と膜分離の原理や応用および活性炭と膜の組み合せに関する既存の研究について述べた。

 第3章では、実験に用いた活性炭や対象物質である大腸菌ファージQβと下水二次処理水成分の有機物の詳細や分析方法、実験装置と運転方法について述べた。

 第4章では、活性炭に対する大腸菌ファージQβと下水二次処理水成分の吸着特性、純水と粉末活性炭混合液の膜ろ過特性を調べ、次の結果が得られた。

(1) 大腸菌ファージQβは活性炭に対して一次反応式に従う吸着パターンをあらわすことがわかった。吸着反応速度はpHに依存し等電点であるpH5.3付近で吸着速度が急激に増加することが確認された。活性炭への吸着性は一般有機物より低く、大腸菌ファージQβを十分に除去するには高濃度の活性炭を使う必要があることが明らかになった。

(2) 人工下水二次処理水は活性炭への吸着特性が有機物ごとに大幅に異なることがわかった。特にアラビアゴムのような高分子物質は活性炭への吸着速度や吸着容量が非常に低いことから、実際の処理に当たっては処理装置の処理性能や処理効率に及ぼす影響が高いと考えられる。従って、吸着性の異なる成分を多く含む原水を処理する場合、成分ごとの処理特性を調べる必要がある。

(3) 純水と粉末活性炭を用いて行ったろ過実験からは、活性炭濃度が高いほど、流速が高いほど膜差圧の上昇が早く、流束1m/d以上ではその影響がより大きくなることがわかった。このことから、安定的にろ過運転を行うためには、適切な活性炭濃度と流束を設定する必要があることが示唆された。

 第5章では、大腸菌ファージQβおよび人工下水二次処理水の原水を用いて、連続処理における活性炭濃度の影響など運転特性を調べ次の結果が得られた。

(1) 大腸菌ファージQβを用いた連続処理実験で、膜だけではQβの除去は不十分であった。活性炭濃度10g/Lでは約2log(99%)の除去率、活性炭濃度40g/Lでは31og(99.9%)の除去率が得られた。病原性ウイルスの指標としての意味で、十分な除去率を得るためには、活性炭を高濃度で使う必要があることを示唆している。

(2) 人工下水二次処理水を対象とした実験で、活性炭濃度0g/L、10g/L、40g/Lにおける膜抽出有機物量は0.38mg/m2、0.28mg/m2、0.064mg/m2となり、活性炭濃度が高くなるほど有機物の膜への負荷が低くなることが分かった。

(3) 活性炭濃度40g/Lの場合、硝化反応が見られた。硝化反応は主に微生物の作用であることから、活性炭添加により、槽内の微生物が高濃度で保持できることが示唆された。

(4) 活性炭濃度が高いほどろ過継続時間が長くなった。このことから、活性炭ケーキ層によるろ過抵抗よりは有機物の膜への負荷によるろ過抵抗が大きいことが明らかになった。

 第6章では、人工下水二次処理水の成分を易分解性系、フミン系、高分子系グループに分けて連続処理実験を行い、次の結果が得られた。

(1) 易分解性系では活性炭を添加することにより水質改善効果とろ過継続時間延長効果がともに得られた。生物分解と活性炭吸着による効果が期待された。

(2) フミン系でも、活性炭添加で両方の効果が得たものの、ろ過継続時間が次第に短くなる現象が見られた。これは、吸着の進行とともに活性炭表面の性質が膜と付着しやすくなって、膜ろ過抵抗を上昇したと判断される。

(3) 一方、アラビアゴムが含まれている高分子系では、活性炭添加による水質改善効果はあったが、膜ファウリングを起こしやすくなりろ過継続時間は活性炭なしの系より短かった。その原因物質はアラビアゴムであり、水中または活性炭表面に吸着したアラビアゴムは糊のように作用し活性炭同士を集塊させ、短時間でケーキ層抵抗を上昇させたと考えられる。

(4) グループごとの処理特性を考慮したモデルを用い、実験結果に対する物質収支をよく説明できた。原水成分の特性を十分知ることにより、処理水質の予測ができることが示唆された。

 第7章では、多摩川下流部にある玉川浄水場の原水を用いて連続処理実験を行い、次の結果が得られた。

(1) 実河川水を用いて行った実験結果は、人工下水二次処理水を用いた実験結果の傾向とよく一致していた。

(2) 濁質の除去に関して、活性炭の有無および流束の変化に関係なく流出水の濁度は0.1NTU前後で安定した水質が得られた。

(3) 膜差圧の変化については、活性炭を高濃度(40g/L)で添加することによるファウリング抑制効果が明らかに見られた。しかし、活性炭濃度4g/Lの場合はその効果が見られなかったので、高濃度活性炭を導入する必要があることを確認した。また、流束を低く維持することにより、ろ過継続時間が長くなったことから、流束がろ過抵抗に大きく影響することがわかった。

(4) TOCとE260の除去からみた水質の改善効果については、流束を変化することによる除去率の変化は殆ど見られず、流束は処理水質には影響しないことが示された。一方、活性炭添加による処理水質への影響は大きく、活性炭濃度が高くなるほど処理水質もよくなることが確認された。

 第8章では、本論文の結論を取りまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「膜分離型高濃度粉末活性炭処理システムの開発に関する研究」と題し、8章より構成されている。膜分離技術の特性と吸着性に優れた粉末活性炭との組み合せにより、生物学的な処理特性も併せ持つ高度浄水処理装置の開発を目的として、その基本的運転処理特性を解析したものである。本システムは、急速ろ過法と異なり、原理的には凝集剤を使用しない浄水システムであるので、発生浄水汚泥量の抑制、薬品添加による副次的な作用の低減など、新しい高度浄水プロセスとして期待されているシステムである。

 第1章では、研究の背景と目的および論文の構成について述べている。

 第2章では、水処理における活性炭吸着と膜分離の原理と応用および活性炭と膜の組み合せに関する既存の研究について取りまとめている。

 第3章では、研究に用いた活性炭,大腸菌ファージQβ,人工下水二次処理本成分、分析方法、実験装置および運転方法について説明している。

第4章は「活性炭の吸着実験および膜ろ過特性実験」である。活性炭に対する大腸菌ファージQβと人工下水二次処理水成分の吸着特性、粉末活性炭混合液の膜ろ過特性を調べ、次の成果を得ている。

(1) 大腸菌ファージQβは粉末活性炭に対して一次反応式に従う吸着パターンを示すこと、また吸着反応速度はpHに依存し、Qβの等電点であるpH5.3付近で吸着速度が急激に増加することを確認している。高濃度の粉末活性炭による大腸菌ファージQβの除去特性を明らかにしている。

(2) 人工下水二次処理水の活性炭への吸着処理特性はその有機物成分ごとに大きく異なることを示している。特にアラビアゴムのような高分子物質は活性炭への吸着速度や吸着容量が非常に低いことから、実際の処理に当たっては処理装置の処理性能や処理効率に及ぼす影響が大きいとしている。

(3) 安定的にろ過運転を行うためには、適切な活性炭濃度と流束を設定する必要があることを粉末活性炭のみを用いて行ったろ過実験から示している。

 第5章は、「連続処理における粉末活性炭濃度の影響」である。連続処理における活性炭濃度の影響など運転特性を調べ、次の結果を示している。

(1) 大腸菌ファージQβを用いた連続処理実験により、膜だけではQβの除去は不十分であること、活性炭濃度10g/Lで約21og(99%)の除去率、活性炭濃度40g/Lで31og(99.9%)の除去率が得られることを示している。

(2) 人工下水二次処理水を対象とした実験で、活性炭濃度0g/L、10g/L、40g/Lにおける膜抽出有機物量は0.38mg/m2、0.28mg/m2、0.064mg/m2となり、活性炭濃度が高くなるほど有機性成分の膜への負荷が小さくなることを示している。

(3) 粉末活性炭添加により、槽内微生物を高濃度に保持できるようになり、硝化反応を促進できることを示している。

(4) 活性炭濃度が高いほどろ過継続時間が長くなることにより、活性炭ケーキ層によるろ過抵抗よりは有機物の膜への負荷によるろ過抵抗の方が大きくなることを示唆している。

 第6章は、「人工原水成分ごとの運転処理特性」である。人工下水二次処理水の成分を易分解性系、フミン系、高分子系グループに分けて連続処理実験を行い、次のような有機物質の成分特性と本システムの処理特性の関係を明らかにしている。

(1) 易分解性系では活性炭を添加することにより、水質改善効果とろ過継続時間延長効果がともに得られることを示している。

(2) フミン系でも、活性炭添加で上記両者の効果が得られるが、ろ過継続時間が次第に短くなる現象が見られることを見出している。

(3) 一方、アラビアゴムが含まれている高分子系では、活性炭添加による水質改善効果はあるものの、活性炭表面に吸着したアラビアゴムは糊のように作用し活性炭同士を集塊させ、短時間でケーキ層抵抗を上昇させることを見出している。

 第7章では、東京都多摩川下流部の河川水を用いた連続処理実験を行い、次の結果を得ている。

(1) 河川水を用いて行った実験結果は、人工下水二次処理水を用いた実験結果の傾向とよく一致することを示している。

(2) 膜差圧の変化から、活性炭を高濃度(40g/L)で添加することによるファウリング抑制効果が見られたが、活性炭濃度4g/Lの場合はその効果が見られなかったことより、高濃度の粉末活性炭を有するシステムにする必要があるとしている。また、流束を0.5m/日と低く維持することにより、ろ過継続時間を長くすることができることを実証している。

(3) TOCとE260の除去からみた水質の改善効果については、流束は処理水質には影響しないことを示し、一方、活性炭添加による処理水質への影響は大きく、粉末活性炭濃度が処理水質を支配することを実証している。

 第8章は、「結論」である。

 以上のように、本論文は新しい浄水処理の開発に有用な基礎的で幅広い知見を与えており、都市環境工学の学術の分野の発展に寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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