学位論文要旨



No 115686
著者(漢字)
著者(英字) RAHMAN, MD.MAZIBUR
著者(カナ) ラーマン,モハマド,マジプル
標題(和) DISSOLUTION MODEliNG OF C-S-H GEL : (C-S-Hゲルの溶解モデル化)
標題(洋)
報告番号 115686
報告番号 甲15686
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4802号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 助教授 浅井,圭介
 東京大学 助教授 陳,ゆう
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

 普通ポルトランドセメント(OPC)は、低レベル放射性廃棄物ならびにTRU廃棄物処分システムでの使用が計画されている。セメントが水と化学反応を起こすと、処分場環境は高pH条件が期待されることになるが、この高pH条件はアクチニドなどの放射性核種の閉じ込め性向上や低溶解性につながる。様々な放射性核種に対するセメントの高い吸着性は、核種の環境中への放出を遅延・低減させることになる。C-S-H(CaO-SiO2-H20)ゲルは、OPCの主要な水和生成物である。またOPCの水和初期においては、C-S-Hはエトリンガイト(3CaO・Al203・3CaSO4・32H20;AFt)と共存することになる。これらの相と地下水との相互作用が、処分場環境中での核種の長期的な化学挙動を決定する。放射性廃棄物処分の長期安全評価を実施するにあたっては、これらの相の長期的溶解現象を解明する必要がある。

 C-S-Hゲルシステムを対象とした実験は多く行われてきている。それらの実験結果より、C-S-Hゲルの溶解が、Ca/Si(C/S)比に強く依存することが知られている。しかし、そこでの実験結果は、実験時間が短いこともあり、放射性廃棄物処分の長期的安全評価には直接は適用できない。さらに、実験結果は研究者間で必ずしも整合したものともなっていない。一方、C-S-Hゲルの長期的な化学挙動に関しての明確な予測は、これらの実験では行われていない。このような理由から、放射性廃棄物処分の安全評価のために、C-S-Hゲルの溶解挙動予測は不可欠である。

 C-S-Hゲルの溶解のモデル化に関しては、いくつかの溶解モデルが提唱されてきている。しかしこれらのモデルには、いくつかの欠点がある。例えば、モデルによる計算結果があるC/S比において実験結果と一致していないことや、C-S-Hゲルの溶解を予測するためのモデル化の中で、C-S-Hゲルの化学的および構造的特長が無視されていることなどが挙げられる。したがって、放射性廃棄物処分の現実的な長期的安全評価を行うためには、既存のモデルとは異なった新しいC-S-Hゲルの溶解モデルが必要となる。

 C-S-Hゲルの溶解モデル作成にあたっては、Margulesタイプの固溶体を仮定した。本モデルでは、C-S-Hゲルは2種類の固溶体の非理想的混合系と見なした。C-S-Hゲルの溶解を予測するために、NMRやXRDで確認されたC-S-Hゲルの化学的および構造的特長を考慮した。本研究で作成したモデルにより、C-S-Hゲルシステムの溶解データが再現性良く再現された。本研究のモデルにより計算された全Ca濃度、全Si濃度、pH値は、実験結果と良く一致した。したがって、本モデルは、放射性廃棄物処分の安全評価のための有効なツールと考えることができる。

 熱力学的データが不足しているため、本モデルは25℃のみに適用できる。25℃以外の温度条件での溶解予測が求められるならば、さらに多くの実験が必要である。しかし、15℃から35℃の温度範囲においては、モデルの支配方程式の温度依存の幅は見かけの溶解度積の不確実性の幅よりも小さい。温度が25±10℃の範囲で変化したとしても、結果には有意な差異は現れないことが予想される。この温度範囲以外での実験データや熱力学データが整備されたならば、本モデルはセメントを使用するほかの全ての環境問題にも適用することができる。

 放射性廃棄物処分の長期的安全評価の信頼性を向上させるために、AFtと共存するc-S-Hゲルの溶解挙動を理解する必要がある。C/S>1では、C-S-Hゲルの溶解はAFtの存在の影響を受ける。C-S-HゲルとAFtの相互作用はマイナーな安定相を生成させ、これらの相が放射性廃棄物処分の長期的安全評価に影響を与える。

 AFtと共存するC-S-Hゲルの溶解について、C/S>1において実験的に測定を行った。AFtの調和溶解を仮定し、本研究で作成した1<C/S_1.5におけるC-S-Hゲル溶解モデルと組み合わせ、C-S-HゲルとAFt間の相互作用は起こらないものとして、AFtと共存するC-S-Hゲルの溶解を計算した。計算結果と実験結果には差異があり、C-S-Hゲル固相とAFt固相中の相互作用の存在が示唆された。C/S=1.2ならびにC/S=1.4付近における差異の主な理由として、C-S-H構造内のSi四面体とA1(OH)4-やSO42-との交換反応が考えられる。Al(oH)4-の方がso42-よりも優先的にsi四面体と交換することが観測された。C/S=1付近では、AFtと共存するC-S-Hゲルの複雑な溶解現象が検討され、C/S=1付近におけるAFtと共存するC-S-Hゲルの溶解現象を予測するためには、さらなる研究が必要であることが示唆された。

 実験結果と、AFtと共存するC/S>1のC-S-Hゲルに対して行ったモデル計算結果の差異を明らかにするために、C-S-Hゲル固相とAFt固相中でのSi四面体とAl(OH)4-やSO42-との交換反応について、MO計算により検討を行なった。A1(OH)4-については、C-s-Hゲル構造内のペア型ならびにブリッジング型Si四面体との交換が観測された。そして、ブリッジング位置のSi四面体とA1(OH)4-との交換が起こりやすいこともわかった。Si四面体とSO42-との交換については、C-S-Hゲルの構造に制限があることがわかった。交換反応にともなう格子パラメータの変化を検討した。交換サイトにおけるネットの電荷と交換イオンの大きさが、交換反応による安定構造への変化を可能とする格子の不完全性を誘起するのかもしれない。これらの結果は、AFtと共存するC-S-Hゲルシステムの実験結果とほぼ完全に一致する。本研究で行ったMO計算は、固相中での相互作用を考慮することで、さらなる研究へと展開させるいくつかのアイデアを提示する。

審査要旨 要旨を表示する

 普通ポルトランドセメント(OPC)は、低レベル放射性廃棄物ならぴにTRU廃棄物処分システムでの使用が計画されている。セメントが水と化学反応を起こすと、処分場環境は高pH条件が期待されることになるが、この高pH条件はアクチニドなどの放射性核種の閉じ込め性向上や低溶解性につながる。様々な放射性核種に対するセメントの高い吸着性は、核種の環境中への放出を遅延・低減させることになる。C-S.H(CaO-SiO2-H20)ゲルは、OPCの主要な水和生成物である。またOPCの水和初期においては、C-S・Hはエトリンガイト(3CaO・Al203・3CaSO4・32H20;AFt)と共存することになる。これらの相と地下水との相互作用が、処分場環境中での核種の長期的な化学挙動を決定する。放射性廃棄物処分の長期安全評価を実施するにあたっては、これらの相の長期的溶解現象を解明する必要がある。本論文は、C.S-Hゲルの溶解のモデル化とエトリンガイト共存下における溶解現象に関して検討したものである。論文は6章から構成される。

 第1章では、セメント構成成分の水和や溶解に関する既往の研究がレビューされ、とくにこれまで提唱されてきている様々なC-S-Hゲルの溶解モデルの特徴とその欠点が整理されるとともに、本論文の目的が述べられている。

 第2章では、C-S-Hゲルの溶解現象の中で、CaとSiのモル比(C/S比)が1以上の領域におけるモデル化が行われている。これまでの実験的研究から、C/S>1の領域では、C-S-HゲルはCa(OH)2とCaH2SiO4の固溶体であり、その溶解は両成分が非調和に溶解すると考えられている。本論文では、Ca(OH)2とCaH2SiO4がMargulesタイプの固溶体を形成するとともに、固溶体中の活量がGuggenheimとPrausnitzモデルで記述されると仮定して、その非調和溶解現象のモデル化が行われている。固溶体中の活量は、固体のC/S比や溶液中のCaやsiの溶存成分、ならぴにそれらの濃度に依存するとし、さらに固溶体の2成分の一方のモル分率が0の極限で活量が純粋固相と一致するなどの条件のもとで、実験結果より評価し、モデル中のただ一つの経験的パラメータをフィッティングパラメータとすることで求めている。このように求めた活量値をモデルの入力値とすることで、定量的なモデルが提唱されている。モデルから計算されたC-S-Hと溶解平衡にある溶液中のCaやSi濃度、pHは実験結果と良い一致を見せている。フィッテイングパラメータがただ1つであり、その他の全てのモデル化プロセスが熱力学に従っている唯一のモデルであると判断される。

 第3章では、C/S<1の領域における溶解現象のモデル化が行われている。基本的なモデル化のプロセスは、C/S>1の場合と同じであるが、C/S<1の領域ではC-S-Hゲルを構成する主要成分がCa(OH)2とCaH2SiO4からSiO2とCaH2SiO4に変わることに着目している。固体成分からCaがより一層溶脱しSiO2が主体的となることで、固相の構造としてSio2のネットワークが形成され、構造の不規則性が強くなると考えられる。本論文では、この不規則性が経験的パラメータと有機的な関係があることが議論され、経験的パラメータが唯一に設定できないことを示している。その上で、フィッティングパラメータとしての経験的パラメータ数を2セット設定することでモデル化が可能であるとし、そデル化が行われている。本論文で得られたモデルによる計算結果は、実験結果と良い一致を見せている。

 第4章では、C.S-Hゲルがエトリンガイトと共存する系における溶解現象が検討されている。別途行われたC-S-Hゲルとエトリンガイト共存系における溶解実験から、固相と溶解平衡にある液相中のCa、Si、SO42-、Al(OH)ゼ濃度が得られている。本論文では、まず単純に、GS-Hゲルとエトリンガイトが独立に溶解すると仮定して、液相成分濃度が計算されている。その結果、実験結果とモデルに基づく計算結果との間には、全成分とも大きな差異があることが示されている。本論文ではC-S-Hゲル中のSiO2層中のSiとSO4多、Al(OH)4-との置換にその原因を求め、それぞれの成分ごとに置換反応が物理化学的にどのように影響を及ぼし、その結果差異が生じているのかを定性的に議論している。

 第5章では、第4章で議論したSiO2層中のSiとSO4、Al(OH)4-との置換反応が可能であるのか否かについて、分子軌道法計算に基づいて議論が行われてい乱本論文では・C-S-Hゲル自体をシミュレーションすることは不可能であることから、si原子2個ならびに5個の直鎖型シリカ構造を設定し、置換反応の前後における系全体での自由エネルギー変化と、活性化エネルギーの見積が行われている。自由エネルギー変化の評価結果から、A1(OH),との置換反応では、シリカ構造体の違いやSi原子の位置に依存するが・置換後の自由エネルギーが置換前よりも小さいことが示される一方、SO7との置換反応では、Si原子2個のシリカ、および5個のシリカでは末端のSi原子との置換の場合に、自由エネルギーは置換後の方が小さいことが示されている。さらに、Si原子2個のシリカ構造体との置換反応に関しては、遷移状態構造を仮定し、そこでの系の自由エネルギーの上昇から活性化エネルギーの見積も行われ、Al(OH)4-との置換反応では室温で反応が起こり得るが・SO42-との置換反応さは起こりにくいことが明らかにされている。この傾向は・定性的には実験結果と一致しており、C-S-Hゲルとエトリンガイト共存系における溶解現象に及ぽす置換反応の影響に対する示唆が与えられている。

 第6章では、第2章から第5章までに得られた本論文の結論がまとめられてい乱

 以上要するに、本論文ではセメントの主要水和成分であるGS-Hゲルの溶解現象を熱力学的に取り扱ったモデルが提唱されるとともに、C-S-Hゲルが水和の進行にともない徐々に形成されるエトリンガイトと共存する場合、エトリンガイトから溶出するSO7やAl(OH)4-との置換反応が系全体に溶解現象に重要な影響を及ぼすことを・熱力学と量子化学に基づいて明らかにしたものである。これらの成果は、システム量子工学、とくに放射性廃棄物処分の長期的安全評価の信頼性向上に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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