学位論文要旨



No 115674
著者(漢字) 荘,志忠
著者(英字)
著者(カナ) ソウ,シチュウ
標題(和) 円形断面レールを用いた吸引式磁気浮上系の振動制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 115674
報告番号 甲15674
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4790号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 須田,義大
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 鎌田,実
内容要旨 要旨を表示する

第1章:「序論」

 本研究は、浮上と案内機能の兼用、エネルギ消費の低減、自動的な傾斜調整機能、振動制御を同時に達成できることを目標とする。レールの断面形状を円形状にすることにより、浮上系に自動傾斜調整機能及び浮上・案内兼用機能を持たせた。提案した円形状レールにより生じる浮上系の動揺振動持続問題を解決するために、新たな減揺制御装置を提案した。さらに低周波数領域では軌道への追従性、高周波数では防振性能とエネルギ消費を考慮して新しい防振制御手法を提案した。

 従来の車輪による輸送、搬送システムでは、車輪・軌道間の摩擦・摩耗など接触に伴う機械的な問題があり、高速化の限界、軌道の保守の必要性および振動、騒音問題が生じる。これらのことを根本的に解決するためには、まずシステムを非接触化して「静かに浮かせる」ことが必要となる。吸引式磁気浮上系は完全非接触化することができるため、摩擦・摩耗の問題がなくなり、振動・騒音が大幅に低減され、高速化が可能となる。さらに吸引式磁気浮上系の浮上力は走行速度に依存しないため、吸引式磁気浮上方法は静止の防振措置と低速の構内運搬システムから高速走行の運搬システムまで、幅広く応用することができる。このため、交通システムや搬送システムなど各方面で吸引式磁気浮上の発展を期待されている。

 しかし、吸引式磁気浮上装置を輸送システムや搬送システムに適用する場合、浮上体の荷重を支える浮上制御以外に、直線軌道や曲線軌道に追従走行させるための誘導・案内制御、車両の振動を軽減する防振措置、遠心力に応じて傾斜角度を調整する姿勢制御を必要とする。従来多く提案されている磁気浮上装置は、これらの浮上、誘導・案内、防振、姿勢調整を独立の装置として考慮して、設計することが一般的である。そのため、浮上装置、防振装置、案内・誘導装置、姿勢調整装置が別々に機構を持つため、構造が複雑になり、コストや信頼性に問題があり、実験・試験のレベルにとどまり実用化には至っていない場合が多い。

 それに対し、本研究は、実用化するために、システムの浮上、誘導・案内、防振、姿勢調整の機能が同時に達成できるように、さらに運営費用や環境問題に関わるエネルギ消費の問題を考慮して、新しい吸引式磁気浮上系の構築を目標とする。

第2章:「自動姿勢調整機能を持つ吸引式磁気浮上系」

 新しい吸引式磁気浮上系のメカニズムを設計することにより、浮上と案内機能の兼用、自動的な傾斜調整機能の両立できる方法を提案する。さらに、荷重を支えるためのエネルギ消費を考慮し、電磁石と永久磁石を併用した複合磁石を新しい浮上系に採用する。新しい磁気浮上系の特性を分析し、その結果により座標系を設定して運動方程式を求め、システムの運動方程式と電気磁気力を含んで線形化モデルを導出する。線形化モデルにより状態方程式を導出し、安定化制御するためのエネルギ消費を考慮して、荷重の変動に対して自動的にギャップを調整し複合磁石の定常電流を零に収束する制御方法を導入する。浮上と案内機能の兼用、エネルギ消費の低減、自動的な傾斜調整機能を同時に達成する新しい吸引式磁気浮上系を実験とシミュレーションにより検証し、システムの特性と動揺振動問題を解明する。

 以下の結果が得られた。軌道の形を円筒形にすることにより、浮上体が遠心力に応じて自動的に傾斜調整できる吸引式磁気浮上系を提案した。制御方法を活用することにより、提案する吸引式磁気浮上系は、定常力外乱に応じて、軌道に対する5自由度で姿勢を自動的に調整し、常に永久磁石の吸引力と重力を利用して、定常力外乱をキャンセルする。浮上体に設置した4つの複合磁石の機能が浮上と案内に兼用することにより、専用案内システムがなくても急曲線を通過できる。制御電流を零に収束することにより、浮上体の姿勢制御、安定化制御を達成しながら、エネルギ消費を最小化することができることを示した。

第3章:「振り子による動揺振動制御装置(1)」

 提案した自動傾斜調整機構により生じる動揺振動問題を解決するために、浮上車両に振り子を設置し、振り子の振り動きを制御することにより、左右方向の動揺振動を制御するメカニズムと制御手法を提案する。振り子装置の摩擦力の干渉による動揺振動制御効果の低下を解決するために、摩擦力を補償する非線形補償方法を導入する。考案した動揺振動制御方法の効果を調べるために、模型実験を行って、実験とシミュレーションの結果により、システムの特性を検討する。

 以下の結果が得られた。振り子に作用するトルクを制御することにより、軌道の接線方向に対する浮上体の減揺制御を行なうことを提案した。非線形補償方法を用い、摩擦力を補償することにより、減揺制御の効果を向上できることを実証した。減揺制御システムが故障しても、浮上システムに障害を与えないような、浮上系と減揺系を独立にする方法を提案した。複合磁石の制御電流を零に収束することにより、振り子の減揺装置を附加しても、安定化制御を達成しながら、エネルギ消費を最小化することができることを示した。浮上体の傾斜角速度と振り子の振り角度だけをフィードバックすることにより、浮上システムに減衰効果を与える制御方法を示した。浮上体の案内と浮上機能を兼用し、姿勢制御、安定化制御および動揺振動制御を達成しながら、エネルギ消費を低減することができることを示した。

第4章:「振り子による動揺振動制御装置(2)」

 第3章に基づいて左右方向の動揺振動を制御するための振り子装置を簡略化するために、振り子の構造を変更する。さらに、簡略化した振り子装置の摩擦力による動揺振動制御効果の低下を解消するために、摩擦力を補償する補償方法を考案する。最後に、模型実験を行って、実験とシミュレーションの結果により、減揺装置を含む浮上システムの特性を検討する。

 以下の結果が得られた。振り子に固定されている回転質量の回転するトルクを制御することにより、軌道の接線方向に対する浮上体の姿勢振動制御を行なう方法を提案した。モータの回転子を常に回転させることにより、モータの摩擦力を補償し、減揺制御効果を向上する方法を提案した。

第5章:「回転式スカイフックダンパによる動揺振動制御装置」

 振り子装置による左右方向の動揺振動制御の効果がシステムの構造により制限されることが解明し、新しい効果がよく、しかも機械的な構造が単純で、かつ制御系の設計が簡単である新たな減揺制御装置を構成することを目標とし、回転体による減揺制御方法を提案する。さらに、左右方向の動揺振動を制御する装置と制御方法を含み、浮上と案内機能の兼用ができる自動傾斜調整機能を持つ省エネルギ型吸引式磁気浮上系の特性を実験により検証する。

 以下の結果が得られた。自動姿勢調整機能を持つ吸引式磁気浮上系に回転型減揺装置を設置し、回転体を制御することにより、浮上体に対して減揺制御を行なう方法を提案した。その回転式減揺装置を付加する前後で、浮上システムのモードの自由度を増加することが無く、かつ回転体が何回転もできるため、ストロークの制限がなく、回転体の最大回転数を向上することにより装置を小型化することができる。動揺角速度をフィードバックすることにより、制御系の設計が簡単でかつ良好な減揺効果が得られる回転型スカイフックダンパを実現する制御方法を提案し、その制御方法は動揺角速度のフィードバックゲインを調整することにより、浮上体に与える減衰係数を直接に設計することができる。減揺制御手法としては、動揺角速度だけをフィードバックするため、理論的には、定常状態になるとエネルギ消費が無くなる。回転型減揺装置を附加した自動姿勢調整機能を持つ吸引式磁気浮上系は、遠心力に応じる自動傾斜調整機能、定常力外乱に応じて浮上制御電流を零に収束するように5自由度で姿勢を自動的に調整する機能、案内・浮上兼用の機能など特長を保つと同時に、浮上体の急曲線を通過するときの動揺現象を理想的に減少した。

第6章:「スカイフックスプリングによる吸引式磁気浮上系の振動制御」

 車両が走行するとき、磁気浮上系の防振機能、軌道への追従性、エネルギ消費の低減を同時に達成するために、スカイフックスプリングの概念を導入し、新たな浮上制御方法を提案する。さらに、提案した新たな浮上制御方法の有効性を検討するために、四分の一の車両模型を製作し、実験により、磁気浮上系の防振機能、軌道への追従性、エネルギ消費の低減を同時にできる新たな浮上方法を検証する。

 以下の結果が得られた。スカイフックスプリングの概念を用いて、安定性の確保、高周波領域の防振、エネルギ消費の低減が同時に実現できる新たな高周波領域の防振を考慮した吸引式磁気浮上系の電流零収束制御を提案した。実用性を考慮して加速度計を用いたスカイフックスプリングを実現し、実験により有用性を示した。新たな制御方法は、定常浮上状態での電磁石電流を零に収束して、安定性を保ちながら浮上体の周波数応答特性を設計することができる。

第7章:「考察」

 自動傾斜調整機能を持つ吸引式磁気浮上系、回転式減揺制御装置、新たな「スカイフックスプリングによる振動制御方法」に関して、応用できる対象と設計する際に考慮するべき注意点を検討した。

 以下のことが得られた。自動傾斜調整機能を持つ新たな吸引式磁気浮上系の安全保護機構を構成する方法を示した。新しい回転型の動揺振動制御装置の設置する位置、制御対象に与える減衰係数を設計する方法、回転体の大きさ、駆動する必要なパワー、従来の可動質量式減揺装置より優れている効果などを理論的に解明した。新たな回転型動揺振動制御装置を、ロープウェイ、ゴンドラ、リフト、誘導式磁気浮上系や、海上浮上物(船舶など)など回転振動を問題とするものに応用できることを示した。等価ばね配置と等価減衰配置の概念を用いた新たな振動制御手法は、上下方向だけではなく、他の方向にも応用できることを示した。

第8章:「結論」

 本研究によって得られた成果をまとめている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「円形断面レールを用いた吸引式磁気浮上系の振動制御に関する研究」と題し、8章よりなっている。

 吸引式磁気浮上装置を輸送システムや搬送システムに適用する場合、浮上体の荷重を支える浮上制御以外に、直線軌道や曲線軌道に追従走行させるための誘導・案内制御、車両の振動を軽減する防振措置、遠心力に応じて傾斜角度を調整する姿勢制御を必要とする。従来多く提案されている磁気浮上装置では、これらが総合的に考慮されることは少なかった。

 本論文はそれに対し、浮上と案内機能の兼用、エネルギ消費の低減、自動的な傾斜調整機能、振動制御を同時に達成できることを目標とし、レールの断面形状を円形状にする方式を提案し、それに伴う振動制御手法の検討を進め、最終的に浮上体に付加した回転体の回転運動を制御する新たなスカイフックダンパ方式を提案したものである。さらに、低周波領域での軌道への追従性と高周波数領域での防振性能、エネルギ消費を考慮した新しい防振制御手法を提案し、その有用性を示している。

 第1章は、「序論」と題し、研究の背景及び本研究の目的を述べている。

 第2章は、「自動姿勢調整機能を持つ吸引式磁気浮上系」と題し、浮上と案内機能の兼用が可能で、かつ自動的な傾斜調整機能の両立できる円形断面レールを用いた新たな方法を提案している。磁気浮上系には、荷重を支えるためのエネルギ消費を考慮し、電磁石と永久磁石を併用した複合磁石を採用している。新しい磁気浮上システムを構成するため、円形断面レールにおいて座標系を定めて運動方程式を導出し、システムの運動方程式と電磁気力を含んだ線形化モデルを求めている。得られた状態方程式から、荷重変動や外乱に対して、自動的にギャップを調整し複合磁石の定常電流を零に収束する安定化制御手法を導入している。これにより、浮上と案内機能の兼用、エネルギ消費の低減、自動的な傾斜調整機能を同時に達成する新しい吸引式磁気浮上システム構築し、実験とシミュレーションによりシステムの実現性を実証している。

 第3章は、「振り子による減揺制御装置(1)」と題し、提案した自動傾斜調整機構により生じる動揺振動問題を解決するために、浮上車両に振り子を設置し、振り子の動作を制御することにより、左右方向の動揺振動を制御するメカニズムと制御手法を提案している。磁気浮上系では摩擦抵抗が作用しないため、提案する円形断面レールでは左有方向の振動が持続することになる。振り子装置の摩擦力の干渉による動揺振動制御効果の低下を解決するために、摩擦力を補償する非線形補償方法を導入している。考案した動揺振動制御方法の効果を調べるために、模型実験を行い、数値シミュレーション結果とともに、システムの特性を検討している。

 第4章は、「振り子による減揺制御装置(2)」と題し、第3章で述べた左右方向の動揺振動を制御するための振り子装置を簡略化するために、振り子の構造を変更した方式を提案している。さらに、簡略化した振り子装置の摩擦力による動揺振動制御効果の低下を解消するために、摩擦力を補償する補償方法を考案している。最後に、実験とシミュレーション結果から、減揺装置を含む浮上システムの特性を検討している。

 第5章は、「回転式スカイフックダンパーによる減揺制御装置」と題し、浮上体に付加した回転体の回転運動を制御する新たなスカイフックダンパ方式を提案している。振り子装置による左右方向の動揺振動制御では、その効果がシステムの構造により制限されることを解明し、新たな動揺振動制御装置として回転式スカイフックダンパーを考案している。提案する方式についても、曲線走行試験や、外乱応答試験などの実験とシミュレーションを行い、その有用性を示している。

 第6章は、「スカイフックスプリングによる吸引式磁気浮上系の振動制御」と題し、車両が走行するとき、磁気浮上系の防振機能、軌道べの追従性、エネルギ消費の低減を同時に達成するために、スカイフックスプリングの概念を導入した新たな浮上制御方法を提案している。提案した新たな浮上制御方法の有効性を検討するために、加振機を用いた実験とシミュレーションを行っている。これにより、磁気浮上系の防振機能、軌道への追従性、エネルギ消費の低減を同時にできる浮上方法を検証している。

 第7章は、「考察」と題し、提案した新しい自動傾斜調整機能を持つ吸引式磁気浮上系、回転式減揺制御装置、カイフックスプリングによる振動制御方法について、その性能と特徴を考察している。さらに、具体的な適用についても検討し、設計手法とその際に考慮するべき注意点を検討している。

 第8章は、「結論」と題し、本研究によって得られた成果をまとめている。

 以上より、本論文は、浮上と案内機能の兼用、エネルギ消費の低減、自動的な傾斜調整機能、振動制御を同時に達成できることを目標とし、新たに円形断面レールを採用した永久磁石と電磁石を組み合わせた吸引式浮上系を考案したものである。さらに、それに伴う浮上系の動揺持続問題を解決する新たな減揺装置を検討し、付加した回転体の回転を制御するスカイフックダンパを提案している。また、軌道への追従と防振を両立させるスカイフックスプリングによる防振制御手法も提案している。これらは、数値シミュレーションと実験により検証している。提案するシステムの特徴をまとめ、実験装置以外の搬送システムや交通システムヘの適用手法を求めており、産業機械工学に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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