学位論文要旨



No 115681
著者(漢字) 深潟,康二
著者(英字)
著者(カナ) フカガタ,コウジ
標題(和) 分散性固気二相流乱流の数値解析
標題(洋) Numerical Analyses on Dispersed Gas-particle Two-phase Tubulent Flows
報告番号 115681
報告番号 甲15681
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4797号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 岡芳,明勢
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 越塚,誠一
内容要旨 要旨を表示する

 分散性二相流乱流は例えば燃焼器等の流れなど工業プロセスの至るところで見られる。これらのプロセスにおける流れの最適設計の為にはまず乱流中の粒子や液滴の挙動を理解することが非常に重要である。分散性二相流乱流のうち最も基本的な固気二相流乱流の挙動はこれまで多くの研究者によって解析的な研究されてきたが、複雑な粒子流体相互作用、および単相でも複雑な乱流の性質により、固気二相流乱流挙動の解析的な予測手法は未だ確立されていない。また、分散性二相流乱流についての実験的研究もいくつか報告されており、それらの結果より粒子(または液滴)の影響による乱流の促進または低減が発生する条件等が分かっているが、与えられた体系における粒子相の速度分布、濃度分布等、基本的な統計量を予測するために必要なデータを蓄積するまでには至っていない。

 近年、コンピュータ処理能力の向上及び単相流乱流の直接シミュレーションに代表される流体の数値シミュレーション技術の発達により、直接的な手法を用いての固気二相流乱流の数値シミュレーションが可能になりつつある。数ある固気二相流乱流のシミュレーション手法のうち、流体(連続相)を直接シミュレーション(DNS)あるいはラージエディシミュレーション(LES)で扱い、個々の粒子(分散相)の挙動はラグランジュ的に追跡(LPT)する手法(LPT-DNS/LES)は高精度な予測が可能な手法として期待されている。さらにLPT-DNS/LESでは予測モデルの確立に必要であるが実験で測定できないというようなデータを計算することができる。LPT-DNS/LESを用いた数値シミュレーションはこれまでにいくつか報告されており、粒子を含む一様等方乱流等では良い結果が得られている。しかしながら、壁に囲まれた体系ではしばしばシミュレーションと実験データに食い違いが見られており、その原因は解明されていない。

 そこで本研究では壁に囲まれた体系として流れ方向(χ1方向)とスパン方向(χ3方向)の大きさが無限大、壁垂直方向(χ2方向)の幅2δの中の垂直チャネル下向流を想定し、その中での粒子の挙動をLPT-LESを用いたシミュレーションによって調査した。またこれまでのLPT-DNS/LESで考慮されなかった効果の重要性、それらが粒子の集団の振舞いを記述する統計量に与える影響について考察した。扱う問題としては大きく分けて二つ、一つは粘性スケールのストークス緩和時間γ+p≡d2Su2r/(18υ2)(ここでdは粒子直径、Sは粒子と流体の密度比、uγは勇断速度、υは流体の動粘度)が5以下(Reγ≡uγδ/υ=180、S=2000の条件下で直径d<10μm)の微粒子を含むエアロゾル流れ、もう一つは粒子の慣性が大きな役割を果すと考えられるγ+p〜1000の大きな粒子を含む流れである。

 シミュレーション手法の概要は以下の通り。まず流体の速度はLESで、即ち、計算メッシュでフィルタリングされたNavier-Stokes方程式にサブグリットスケール(SGS)の渦粘性を加えたものを数値積分することによって計算した。本研究ではSGSモデルとしてメッシュの非等方性考慮に入れたSmagorinskyタイプのSGSモデルを用いた。分散相の個々の粒子の運動はそれぞれの粒子の運動方程式を数値積分することによって計算した。固気二相流における粒子の運動方程式は抗力項と重力項および各問題に固有の項からなる。抗力項の評価には粒子位置での流体速度が必要になるが、これはLESでの計算メッシュから粒子位置へ4次精度ラグランジュ内挿を用いて計算した。LESではフィルタリングされたNavier-Stokes方程式の移流項、拡散項、SGS項の空間差分には2次精度中心差分、時間積分には3次精度Adams-Bashforth法を適用し、圧力項と連続の式の処理にはSMAC法と同様のアルゴリズムを用いた。粒子の運動方程式の時間積分にはEuler陰解法(γ+p〓10の粒子に対して)または3次精度Adams-Bashforth法(γ+p>10の粒子に対して)を適用した。

 まずはじめに微粒子を含むエアロゾル流れのシミュレーションを行った。計算体系にはχおよびz方向に周期境界条件を持つ垂直チャネル(大きさはχ1,χ2,χ3方向にそれぞれ4πδ,2δ,2πδ)を用いた(図1)。チャネル半幅はδ=9mm、重力はχ方向にg=9.8m/s、勇断速度に基づく流れのレイノルズ数はReγ=180を想定した。粒子としては0.01μmから10μmのグラファイト粒子(S=2040)を想定した。これら粒子の粘性スケールのストークス緩和時間すおよびシュミット数Scを表1に示す。粒子の運動方程式は、抗力項、重力項に加え、ブラウン運動、Saffman揚力およびSGS抗力を考慮し、粒子一壁相互作用としてLondon-van der Waals力に起因する壁ポテンシャルのモデルを導入した。

 エアロゾル流れの予測で最も重要な量として粒子の壁への沈着速度ud≡(dNd/dt)/C(ここでNdは沈着した粒子の個数、Cはバルクにおける粒子の個数の線密度)があるが、LPT-LESによって計算された粘性スケールでの沈着速度u+d経験式と良い一致を示している(図2)。しかし、LESで時間変動する速度場を計算する代わりに同じ空間構造を持つ“凍った速度場”(即ち、LESで計算される速度場をある時刻で固定したものの)中で粒子の追跡をした場合、特に0.1μm粒子と1μm粒子の沈着速度が過大に予測された。シミュレーションによって得られた粒子速度と流体速度の相関等の情報より、この食い違いの原因はこれらの粒子が流体の速度場構造へ敏感であることと、“凍った速度場”では乱流バーストによる粒子の再流入の位置が固定されていることであると結論づけられた。また、同じくシミュレーションで得られた、粒子に働く力の強度の情報より、小さな0.01μm粒子ではブラウン運動が、大きな10μm粒子では粒子の持つ慣性の効果が大きくなることよって乱流構造の違いにかかわらずu+dが増大することがわかった。

 次に、Reγ=644の垂直チャネル下向流中における慣性の大きな70μm銅粒子のシミュレーションを行った。この体系はKulickら(1994)の実験で用いられたものと同じである。粒子の質量流束比 Z としては2%(体積比率で約3×10-6)という極めて希薄なケースを選んだ。この問題に対する以前のLPT-LES(例えぱWang & Squires,1996)では実験値との大きな食い違いが見られた。本研究では以前のLPT-LESで考慮されなかった粒子間衝突、壁近傍での抗力係数の補正(Faxen,1923;Brenner,1961)および壁ポテンシャル等を考慮に入れその効果を調べた。計算体系は周期境界条件を持つ垂直チャネル(大きさはχ1,χ2,χ3方向にそれぞれπδ,2δ,0.5πδ)である。粒子の密度比およびストークス緩和時間はそれぞれS=7184、γ+p=2000である。粒子の運動方程式は基本的に抗力項および重力項より成るが、それらに加え、シミュレーションのケースごとに前述の効果を考慮した(表2)。

 シミュレーションで計算された基本的な統計量である、粒子の平均速度および粒子速度ゆらぎのRMS値を図3に示す。これよりまず、Z=2%という、これまでの通説では粒子間衝突は無視できるとされてきた希薄な流れであっても粒子間衝突が重要な役割を果すことが分かった。その主な効果は壁垂直方向粒子速度ゆらぎのRMS値up2rmが増加することであるが、この原因は衝突による粒子速度成分の再等方化であることが衝突した粒子の統計より明らかになった。また、粒子間衝突に加え、壁近傍での抗力係数の補正や、やや深めの壁ポテンシャルの導入によりこの効果は一層顕著になり、Case4dとCase4fでは実験値に良く一致するup2,rmsが得られた。Case4fではさらに粒子の平均速度Up1も12<y+<644という全チャネル幅の98%の領域で実験値に一致した。Case4dとCase4fでは主流方向粒子速度ゆらぎのRMS値up1,rmsで実験データと同様に極大値が現われているが、これは図4に示すように流速のニモード性によるものである。このニモード性も以前のシミュレーションで再現できなかった性質である。さらにこれらの性質に関する種々の統計量が計算され、過去のシミュレーションでの実験値との不一致はまず粒子間衝突の無視、そして壁近傍で粒子のバルクヘの再流入を抑制するメカニズムの欠如によるものと結論づけられた。

 以上の結果より、本研究で開発されたLPT-LESコードによるシミュレーションは固気二相流乱流の物理のより深い理解に役立つことを示した。

表1 エアロゾル問題における粒子のパラメータ

図1 エアロゾル問題の計算領域

図2 LPT-LESの結果より計算された沈着速度u+d. ▲,SGS抗力を考慮した場合;▽,SGS抗力を考慮しない場合;×,“凍った速度場”を用いた場合;+,Li & Ahmadi(1993)のLPT-擬似乱流ランダム場シミュレーション;―,Wood(1981)の経験式

表2 Reγ=644チャネル乱流中の70μm銅粒子のシミュレーションのケース

図3 Reγ=644チャネル乱流中の70μm粒子の基本統計量.a)平均速度;b)主流方向速度ゆらぎのRMS値;c)壁垂直方向速度ゆらぎのRMS値

図4 χ+2=12断面における流速方向粒子速度の確率密度分布

審査要旨 要旨を表示する

 高熱流束体系用に提案されている固気二相熱交換器や微粉炭燃焼器内に見られる固気二相乱流は、エネルギー産業をはじめ多くの分野で見られる典型的な流れの一つである。固体境界壁に囲まれていない固気二相乱流については、古くから理論解析が行なわれており、その結果に基づいたモデル、例えば二流体モデルによりその振る舞いの数値予測が高精度で可能であることがわかっており、この予測は既に産業界で一般的に用いられている。しかし、現実に多く見られる固体境界壁に囲まれた固気二相乱流については、理論的な取り扱いが困難で、乱流中の粒子集団の振る舞いも充分には理解されておらず、したがって数値予測の精度についても、これを信頼して実用に供することができる状況にはない。

 「Numerical Analyses on Dispersed Gas-particle Two-phase TurbulentFlows」(和訳 分散性固気二相乱流の数値解析)と題する本論文は、この状況の改善に寄与するには固体境界壁に囲まれ体系での乱流中の粒子の集団運動に関する理解を深めることが重要であるとの認識に基づき、ラージ・エディ・シミュレーション(LES)とラグランジュ粒子追跡法(LPT)という個々の粒子の運動についての情報を得ることができる極めて直接的な方法を用いて固気二相乱流の数値シミュレーションを行い、個々の粒子の振る舞いに関して得られたデータから粒子集団の挙動を統計的に解析し、壁に囲まれた固気二相乱流に特有な物理現象について考察した結果をとりまとめたものであり、全8章から構成されている。

 第1章は序論で、渉猟した多数の文献に基づき分散性二相乱流に関する研究の現状を整理し、固体境界壁に囲まれた体系における固気二相乱流の振る舞いの精度の高い数値予測を行うために挑戦すべき課題領域を考察し、壁近傍での粒子挙動の解明を研究目的にするとしている。

 第2章は本論文で用いるLESおよびLPTを用いた数値シミュレーション(以下では、LPT-LESという。)技法について述べており、LESおよびLPTの理論的背景および数値スキームについて整理している。

 第3章は本論文で用いる数値計算コードの精度の検証を行った結果を述べており、作成されたLES及びLPT-LESコードによるベンチマーク問題の計算結果は文献に報告されている結果とよく一致したとしている。

 第4章は小さな粒子を含むエアロゾル乱流のLPT-LES結果について述べており、計算された粒子の沈着速度は実験式によく一致していること、計算結果に基づく粒子-流体間の速度相関等の解析により、粒子径と粒子の流体運動追従性の関係や粒子集団と壁近傍における乱流の縦渦構造の相互作用に関する理解が深まったとしている。

 第5章は粒子の存在によって流体の乱流構造が変化する現象の解析結果について述べており、流体の運動方程式に粒子が流体に及ぼす力を取り入れてシミュレーションを行った結果、実験で報告されているような乱流強度の減衰や縦渦構造の伸長が見られたとしている。

 第6章は、慣性の大きな粒子を含む平行流路における固気二相乱流のLPT-LES結果と実験結果の顕著な食い違いを解消する工夫について述べており、これまで無視されてきた粒子間衝突、壁近傍での抗力の増加、及び壁面での非弾性衝突といった効果を考慮することによって、実験結果と数値解析結果の一致度が有意に改善されたとしている。また計算された統計量の分析により、壁近傍に堆積した粒子の粒子間衝突による運動量成分の再等方化がこの改善に特に大きな役割を果していると結論している。

 第7章は熱輸送や粒子直径分布を考慮したLPT-LES結果について述べており、本論文で用いた手法がより現実的な状況の解析にも適用できることが示されたとしている。

 第8章は結論で、以上の成果を要約し、今後の研究課題を述べている。

 以上を要すれば、本研究は、個々の粒子を振る舞いを追跡するという直接的な手法により固気二相流乱流の数値シミュレーションを行い、計算された粒子の振る舞いに関する種々のデータを統計解析して固気二相乱流の振る舞いについて理解を深めており、システム量子工学、特に混相流乱流工学の進展に貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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