学位論文要旨



No 115673
著者(漢字) 金原,弘道
著者(英字)
著者(カナ) カネハラ,ヒロミチ
標題(和) 鉄道車両におけるクリープ力測定とその走行安全性評価への適用
標題(洋)
報告番号 115673
報告番号 甲15673
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4789号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 鎌田,実
 東京大学 助教授 須田,義大
内容要旨 要旨を表示する

 クリープ力とはレールと車輪の接触面内に作用する力であり、鉄道車両のダイナミクスの重要な因子である。しかし、この力を走行中に直接測定するごとは困難であるため、脱線現象が起こるメカニズム等車両の運動に関しては未解明のことが多く残されている。そこで、走行中の車輪に働くクリープ力とレールとの接触位置を測定する手法を開発し、測定データに基づいた車両運動の研究を行うこととした。

 まず、車輪の表面に生じるひずみを測定する前提で、クリープ力とレール・車輪間接触位置測定方法の検討を行った。そして、測定すべきひずみの種類やひずみゲージの貼付位置を決めるために、有限要素法による車輪の応力計算を行った。そして、

(1)車輪板部のせん断ひずみを測定することによって前後クリープ力を測定できる

(2)輪重の作用による上下方向の圧縮ひずみは常に板厚方向に均等に作用しているのではなく、輪重が負荷される位置によって分布が変化する。そのため、横圧が作用しても車輪の表面にひずみが発生しない位置を特定し、その位置で輪重による圧縮ひずみの板厚方向の分布を調べれば輪重の作用位置(=レールとの接触位置)が特定でき、その値から左右クリープ力を計算により求めることができること。

という結論を得た。

 この考え方の妥当性を、実物の輪軸を用いた静荷重実験を行うことによって確認し、実軌道上における走行試験を行うのに適した測定ブリッジの組み方、測定データの処理・誤差補正の手法を確立した。図1に示すのが前後クリープ力測定のためのひずみゲージの貼付位置・ブリッジの組み方であり、図2に示すのが車輪・レール間の接触位置を検知するためのひずみゲージの貼付位置`ブリッジの組み方である。いずれも車輪1回転につき2組の間欠的データ測定を行うものである。

 そして、この方法により実際に測定用の輪軸を作成し、実車走行試験を行ってデータの収集を行った。また、走行試験と同じ条件で車両運動のコンピュータシミュレーションを行い、実測データと比較・検証を行い、概ね一致することを確かめた。図3に示すのが前後クリープ力の測定波形例、図4に示すのが、レールとの接触位置移動量の測定波形例である。

 次に、測定が可能となったクリープ力と車輪・レール間接触位置と輪軸の挙動の関係を明らかにしようとしたが、今回の走行試験においては輪軸に大きな動きが無かったため、以前に実施された脱線再現試験における、輪重、横圧、前後クリープ力、車輪の乗り上がり高さの試験データを用いて左右クリープ力の算出を試み、輪軸の挙動との,関連を調べた。

 その結果、以下のことを明らかにした。(図5)

(1)車輪のレールヘの乗り上がりが開始する時には脱線係数が1以上の大きな値を示す。

(2)車輪の乗り上がりが進行する過程では横圧や脱線係数は小さくなり、左右クリープ力が大きくなっていく。

(3)さらに乗り上がりが続くと、急曲線であるにもかかわらず前後クリープ力は小さくなり,左右クリープ力だけでクリープ力が飽和状態になる状態が続く。

 また、輪重、横圧に加え、前後クリープ力、左右クリープ力、輪軸のアタック角が測定できる場合の車両の走行安全性評価を考察し、

(1)脱線係数が常に基準値以内であれば問題なく安全である。

(2)脱線係数が基準値を越えた場合は、脱線係数を見ただけでは車輪の乗り上がりが継続するかの判断はできず、脱線が起こる可能性を判断するには左右クリープ力またはレールとの接触位置の推移に注目する必要がある。

(3)従来のように脱線係数のみで安全性を判断する場合には、前後クリープ力やアタック角の影響を考慮し、基準値は台車形式,曲線半径,走行速度によって変えるのが合理的である。という提言を行うことができた。

図1

図2

図3

図4

図5

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「鉄道車両におけるクリープ力測定とその走行安全性評価への適用」と題し、10章からなっている。

 本論文で取り扱っているクリープ力とはレールと車輪の接触面内に作用する力であり、鉄道車両のダイナミクスの重要な因子であると同時に、脱線現象の解明など実用的な重要性も高い。従来の鉄道車両においては、輪重(P)と横圧(Q)を計る計測法が伝統的に使用されてきており、この比率(Q/P)を脱線係数と称し走行安全性の指標とされてきた。しかし、クリープ力は車輪・レール間の転がり摩擦力であり、本来接平面・接触点を基準に3方向の力とその位置が計られなければクリープ力を「測定」したことにはならず、このことが精度の良い現象の解明、シミュレーションモデルの開発のための険路になっている。

 本研究は、クリープ力を測定する手法を基礎から開発しようという研究方針により行われており、測定手法の考案から実車試験による確認までを行い、この考案した手法の実現性を実証している。さらに今まで計られたことのない接触点位置、前後力を含めたクリープ力を測定することにより、走行安全性の評価が従来より精度良く行える可能性があること、このために必要となるシミュレーションの精度向上が行える可能性があることを実車試験の結果とシミュレーション計算の結果から検証している。

 第1章は「序論」であり、研究の背景、目的及び産業上の有用性について述べている。

 第2章は「鉄道車両の走行安全性評価」であり、脱線係数を用いた鉄道車両の走行安全性評価手法の現状を概観した後、脱線係数とクリープ力、アタック角の関係について調査し、クリープ力測定の重要性・必要性を明らかにしている。また、クリープ力に関連した研究事例を調査し、鉄道車両におけるクリープ力測定法開発の方向づけを行っている。

 第3章は「クリープ力とレール・車輪間接触位置測定方法の検討」であり、車輪の表面に生じるひずみを測定する前提でクリープ力とレール・車輪間接触位置測定方法の検討を行っている。そして、有限要素法による車輪の応力計算を実施し、測定すべきひずみの種類やひずみゲージの最適貼付位置を求めている。

 第4章は「輪軸の静荷重試験」であり、有限要素法による計算結果を検証して測定方法の妥当性を確かめるために実物の輪軸による静荷重試験を行っている。その結果、(1)車輪板部のせん断ひずみを測定することにより、前後クリープ力を知ることができること、(2)横圧が作用しても車輪表面にひずみが発生しない位置を特定し、その位置で輪重による圧縮の板厚方向の分布を測定することにより輪重の作用位置すなわち車輪とレールの接触位置を、横圧による干渉を受けることなしに測定することができる、という結論を得ている。

 第5章は「実車での測定方法」であり、第4章までで確立した前後クリープ力と車輪・レール間接触位置測定の原理により、少ない信号線でより多くの測定データを得られ、外気温の変化の影響を受けないフィールド試験向きの測定手法を提案している。また、実車試験用の輪軸を2本製作して検定を行い、各方向の荷重が他の方向の力を測るセンサに及ぼす影響度を調査し、補正のための係数を明らかにしている。

 第6章は「本線走行試験」であり、本論文で提案する前後クリープ力および車輪・レール間接触位置の測定方法をによる実車走行試験を実施している。その結果、前後クリープ力測定、接触位置とも概ね妥当と思われる測定値が得られ、測定手法の正当性を確かめている。

 第7章は「コンピュータシミュレーション」であり、本線走行試験と同条件でのコンピュータ走行シミュレーションを行い、実測データと比較・検証するためのデータを提供している。また、輪重、横圧、アタック角等の車両の運動状態を表す指標が走行条件によってどのように変化するかを明らかにしている。

 第8章は「クリープ力と車両の挙動との関係」であり、過去に実施された脱線再現試験における、輪重、横圧、前後クリープ力、車輪の乗り上がり高さの試験データを用いて左右クリープ力の算出を試み、輪軸の挙動との関連を調べている。その結果、車輪のレールヘの乗り上がりが開始する条件としては従来から用いられている脱線係数が安全性判断のための指標として有効であるが、車輪の乗り上がりが進行する過程では脱線係数よりも、左右クリープ力が輪軸のその後の挙動を判断する指標として有効であることを明らかにしている。

 第9章は「車両の走行安全性評価への提言」であり、従来から測定可能な輪重、横圧に加え、前後クリープ力、左右クリープ力、輪軸のアタック角が測定できるようになった場合の車両の走行安全性評価方法を考察している。その結果、(1)脱線係数が常に基準値以内であれば問題なく安全であること、(2)脱線係数が基準値を越えた場合は、脱線係数を見ただけでは車輪の乗り上がりが継続するかの判断はできず、脱線が起こる可能性を判断するには左右クリープ力またはレールとの接触位置の推移に注目する必要があること、(3)従来のように脱線係数のみで安全性を判断する場合の基準値は、前後クリープ力やアタック角の影響を考慮して台車形式、曲線半径、走行速度に応じて変えるのが合理的であるが、摩擦係数が変化する影響までは判断に盛り込むことはできないこと、を提言として列挙している。

第10章は「結論」であり、本論文で得られた成果をまとめている。

 以上を要約すると、本論文では車輪・レール間に作用するクリープ力や接触位置を走行中に測定する手法を提案し、これらの指標と輪軸の挙動との関わりを実験データをもとに考察し、脱線現象が左右クリープ力と密接な関わりがあることを明らかにするなど、車両運動に関わる将来の研究に有益な指針を与える研究成果を挙げている。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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