学位論文要旨



No 115684
著者(漢字) 滕,樹龍
著者(英字)
著者(カナ) テン,シュロン
標題(和) 多相流の格子ポルツマン解析
標題(洋) Lattice Boltzmann Analysis of Multiphase Fluid Flows
報告番号 115684
報告番号 甲15684
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4800号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 越塚,誠一助
 東京大学 教授 陳,ゆう
内容要旨 要旨を表示する

 多相流に対する物理及び数値計算の研究は、界面の物理とダイナミクスが複雑であるために、一般に困難なことだと言える。一方、流れのソルバーとして、並列化のし易さや計算アルゴリズムの簡単さなどの利点が挙げられる格子ボルツマン法は魅力のある選択になってきている。この方法は、粒子レベルで非局所的な相互作用を導入し、マクロレベルでナビエ・ストークス方程式を導出することにより、多相流をモデリングすることができる。しかし、このまま拡張した格子ボルツマン法においては、幾つの問題点が依然に存在する。具体的には、1)多相密度比が大きくなると数値計算が極めて不安定になること、2)物理の単位を持つ現実の気液流れへのはっきりな対応がないこと、3)非均一の計算格子をシミューションに適用できないこと、4)界面ダイナミクスの詳細が未解明であることと挙げられる。

 有限差分法の考え方を参考すれば、従来の格子ボルツマン法を用いても直交座標系で任意の幾何形状を表現することができるし、空間格子の間隔と時間刻みも単位値に固定する必要がなくなる。即ち、クーラン数条件が満たされれば非均一格子の採用も可能である。このような知見から、我々は従来の格子ボルツマン多相モデルとTVD/ACという有限差分スキームに基づき、新しいLBTVD/AC法を提案した。新しい方法を用いれば、上記の問題点をすべて解決することができるだけでなく、エンジニアリングの応用に一歩近づいたように格子ボルツマン法を発展した。

 第一章の内容は研究背景などの紹介であり、第二章の内容は格子ボルツマン法についてのレビューである。第三章は、LBTVD/ACを提案し、一つの簡単なテスト計算を通してコンタクト・ディスコンチニュイティ問題に対する異なる離散化スキームの解析能力を比較するというような内容で構成される。

 共存相密度の分布、(均一または非均一格子上で)ラブラス則の測定、界面密度分布の理論曲線との比較などを含む検証問題は第四章で述べられる。従来のシミュレーションでは、平面状の界面を渡る密度比は5を超えると計算が不安定になるに対して、本手法を使う場合密度比が120になっても、精度と安定性を保ったまま計算することができる。非均一格子の使用によって、(界面付近での)局所的な高い解像度が得られる。本章では、界面内の密度分布の理論解を求める二つの方法についても論じられた。

 界面の厚さ、密度分布、界面を渡って圧力と界面応力の釣り合い、界面内部に存在する擬似流速、ガリレー不変性の失いなど内容を含む界面ダイナミクスの詳細こついての調べは第五章で記述される。

 第六章では、格子ボルツマン多相モデルを現実な気液二相流体に対応させる方法が論じられた。LBTVD/AC法により、従来のモデルにとって極めて難しいこと、いわゆる、単位付きの物理量を持つ現実の多相流体流れのシミュレーションが、初めて実現可能になった。重力場を考慮する(2次元)または考慮しない(2、3次元)場合の相分離シミュレーションが行われ、図に示した。非均一の格子上で、せん断流れによる液滴の変形のシミュレーションも行われた。最後に、キャピッラリ波の数値計算の結果と理論予測のよく合うことが示された。

 第七章のテーマは重力場にある粘性流体中の単一気泡の上昇に関する研究です。実験またはマクロレベルの数値シミュレーションにとって捕らえにくい気泡挙動の詳細、例えば気泡の自由振動や、気泡内外の流れ場の変動などが本手法によって示された。

 最後の章では、研究内容をまとめ、またLBTVD/ACに関する将来の研究テーマを提出した。

審査要旨 要旨を表示する

 異なる相の流体から構成される多相流は、原子炉の冷却を初めとした様々な産業プロセスに広く現れる流れで、各種プラントの効率向上や設計の合理化のため、その精度の高い予測手法の確立が望まれている。これまで、一般の連続体近似に基づく流体解析手法に、相間の力学的、熱的相互作用を構成関係式として導入したり、相間の界面を陽的に追跡するアルゴリズムを交えるなどして、多相流に対する流体解析が行われ、成果を収めつつあるところである。しかし、大規模実験への依存性をなくして解析の普遍性を高め、また、相の合体や分裂など複雑な相形状の変化を含む多相流れを解析するためには、従来の手法を延長するよりは、解析のアルゴリズムや相界面の記述に新たな視点を取り込んだり、粒子的もしくはミクロ的な流れの記述法を基礎とする方が、自然な枠組みで複雑な多相流を表現できると考えられるため、新しい流体解析手法の多相流への適用が研究されている。

 格子ボルツマン法はこのような解析手法のひとつであり、ボルツマン方程式に保持されている分子論的な背景を残したまま、高い計算効率を達成することが可能であるため、多相流を含む複雑流れの解析手法として今後の発展が期待されている。しかしながら、格子ボルツマン法を多相流に適用する際には、相の密度比が大きい場合に解析の安定性が悪化すること、実際の体系の物性を反映するのが困難であること、非一様格子を使用できないことなどの問題点がある。

 本論文は、以上の問題点を解決し、適用性の高い多相流解析手法として格子ポルツマン法を確立することを目的に行われた研究の成果をまとめたものであり、全体で8つの章より構成されている。

 第1章は序論であり、研究の背景とこれまでの格子ポルツマン多相流解析をまとめ、問題点を整理し、合わせて本論文の目的を述べている。

 第2章では格子ボルツマン法の基本的な考え方を紹介し、次いで、格子ガス法から導かれた格子ボルツマン法が、また、連続ポルツマン方程式の離散近似としても導出され、互いに等価であることを議論している。

 第3章は本論文で提案する新しい格子ボルツマン多相流解析手法について述ぺた章である。格子ボルツマン法を連続ボルツマン方程式の離散近似と捉えることにより、差分法で開発されたさまざまな技法を適用することができることに着目し、相界面の解析に対して系統的にいろいろな差分スキームを調べている。その結果、人工圧縮付きのTVDが最も適切であるとして、それを格子ボルツマン法に取り込んだ新しい解析手法LBTVD/ACを開発している。

 第4章では、そのLBTVD/AC法を用いて相の共存状態の解析を行い、二相界面に界面張力が発生すること、それがラプラス則を満たすことを示し密度プロフィルについて理論値との比較検討を行っている。解析の精度と安定性についても言及し、120までの密度比が安定に解析できること、また、非一様格子を適用して局所的な精度を高めることが可能であることを実証している。

 第5章は相界面のダイナミックスを検討することにより本手法の妥当性を確認した章である。密度分布から界面厚さを評価し、その変化と擬速度の分布を求め、また、ガリレイ不変性について議論を行っている。

 第6章では、本手法が適切な無次元数の定義を用いて、適当なモデルのパラメータを調節することによって、現実世界に現れる実際の気液二相流と対応する解析が可能であることを示してい乱具体的に相分離過程、せん断流れ場における分散滴の変形、キャ,ピラリ波などに適用し、妥当な解析結果を得ている。

 第7章では、液相中における単一気泡の上昇を扱い、詳細な気泡形状と気泡内部、周辺での流れ場を求めている。特に気泡形状については、特徴的な形を示す無次元数の領域分けの実験結果と比較して良い一致が得られることを確認している。また、気泡径の振動について物理的な考察を加えている。

 第8章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。

 以上を要するに、本論文は格子ボルツマン法を新しい視点で捉えて、LBTVD/ACという多相流解析に適切な流体解析手法を提案し、基本的な数値特性、相界面ダイナミックス、多相ダイナミックスの解析と検討を通してその有効性と適用性を実証し、新たな多相流解析手法を確立したものであり、工学における流体解析の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク