学位論文要旨



No 115690
著者(漢字)
著者(英字) Bulusu Sarada Venkata
著者(カナ) ブルス,サラダ ベンカタ
標題(和) ボロンを高濃度でドープしたダイヤモンド薄膜と微小電極の特性と応用
標題(洋) Electrochemical Characterization and Applications of Highly Boron-Doped Diamond Thin-Films and Microelectrodes
報告番号 115690
報告番号 甲15690
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4806号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 藤浪,眞紀
 東京大学 助教授 Tryk,D.A.
 東京大学 助教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

 結晶系がsp3カーボンであるダイヤモンドは、最高硬度、高い電気抵抗、高い熱電導性、光学的透明性、化学的安定性をはじめとする多くのすぐれた物理化学的特性をもつ。また、ダイヤモンドはすぐれた絶縁体(抵抗,〜1016Ωcm)であるが、ホウ素をドープすることによりその抵抗は減少し、ホウ素を高ドープしたときには導電体(抵抗,<0.1Ωcm)としてふるまうという特性ももつ。このようにして作製した高濃度ホウ素ドープダイヤモンド薄膜を電極として用いると、従来電極として用いられているグラッシーカーボン(GC)やHOPG電極に比べてすぐれた電気化学的特徴をもつ。水溶液や非水溶液系において電位窓が広く、残余電流が極めて小さく、電気化学的に極めて安定であるということが特徴である。

 本論文では、ダイヤモンド薄膜と微小電極の電気化学的特性とその応用について検討した。はじめに、導電性ダイヤモンド薄膜の電気化学的分析についての研究について述べる。まず、生物起源のアミンであるヒスタミン(HI)とセロトニン(5-ヒドロキシトリプトアミン、5-HT)について、また合成試薬のエチレンジアミン四酢酸(EDTA)とニトリロ三酢酸(NTA)について、リニアスイープボルタンメトリー(LSV)、ハイドロダイナミックボルタンメトリー、フローインジェクション分析(FIA)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)のそれぞれの手法を用いて電気化学的検出を行った。後半において、ダイヤモンド微小電極の作製と、ラマン分光、サイクリックボルタンメトリーを用いたその評価について述べる。

実験

高濃度ホウ素ドープダイヤモンド薄膜は、マイクロ波プラズマCVD法を用い、0.5μmのダイヤモンド粒子で核づけをしたSi基板上に作製した。その際、チャンバー内の水素圧は115Torr、マイクロ波の出力は5kWで行った。炭素源としてアセトン、メタノール混合溶液(9:1(v/v))を用い、ホウ素源としてB203をこの混合溶液に溶解した。10時間でおよそ40μmの厚さをもつダイヤモンド薄膜が成長する。微小電極は、タングステン線(直径50μm)を2MのNaOH溶液中で45秒間3Vで電気化学的にエッチング処理をして作製した。タングステン線の先端は100nmのダイヤモンド粒子懸濁液中で超音波処理をすることにより核づけを行い、ダイヤモンドであるタングステン線の先端のみが露出するようにガラス管中に密封し、水銀を介して導線を用い、導通をとった。電気化学的測定には、サイクリックボルタンメトリー測定のため、対極として白金を、参照極として飽和カロメル電極(SCE)を用いた。フローインジェクション分析(FIA)と高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた実験の際には対極としてステンレスチューブを、参照極としてAg/AgCl電極を用いた。また、クロマトグラフィーによる分離にはODS-3とPRP-1ポリ(スチレン-ジビニルベンゼン)カラムを用いた。

結果と考察

ヒスタミンとセロトニンの電気化学的酸化

ヒスタミン(HI)とセロトニン(5-HT)は多くの食物に含まれる重要な生物起源アミンであり、生体系において化学的伝達物質として働く。そのため、HIの検出は哺乳動物のシステムにおいて食物の輸送をモニターすることやさまざまなアレルギー反応を検出することにおいて極めて重要である。図1に、グラッシーカーボン電極とダイヤモンド電極のそれぞれにおける、0.1Mリン酸緩衝液中100μMのHIのリニアスイープボルタモグラムを示す。GC電極を用いた場合は、残余電流の急激な立ち上がりのため、ヒスタミン

 酸化が起こるべき1.2V(v.s.SCE)においても明瞭なピークとして観測されないが、ダイヤモンド電極を用いた場合は、1.4V(v.s.SCE)に明瞭な酸化ピークが観測された。また、1.6V(vs.SCE)における残余電流は3.18μAcm-2と観測された。また、ピーク電流はスキャン速度500mVs-1まではv1/2に対して正比例することから、この反応は拡散律速であることを示している。さらに、ダイヤモンド電極のシグナル-バックグラウンド比はグラッシーカーボン電極で得られるその値より約一桁高く、ダイヤモンド電極の優位性を示している。一方、セロトニン(5-HT)レベルの変化が様々な精神病や胃腸病を引き起こすなど、それは神経伝達物質として非常に重要な役割を果たしており、その高感度検出も必要不可欠である。ところが5-HTは、HOPGやカーボンファイバー電極の表面に強く吸着するため電気化学的検出に不適切であった。そこで、本研究では表面の安定性によりこの問題を克服できるダイヤモンド電極を用いた。その結果、ダイヤモンド電極における酸化ピークは0.42V(v.s.Ag/AgCl)であり、グラッシーカーボンで得られるそれよりやや高かった。また、5-HTのGCを用いた際のボルタモグラムでは2度目のサイクルのときかなり激しく撹拌しても部分的にしか戻らないのに対し、ダイヤモンド電極を用いた際は、溶液を撹拌することによりもとの状態に戻った。これより、ダイヤモンド電極の表面への吸着は少ないことがわかる。さらに、-0.15Vに中心をもつ還元ピークは酸化生成物である吸着したキノンによると考えられるが、GCにおける酸化還元ピーク電位差(35mV)、あるいはピーク電流がスキャン速度に比例しているという結果は、その酸化生成物が表面に強く吸着していることを示唆している。それに対し、ダイヤモンド電極においては酸化還元ピーク電位差110mVをもち広く非対称なピークが見られることからもそのような吸着がないと考えられる。

 フローインジェクション分析において、GCでは、設定電位に変化させたあと一定の電流になるまで45分はかかるのに対し、ダイヤモンド電極を用いた際には15分以内で残余電流が一定になる。はじめに、ハイドロダイナミックボルタモグラムによりHIと5-HTをフロー状態での検出電位を決定した。HIと5-HTのそれぞれにおいてその電位は1.28V、0.43V(v.s..Ag/AgCl)と見積もられた。図2は、10nMの5-HTをそれぞれ20μL注入したダイヤモンド電極での電流測定の結果を示す。これより、ダイヤモンド電極を用いたフローインジェクション分析の感度が非常に良好であることがわかる。明瞭なピークが極めて良い再現性500nMのHI(S/N比=13.8)においても1.3Vにおいて見られた。以上より、5-HTとHIの両方において非常に広い範囲(4桁)で良好な検量線を作成することができた。さらに、多くの他の電気化学的活性なアミンやそれらの代謝物が同時に存在する際には、液体クロマトグラフィーによる分離が必要となるが、ODSカラムを用いることにより、いくつかの他のアミンの存在下においても10nMの5-HTと500nMのHIの分離を行うことに成功した。

EDTAとNTAの液体クロマトグラフによる微量検出

 EDTAやNTAなどのアミノポリカルボン酸は錯生成能力をもち、広く工業的・薬剤的に利用されている物質である。これらの物質の洗浄剤中や食物中で使用は、結果として自然環境への放出・汚染へとつながることになる。重金属イオンとの強い錯生成能は堆積物中から重金属イオンの放出を促し、河川および地下水中での重金属濃度レベルの上昇を引き起こし、その濃度は有毒レベルに達する。

 EDTAやNTAの検出には一般的に液体クロマトグラフが用いられる。検出技術は、移動相での試薬配位子−金属により生成された錯体のUV吸収をベースとしたものである。ところが、この方法では、金属−配位子錯体によるデータ変動が生じること、またサンプル前処理に長時間を要するという欠点がある。したがって、EDTAとNTAを電気化学的に直接検出する方法は非常に有利な手法である。しかしながら、従来のカーボンや白金電極ではこれらの物質の酸化電位が高いこと、また感度が非常に低いために電気化学的検出は困難であった。ダイヤモンド電極は広い電位窓をもち、残余電流が低いことから、このEDTAとNTAを検出するのには適した電極であると考えられる。PH1.6のトリクロロ酢酸中でのEDTAとNTAの酸化電位は、それぞれ1.3と1.4Vである。移動相の低いpHは金属イオンの干渉を抑制する。100μM EDTAとNTAのトリクロロ酢酸(pHL3)移動相中でのハイドロダイナミック・ボルタモグラムを図3aに示す。図3bに通常の自然水中の濃度である20nMのEDTAとNTAの作動電位1.3Vにおけるクロマトグラムを示す。

 この濃度はマス・スペクトロスコピーなどの他の分析方法での検出限界と同じレベルであるが、カーボン・ペースト電極で報告されている検出限界よりも二桁低い濃度である。数時間の分析時間中に数度にわたりこの混合溶液の検出を試みたが、安定したクロマトグラムを得ることができた。また、25μMまでの濃度範囲にわたってシグナルのリニアリティーを確認した。

ダイヤモンドマイクロ電極の作製と電気化学的特性評価

 マイクロ電極は、定常状態での分析、低い残余電流および小さいオーム損などの電気化学分析に適した特性をもつことで知られている電極である。そのマイクロオーダーサイズから、生体組織におけるin vivoボルタモグラム検出に用いられる。生体組織中では白金やカーボン・ファイバーなどの材料が一般的に用いられているが、これらの物質は高い残余電流や安定性が低いなどの欠点がある。この点で利点のあるダイヤモンドはとくに、バイオセンサー用のマイクロ電極の材料として有望な材料である。タングステン・ファイバー上に堆積したホウ素をドープしたダイヤモンドのSEM像を図4aに示す。このダイヤモンド結晶は、ラマンスペクトラムにおいて1332cm-2にシャープなピークがみられることから、品質の高いダイヤモンドであることがわかる。1600cm-2付近にピークが見られないことから、ダイヤモンド多結晶はノンダイヤモンドによる不純物が非常に少ないことが確認されている。さらに、ダイヤモンド薄膜と異なり、1200cm-2付近にもピークが見られないことから、ディスオーダー・ダイヤモンドも少ないことが確認された。図4bにフェロシアンの酸化に対するサイクリック・ボルタモグラムを示す。シグモイダルでヒステリシスのないボルタモグラム形状はマイクロ電極特有のものである。観測された半波電位+0.21V vs SCEは一般的に用いられている電極で報告された値と一致した。マイクロ電極の直径はIlim=4nFDCrの関係式から20μmであった。ここでIlimは限界電流値、Cは濃度、Dは拡散係数、rはマイクロ電極の直径である。球面拡散による擬似定常状態であることから、限界電流値は低い走査速度領域においては走査速度に依存しないことが確認された。さらに200nMのフェロシアナイドに対しても明瞭なボルタモグラムを得ることができ、高感度な電気化学センサーへの応用が可能なことが実証された。

結論

 高品質な導電性ダイヤモンド電極はHIと5-HTなどの生体アミン類の酸化検出に高い性能を有することが示された。FIAを用いた結果から、この二つの生体アミンに対しなんら誘導体化することなく、限界濃度それぞれ500nM(HI)、10nM(5-HT)で検出でき、この濃度は実試料中の濃度と等しいレベルである。またこの二つのアミンは液体クロマトグラフ分離後の他のアミン類と共存下でも検出可能であった。錯生成物質、EDTAとNTAはその強い錯生成能力から環境中で金属イオン濃度の上昇を引き起こす物質である。これらの物質を酢酸溶液中で検出することに成功した。ダイヤモンドマイクロ電極を作製し、その電気化学センサーとしての特性を検証した。

Figure 1. Linear sweep voltammograms for 100μM HI in 0.1 M phosphate buffer (pH 7). (1)GC electrode (0.196 cm2);(2) diamond electrode (0.189 cm2). The potential sweep rate was 100 mVs-1.

Figure 2. Amperometric results for FIA with a diamond film for 20-μL injections of 10 nM 5-HT in 0.1 M phosphate buffer. Flow rate = 1 mL min-1

Figure 3. (a) Hydrodynamic voltammograms for 100 μM EDTA and NTA with trichloroacetic acid (pH 1.6) as mobile phase. (b). Chromatogram for 20 nM concentration of standard mixture of EDTA (1) and NTA (2). Applied potential = 1.3 V.

Figure 4. (a) SEM micrograph of diamond crystals deposited on tungsten fibers. (b) Cyclic voltammograms at diamond microelectrode for 1. mM K4Fe(CN)6 in 0.1 M KC1. Sweep rate = 10 mVs-1.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ボロンドープ導電性ダイヤモンドの薄膜についてその電気化学的分析への適用に関する研究について述べている。第一章では、ダイヤモンド薄膜が広い電位窓、極めて低いバックグラウンド電流・電気化学的・物理化学的安定性をもつなど、従来から電極として利用されている白金やグラッシーカーボンに比べて極めて優れた特徴をもつ背景をふくめて、全体の問題の設定と研究の方向付けがなされている。そして第二章以降に具体的な研究成果を示している。最後の章は全体の総括と研究に関する将来展望を述べている。

 はじめに、ダイヤモンド電極を用い、サイクリックボルタンメトリーとフローインジェクション分析を用いてヒスタミンの分析を行った結果について述べている.サイクリックボルタンメトリーの結果より、従来のグラッシーカーボンを用いた分析結果に比べ、8倍もの感度で検出でき、フローインジェクション分析を併用すると実際の血液中のヒスタミンの存在量(〜200nM)と同レベルのオーダーまで高感度に検出できることを示している。同様に、セロチネンについても高感度検出が可能であることを示しており、ダイヤモンド電極がこのような生物起源アミンの検出に極めて有効であることを述べている。

 続いて、サルファ剤についてフローインジェクション分析、高速液体クロマトグラフィーを利用して、ダイヤモンド電極を用いた分析を行った結果について述べている。ダイヤモンド電極が、従来のグラッシーカーボンと異なって、酸化生成物が電極に吸着せず、極めて短時間でバックグラウンド電流が安定するという特異的性質のために、すばやい検出が可能となったという結果を示している。このような検出が可能であることもダイヤモンド電極の優位性を示している。

 さらには、キサンチン誘導体である、カフェインやテオフィリンについてもダイヤモンド電極を用いたそれらの検出に成功した結果について述べている。

これらは高い電位で酸化されるため、従来のグラッシーカーボンなどを用いる際には検出が不可能であったが、ダイヤモンド電極の広い電位窓という特徴を生かしていることがわかる。ここでも実試料としてコーラ等のソフトドリンク、あるいは喘息薬であるテオドールを用い、その中のカフェイン、テオフィリンの分析が可能であることも示している。すなわち、ここでも本研究が実際の試料の分析に有益であることを述べている。

 最後に、ダイヤモンドマイクロ電極の作製と、ラマン分光、サイクリックボルタンメトリーを用いた評価について述べている。作製したダイヤモンドマイクロ電極は、ボルタンメトリーにおいて非常に高感度を示し、さらに高電位におけるピークに関しても検出できることを述べている。

 本論文における結果は、導電性ダイヤモンド薄膜、ダイヤモンドマイクロ電極の電気化学分析における有用性を示しており、電気化学、分析化学の分野において極めて有益な知見を与えるものである。さらには、実試料の化学物質に関する分析に対してもダイヤモンド電極が有用であることも示しており、基礎、応用いずれの見地からも高く評価でき、かつこれらの分野における今後の発展に寄与するものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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