学位論文要旨



No 115668
著者(漢字) 金,鍾元
著者(英字)
著者(カナ) キム,ジョンウォン
標題(和) 非連続モデルによる繊維強化複合材料の破壊挙動評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 115668
報告番号 甲15668
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4784号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 やなぎ本,潤
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

 最近の先端材料の開発とともにその固体材料の力学的な挙動と破壊挙動を把握しておく必要がある.ほぼ等方均質め従来の材料に対して,力学的な挙動は連続体力学に基づいた等方均質の連続体モデルで評価されているがき裂を考慮した破壊挙動については連続体において定義される破壊パラメータである応力拡大係数K,エネルギ解放率g,J-積分,CEDなどにより把握されている.しかし本研究の対象である一方向連続繊維強化複合材料を含む異材などの複合材料においてその力学的挙動は異方性を考慮に入れた連続体モデルで評価されているが,破壊挙動に対しては従来材料に対する破壊パラメータを拡張した形のものが殆どであり,繊維強化材などの微視的な構造を考慮しない.また破壊パラメータ評価は明確ではないところがある.

 そこで本研究では従来の解析方法やモデリングにおける欠点を克服するためのモデリングや解析手法の開発を本研究の目的とする.本研究の目的を果たすためモデリングとしては材料の微細構造,非連続的な構造や非連続的挙動を考慮に入れた非連続モデルを採用し,き裂パラメータとしては物理的意味が明確であり,構成条件の制約がないき裂エネルギ密度CEDを採用する.種々の問題におけるCEDの評価を介し様々な問題に適用するとともにその基本的な事項を検討し,本研究のモデル化の妥当性や有用性を示すことを目的としたものである.本研究により得られた知見を総括すると以下のようなものとなる.

 第1章は本研究の序論であり,最近先端材料の開発とともにその固体材料の力学的な挙動と破壊挙動を把握する必要性についてのべてある.力学的なアプローチや破壊力学のアプローチについて歴史的背景や現象を簡単に振り返りながら本研究の対象である一方向の繊維強化複合材料の特徴および繊維強化材における繊維ブリッジング,引き抜け,繊維-マトリックス間の界面はく離,摩擦,滑り,界面への応力伝達機構などの様々な現象について述べ,それらの現象に注目したモデリング手法,モデリングの際に,用いられている非連続モデルや破壊パラメータとしてエネルギ面積密度の物理的な意味を有するCEDの評価法について簡単に説明してある.また本論文の目的と概要ならびにその構成について簡潔に述べてある.

 第2章では本研究の対象である一方向の繊維強化複合材料(繊維強化材)における破壊挙動を評価するための基本的な事項について記述した.繊維強化材をモデリングするための非連続モデルについて述べた.解析モデル化に際して破壊に関することを調べるためには破壊力学的なアプローチが欠かせないので,その破壊力学に関しての必要な事項を記述する.次いでその破壊力学の繊維強化材における繊維ブリッジングの解析,繊維はく離問題の扱いなどの実例を挙げ説明した.巨視的かつ微視的な立場から幅広くその応用や様々な問題への適用が見込まれているき裂エネルギ密度CEDの基本概念および内容の概略を述べた.繊維強化複合材料においての破壊挙動評価は本来3次元で行われるべきであるが,理論的なアプローチのみならず実験的アプローチおよび数値計算的なアプローチも現実には制限があり,種々の2次元あるいは円筒軸対称モデル化による解析が最近行われている.しかし2次元あるいは円筒軸対称モデル化による破壊挙動評価は各々のモデル化に制約があり,不明な点がおおい.そこで破壊パラメータCEDを一方向の繊維強化複合材料に適用するための準備段階として,3次元モデルにおけるCED評価について述べ,第3章の本研究の繊維強化材におけるCED評価の導出に参考となるものとした.

 第3章ではブリッジングを考慮した破壊パラメータ評価,また繊維はく離問題における破壊パラメータにおける問題点を指摘し,これら問題点の克服を期待できるものとしてCEDを中心とする体系を考え,次の成果を得た.(1)繊維ブリッジングの効果を取り入れた2次元モデルと繊維はく離を対象とした軸対象モデルに対し,き裂内面の分布力,また界面の摩擦力を考慮に入れてCEDの評価を可能とするCEDと荷重一変位曲線の間に成り立つ関係を導いた.(2)繊維はく離現象を念頭に,軸対称モデルにおけるCEDの径路独立積分表示を導いた.(2.1)始めに弾性連続体モデルを対象にき裂が対称軸に直交する場合と平行となる場合についてのCEDの径路独立積分表示を導き,前者はこれまでに大路らにより物理的意味ははっきりしないまま得られている径路独立積分と一致することを示した,後者は繊維はく離問題におけるようなき裂が異材界面に存在するような場合に対しても有効である.(2.2)連続体モデルで非弾性挙動をも考慮に入れての2.1における2種類のき裂に対するCEDの径路独立積分表示を導いた.(2.3)以後の4,5,6章で実際に用いる非連続モデルに対する非弾性も考慮に入れたCED評価のための径路独立積分表示手法を導いた.

 第4章では繊維強化複合材料におけるマトリックスのなかにき裂が生じ,そのき裂面に繊維がブリッジングする,いわゆる繊維によるシールディング機構のモデルを想定し,非連続モデルによる繊維ブリッジングが定式化され,幾つかの例題の数値解析を行った.本研究のCED評価法にしたがい,繊維ブリッジングの定量的評価および繊維破断とマトリックスき裂の進展を考慮した破壊靭性評価も有効で行えることを明らかにした.その結果,以下の結論が得られた.一方向繊維強化複合材料を直交異方性材料と見なし非連続モデルの導入により通常の有限要素法を適用できるモデリングを行った.繊維強化複合材料中のマトリックスき裂の先端周りの塑性域を非連続要素を考慮した非連続モデルと見なすことで繊維ブリッジングが定式化されることを明らかにした.繊維ブリッジング機構の定式化の際,CEDと荷重-変位曲線との関係が与えられ数値解析を通して,CEDの非連続モデルによる直接評価と荷-変位曲線からのCEDの比較により繊維ブリッジングのCEDの寄与分を評価することを示した.CEDの径路積分評価を行い,従来のパラメータ,J-積分との比較により本研究の径路積分評価が容易に行われることと有効であることを明らかにした.ブリッジングしている繊維の破断を考慮した解析を行い,繊維破断のときの安定,不安定の繊維破断を判断するため2つのモデル,つまり簡便法および履歴を考慮した繊維破断の2通りを考え安定,不安定のクライテリオンとしてCEDが有用に用いられることを示した.破壊靭性値としてCEDを採用しマトリックスき裂の進展を考慮した破壊靭性評価も可能であるとを明らかにした.ブリッジングしている繊維に適用している構成関係のパラメータを調節することで繊維の引き抜け量やブリッジング応力との関連付けが可能であることを示した.これらの解析による定式化により,一方向繊維強化複合材料の繊維ブリッジング問題の定量的な評価が行えることを明らかにするとともにCEDの3通りの評価が有効であることを示した.

 第5章では繊維強化複合材料における高靭化機構を達成するためには繊維-マトリックス界面にはく離と滑り(スライディング:sliding)が生じる必要がある.この界面におけるはく離や滑り問題を一本繊維を取り出した円筒軸対称モデルとしてモデリングし,界面上に非連続モデルを入れてはく離面内とはく離先端のリガメントをBCSモデルと見なして解析を行った.き裂エネルギー密度,CEDの概念は破壊力学におけるこのような状況の打破を目指し,構成条件などに何ら制約がなくき裂の一生を通じて明確に定義され,かつ物理的意味も明らかなパラメータとして提案されたものであり繊維強化複合材料の二次元き裂問題における繊維ブリッジング機構,ブリッジングによる高靭化機構などへの適用を通じてその有効性が示されてきた.本研究はこのき裂エネルギー密度の概念を一本繊維の軸対称モデルに適用し,その基本的性質を明らかにするとともにその評価を通して基本的知見が得られた.繊維強化中の界面はく離や滑り問題を一本繊維を取り出した円筒軸対称問題にモデリングした.一本繊維を考慮した円筒軸対称モデルの繊維-マトリックス界面に非連続モデルを入れ,界面摩擦をBCSモデルを用いて評価できることを示した.はく離先端部の非連続要素により破壊パラメータとしてのCEDが直接評価できるとともに荷重ー変位曲線からも求められることが可能であることを明らかにした.本研究のモデルにより従来評価できなかった径路独立積分の表示が可能であることと非連続モデルにおけるCEDおよびJ-積分の径路独立性が成り立つことを立証した.繊維の引き抜け量を本研究の非連続モデルの構成関係におけるバラメータを調整することより第4章のブリッジング応力とすべり量の関係に当てはめることができることを示した.

 第6章では本研究のモデルとして六角形配列を持つ繊維強化複合材料を仮定し,一本の繊維を取り囲むき裂を有する円筒軸対称モデルを考え本研究の対象とした.つまりマトリックスに環状き裂を有するものをモデリングした.き裂を考慮する破壊パラメータとしてCEDを採用し,環状き裂のリガメント部および界面に非連続要素を入れ,CEDを用いたパラメータ評価をおこなった.その結果,以下の結論が得られた.マトリックスに環状き裂を有するモデルに非連続要素を繊維-マトリックスの界面に挿入したモデルと,界面およびき裂先端,つまり,リガメント部にも非連続要素を入れたモデルに対してそれぞれ,連続体モデル(非連続要素を挿入せず)と比較しながら,そのモデリングの意義を示すとともに,本研究のモデリングの妥当性を確認した.本研究のモデルと連続体モデル(非連続要素を挿入せず)と比較する際,破壊パラメータとしては応力拡大係数(κ)を理論解や近似解(変位法によるもの)およびCEDより換算したものと本研究のモデリングの妥当性を検討した.破壊パラメータとして幅広く適用できるき裂エネルギ密度(CED)を用い,界面におけるはく離のクライテリオンとしてその有用性を試みた.特に界面はく離問題を結合力モデルと類似な2次元モデルにおけるBCSモデルと同様なモデルに置き換え,せん断応力により界面の挙動が評価されるようにし,はく離摩擦の挙動を検討した.なお環状き裂長さの変化を考える際き裂先端の非連続要素に於ける相対変位と応力成分からき裂エネルギ密度(CED)を直接もとめて評価できることを明らかにした.またマトリックス,界面ともに非弾性の挙動を考慮に入れた解析を行い,界面とマトリックスき裂間の相互作用について定量的な検討を示した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「非連続モデルによる繊維強化複合材料の破壊挙動評価法に関する研究」と題し、全7章からなる。

 繊維強化複合材料は、繊維材とマトリックス材の適切な複合により達成される高比弾性、高比強度等の故に適用分野を益々広げつつあり、新たな材料の開発が進むと共にその構造部材としての適用において必要となる強度・破壊挙動評価手法の確立が求められている。繊維強化複合材料はその破壊プロセスを見るときマトリックス中でのき裂の発生・進展、繊維に到達したき裂端部からの繊維の引き抜け、繊維にまたがるき裂を閉じるように作用する繊維の架橋、それに続いての繊維の破断とき裂の進展といった段階に分けることが出来、従来の研究においてはこれらの段階を個々に取り上げ、異なる方法論、パラメータを用いて評価するということが行われている。本研究はこの繊維強化複合材料の上記各破壊段階を、破壊が生じ進行する面の非連続性を考慮に入れた非連続モデルを用い、パラメータとして常にひずみエネルギ面積密度の意味を持つCEDを導入することにより、各破壊段階を統一的な考え方で捉え、扱うことを可能にする方法論を開発し、基本的門題に対する数値解析を行ってその汎用性、有効性を示したものである。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的・意義、および本論文の構成について述べている。

 第2章「本研究に関連する基礎事項」では、本研究を展開する上で必要となる非連続モデル、CEDを中心とした破壊力学、繊維強化複合材料に関わる基礎的事項をまとめている。

 第3章「繊維強化材中のき裂のCED評価に関わる基本関係の導出」は上述の各破壊段階を表現する非連続モデルにおいてCEDを評価するための基本関係を導いた部分であり、これを適用することにより以後の各章の研究が進められている。はじめに繊維ブリッジングの効果を取り入れた2次元モデルと繊維はく離を対象とした軸対称モデルに対し、き裂内面の分布力、また界面の摩擦力を考慮に入れてCEDの評価を可能とする、非弾性挙動も考慮に入った、CEDと荷重・荷重点変位曲線の間に成り立つ関係を導いており、さらに繊維はく離現象を念頭に軸対称モデルにおけるCEDの径路独立積分表示を導いている。そして各破壊段階に対し従来用いられている破壊パラメータに関する問題点を指摘し、CEDおよびここで導いた関係を用いるとき、これらの問題点は克服されるものとなることを述べている。なお最も一般的な状況を対象に導いた径路独立積分を弾性問題、通常の連続体モデルと特殊化することにより、これまでに物理的な意味ははっきりしないまま導かれている幾つかの径路独立積分の意味が明らかになることも示している。

 第4章「繊維ブリッジング効果を考慮した破壊パラメータ評価」では、2次元モデルを用い、ブリッジングの効果および非弾性挙動を反映できるモデルとして、き裂面内の2種類のSwift型構成関係に従う非連続要素と直交異方性を有する連続体要素からなる非連続モデルの有限要素解析を行い、き裂端部における量からの直接評価、また前章で導いたCEDと荷重-荷重点変位曲線の関係、径路独立積分によりCED評価を行い、ブリッジング、負荷中の繊維破断、き裂進展のCEDに与える影響につき基本的な検討を行っている。これらの解析を通じ、直接評価、CEDと荷重-荷重点変位曲線の関係からの評価、径路独立積分によるCEDはよく一致することが示され、これは、評価されたCEDの妥当性を示すと共に、前章で理論的考察により導いた基本関係が正しいことを数値的に実証するものとなっている。

 第5章は「界面はく離問題における破壊パラメータ評価」であり、ここでは軸対称モデルを用い、繊維とマトリックス界面に非連続要素を入れた問題解析のための有限要素定式化を行い、繊維の引き抜けに対するシミュレーションを行っている。CED評価は直接評価、3章で求めたCEDと荷重-荷重点変位の間の関係、径路独立積分により行い何れの結果もよく一致することからCEDが妥当に評価されていること、またCEDと荷重-荷重点変位の間の関係、径路独立積分による評価の正しいことを数値的に実証している。そしてここで適用したモデルにより、従来法では困難であった、引き抜け間題における摩擦の効果、界面き裂端部での特異性の効果も入れたCED評価が容易に実施可能であることを示している。

 第6章「非弾性挙動を考慮した繊維強化材中の破壊挙動評価」はマトリックス中き裂が繊維に近づくときのCED変化を、環状き裂が繊維に近づく軸対称モデルにより評価したものであり、通常の連続体モデル、き裂面に非連続要素を入れたモデル、さらには界面にも非連続要素を入れたモデルにより解析を行い、繊維に近づくことによる、さらにはき裂端の接近に伴う界面はく離の破壊パラメータヘの影響が、CEDを導入することにより、通常の方法では困難な非弾性挙動の影響の効果も入れて、容易に行えることを明らかにしている。

 第7章は「総括」であり、本論文の成果がまとめられている。

 以上要するに本論文は、そのメカニズムが異なる各破壊段階に対し、それぞれの方法論、必ずしも意味が明確でないパラメータに基づき行われてきた繊維強化複合材料の破壊挙動・強度評価を、解析モデルとしての非連続モデルと破壊パラメータとしてCEDを導入することにより、従来困難であった非弾性効果や摩擦の効果も取り入れて、一貫した形で行うことを可能とする、汎用性ある方法論を提案しその有効性を実証したものである。今後益々適用範囲の広がりが期待される繊維強化複合材料の強度信頼性の向上と材料開発に寄与するところが大きいものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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