学位論文要旨



No 115670
著者(漢字) 高垣,昌和
著者(英字)
著者(カナ) タカガキ,マサカズ
標題(和) 異方性損傷理論による複数分布する疲労き裂の進展挙動シミュレーション
標題(洋)
報告番号 115670
報告番号 甲15670
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4786号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中村,俊哉
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
内容要旨 要旨を表示する

 近年の科学技術の進歩に伴って機器やプラントは、構造的により複雑になっている上、非常に過酷な稼動条件となっているため、構造物にはき裂などさまざまな損傷が生じ、深刻な場合、複数の損傷が点在しているような状況がある。このような損傷が存在する構造物に疲労負荷がかかると広範囲に力学的な影響を与え、これらの損傷は近接していなくとも相互干渉して、構造物は予測よりも短寿命となる。このため、すべての損傷を考慮して構造全体を対象として損傷評価を行わなければならない。

 従来、疲労き裂の損傷評価は、破壊力学概念を適用してFEMなどにより応力解析を実施した結果よりき裂進展解析を行うといった手順で行われる。しかし、単一のき裂などが対象であるならば、十分な精度で損傷評価ができると考えられる。しかし、複雑に分布するき裂などを従来の方法で評価するためには個々のき裂をFEMなどによりモデル化して応力解析を実施した後、き裂の損傷評価を一つ一つ行わなければならない。コンピュータの計算速度が飛躍的に高速化しているものの解析には相当の労力、時間が必要となる。また、複数の損傷を個々に評価するために破壊力学を直接適用することは不可能でないにせよ大変困難である。よって、複雑に分布するき裂に対する損傷評価法を、新たに提案することは工学的に大変重要なことは、明らかである。

 本研究では、損傷力学概念を導入して複雑分布するき裂の進展挙動解析を提案しその妥当性の評価を行った。損傷力学では、図1(b)のように分布欠陥を有した部材の断面Aは、欠陥により実断面積は減少している。そこで仮想的に(c)のように実断面積A*の同形状の部材を取り扱うことにより損傷による剛性低下を考慮しつつ通常の連続体力学と同様に計算することができる。このとき、D=1-A*/Aのような面積欠損率Dを損傷変数と呼ばれている。また、FEMに損傷力学概念を適用することにより、巨視的き裂を図3のように損傷変数を導入した要素でモデル化し、き裂進展解析が行われている。しかし、この分野は本来、クリープ破壊などを対象としているため、損傷は等方的に近似された形で扱われている。しかし、巨視的き裂が生じている部材は力学的に異方性を示すため、単一要素ではき裂を表現できないという問題がある。したがって、損傷変数をスカラではなくテンソルで記述する必要がある。一方、微小欠陥をより厳密に表すため図2(a)のように異方性を考慮した損傷テンソルが提案されている。座標軸は、損傷の主軸であり、損傷変数はその主値となる。そこで、微小き裂の集合が巨視的き裂であると考え、巨視的き裂に対しても(b)のように定義した。ただし、本研究の目的は、複雑き裂の解析であるため任意方向のき裂が表現できなければならない。よって、定義したテンソルを座標変換した次式のような形を考えた。ここでは、2次元場について示した。

ただし、θはX軸に対するき裂の角度を表す。

 この損傷テンソルを用いて損傷による剛性低下を表現するため、実質応力と弾性係数マトリックスを次式のように書き換える。なお、テンソルは、行列表記している。

ただし、〓であり、各成分は(3)のようになる。

 一方、弾性係数マトリックスDeは、

のように表すことができる。以上のように異方性損傷テンソルを用いて任意座標における実質応力及び弾性係数マトリックスが示された。これにより任意方向のき裂の力学的効果を構成式に組み込むことが可能となる。また、損傷要素の配置と異方性損傷変数によって巨視的き裂を定義することが容易になり、さらに複数の巨視的き裂を表現することも簡単に行うことができる。

 次に低サイクル疲労き裂伝播を表現するために損傷変数の発展式が必要となる。損傷力学において疲労破壊に対する損傷発展式がいくつか提案されているが、ほとんど単軸負荷を考慮したものである。巨視的き裂の進展方向が最大主応力方向と一致すると考えると、従来の発展式が適用できる。Lemaitreによると疲労における損傷発展式は

のように示されている。ここで、Δσ、Δεsは、それぞれ主応力方向の応力範囲とひずみ範囲である。また、Eはヤング率、Sは損傷に対する強さを表す材料定数である。

 続いて、疲労き裂の挙動を表現するために検討しなければならない課題がある。ひとつはき裂の開閉口挙動であり、もうひとつは、これに伴って力学的異方性が表れるため異方性の降伏関数を検討しなければならない。き裂の開閉口は、これまでに応力やひずみの正負を基準として開閉口の判定条件が提案されている。単軸負荷では問題ないと思われるが、複数のき裂が存在するならば複雑な応力場が予測される。したがって、従来の基準では精度よく表現できないと考える。そこで、新たに判定基準を検討した。本研究ではFEMを用いることからそれぞれの要素の各応力、ひずみ成分が計算される。そこで、想定されるき裂の角度から変換則によってき裂面に垂直な方向の応力、ひずみが求められる。き裂開閉口判定にこの値を適用する。判定条件は、ひずみが負になるとき裂の閉口し、応力が正になると開口するものと考える。

 また、降伏関数は、空げきによる圧縮性を考慮したGursonの降伏関数を拡張して、き裂の開閉口条件と合わせて力学的異方性を表現する。引張負荷での剛性の低下を表すために下式のように応力を実質応力で書き換える。

ここで、 σeq、σHはそれぞれ実質応力による相当応力と平均応力である。また、Rは、降伏応力、fは損傷の体積分率を表し、qは補正値である。以上、述べてきたことを用いて、一般的な固体力学の手法により弾塑性損傷構成側を求めた。

 ただし、分母FDENOは、

 と求められた。この損傷を考慮した構成則をFEMに導入することによりき裂を考慮した応力解析を行う。

 まず、これまでに提案した理論の妥当性を検証するためにCCT試験片をモデル化して応力解析を行った。解析条件は、弾性範囲の単純引張負荷を与えている。比較として汎用コードにより一般的なき裂進展解析法を用いた解析を合わせて行った。その結果は図5に示した。左図の中央左端に損傷要素を指定している。両図を比較すると十分な一致が見られることから、異方性損傷変数の妥当性が示されたものと考える。

 次に、低サイクル疲労き裂伝播の解析結果と比較するために平板試験片を用いて低サイクル疲労き裂伝播試験を実施し、き裂の進展挙動、特にき裂間の干渉と合体について評価した。供試材は、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304である。また、試験片には、図6のように2つの有孔部を施してある。それぞれの配置は、水平、平行、段違いの試験を行った。この試験結果は、解析結果と合わせて示すが特徴的な挙動について知見が得られた。

 これより低サイクル疲労き裂進展解析について述べる。はじめに損傷発展則の材料定数を決定するために単一き裂の解析を実施した。材料定数8は、それぞれ2.0、3.0、4.0について実施した。解析結果として繰返し数一き裂長さの関係を図7に示した。この図中の実線は、単一き裂の実験結果である。これよりS=3.0がもっと一致していることがわかる。

 続いて、先の実験で用いた段違いの有孔部(高さ5mm、幅15mm間隔)がある試験片をモデル化し解析を行った。解析条件は、試験条件と同一である。得られた結果は、図8に示したようにおおよそ満足のいくものである。この結果よりき裂進展方向についてさらに検討する必要があると考えられる。

 2つのき裂の進展挙動解析が十分な精度を有していることが示されたのでさらに本研究の目的である複雑分布するき裂の解析を実施した。負荷条件は、先ほどの解析と同条件とし初期き裂を図9のように配置した。得られた結果は、図10に示した。これは、2000サイクル目の応力状態である。それぞれのき裂により応力集中部が近接する互いのき裂先端方向に偏っていることがわかる。このように複数にき裂であっても従来の解析法と異なり節点解放などのメッシュモデルへの処理が必要でないため、き裂がさらに複雑に存在したとしても容易にモデル化すること可能である。

 これまで述べてきたように異方性損傷理論による疲労き裂進展解析法の有効性が示された。最後に結論として、本研究で提案した損傷を考慮した応力解析法は、これまで複雑に損傷が分布する場合、従来の手法では正確な解析が困難とされてきた問題に対しても容易に適用することができる。これまで損傷力学の分野では、複雑にき裂が分布する部材の低サイクル疲労への適用は損傷の機構上困難とされ、他の破壊機構と比べてあまり研究が進んでいないのが現状であった。しかし、本研究において提案した解析法を適用することにより低サイクル疲労破壊を十分に評価することが可能であるものと考える。

図1 棒材の引張負荷における変形と損傷

図2 実質面積ベクトルと有効応力テンソル

図3 損傷理論による複数平面き裂のモデル化

図5 弾性範囲における解析(負荷方向応力コンター図)

図6 有孔部配置図

図7 単一き裂のき裂長さ-サイクル数の関係

図8 き裂進展挙動の比較(2000cycles)

図9 複雑分布するき裂

図10 複雑分布するき裂の解析結果(Y軸応力コンター)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「異方性損傷理論による複数分布する疲労き裂の進展挙動シミュレーション」と題し、9章よりなる。高温機器の熱疲労や応力腐食割れでは多数のき裂がランダムな方向に分布発生することがあるが、このような劣化構造の耐震性や余寿命など、構造健全性を評価するためには、き裂伝播や劣化による剛性低下を同時に考慮した解析、すなわち、応力ひずみと損傷進展の統合的評価が必要である。本研究は、損傷力学の概念を用いて、き裂の存在に起因する力学的異方性と剛性低下を損傷変数で表現するとともに、弾塑性構成方程式への導入、ならびに、低サイクル疲労における損傷発展式を提案し、複数のき裂を含むような複雑な損傷を受けた構造の低サイクル疲労き裂伝播とそれを伴う弾塑性応力解析を統合的に行う手法を開発したものである。開発された手法によるシミュレーション結果は実際のき裂伝播試験結果とよく一致し、本手法の妥当性が示されている。

 第1章は「序論」であり、損傷評価法の現状についての調査結果を述べるとともに本研究の必要性、目的、および、論文の構成について述べている。

 第2章は「連続体損傷力学」と題し、本研究の基礎となる損傷力学の基本概念と応用例について説明している。特に、本研究に直接関連する、疲労損傷に対する損傷力学の適用例について詳述している。微小空隙の発生成長という、等方的なクリープ損傷に対する損傷力学の適用例は多いが、力学的に異方性を考慮しなければならないき裂状の損傷、特に、疲労損傷に対する適用例は少ないこと、また、それらにおいてもき裂の存在による異方性は十分考慮されていないことを指摘している。

 第3章「異方性弾塑性損傷構成則」では、き裂状損傷を考慮した弾塑性損傷構成則について記述している。はじめに、第2章で説明された損傷力学の基本概念に基づいて、巨視き裂に対する、力学的異方性を考慮した損傷変数を定義している。この損傷変数は異方性を表現するために2階のテンソルとして与えられる。すなわち、その主軸はき裂面とその法線で定義され、また、主値はき裂面における断面減少率を表している。次に、本研究では低サイクル疲労破壊のシミュレーションが目的であるため、き裂の開閉口挙動についての検討を行い、き裂面法線方向のひずみと応力に着目した、き裂開閉口の判定方法を提案している。一方、降伏関数としては、欠陥を含む材料について提案されたGursonの降伏関数に対して損傷力学の実応力概念を導入することにより、き裂の存在による力学的異方性を表現した。以上の理論のもとに通常の塑性力学の手順に従い、弾塑性損傷構成方程式を導出している。なお、本弾塑性構成方程式では等方硬化、移動硬化ともに非線形硬化則が用いられている。また、最大主応力に直交する方向にき裂が成長するという仮定を設けることにより、一般の多軸応力場において計算可能な疲労損傷に関する発展方程式を提案している。

 第4章は「単一き裂を有したモデルの弾性応力解析」と題し、第3章において導入した損傷変数による巨視き裂の表現が妥当なものであるかを検証するため、単一き裂を有したモデルの弾性応力解析を行っている。すなわち、汎用有限要素コードを用い、標準の弾性構成則を用いたき裂材の解析、および、き裂を損傷変数で表現した弾性解析が行われた。このようにして得られた解析結果より各応力成分を比較したところ十分な一致が見られ、本論文で導入した損傷変数によりき裂はよく模擬されることが示されている。

 第5章「低サイクル疲労き裂伝播試験」では、オーステナイト系ステンレス鋼SUS304の低サイクル疲労き裂伝播試験について述べている。すなわち、提案する解析法の妥当性を検討するための検証データを得ることを目的として試験を実施した。この試験において使用した試験片には、適当な間隔で振り分けた有孔部を2箇所設けている。なお、本試験を実施するため、CCDカメラとパーソナルコンピュータによる画像解析を組み合わせたき裂長測定システムを独自に開発している。本章ではこれら実験装置と実験結果について述べている。

 第6章「単一き裂における疲労き裂進展シミュレーション」では、提案したモデルの材料定数が決定されている。すなわち、一単一き裂モデルのシミュレーション結果と、過去に行われた同条件のき裂伝播試験結果を比較することによって、材料定数が決定されている。同時に、限定された条件下ではあるが、本研究で仮定された疲労損傷発展式が妥当であることも示されている。

 第7章「複数き裂における疲労き裂進展シミュレーション」では、複数き裂モデルの低サイクル疲労破壊シミュレーションが行われた。ここでは、第5章で説明された複数き裂の低サイクル疲労き裂伝播試験がシミュレーションの対象とされている。有孔部から生じたき裂を損傷要素により初期損傷として与え、実験と同じ負荷に対する、損傷発展を伴う応力解析を行った。シミュレーション結果は低サイクル疲労き裂伝播試験の結果と比較されて、本モデルの妥当性が検討されている。その結果、二つのき裂の干渉による複雑な応力場におけるき裂伝播挙動、ならびに、応力応答について、いずれも実験結果ξ計算結果はよく一致し、提案する手法の妥当性と有効性が確認されている。

 第8章「異方性損傷理論の適用について」では、初期き裂の方向および配置を不規則に設定した平板モデルの低サイクル疲労シミュレーションが行われた、そして、熱疲労など実際の複雑な損傷形態に対して本手法が適用可能であることを示している。

 第9章「結論」では、以上の成果がまとめられている。

 以上要するに、本論文は、損傷力学の概念を用いて、き裂の存在に起因する力学的異方性と剛性低下を損傷変数で表現するとともに、弾塑性構成方程式への導入、低サイクル疲労に対する損傷発展式を提案し、複数のき裂を含む複雑な損傷を受けた構造の低サイクル疲労き裂伝播とそれを伴う弾塑性応力解析を統合的に行う手法を開発したものであり、機械工学、材料力学の発展に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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