学位論文要旨



No 115687
著者(漢字) 東,麻衣子
著者(英字)
著者(カナ) ヒガシ,マイコ
標題(和) ウェーヴレット変換による日射変動解析 : 気象因子の導出とPV算定への応用
標題(洋)
報告番号 115687
報告番号 甲15687
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4803号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 六川,修一
 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 助教授 松橋,隆治
 東京大学 講師 定木,淳
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の特色は、日射の変動を新たに信号情報と見倣し、効率良い分類手法を用いる事でその特性把握を深めようとした点にある。この前提としては、気象条件の推定に要する取得データに制約が存在し、かつその多様性への放射伝達物理モデルの対応が充分でないという現状がある。この分類には、既存の小季節区分に独自の見解を加えた季節によるものに加え、気象条件について離散ウェーヴレットに於ける帯域(レベル)分割と気象現象のスケールとの相関性を活用する。又、そのネスト性により気象現象を充分普遍的な構成単位(後に気象条件と呼ぶ)に分解することが可能と考える。解析の結果得られた気象条件に関する指標の導出は極めて簡便であり、その有効性はデータ補完(短周期変動の推定、直散分離)及びPVシステム出力推定等の応用に於いて確認される。

 太陽エネルギー利用技術の広汎な普及には、入力である日射の状態を簡便かつ正確に把握する必要がある。日射の特性は主に気象条件により大きく変化する。この太陽エネルギー利用技術を取巻く環境とその課題、特に入力である日射データの取得状況と既往の研究を踏まえ、本研究の目的は、日射の不規則変動の解析による気象条件の把握からこうした技術に入用な情報を得、実際の応用によりその効果を確認する事と定める。

 まず対象の特性について既往の知見をまとめる。日射エネルギーとその変動(日射減衰)要因についての概観から、データ分類方法及び変動解析への指針を探る。変動要因の内、太陽高度等の算定可能なものは除去する。これが困難なのは水蒸気・工ーロゾルに加え、特に雲の影響である。我国に於いて前者は季節特性が顕著である。後者についてはその成因から季節的な傾向を有するものと考え、大気の運動と気象現象についてまとめ、その特質を理解する。以上より、まず季節による区分が重要であるとし、データの季節区分を考える。これには、気象の推移の把握を考え、日平均気温の変化が一定幅であり気圧配置が一定傾向を有する小季節区分を用いる。更に各季節内に於いても気象条件(雲の影響)により、日射変動は多様に変化する。これを更に分離・解析する手段として、ここでは上述の気象現象の時間スケール特性に着目している。

 これを受け本研究で使用するデータの概要を記すと共に、日射データより系統的な変動要因の影響を除き気象条件の変化をより明確に反映する様に解析の対象を定める。ここで日射データとして1分瞬時値を用い、水平面全天日射強度を直達及び散乱成分に分離している(反射成分はここでは考慮しない)。解析対象としては場合に応じ、各々の波長積分した透過率、特に直達成分については透過係数に於いて検討を行う。又、解析の基本となるウェーヴレット変換の理論について、離散ウェーヴレットの特色と広帯域信号への適用時の利点に焦点を当て概説する。

 次に指針を基に、離散ウェーヴレット変換により一昼間データのレベル分解により、日射変動の季節・気象条件の分類と指標化についての検討を行う。ここでレベルjの成分はデータのサン.プリング間隔により2j〜2j+1の周期を示す変動に対応するが、解析結果及び帯域分割の不完全性を補う目的からこれを短・中・長周期とその残滓に分け、指標化では主にこれを用い比較する。まず前述の小季節区分について、エネルギーノルムによる全般的特性、快晴時のデータを用いた大気中の可降水量・混濁度(工ーロゾル量)の季節変化の把握を行う。これも指標として提示する。一方、変動要因の分離・普遍化を目指して気象条件(論文中では中周期成分として表現)によりデータの分割を行う。この区分別に変動周期に応じ区間内平均、振幅、直達・散乱日射間の位相差を求め、変動指標として考える。更に、ここでは帯域分割の際の基準が実際の日射減衰(最大値より)と異なり変動の中央となる事を受け、短周期変動と中周期以長の変動要因の分離を行い、この結果も指標に含める。この指標による気象条件の表現、妥当性の検証の為、各区分を“雲の状態観測データ”(地上気象観測原簿データ,気象庁)により気象現象を暫定的に分類する。この“雲の状態観測データ”は上・中・下層別に雲種及び空の状態を目視で観測し、表現したものである。この基本的な分類別に、各指標間の関係及び分布状況を検討し、これを参考に日射変動情報を用いたより定量的・簡便な気象特性の表現(指標化)を図る。又、各区分内に於いて短周期変動の特質をフーリエ変換によるパワースペクトル密度(PSD)として得、モデル化を行う。

 ここで得られた指標・推論の有効性については検証データが不充分な事もあり、その応用上の効果により導くものとする。前述の様に、気象条件による日射の複雑な地域・時間変化は参照地点での計測結果で充分に代表されているとは言えない。個々のシステムの詳しい解析、又、地域全体に於いても正確な賦存量評価の為には、各地点・各時の日射データ取得を要する。しかし、これら全てを必要な精度で取得するにはコストから見ても限界がある。更に、気象現象の非再起性からデータ蓄積が重要となるが、この際、過去の異なる仕様のデータの活用が問題になる。この様にデータの補完は、太陽エネルギー利用技術の評価に欠かせない。特に、各種技術にとって直達日射強度データが不可欠であるにも関らず、この測定は困難であり、直散分離法の需要が高い。ここでは変動解析を基に、その簡便化及び精度の改善を試みる。ここでより普遍化した気象の構成単位毎に両者の相関性を取って適用する方法を採った事から、多地点への適用性・今後の拡張性に利点がある。また一方で、これ迄日射データが全天日射量(1h以上)として蓄積されることが通例であったことから、これに短周期の変動を付加し実際の変動幅を見積もる事を考える。但し、ここでは中周期成分との対応性から半時問平均値(積算値)を既知として算出する。

 太陽エネルギー利用技術の中、太陽光発電(PV:Photovoltaic)システムの普及が著しい。中でも我国で最も需要が拡大する可能性を持つ中・小規模のシステムの場合、個別の出力算定が求められるであろう。こうした規模のPVシステムの出力算定を簡便かつ有効な方法で行う為、実データの解析及び実験結果に前述の可降水量・混濁度についての指標を用い、従来の単純な概算法に改良を加えた。この結果、セル温度の計測に課題が残るものの、主として水平面全天日射強度データと季節別快晴目の直達・散乱日射データ、PV変換効率のセル温度による変化(カタログ値)の代入による普遍性の高い出力推定方法を提示する。

審査要旨 要旨を表示する

 太陽エネルギー利用技術の広汎な普及には、気象条件により大きく変化する日射の変動特性を簡便かつ正確に把握する必要がある.本研究の特色は、日射の変動を種々の気象条件に係わる情報源と見なし、効率的かつ有効な分類手法を用いることでその特性把握を行い,システム工学的に指標化する方法論を提示した点にある.指標化に当たり,独自の小季節区分を導入し,日射データに離散ウェーヴレットを適用して変動レベル分割を行い,それを気象現象のスケールと対応させて各指標の特性を明らかにしている.そして実用面からこの方法を短周期変動の推定、全天日射よりの直散分離,さらには太陽光発電におけるPVシステム出力推定に適用し,本研究成果の有用性を実証している.

 本論文を概観すれば,序章に続く2章では,太陽エネルギー利用技術を取巻く環境とその課題、特に入力である日射データの取得状況と既往の研究について考察し,問題点の整理を行っている.次いで3章では、日射エネルギーとその変動要因について,放射伝達理論に基づく水蒸気・工ーロゾルの影響評価を行い,さらには主要な変動要因である雲の影響を既存の雲分類法や気象現象のスケール性と関連させて考察している.4章では本研究で使用するデータの概要を記すと共に、日射データより系統的な変動要因の影響を除き気象条件の変化をより明確に反映するデータ処理の手法を提示している.また解析の基本となるウェーヴレット変換の理論について、特に離散ウェーヴレットの特色と広帯域信号への適用時の利点に焦点を当て、詳細にとりまとめている.

 本論文の後半では,具体的な方法論の提案および応用結果について述べている.5章では離散ウェーヴレット変換による日射データのレベル分解により、日射変動の季節・気象条件の分類と指標化の方法についての検討を行っている.まず季節区分、雲の状態に関するデータによる気象現象の暫定的な分類方法を示し、着目した変動要因の特性を既往の研究と実測データの解析からより詳細に検討し、本方法の妥当性の検証を行っている.次いでこれに基づいて日射変動情報を用いたより定量的かつ簡便な特性表現(指標化)を図っている.6章では,得られた指標を基に日射データの応用である短周期成分の付加および全天日射よりの直達日射,散乱日射の推定(直散分離)を行っている.現在,わが国においても各地での計測によって日射データの整備が図られているが,これらは1時間の積算日射量としてデータペース化されており,日射データの広範な利用からは必ずしも充分な時間分解能を有していない.特に本研究では,より短時間の日射変動を扱うため,変動の短周期成分の付加が求められる.本研究での方法は単純な内挿によるものではなく,すでに述べた気象に関する指標が大きな役割を果たしている.一方,日射利用においては,直達日射量を必要とする場合が多い.しかし,直達日射計測は,太陽追尾機能を必要とするなど,機構が複雑で高価であり,設置も容易ではない.そこで全天日射データから直達光と散乱光を分離する直散分離は,実用面から要求度が高い.本章において本手法による指標を用いた直散分離は,従来法に比べ,高精度であることが示されている.7章では,より具体的な応用である太陽光発電の出力推定(PV出力)を試みている.これまでの指標を応用し,PVシステムの主要パラメータおよび当該地域あるいは近隣の日射を入力することにより,高精度でPV出力推定を行えることを示している.その結果,従来法は,積算日射量において約30%の過大見積もりになっていることを示唆している.さらにこれは主に,午前,夕刻時の低太陽高度時の見積もり誤差に起因していることも明らかにしている.

 以上より,本研究は,新しい日射変動パラメータのシステム工学的指標化によって,太陽光発電に代表される今後の太陽エネルギーの有効利用に大きく貢献し得るものと評価できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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