学位論文要旨



No 115692
著者(漢字) 黄,弘
著者(英字)
著者(カナ) コウ,コウ
標題(和) 燃焼性向上剤の大気環境影響評価手法に関する研究
標題(洋) A Study on the Evaluation Method for the Influences of Fuel Combustion Improvers on the Atmospheric Environment
報告番号 115692
報告番号 甲15692
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4808号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 阿久津,好明
 東京大学 助教授 堤,敦司
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 自動車の増加によって、その排出ガスは大気汚染物質として大きい役割を果たす。自動車燃料には、燃料の性質を向上させるため、様々な燃料添加剤が添加されている。ガソリン燃料を用いるとき、ノッキングという現象を防止するため、オクタン価向上剤を添加する。また、ディーゼル燃料の着火性を上昇させるため、セタン価向上剤を添加する。これらの向上剤の使用に伴い、燃料に加えたときの大気環境への影響に関する研究が重要な課題となってきた。向上剤を添加したときの自動車排気ガスに関する研究は比較的多く行われているが、その後の大気環境への影響評価は充分とは言えないのが現状である。

 本研究では、オクタン価向上剤とセタン価向上剤を燃料に添加したときの大気環境への影響を明確にし、新たな添加剤を開発する際の大気環境影響評価手法を提案することを目的としている。

2. オクタン価向上剤とセタン価向上剤の光化学反応性

 まず、オクタン価向上剤とセタン価向上剤の大気中での光化学反応に注目し、有機化合物(VOC)の光化学反応性の評価に最もよく用いられている最大増分反応性(Maximum Incremental Reactivity)を計算し、反応機構との関係を調べた。

2.1 計算方法

 最大増分反応性の解析のために、より感度の高い反応性として、機構反応性(MR[d(03-NO)])を検討し、また、積分OHラジカルによる機構反応性(MR[IntOH])も評価した。SAPRC-90反応機構を用いて、オクタン価向上剤としてのMTBE(メチル-t-ブチルエーテル),ETBE(エチル-t-ブチルエーテル),TAME(t-アミルメチルエーテル),MEOH(メタノール),ETOH(エタノール),TBA(t-ブチルアルコール)とセタン価向上剤としてのBUN(n-ブチルナイトレイト),IAN(イソアミルナイトレイト),HPN(n-ヘプチルナイトレイト)の最大増分反応性を検討した。その際、反応機構にOHラジカルとの反応を加えた。

2.2 計算結果

 Fig.1-2にオクタン価向上剤とセタン価向上剤の機構反応性を示した。ここで、反応時間6時間でのオクタン価向上剤の各反応性の順番は以下の通りである。

機構反応性:TAME>ETBE>TBA>MEOH>MTBE>ETOH,

直接的機構反応性:TAME>ETBE>MTBE>TBA>ETOH>MEOH,

間接的機構反応性:MEOH>TBA>TAME>ETBE>ETOH>MTBE,

IntOHによる機構反応性:MEOH>TBA>TAME>ETBE>ETOH>MTBE

オクタン価向上剤の機構反応性は正の値を持つ。セタン価向上剤では、機構反応性とIntOHによる機構反応性は負の値を持ち、機構反応性、IntOHによる機構反応性と間接的機構反応性は同様な順序(BUN>IAN>HPN)を示している。

 オクタン価向上剤はオゾンの生成を促進し、最大増分反応性に影響を与える要因が主にRO2、ホルムアルデヒドとRO2Nの生成率であることが分かった。セタン価向上剤はオゾンの生成を大きく抑え、OHラジカルの濃度を減少させる。機構反応性、間接的機構反応性及び積分OHラジカル濃度による機構反応性は同じ反応性の順序を示した。反応速度定数は大きければ大きいほど、オゾンの生成を抑制する。

3. オクタン価向上剤とセタン価向上剤の添加によるストリートキャニオンの大気環境への影響

 都市内のストリートキャニオンでは、自動車の交通量が多いので、局地的に予想外の高濃度大気汚染が発生し、生活している人間の健康に影響を及ぼす。ここで、オクタン価向上剤とセタン価向上剤の添加によるストリートキャニオンの大気環境への影響を評価するため、大気質モデルを構築し、濃度分布を予測し、影響する因子を検討した。

3.1 計算方法

 空気の流れは以下の連続の式と運動量方程式で計算し、乱流k-εモデルを用いた。

 濃度の計算は以下の大気拡散方程式で計算し、光化学反応はSAPRC-90反応機構を用いた。

代表的なストリートキャニオン(40×40m)を取り上げ、水平直交風と設定した。評価した燃料は、それぞれペース燃料にオクタン価向上剤とセタン価向上剤を添加した燃料である。EPA排出モデルによって、各燃料の排出因子を計算し、交通量は1時間あたり1200台、ガソリン車とディーゼル車の比は4:1と設定し、路面からのNOxと炭化水素の排出量を計算した。

3.2 結果

3.2.1 オクタン価向上剤

 ストリートキャニオンで順時計回りの渦が現れた。MTBEを添加した燃料を使ったときの大気汚染物質濃度を例として取り上げた。Fig.3にオゾンの濃度を示している。光化学反応を考慮しないとき、汚染物質は形成される順時計回りの渦によって、類似なパターンで風上方向に輸送され、上方に移動する。また、各物質は独立で移動し、オゾンの濃度は均一で、上空濃度と同じである。光化学反応を考慮したとき、NOが減少し、NO2が増加する。オゾンの分布はNOxと同じパターンであるが、NOxと逆に、濃度は路面でゼロに近く、高くなるに従い、上空濃度まで増加する。したがって、光化学反応により、NOとオゾンが消費され、NO2を生成することが分かった。Fig.4にオクタン価向上剤を添加した燃料を使ったときの最小オゾン濃度と最大NOx濃度を示した。ベース燃料と比べ、エーテルの添加によりNOxが増加し、オゾンが減少する。一方、エタノールの添加によりNOxが減少し、オゾンが増加することが分かった。

 また、VOCの濃度は光化学反応を考慮しないときと考慮したときで、ほとんど変わっていないので、VOCの光化学反応は顕著ではないと考えられている。したがって、ストリートキャニオン内では、汚染物質の濃度分布は移流拡散に大きく影響される。オゾンの濃度は排出されたNOxに大きく影響され、VOC,COの濃度は路面から排出された物質がキャニオン内でどれだけ薄められるかによって決まる。

3.2.2 セタン価向上剤

 Fig.5にセタン価向上剤の添加によりセタン価を変えたディーゼル燃料を使ったときの最小オゾン濃度を示した。オゾン、NOx、HC(炭化水素)とCOの分布はオクタン価向上剤の時と類似なパターンを示している。HCとCOはセタン価の増加により、減少する。NOxはセタン価の増加により、減少する傾向があるが、明らかにベース燃料に依存し、セタン価以外の性状にも影響されることが分かったので、オゾンの濃度もセタン価以外の性状にも影響されることが分かった。また、PM(粒子状物質)はセタン価に依存しないことが示された。

4. オクタン向上剤とセタン価向上剤の添加による都市部の大気環境への影響

 都市スケールでは、自動車排気ガスだけでなく、工場の煙突など、多様な排出源が存在する。ここで、東京都における夏季大気環境への影響を取り上げて、オクタン向上剤とセタン価向上剤の添加による都市部大気環境への影響を検討し、東京都の排気ガス削減対策にも言及した。

4.1 計算方法

 更新した光化学ボックスモデルを使用し、1996年7月11日の東京都の大気汚染に適用した。

 都市部大気環境への影響を評価するため、大気初期濃度の影響と排気濃度の影響を検討した。大気初期濃度の影響では、大気の初期濃度比NMOC(non-methane organic compounds )/NOxは6.O,7.O,8.O,8.9(Baserun)ppbC/ppbを保持し、以下の二つのケースで、初期濃度の影響を評価した。

 ケース1:NOxを一定とし、NMOCを変化する。

 ケース2:NMOCを一定とし、NOxを変化する。

 排気濃度の影響では、NMOC単独削減、NOx単独削減及びNMOCとNOxの同時削減の場合について調べた。

4.2 計算結果

4.2.1 オクタン価向上剤

 Fig.6にケース2のオゾンを示している。オクタン価向上剤の添加により、オゾンが増加する。ピークオゾンはNMOC/NOx比の増加により、増加し、オゾンはNOxよりNMOCに敏感であることが分かった。向上剤の光化学反応性に関する結果から、オゾンを生成した順序はETBE>TAME>MTBE>ETOHだった。ETBE,TAMEは高いオゾン生成反応性により、より高い濃度のオゾンを生成し、また、計算した各燃料からの排出量を見ると、MTBEは最も少ないHCを排出し、最低のピークオゾン濃度を示した。したがって、オゾンの生成は主に排出された炭化水素及び向上剤自身の光化学反応性に影響される。PANの濃度について、ベース燃料と比べ、PAN濃度が増加する傾向が見られた。また、PANの生成は主に向上剤自身の反応性に影響される。HCHOの生成は向上剤自身の光化学反応性と排出されたHCHOに影響されると考えられる。広域都市内では、汚染物質の濃度分布は移流、拡散に影響され、直接排出された一次汚染物質は二次汚染物質に変質し、光化学反応も卓越してくる。

 排出量の影響を評価した結果、NMOC排出量の削減によって、オゾンは減少するが、NOx排出量の削減はオゾンを増加させる。したがって、東京都では、オゾンを削減するためには、NOxを削減すると共に、NMOCの削減、特に固定源からの削減に重点を置かなければならない。

4.2.2 セタン価向上剤

 大気初期濃度の影響を評価した結果、オクタン価向上剤と同じ傾向であるが、ベース燃料と比べ、オゾンを減少することが示されている。向上剤とOHラジカルの反応速度が速ければ速いほど、オゾンが減少する。PANの濃度も減少する。HCHOの濃度は、IANとHPNを添加したとき、減少するが、BUNを添加したとき、反応機構からより多くのHCHOが生成した。排気初期濃度の影響について、オクタン価向上剤と同じ傾向が得られた。

5. 総括

 本研究では、燃焼性向上剤の大気環境への影響を明らかにし、新たな添加剤を開発する際の大気環境影響評価手法を提案することを目的とし、オクタン価向上剤とセタン価向上剤の光化学反応性を計算し、これらの向上剤を添加した燃料を使ったときの都市部ストリートキャニオンと広域都市の大気環境への影響を評価した。その結果、向上剤の添加による大気環境への影響は主に燃料の性状、排出された汚染物質の量、向上剤の光化学反応性および大気環境条件に影響されることが分かった。本研究で開発された大気モデルと検討手法は新たな燃料添加剤を開発する際、大気環境への影響を評価するために非常に有用である。

Fig.1 Mechanistic reactivites of octane improvers

Fig.2 Mechanistic reactivites of cetane improvers

Fig.3 Concentration distributions of ozone in the street canyon (photochemistry)

Fig.4 Minimum ozone and maximum NOx of studied gasolines in the street cayon

Fig.5 Minimum ozone concentration of studied diesel fuels in the street canyon

Fig.6 Peak ozone concentrations as a function of the initial NMOC/NOx ratio for octane improvers

Fig.7 Park ozone concentrations as a function of the initial NMOC/NOx ratio for cetane improvers

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「燃焼性向上剤の大気環境影響評価手法に関する研究」と題し、燃焼性向上剤としてオクタン価向上剤およびセタン価向上剤等を燃料に配合したときの大気環境への影響を明らかにし、新たな燃焼性向上剤を開発する際の大気環境影響評価手法を提案することを目的として行った研究の成果をまとめたもので、5章からなる。

 第1章は序論であり、本論文の研究の背景および既往の研究を概説し、本論文の研究の目的と方針について述べている。

 第2章は、燃焼性向上剤を燃料に配合した場合の自動車排気ガスの光化学反応性に及ぼす影響について論じている。まず、オクタン価向上剤としてメチル-t-ブチルエーテル、エチル-t-ブチルエーテル、t-アミルメチルエーテル、メタノール、エタノール、t-ブチルアルコールを、セタン価向上剤としてn-ブチルナイトレイト、イソアミルナイトレイト、n-ヘプチルナイトレイトを取り上げ、それが環境大気に漏洩した場合の光化学反応性、特に大気汚染の指標となるオゾンおよびペルオキシアセチルナイトレイト(PAN)の生成能について検討しており、オクタン価向上剤はオゾンおよびPANの生成を促進し、セタン価向上剤はオゾンおよびPANの生成を抑えることを示している。次に、オクタン価向上剤およびセタン価向上剤を配合した燃料について、自動車からの排気ガスの光化学反応性への影響を検討しており、オクタン価向上剤を配合した場合、エーテル自身の排出による寄与があることにより、オゾンとPANが増加すること、エタノールの配合により、排出炭化水素が増加するため、オゾンとPANが増加すること、また、セタン価向上剤を配合した場合、炭化水素の排出量の減少により、オゾンとPANが減少することをそれぞれ示している。

 第3章は、自動車の交通量が多く、局地的に大気汚染物質の濃度が高い都市内のストリートキャニオンにおいて、オクタン価向上剤およびセタン価向上剤を燃料に配合した場合の大気環境への影響について論じている。まず、ストリートキャニオン内での汚染物質の分布および挙動について検討し、汚染物質の濃度分布は気象条件とストリートキャニオンの構造に大きく影響されること、上空から取り込んだオゾンと窒素酸化物(NOx)の光化学反応の影響は大きく、一酸化窒素とオゾンが消費され、二酸化窒素を生成することと、排出された炭化水素の光化学反応は顕著ではないことを示している。また、NOx以外の一次汚染物質である炭化水素、一酸化炭素の濃度は排出量と対応しており、濃度はストリートキャニオン内での希釈の度合いによって決まることを示している。次に、オクタン価向上剤およびセタン価向上剤を配合した燃料のストリートキャニオン内の大気環境への影響について検討し、オクタン価向上剤に関しては、エーテルの配合による排出NOxの増加により、オゾンが減少すること、また、エタノールの配合による排出NOxの減少により、オゾンが増加することを示している。一方、セタン価向上剤に関しては、セタン価の増加による排出NOxの減少により、オゾンは増加することと、セタン価以外の燃料性状にも影響されることを示している。

 第4章では、東京都の夏季大気環境を取り上げ、自動車排気の他に工場等の多様な発生源が存在し、一次汚染物質の移流、拡散とともに二次汚染物質へ変化する都市スケールにおける、オクタン価向上剤およびセタン価向上剤を配合した燃料の都市部大気環境への影響について論じている。オクタン価向上剤の配合により、都市部のオゾンおよびPANの濃度が増加する傾向が認められ、オゾンの濃度の変化は自動車からの排気ガスの光化学反応性および固定源からの炭化水素排出に影響されることと、PANの濃度の変化は自動車からの排気ガスの光化学反応性に影響されることを示している。セタン価向上剤の配合により、都市部のオゾンとPANの濃度は減少する傾向が認められ、オゾンとPAN濃度の変化は自動車からの排気ガスの光化学反応性と対応していることを示している。また、NOxと炭化水素排出量の削減の影響を評価した結果、炭化水素排出量の削減によって、都市部のオゾンは減少するが、NOx排出量の削減はオゾンを増加することから、東京都におけるオゾンの削減のためには、炭化水素の削減、特に固定発生源からの排出の削減に重点を置く必要があることを示している。

 第5章は総括であり、本論文の研究の成果をまとめている。

 以上要するに、本論文は、燃焼性向上剤の大気環境への影響を明らかにするとともに、新たな燃焼性向上剤を開発する際の大気環境影響評価手法を提案したもので、大気環境化学および化学システム工学の発展に貢献するところが少なくない。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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