学位論文要旨



No 115677
著者(漢字) 生駒,栄司
著者(英字)
著者(カナ) イコマ,エイジ
標題(和) 地球環境デジタルライブラリの構築手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 115677
報告番号 甲15677
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4793号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 喜連川,優
 東京大学 教授 田中,英彦
 東京大学 教授 安達,淳
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 講師 舘村,純一
 東京大学 教授 高木,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

 昨今の地球環境への関心の高まりとともに、リモートセンシングデータを始めとするさまざまな地球環境データへの需要が高まっている。それらのデータは非常に多様なフォーマットを持ち、現状では多くの研究者はその膨大な生データに圧倒されているという状況と言っても過言ではない。米国ゴア副大統領も指摘しているが、各データの取り扱いの煩わしさ故に地球環境に関する多くのデータは未利用のまま眠っていると言われている。

 このような背景から、インターネットの普及とともに地球環境データを対象としたデジタルライブラリが数多く公開されるようになった。その多くは一般に公開されており、インターネットを通して自由に利用が可能であるが、現状では、(1)日本における地球環境情報ポータルの欠如。(2)未熟なユーザインターフェース。(3)地球環境情報に対するデータウェアハウス化ツールの欠如。(4)アプリケーション統合化機能の欠如。などの問題が存在する。

 本研究ではこれらの点を考慮し、時空間データベース構築の技術的課題の明確化を行い、(1)多様なデータに対応したデータウェアハウス化ツールの開発。(2)実用的なデータ検索インターフェースの実装。(3)効果的なデータ視覚化手法の検討。(4)外部アプリケーションとの柔軟な連携の4点について新しい手法の提案を行った。更に、十分に活用されるポータルとして植生、土壌、気温など幅広い分野の約1000種類、約30000データを対象とした地球環境デジタルライブラリの構築と運用を行った。

 本研究では、第1に、多様な情報源から収集されるデータをデータベースに導入するためのデータウェアハウス化ツールの開発を行った。現在公開されている地球環境デジタルライブラリシステムは、そのデータ収集形態から2つのタイプに分類される。1つは自組織で取得したデータをそのまま公開するタイプであり、この場合は各データ形式は既知であるため、特にデータウェアハウス化ツールは必要としない。他の1つは他組織で収集されたデータを取得し公開するタイプであるが、地球環境データを対象としたデータウェアハウス化ツールが一般に存在しないため、現在は人手で各データ形式ごとに個別に対応を行っているのが現状である。そのため、収集するデータの種類数には限界があり、幅広い種類のデータに対応したシステムは存在しない。そこで本研究では、取得データに対し海岸線マッチングや出現頻度分析など9段階のデータ処理を行うことにより、ファイルの構造や時空間情報、欠損表記法などの属性情報の抽出とデータの自動認識を行う手法を提案した。本手法を前述の約30000ファイルへ適用した結果、約80%の認識率でデータ導入の自動化処理が可能となった。

 第2に、データ検索インターフェースの検討を行った。現在、一般に用いられる検索キーは、データの内容情報・空間情報・時間情報の3つに大きく分類できる。公開されているWebサイトを調査すると、これらいずれか1つの属性に対してのみの検索条件指定しか可能でない場合が殆どであり、地球環境データを用いた研究を本格的に行う利用者 には十分とは言えない。例えば「アフリカ地域の夏の降水量と植生分布」に示されるような、各条件を組み合わせた結果が求められる場合には、各条件を個別に指定して検索を行い、その結果を手作業で集計する必要がある。本研究では、内容、空間、時間を自在に切り替えながら検索を行うことが可能なインターフェースを提案を行った。本手法では各条件が指定されると同時にその条件に従ったSQLを生成する。Webブラウザ上に実装された本手法のインターフェースを用いることで、従来の手法に比べ各条件による検索結果を確認しながら更に検索を行うことが可能である為、より柔軟な条件に設定が可能となった。また、後述の視覚化インターフェースと組み合わせることにより、属性条件指定だけでは特定が困難な場合においても、各データを閲覧しながらの検索を行うことが可能となった。

 第3に、検索によって出力されたデータの視覚化に関し、幾つか効果的な手法の検討を行った。現在公開されている可視化インターフェースの多くは2次元画像の表示に限られている。容易に実現可能である反面、極付近の確認が困難であるなど問題点も多い。そこで本研究では、PCやワークステーションのディスプレイ上に仮想的に3次元空間を生成・表示する手法として近年幅広く普及しているVRMLを用いた地球環境データの可視化手法を提案した。本手法を用いることで、対象オブジェクトに対する視点や角度をユーザ側で任意に操作できるため、例えば北極から赤道までの上空を移動しながらの閲覧などが容易に可能となった。また、上述の検索結果の出力インターフェースとして、候補データを各データの内容情報ごとにクラスタ化しVRML仮想空間中に配置する手法を提案した。本手法を実装することにより、ユーザは仮想空間中を自由にウォークスルーすることで必要とするデータを探すことが可能となった。また、各オブジェクトに当該データの詳細情報を含むページをリンク先として設定を行うことで、関心のあるデータをクリックするだけで原データのダウンロードや後述の3次元時系列可視化などが容易に実現される。さらに、地球環境情報やリモートセンシングデータの多くは時系列で取得されているため、この情報を考慮した視覚化手法が有用である。本研究では、動的変化の把握には時系列アニメーションの利用が有効であると考え、一般的な2次元画像のアニメーション表示に加え、上述のVRMLで表記された各オブジェクトの時系列アニメーションの機能も導入している。この様に地球環境データベースに適した従来にない新しい視覚化ツールを提案,実装した。

 第4に、本システムは外部アプリケーションとの柔軟な連携を考慮して構築を行った。一般的に、これら地球環境データはGCM(Global Climate Model)などに代表される将来予測を行うアプリケーションの初期データとして利用される場合が多い。例えば、水文分野で非常に幅広く用いられ、現在最も信頼性が高いと言われるSiB2(Simple Bio-sphere Model2)の場合、植生関連や土壌関連など約80種類の初期値と12種類の時系列値が入力データとして必要とされる。しかし、現在利用可能なデジタルライブラリでは、データの表示やダウンロードの機能しか提供されていないため、ユーザは必要なデータを手作業で取得し整形を行い利用しているのが現状である。そこで本研究では、データベースからシームレスにデータの取得を行い、アプリケーションの設定から結果表示までを統一的なインターフェースで実行可能なワークベンチを提案し、Web上に実装を行い地球環境工学分野の研究者を対象として運用を行った。本ワークベンチ上ではデータベースから取得された多くのパラメータをGUIで容易にチューニングが可能であり、各ユーザの利用履歴から動的に構成が変更されるパーソナリゼーション機能や、初心者の利用を考慮したヘルプ機能や入力値の妥当性の検証および相関係数の自動計算機能など、多くのユーザ支援機能を実装した。

 本研究では以上のような各要素を取り入れたシステムの構築を行い、1998年10月から一般に公開運用を行っている。2000年5月現在で毎月5000件以上のアクセスを記録しており、地球環境工学分野の研究者にその実用性が高く評価されている。また、アプリケーションと連携したワークベンチにおいては、海外を含めた水文関係の研究者が実際の研究に利用し成果を出しつつある。これらのシステムはユーザからの多くのフィードバックを元に更に改良を続けてしいる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「地球環境デジタルライブラリの構築手法に関する研究」と題し、近年デジタルアースとして注目されつつある地球環境データを対象としたデジタルライブラリに関して・その構築手法について論じている。データローディング手法、データ検索インタフェース、地球環境アプリケーションプログラムとの連携技術等に関して、新しい要素技術を提案すると共に、システムを実装、運用し、その有効性を論じており7章から構成される。

 第1章は序論であり、本研究の背景および目的について概観し,本論文の構成を述べている。

 第2章は「地球環境デジタルライブラリの現状」と題し、現時点において公開されている地球環境デジタルライブラリの概要を述べると共に、その問題点とそれに対する解決策を整理している。第一に日本における地球環境情報ポータルが少ない現状に対し、その理由は、多様な形式を有するデータを容易にデジタルライブラリに導入可能とするデータローディングツールが欠如していることにあると解析している。又、現行システムではユーザインタフェースが機能的に貧弱で、使い勝手の良くないことからその抜本的改善が不可欠とし、更に、外部アプリケーションとの連携を可能とするAPIの必要性を説いている。

第3章は「デジタルライブラリヘのデータ導入ツールの開発」と題し、現在の地球環境デジタルライブラリにおけるデータの種類の少なさを解決すべく、多様なデータ形式に対応可能なデータローディングツールの開発を試みている。観測データは統一的なフォーマットで記録されておらず、その利用は必ずしも容易ではない。本論文では、海岸線マッチングや出現頻度分析など9段階のデータ処理を行うことにより、ファイルの構造や時空間情報、三欠損表記法等の属性情報の抽出とデータサイズの自動認識を行う手法を提案している。植生、土壌、気温など幅広い分野に跨る約1000種類、約30000個のファイルを対象として当該ツールを適用することにより約80%の自動認識率を達成し、その有効性を明らかにしている。

第4章「内容・時間・空間に関するアクセスを可能とする検索・結果表示インタフェースの実装」では従来のシステムの検索機能が低いことに着目し、新たに、内容・空間・時間の3つの視点からの柔軟な検索を可能とするインタフェースを提案すると共に、実装を行っている。更に、検索結果を圧縮された画像やVRMLオブジェクトとして表示可能とすると共に、時系列データに対してはアニメーション視覚化を可能とする等、地球環境データに適した新しい検索結果表示手法を提案している。

第5章は「可視化手法を用いた地球環境データ可視化ツールの高度化に関する検討」と題し、大容量データの可視化時に問題となる通信性能の制約に関して時間および空間に関するLOD 制御手法の検討を行い、その実装を試みると共に、バーチャルリアリティドームにおいて、大画面と強力なグラフィックサーバを駆した次世代ユーザインタフェースの有り方を模索している。

第6章「アプリケーションとの連携 Sib2ワークペンチの開発」では外部アプリケーションとの連携機能について述べている。地球環境データを単に検索するだけに止まらせる事無く、GCM(Global Climate Model)等に代表される将来予測を行うアプリケーションの初期データとして活用することが望まれる。このような背景から、現時点において、水文分野で最も幅広く利用されているSiB2(Simple Biosphere Model2)を対象とし、前章までに構築してきた地球環境デジタルライブラリとの密な連携を行うワークペンチの実装を行っている。ユーザの利用ログに基づくパーソナリゼーションを行うなど、ユーザプロファイルのデジタルライブラリによる管理にも触れている。旧来のSiB2の利用形態と比較しつつ、開発したシステムの有効性を明らかにすると共に、地球環境工学分野におけるパラメータの感度分析実験を当該分野の研究者と協力して行い本ワークペンチの実用性の高さを実証している。

第7章「システム構成と利用実績」では実装したシステムのソフトウェアおよびハードウェア緒言を纏めると共に、一般公開過程における利用実績の推移を示し、対象分野が極めて専門的であるにも拘わらず毎月約8000件以上のアクセスを国内外より得ており、その利用価値の高さを確認している。第8章「結論」は本論文の成果と今後の課題について総括している。

 以上、これを要するに、本論文は地球環境データを対象としたデジタルライブラリの構築において必要とされる主要構成要素として、データ導入ツール、検索・結果表示システム、地球環境アプリケーションとの連携機構に着目し、既存システムには無い新しい手法を提案すると共に、それらを統合した地球環境デジタルライブラリをWebサイトとして公開・運用を行い、多くの地球環境工学専門家から高い評価を得ることによりその有効性を実証したものであって、電子情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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