学位論文要旨



No 115691
著者(漢字) 松下,祥子
著者(英字)
著者(カナ) マツシタ,サチコ
標題(和) 機能性材料としての二次元微粒子アレイの基礎と応用
標題(洋) Two-Dimensional Fine-Particle Arrays as Functional Materials
報告番号 115691
報告番号 甲15691
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4807号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 平尾,公彦
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 助教授 野原,実
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 粒径数十nmから数十μmの球状微粒子またはタンパク質が固体基板上に二次元に配列した材料は微粒子アレイと呼ばれ、毛管力と表面張力により自己集積的に作られることから、人工蛋白集積のモデルとして研究されてきた。本研究では、微粒子アレイの粒径を活かした生物分野以外の工学的応用展開を試みた。一つはフォトニック結晶としてのマイクロスコピックなアプローチ、そしてもう一つは微粒子アレイをテンプレートとしたマイクロスコピック構造体の作製である。

2. フォトニック結晶としてのマイクロスコピックなアプローチ

 誘電率の異なる二つの材料が周期的に配列した材料はフォトニック結晶と呼ばれ、光子を操る材料として精力的に研究が行われている。本研究では微粒子と空気の周期構造体である微粒子アレイをフォトニック結晶として用いる事を考えた。

2.1. 蛍光微粒子を含んだ微粒子アレイのパターン調整とフラクタル次元を用いた分酸性評価

 アプローチとして、まず、アレイ内にマイクロ光源を導入する事を検討した。すなわち、光源として蛍光ポリスチレン微粒子を含んだポリスチレン微粒子アレイの作製である。微粒子アレイの研究は集積理論こそほぼ確立しているが、現状では単一の微粒子アレイに関する報告しかなく、二種類の粒子が混合した微粒子アレイの作成はされていない。この場合、一般にはアレイの原料であるサスペンジョン中で同種粒子同士がドメインを形成して固まってアレイ中で分散性の悪い膜となり、光源による機能の発現を最大限に生かせない事が予想される。そこでまず分散性の良い複合微粒子アレイ作製を目標とした。二種の微粒子として蛍光およびカルボキシル基を付加したポリスチレン微粒子を用い、サスペンジョンのpHを一定にし粒子数を変化させたものおよび粒子数比を一定にしサスペンジョンのpHを変化させたものを用意した。分徽性の数値的指標として新たにフラクタル次元を導入した。フラクタル次元のみでは正確な分散性の評価はできないが、占有面積と組み合わせる事によりある程度の評価が得られる事が分かった。作製したアレイの光学顕微鏡像のフラクタル次元を計測したところ、粒子数比が大きく開いたアレイおよびpH8以上のアレイで、目的とした分散性のよいアレイが得られた(図1 pH11)。

2.2. アレイ内の蛍光伝播を利用したパッキング情報の提示

 アレイ内部に組み込んだ光源から、さまざまな情報を得る事が出来た。微粒子アレイをフォトニック結晶として考えた場合立方最密充填(fcc)が望ましいが、それまではどのドメインがfccでどのドメインが六方最密充填(hcp)との判別がつかず、フォトニック材料学的見地から問題になっていた。しかし、光源から伝播する光のパターンを観察する事で、初めて充填情報を得る事が出来た。三層構造の微粒子アレイの蛍光顕微鏡像(図 2a)で単一に最も明るく観察されるのは第3層目に存在する蛍光微粒子の、三点が三角形を構成しているのは第二層目に存在する蛍光微粒子の、そして六点で構成される三角形および7点で構成される六角形は第一層目に存在する蛍光微粒子からの伝播パターンである。through-focusing観察により六点で構成される三角形がfcc内の、7点で構成される六角形がhcp内のパターンである事が確認された。

2.3. アレイ内に存在する光のモードの検討

 この光の伝播は一層のみでも確認できる。ポリスチレンと空気ではポリスチレンの方が屈折率が大きいので、ポリスチレン内で発光した光はポリスチレン内部を選択的に伝播する。その結果、微粒子アレイ内部を微粒子が接している六方向に異方性を持って伝播することになる(図3a)。この異方性は幾何光学的な光回路の構築(加算性、スイッチ機能、点欠陥への光の導入)に使える事が三種複合微粒子アレイの作製および蛍光顕微鏡観察により示された。

 ここで観察される光の伝播は、アレイ内の発光波長および微粒子の粒径で決まる規格周波数ωに依存する。ω>1、すなわち微粒子の粒径が発光波長よりも大きい場合は前述した幾何光学的な光の伝播が観察される(図 3a)。ωの値が徐々に小さくなり1以下、すなわち粒径が光の波長と同程度もしくはそれ以下になると、幾何光学的な微粒子に沿った伝播は減少し、一方で微粒子間にぼやけた光の散乱が確認される(図 3c)。ここで観察される散乱光は微粒子表面に伝わった近接場光が微粒子間に散乱された、すなわち隣接した微粒子がプローブの役目を果たして観察されたと解釈される。フォトニック結晶の持つ特異な光学的特性は近接場光の共鳴によるものであるから、結晶内の近接場光の状態が観察できた事は非常に有意義である。

 また、理論的見地から推定された「共鳴の起きる規格周波数」と「共鳴の起きない規格周波数」で近接場光の存在状態が異なり、理論的に言われていた近接場光の存在できない結晶方向を可視化する事も試みた。

2.4. 微粒子アレイのフリースタンディング化

 微粒子アレイは溶液の表面張力と毛間力を利用して固体基板上に作製される。しかし、光のモードを考慮したとき、微粒子が基板に接触していると基板と結合する光のモードが邪魔をして理論計算とずれが生じる。そこでフリースタンディングな微粒子アレイの作製を試みた。フリースタンディング化するためには、微粒子と微粒子が結合している必要がある。微粒子アレイの作成はサスペンジョンと基板にできるメニスカスを利用するが、このメニスカスを微粒子間を結合する場に選んだ。アミノ基を修飾した微粒子サスペンジョンにアミノ基同士を結合する光反応試薬を混入し、メニスカスのみに試薬が反応する波長の光を照射しながらアレイを製膜した。その結果、4層以上の微粒子アレイをフリースタンディング化する事が出来た。

3. 微粒子アレイをテンプレートとしたマイクロスコピック構造体の作製

 微粒子アレイに利用できる材料は単分散な微粒子である必要があり、そのためポリスチレン微粒子以外の材料は現状では使用できない。しかし微粒子アレイが使用できるマイクロ・サブマイクロ領域はフォトニック結晶のみならずマイクロ化学・高効率触媒などへの応用も期待される。そこで、微粒子アレイをテンプレートとして他の周期構造体の作製を試みた。

3.1. 酸化チタン周期構造体の作製と光酸化還元能の確認

 酸化チタンは高い誘電率を持ちフォトニック結晶として有効なだけでなく、光照射により酸化還元反応を起こす事が出来る材料である。そこで、シリカ微粒子アレイ上にスプレーパイロリシス法で酸化チタンを吹き付け、その後フッ化水素でシリカ微粒子を取り除き、酸化チタンのマイクロ・サブマイクロセルを作製した。それまでシリカ微粒子は吸水性が高くアレイ化しにくいという欠点があったが、基板の接触角などを化学的・物理的に制御する事によりテンプレートとして十分なものが得られた。作製したマイクロ・サブマイクロ酸化チタンセルは光酸化還元活性を有することがわかった。またこの研究の過程で、電子顕微鏡の電子線により酸化チタンの光酸化還元能が失われる事、それらは酸化チタン膜の厚さ(ここではセルの壁の厚さ)に依存する事を明らかした。この半導体中空球構造体は理論的にフォトニック結晶の特性が強く出る材料として注目されている。

3.2. ダイヤモンド周期構造体の作製

 ダイヤモンドは酸化チタン同様高い誘電率を持つだけでなく、特に半導体ダイヤモンドは広いバンドギャップを有し、その微小構造はエミッター材料として高く期待されている。シリカ微粒子アレイをシリコン基板またはダイヤモンド上に作成し、化学気相成長法ならびに酸素プラズマエッチングを利用して2種類のダイヤモンド周期構造体を得る事が出来た。一つは中空球が二次元に並んだ形状を、もう一つは柱が並んだ形状を持つ。前者はフォトニック結晶、および電気化学マイクロセルとして、後者は特に柱の底面が平らである事からエミッター材料として強く期待できる。

3.3. フォトニック結晶+エレクトロクロミック材料

 フォトニック結晶は、条件により、ある波長を持つ光が存在できないフォトニックバンドという特異な光学特性を持つ。このバンドの開閉は光デバイス化にあたって重要と思われるが、現在のところ報告はない。本研究はエレクトロクロミック材料との複合化により電気化学的にバンドの開閉を行う事を考えた。すなわち、フォトニックバンド内にエレクトロクロミック材料が発色する波長を設定し、無色時にはフォトニックバンドによる光の抑制を、発色時にはエレクトロクロミック材料による光の吸収を促すのである。そのために二次元微粒子アレイを規則構造のテンプレートとして用い、エレクトロクロミック材料としてプルシアンブルーを電極上に電解析出させた。

 このポリスチレン-プルシアンブルー複合体修飾電極を弱酸性電解液に浸漬し、電位-0.4Vまたは+0.7Vvs.Ag/AgClを印加すると、アレイの存在する部分、しない部分双方で酸化側では農青色、還元側では透明となることが確認できた。本構造体をフォトニック結晶として考えた場合、規則構造を構成する材料の誘電率差が大きい事が重要だが、ポリスチレンとプルシアンブルーの誘電率差はごくわずかである。そこで、プルシアンブルーと空気から成る規則構造体の構成を試みた。ポリスチレン-プルシアンブルー複合体をトルエン中で処理するとポリスチレン微粒子が溶解し、プルシアンブルーのみの規則構造表面が電極上に作製できた。

図1 蛍光微粒子を含んだ微粒子アレイの光学顕微鏡像。緑色の観察されるのが蛍光微粒子

図2 分散性の良い複合微粒子アレイ3層の蛍光顕微鏡像(a)と微分干渉顕微鏡像(b)

図3 蛍光微粒子(発光波長540 nm)を含んだ微粒子アレイ単層の蛍光顕微鏡像。粒径3μm(a)、1μm(b)、0.5μm(c)。

図4 酸化チタンマイクロセルの電子顕微鏡写真

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章より構成されており、毛管力と表面張力により集積される微粒子アレイの工学的応用を二つの視点から検討している。一つはアレイそのものを修飾して回折現象の研究材料として提供したもの、一つは微粒子アレイの欠点を克服し更なる発展を促すものである。

 第一章では材料の紹介と研究の方向づけとが成され、それに続く二つの章で具体的な研究成果が示されている。最後の章では、全体の総括と研究に関する将来展望が述べられている。

 第一章は、序論である。微粒子アレイが粒径数十nmから数十μmまで幅広い粒径で作製されること、新しい作製方法では層数の制御が出来ることを示している。また、従来は生物分野で人工蛋白集積のモデルとして用いられていたことについて述べ、本論文での工学的応用の広がりを示している。

 第二章では微粒子アレイを「空気と粒子の周期構造体」とみなし、回折現象の基礎研究材料、特にフォトニック結晶としての提案を試みている。微粒子アレイを用いたフォトニック結晶研究について、応用物理の分野で行われていた歴史に触れたあと、その時点での問題であった材料の質の向上が解決されたことが記されている。また、今まで行われていたスペクトルなどのマクロスコピックな評価法に対し、本論文ではアレイ内の光の伝播状態を観察することで、現象をマイクロスコピックに検討する試みが行われている。すなわち、マイクロ光源を導入したアレイの作製ならびに現象の観察である。

 まず、微粒子アレイの原料となるサスペンジョンのpHを変化させることでアレイ内に高い分散性で蛍光微粒子を埋め込み、微粒子の配列がpHにより制御できることを示した。この蛍光微粒子をマイクロ光源として用い、様々な現象が観察されている。

 一般に、回折現象は格子の周期と波長によって決まる規格周波数に依存するが、本系では微粒子の粒径と蛍光微粒子にドープされた蛍光色素により規格周波数を変えることができる。本論文では、単層ならびに三層での規格周波数に依存する光の伝播状態が報告されている。また、フォトニック結晶の特性が関与する格子周期において、隣接する粒子による近接場の散乱が確認された事から、本材料が近接場の関与する様々な理論のモデルになることを示している。ここで観察されたマイクロスコピックな現象は、透過スペクトルによるマクロスコピックな評価法ならびに近接場強度に対する理論計算と検討されている。

なお、本論文の過程において光の伝播を蛍光顕微鏡で観察する際にthrough-focusing技術を考案し、多層部での各ドメインのパッキング情報を初めて得たことも報告している。これらの結果は、回折現象のモデルとしての微粒子アレイ研究だけでなく、コロイド材料としての微粒子アレイの基礎研究としても重要な意味を持つ。

 第三章では微粒子アレイの欠点を二つ上げ、それぞれについて解決策を示している。欠点の一つは、微粒子アレイを構成するためには単分散で球状なものが必要なため、材料がポリスチレン・シリカ・タンパク質に限られていることである。そこで、微粒子アレイをマスクならびにテンプレートとして用い、アレイの持つメゾスコピックな規則性を他の機能性材料へ移行する試みについて述べている。この試みにより、エレクトロクロミック反応を示すプルシアンブルーメゾスコピック構造体、光触媒能を持つ酸化チタンメゾスコピック構造体、ならびにダイヤモンドバルブ・シリンダーなどの機能性構造体が、電気化学的析出、ゾル-ゲル法、Chemical Vapor Deposition法など多岐にわたる手法を組み合わせることで作製されたことを報告している。

 また、微粒子アレイのもう一つの欠点である液中での不安定性についても克服している。気液界面の毛管力と表面張力を利用して作製される微粒子アレイは液中に浸すと構造が破壊してしまう。これを防ぐために粒子-粒子間、粒子-基板間を接着する必要がある。本論文では表面にアミノ基を持った微粒子と、紫外光でアミノ基同士を接続する光反応試薬Sulfo-SANPAHを用いて接着を試みている。この際、アレイの原料であるサスペンジョン内で微粒子間が結合するとアレイは作製できず、また、アレイが生成したあとでは反応場が欠如してしまう。そこでアレイ生成直後の濡れ膜のみに紫外光を照射することで、液中安定な微粒子アレイを得ることが出来た。また、本手法で粒子-粒子間のみ接着することで、フリースタンディングなアレイも作製された。これらの技術は、前述したメゾスコピック構造体の基材としての微粒子アレイの幅が広がったことを意味する。

 第四章では本論文でオリジナルに成されたことをまとめ、今後の展望について述べている。

 以上のように、本論文では新規材料の作製と応用について多くの提案が成されており、材料化学を始め、それに関連する様々な学際領域の発展に寄与しうるものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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