学位論文要旨



No 115688
著者(漢字) 平野,晋吾
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,シンゴ
標題(和) 浸透構造を有する無機粒子充填高分子複合材料の電気的特性
標題(洋)
報告番号 115688
報告番号 甲15688
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4804号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岸本,昭
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 岸尾,光一
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨 要旨を表示する

 電気的に絶縁体である高分子に充填する導電性粒子の濃度が増大するとき、浸透閾値と呼ばれる臨界濃度で急激な電気抵抗率の減少が観測される。これは、系の臨界濃度において、粒子のつながりによる電流を運びうるネットワークが形成したことに由来し、このネットワーク構造を浸透構造と呼ぶ。臨界濃度以上の高濃度の導電性粒子を充填する際、この系の電気抵抗は、時に導電性粒子に匹敵する低い電気抵抗率を示す。この高濃度に導電性粒子を充填された高分子複合材料は、近年、自己制御発熱素子、電流制限素子や、歪みセンサーとしての応用が模索されてきた。このような応用は、この複合材料が示すある臨界温度における数桁にものぼる抵抗率増大現象、すなわち「抵抗の正の温度係数効果(positive temperature coefficient of resistivity effect、PTC効果)」、また、機械的応力に依存する電気抵抗率の変化特性、つまり「ピエゾ抵抗効果」により達成される。この二つの効果はそれぞれ主に、熱的な歪み及び機械な歪みという異なる因子に依存する。しかし、それぞれの歪みに由来する複合構造の変化が、上述の二つの効果を誘発するという意味で、類似の現象といえる。

 導電性粒子―熱可塑性樹脂複合材料のPTC効果の臨界温度は、樹脂の融点に一致する。これは、高分子融解に伴う不連続的熱膨張が、粒子間トンネルギャップの連続的な増大を誘発しているためと考えられている。この観点から、熱膨張特性において不連続的挙動を示さない熱硬化性樹脂系では、臨界的なPTC効果は観測されないと考えられてきたが、1980年代になって熱硬化エポキシ樹脂―導電性粒子系で巨大なPTC効果が報告された。その後熱膨張効果以外の因子の発現機構への関与が暗示されてきたが、未だ厳密な機構については明らかにされていない。一方、複合材料のピエゾ抵抗効果は機械応力によって隣接粒子間の接触状態が変化することに由来していると考えられ、これまでバルク状の高分子系及びセラミックス系材料において検討されてきた。しかし、薄膜状の高分子複合材料のピエゾ抵抗効果については全く情報が無い。

 この論文では、以上の研究背景から、無機粒子充填熱硬化性エポキシ樹脂複合材料において観測されるPTC効果及びピエゾ抵抗効果という二つの電気的特性を詳細に取り扱っており、それら二つの効果の支配因子を解明することを究極の目的とした。この材料は、極めて不均一な微構造を示し、かつ物理的及び化学的性質の全く異なる物質から構成されるため、いくつもの複合因子の絡み合いによりその電気的特性が支配されていると考えられる。本研究では、その複合因子の中でも、主に物理化学的な因子について明確に示すことをまず考えた。そして以下のような取り組みから、この両効果の発現機構、制御手法及び応用に関して重要な情報を提供している。

 本論文は、全7章から構成されている。第1章は、本論文の緒言である。ここでは、浸透構造を有する無機粒子充填高分子複合材料に関して、浸透理論を基礎とするこの系の電気的性質に関する一般的説明、PTC効果及びピエゾ抵抗効果の現象と応用的側面、それらに関する過去に報告された発現機構、本研究の目的及び構成について述べた。

 第2章では、導電性無機粒子として酸化錫被覆針状酸化チタン(STO)と、ほう化ニオブ(NbB2)粒子を用いたエポキシ樹脂複合材料の電気抵抗率の温度依存性を記述した。過去の報告から、複合材料におけるPTC効果は、樹脂中に存在する無数の導電性粒子間の接触の多くが、ある臨界温度付近で急速に断たれるか、高分子熱膨張に伴う電子トンネル伝導を許す粒子間ギャップの幅の連続的増大過程によるものと推測された。この視点から、エポキシ樹脂の熱機械特性やNbB2―エポキシ樹脂複合材料の熱膨張―抵抗率関係と、これらの複合材料のPTC転移温度の熱硬化温度依存性について調べ、熱膨張量ではなく熱硬化温度とPTC転移温度の相関について考察した。これらの結果から、以下のような知見を得た。

・これらの複合材料は臨界温度で鋭いPTC効果を示し、その臨界温度は熱硬化温度に依存した。つまりこの高濃度系のPTC効果の臨界温度は、熱硬化条件によって制御できる。

・異なる熱硬化温度で作製されたNbB2−エポキシ樹脂複合材料の熱膨張一抵抗率測定により、臨界温度は複合材料の絶対熱膨張量には依存しないことがわかった。

・以上の結果から、高分子絶対熱膨張に伴う粒子間トンネルギャップの増大過程を考えるモデルでは、この系のPTC効果は説明できないと結論した。つまりこの系のPTC効果は、電子伝導に寄与している物理的接触状態にある導電性粒子対の多くが、熱硬化温度に依存する臨界温度近傍で開放される状況を反映した結果であると考えられる。

 第3章では、STO―エポキシ樹脂複合材料のPTC効果に及ぼす昇温速度と樹脂酸化の影響が詳細に記述されている。具体的には、0.04〜1℃min-1の昇温速度条件におけるこの複合材料の電気抵抗率―温度特性を空気及び窒素中で観察し、以下のような結論を得た。

・03℃min-1以上ではPTC転移挙動は不変であった。0.1℃min-1以下において、臨界温度はほぼ変化しないがPTC転移強度は減少し、0.04℃min-1の昇温速度でPTC効果ほぼ消失した。しかし、エポキシ樹脂の熱膨張係数は昇温速度には依存しなかった。従って第2章の結果と同様、この系のPTC効果は、複合材料の絶対熱膨張量という因子では説明できないことが結論された。この系のPTC効果は、エポキシ樹脂がゴム状固体の力学特性を示すガラス転移温度以上で観測される。従って、PTC効果の昇温速度依存性は、熱膨張歪み速度に依存する樹脂の熱膨張応力に関係していると推測された。

・同複合材料におけるエポキシ樹脂のガラス転移温度以上のTsで定義される温度で、0.04から1℃min-1へ昇温速度をスイッチングした際の抵抗率−温度特性の評価により、この複合材料が外部環境の急速な温度変化を選択的に検知できる機能を有していることを示された。

・酸化雰囲気中では、時間及び温度に影響を受け、PTC効果は緩和した。空気及び窒素中におけるエポキシ樹脂の熱重量分析、動的粘弾性分析、また両雰囲気で熱処理されたエポキシ樹脂の赤外吸収スペクトル測定により、そのPTC効果の緩和は、時間及び温度に依存するエポキシ樹脂の酸化に起因する重量減少による熱膨張歪みの低下、さらに酸化によるエポキシ樹脂中の水酸基濃度低下に起因する樹脂―導電性粒子界面特性の劣化に由来しているものと思われる。

 第4章では、6種のカーボンブラック(CB)とエポキシ樹脂からなる複合材料の抵抗率―温度特性に及ぼす因子を、CBの微細構造に焦点を絞って調べた。一次粒子の平均粒径がほぼ同一で、一次粒子の癒合による鎖状に連なった凝集粒子構造を示すハイストラクチャー(HS)CB粒子と、そのような鎖状構造を示さないローストラクチャー(LS)CB粒子を用いた。これらの複合材料の熱硬化温度は130℃で一定とした。これら全てはPTC効果を示し、その臨界温度は一定であった。HS系はPTC転移強度は微弱であったが、LS系は転移強度は極めて大きかった。凝集粒子の絡み合いが弱いLS系は、臨界温度近傍で粒子間接触が断たれやすいためであると考えられる。この結果により、エポキシ樹脂複合材料系のPTC転移強度は、単純な幾何構造を示す導電性粒子の使用によって向上できると考えられる。

 第5章では、薄膜状のSTO充填エポキシ樹脂複合材料におけるピエゾ抵抗効果に及ぼす雰囲気の相対湿度の影響を調べた。これから以下のような結果を得た。

・薄膜化された高分子複合材料のピエゾ抵抗効果は、雰囲気の相対湿度に強く依存する。約30%以下の相対湿度では、機械的引張歪みの増大に伴い電気抵抗は減少し、相対湿度の低下に伴い引張歪みによる電気抵抗減少量は増大する。一方約30%以上の相対湿度では、機械的引張歪みの増大に伴い電気抵抗は増大し、相対湿度の増大に伴い引張歪みによる電気抵抗増大量は向上する。

・この結果は、湿度に伴い増大するエポキシ樹脂の吸水による膨張歪みが、複合材料のピエゾ抵抗効果を増幅しているためと考えられた。この現象を説明するために、エポキシ樹脂の吸水膨張歪みに相当する移動因子を含む、機械的引張歪みによる仮想的なピエゾ抵抗特性のマスター曲線を提案した。

 第6章では、一定湿度下(65%)におけるガラス及びアルミナ基板上に形成されたSTO充填エポキシ樹脂複合膜のピエゾ抵抗特性の評価により、その複合膜の最大歪み記憶型歪みセンサーとしての応用に関して述べた。これらの基板材料は、しばしば、不安定破壊を示す臨界応力値以下での応力で微視的亀裂成長を示すため、基板材料が受けた最大応力(歪み)を知ることは、それらの突発的な脆性破壊を未然に防ぐことにつながる。この複合膜を形成された材料に、最大荷重を順次増大させる負荷除荷繰り返し試験を行った際、歪みに伴う複合膜の電気抵抗増大に加えて、除荷後も最大歪みの増大とともに大きくなる残留電気抵抗が観測された。この残留電気抵抗は最大歪みに依存した。つまりこの複合膜は、過去に受けた最大歪みを記憶していることを示している。つまり、この無負荷状態における複合膜の残留抵抗測定により、基板が過去に受けた最大歪みの推定が可能であり、この複合膜を最大歪み記憶型歪みセンサーとして応用出来る可能性があると考えられる。

 最後に第7章で、本論文の総括である。この研究では、導電性無機粒子充填エポキシ樹脂複合材料のPTC効果とピエゾ抵抗効果を取り扱った。PTC効果については、転移温度及び転移強度の支配要因についていくつかの新たな情報を与え、それにより熱硬化性樹脂系PTC複合材料の適切な材料設計指針を示した。一方、ピエゾ抵抗効果に関して、この複合材料を薄膜化した場合のピエゾ抵抗効果の相対湿度依存性と、その特性を利用したセンサー材料としての応用性を明確に示した。本研究の結果は、この複合材料を機能性材料として開発するための価値ある情報を提供したと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「浸透構造を有する無機粒子充填高分子複合材料の電気的特性」と題し、導電性無機粒子を充填した絶縁性エポキシ樹脂複合材料の正温度係数(PTC)効果及びピエゾ抵抗効果に関して研究したもので、全7章から構成されている。

 第1章は、本論文の緒言であり、浸透構造を有する無機粒子充填高分子複合材料に関する電気的性質の概論、PTC効果及びピエゾ抵抗効果の現象と応用的側面、さらにそれらに関する過去に報告された発現機構を述べている。さらに、両効果の十分明確にされていない機構を解明するために、本研究が指摘した新しい実験的アプローチの重要性について述べている。

 第2章では、導電性無機粒子(酸化錫被覆針状酸化チタン(STO)、ほう化ニオブ、カーボンブラック)を用いたエポキシ樹脂複合材料の電気抵抗率の温度依存性、熱膨張―抵抗率特性、さらにエポキシ樹脂中に埋め込まれた一対の白金被覆ジルコニア粒子接触及びその浸透系の抵抗―温度特性を記述している。これらの複合材料のPTC転移温度(Tc)の熱硬化温度依存性について調べ、熱膨張量ではなく熱硬化温度とPTC転移温度の相関について議論している。これらの実験事実から、この系のPTC過程は、従来指摘されてきた高分子絶対熱膨張に伴う粒子間トンネルギャップ増大によるのではなく、電子伝導に寄与している物理的接触状態にある導電性粒子対の多くが、内部応力の消失温度である熱硬化温度近傍でランダムに開放される状況を反映した結果であると結論している。

 第3章では、種々の昇温速度及び酸化、不活性雰囲気中におけるSTO―エポキシ樹脂複合膜の抵抗率―温度特性を調べ、PTC効果に及ぼす構成物界面の熱機械的及び化学的相互作用の影響について議論している。樹脂の熱膨張係数の昇温速度依存性は観測されないのに対し、超低速昇温速度(0.04℃min-1)において複合膜のPTC効果は消失し、見かけのTc以上及び急速昇温という両条件下で発生する巨大なPTC転移挙動を初めて観測している。この結果は、熱膨張速度に依存する樹脂_粒子界面応力に基づく粒子間接触開放モデルで説明されると考察している。さらにエポキシ樹脂中の水酸基濃度低下に起因する樹脂一導電性粒子界面特性の変化が抵抗―温度特性に及ぼす影響を示している。これらの実験事実は、この系のPTC効果が絶対熱膨張量という因子では説明できないことを示した初めての明確な実験的証拠であると述べている。

 第4章では、6種のカーボンブラック(CB)とエポキシ樹脂から構成される複合材料の抵抗率―温度特性に及ぼすCBの微細構造の影響を調べ、凝集粒子の絡み合いが弱い系ほどPTC転移強度が増大することを示している。これは、粒子間の絡み合いが弱い系ほど、内部応力開放による粒子間接触開放が顕著であるためと結論されている。この結果により、エポキシ樹脂複合材料系のPTC転移強度は、単純な幾何形状を示す導電性粒子の使用によって向上できることを指摘している。

 第5章では、薄膜状のSTO充填エポキシ樹脂複合材料におけるピエゾ抵抗効果に及ぼす雰囲気の相対湿度の影響について調べ、相対湿度の増大に伴いピエゾ抵抗効果は顕著に増幅されることを述べている。この結果は、湿度に伴い増大するエポキシ樹脂の吸湿膨張歪みによる内部応力低下が、機械応力による粒子間接触開放を容易にするためと結論している。

 第6章では、室温一定湿度下における基板上に形成されたSTO充填エポキシ樹脂複合膜の繰り返し応力下におけるピエゾ抵抗特性の評価を行った結果について記述している。この結果により、無負荷状態における複合膜の残留抵抗測定により、基板が過去に受けた最大歪みの推定が可能であり、この複合膜の最大歪み記憶型歪みセンサーとしての応用性を指摘している。

 第7章の総括では、各章で得られた知見を総括し、導電性無機粒子充填高分子複合材料のPTC効果及びピエゾ抵抗効果の制御手法と両効果の現象的、メカニズム的な類似性が指摘され、本研究で得られた結論の重要性や今後の課題が述べられている。

 以上、本研究は、導電性無機粒子充填高分子複合材料のPTC効果とピエゾ抵抗効果のメカニズムを解明するために、物理化学的な観点から適切な実験手法を導入し、その実験結果に基づき、両効果の新たなモデルを示した。本研究で得られた知見は、熱や応力という外部刺激によって巨大な電気的応答特性を示す導電性無機粒子充填高分子複合材料の適切な材料設計指針を示した。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク