学位論文要旨



No 115671
著者(漢字) 崔,竣豪
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ジュンホ
標題(和) 液体ナノメニスカス架橋の動的特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 115671
報告番号 甲15671
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4787号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
 東京大学 講師 鈴木,健司
 機械技術研究所 主任研究員 加藤,孝久
内容要旨 要旨を表示する

 21世紀のテクノロジーの中でナノテクノロジーは重要なキーワードの一つになると予測されるが、微小な機械要素のしゅう動部に形成される微小なメニスカス架橋(ナノメニスカス架橋)の特性を把握することはナノテクノロジーにおいては重要な課題である。従来の液体薄膜の研究は、表面力測定装置(Surface Forces Apparatus, SFA)や原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope, AFM)の開発とともに飛躍的に発展してきたが、これらによって液体ナノメニスカス架橋が存在する液体薄膜の動的特性を明らかにすることは非常に困難である。例えば、表面力測定装置の場合には、非常に大きな接触面積を持つ雲母を固体試料として使用しているが、この場合流体力に比べてメニスカス力の寄与は無視できる。原子間力顕微鏡の場合には、表面間の距離の絶対値やチップの形状も正確には分からないのが現状で、このために、メニスカス架橋の動的特性を定量的に明らかにすることは非常に困難である。そこで、本研究では、1)二面間の距離を正確に決定できる実験装置を設計製作し、2)微小接触面積と単純な形状の固体試料を用いて液体メニスカス架橋が存在する液体薄膜システムの動的特性を明らかにすることを目的とする。

 本論文は、「液体ナノメニスカス架橋の動的特性に関する研究」と題して、以下に示す全7章から構成されている。

 第1章「序論」では、液体ナノメニスカス架橋について概説し、液体ナノメニスカス架橋が存在する液体薄膜についての研究において、既存の実験技術を用いた場合の問題点等を挙げるとともに、本研究の目的と本論文の構成について述べる。

 第2章「実験装置及び試料」では、本研究のために新たに設計製作した実験装置の原理、構成および性能に関して説明する。また、本研究で使用した固体試料と液体試料の物性値や形状について述べる。

 第3章「予備実験」では、本実験の前に、新たに製作した実験装置の精度および信頼性を確認するために行った二つの予備実験について述べる。ここでは、メニスカス架橋の静的特性に関する予備実験として、空気中でのガラス球間の凝着力を測定し、従来の研究と比較検討している。そして、メニスカス架橋の動的特性に関する予備実験として、液体薄膜の粘度を動的方法で測定し、その結果を示した上検討している。

 第4章「液体ナノメニスカス架橋の静的特性−メニスカス力の速度依存性」では、液体メニスカス架橋の基礎理論を理解する上、その静的特性を調べ、理論値と比較検討し、測定結果について考察を述べている。

 第5章「液体ナノメニスカス架橋の動的特性−Normal Oscillatory Method」では、液体薄膜に関する従来の研究について述べた上で、垂直振動方法を用い、液体メニスカス架橋システムのナノレオロジー特性を定量的に調べた結果を述べる、また、従来の研究結果と比較検討を行った結果や考察を加えている。

 第6章「液体ナノメニスカス架橋の動的特性−Lateral Oscillatory Method」では、実用的で多くの分野で応用できるせん断方向の振動実験を行い、実験結果を示し、考察を加えている。

 第7章「結論」では、以上の成果を総括している。

 図1に新たに設計製作した実験装置の構成図を示す。この装置では、原子間力顕微鏡の光テコ方式(optical lever deflection technique)を用いてマイクロカンチレバーに加わる力を10-11Nの分解能で測定することが可能である。本研究では、直径20μmのガラス球間(せん断振動実験の場合は、直径約20μmと90μmのガラス球間)に長さ数十nmのメニスカス架橋を形成させ、ピエゾトランスレーター側に接着してあるガラス球をメニスカス架橋の軸方向(垂直振動方法)または軸方向に対して垂直方向に振動(せん断振動方法)を与えて、両ガラス球間の位相差と振幅比を2位相ロックインアンプで測定し、その測定値から液体メニスカス架橋のレオロジー特性を明らかにした。液体試料は、コンピュータのハードディスクの潤滑剤として使用されている高分子液体Fomblin PFPE Zdolを用いた。本実験で用いた振動周波数の範囲は2〜1000 Hz(せん断振動実験の場合は5〜80 Hz)であり、振動振幅は1.5 nm(せん断振動実験の場合は100 nm)である。ガラス球間の距離Dは約30 nmの範囲で実験を行った。また、PFPE ZdolのRg ( unperturbed radius of gyration)の値は約1nmであるので、本実験の表面間距離の領域は30Rg以上となる。この領域でのSFAを用いた過去の研究によると、高分子液体薄膜はバルク液体の特性を示す領域である。

 図2に垂直振動方法から得られた液体ナノメニスカス系のバネ係数kや粘性係数ωbと振動周波数との関係を示す。図2(a)によりシステムのバネ係数はほとんど周波数に依存していないことが分かる。即ち、液体メニスカス架橋システムは、バルク液体とは全く異なる粘弾性固体(viscoelastic solid)の挙動を示しているということである。図2(b)から、高周波数で、しかも表面間距離が小さい時にωb曲線の傾きが1になっていることが分かる。このことは、この領域の液体は一定粘度を持つニュートン流体としての挙動をしていることを意味する。これに対して、表面間距離が266nmより大きくなると、ωb曲線の傾きは1より多少小さな値を示している。即ち、液体薄膜の粘度は非ニュートン挙動を示すものと考える。この効果は、周波数が低くり、表面間距離が大きくなるほどより顕著に現れる。図2(a)と(b)とを重ね合わせて、k曲線とωb曲線の交差点からCOF(Cross Over Frequency)を求める。このCOFとは、システムの弾性力と粘性力との割合が同じになる周波数のことを意味し、このCOFを求めることにより次のことが明らかになった:1)弾性力は低周波数領域で、粘性力は高周波数領域で支配的である。これは典型的なフォークトモデルの特徴である。2)COFはガラス球間の距離が増加するに従ってその値は大きくなる。即ち、これはシステムの遅延時間が短くなることを意味し、システムは大きい表面間距離では弾性力によって支配されることが分かる。

 以上のように、小さい半径を持つ二つのガラス球間に形成される高分子液体ナノメニスカス架橋システムは、バルクの高分子液体とは全く異なる動的特性を示すということが明らかになった。上述の全ての結果は垂直振動方法を用いて得られて結果であり、また、せん断振動方法を用いた場合も定性的に類似な結果が得られた。

以上

Fig.1 Experimental setup.

Fig.2 Log Plots of (a) elastic and (b) viscous force constants, k andωb, respectively as a function of modulation frequency at various surface separations: (□) 32 nm; (○) 51 nm; (△)131 nm; (+) 195 nm; (▽)266 nm;(◇) 520 nm; (×) 720 nm; (*) 980 nm.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「液体ナノメニスカス架橋の動的特性に関する研究」と題し、7章からなる.

 ナノテクノロジーは21世紀における重要なキーテクノロジーの一つになると予測されるが、微小な機械要素のしゅう動部に形成される微小なメニスカス架橋(ナノメニスカス架橋)の特性を把握することはナノ/マイクロマシンシステムにおいては重要な課題である.従来の液体薄膜の研究は、表面力測定装置(Surface Forces Apparatus, SFA)や原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope, AFM)の開発とともに飛躍的に発展してきたが、これらの測定部の幾何学的形状から考えて、液体ナノメニスカス架橋の一般的な動的特性を明らかにすることは困難である.このような現状認識から、本研究では、単純な形状の固体試料を用い、また二固体面間の距離を正確に決定できる微小引張/せん断試験機を設計製作して、長さが数十ナノメータ〜数百ナノメータのナノメニスカス架橋の動特性を明らかにすることを目的としている.

 第1章ではこの研究の目的および本論文の構成を述べている.また、ナノメニスカス架橋および液体超薄膜に関する過去の研究を述べて本研究の背景および位置付けを示している.

 第2章では本研究にて設計・製作した実験装置について述べている.この装置は、PZTアクチュエータに取付けたガラス球(直径20μm)と弾性カンチレバーに支持されたガラス球(直径20μm)との間に液体メニスカス架橋を形成させた後、PZTアクチュエータによってガラス球を加振し、もう一方のガラス球を支持するカンチレバーの変位を測定することによって、メニスカス架橋の伸張およびメニスカス架橋に加わる力を求める機構である.また、第2章では精密計測のために行った、ガラス球の軸合せ、カンチレバーのばね定数補正などのキャリブレーションにつても言及している.なお、カンチレバーは4分割光てこ方式により変位を測定し、その感度は0.1〜0.01nNである.

 第3章では製作した実験装置の性能評価および予備実験として行った凝着力測定および液体薄膜の粘度測定について、その手法および結果について述べている.そして、その結果を従来の結果と比較して、本実験装置が十分の精度で計測できることを示している.

 第4章では液体メニスカス架橋の静特性を求めるために行った実験について述べている.2球を低速度で近接させたときのメニスカス架橋の形成および離反させたときのメニスカス架橋切断について実験を行い、架橋形成時のattractive forceおよび離反時のpull-off forceが接近離反速度に依存する特性を調べ、メニスカスの伸張はメニスカス内部の液体の流れを誘引することを述べている.

 第5章はPZTアクチュエータによってメニスカス架橋の軸の方向に変位加振したときのガラス2球の振幅比および2球間の位相の計測結果について記述している.メニスカスの長さは数十ナノメータから数百ナノメータとし、PZTアクチュエータの振動振幅は1.5ナノメータ、周波数は2Hzから1000Hzまで変化させた.そして、これらの計測結果が加振周波数およびメニスカス架橋長さに依存する様子を詳細に調べた.続いて、メニスカス架橋を力学的モデル(バネとダッシュポット)で表して、メニスカス架橋の特性を単純化した.その結果、メニスカス架橋はバネとダッシュポットとが並列に配置されたモデル(フォークトモデル)で表されることを示し、さらにバネはメニスカス架橋の形状変化に対する抵抗を表しその特性は周波数に依存しないこと、またダッシュポットはメニスカス内部の流れに対する抵抗を表しその特性は周波数およびメニスカス長さに依存することを明らかにした.すなわち、メニスカス架橋が長い場合にはバネ要素が優勢になり、逆にメニスカス架橋が短い場合にはダッシュポット要素が優勢になる.

 第6章はPZTアクチュエータによってメニスカス架橋の軸と垂直方向に加振した場合の実験について記述している.そして、この場合にもメニスカス架橋は簡単な力学モデルで表されるが、せん断に対するバネ定数は引張りに対するものの約1/3〜1/4であること、またバネ定数にも周波数依存性が出てくることなどを明らかにした.

 以上を要するに,本研究は高精度のナノメニスカス引っ張り/せん断試験機を設計製作し、そしてナノメニスカス架橋の動特性を明らかにしてさらにそれを簡単な力学系でモデル化することに成功した.本研究によってナノメニスカスに関する新しい知見が多く得られており、これらの知見はマイクロ/ナノマシンの潤滑部の設計に役立てられ、機械工学およびトライボロジーに寄与するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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