学位論文要旨



No 115694
著者(漢字) 池,甲珠
著者(英字)
著者(カナ) チ,ガッブジュ
標題(和) BOD測定用高感度バイオセンサーの開発
標題(洋) Development of a Highly Sensitive Biosensor for Biochemical Oxygen Demand(BOD)
報告番号 115694
報告番号 甲15694
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4810号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 軽部,征夫
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 渡邉,正
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は河川水の生物化学的酸素消費量(Biochemical Oxygen Demand,BOD)を測定するための高感度バイオセンサーの開発に関するものであり、7章より構成されている。

 近年、環境問題の社会的関心が高まり、水質の汚濁状況を把握することは極めて重要である。水質汚濁は、無機塩類や毒物の混入など様々な原因が考えられるが、過剰に混入する有機物も深刻な汚濁を引き起こす。

 有機物による水質汚濁の指標としては、BODや化学的酸素消費量(Chemical Oxygen Demand,COD)などが用いられる。BODは、試料水中に存在する有機物が、微生物によって好気的に分解され安定化される間に消費される酸素量であり、この酸素量が試料中の有機物の量に相当すると考えられる。BODは、河川や排水の有機物による汚濁指標として幅広く利用されている。

 そのBODを測定するために既にバイオセンサー法が開発され、様々な試料の測定に応用されている。しかし、このセンサー法では河川水が計測できない。

 日本の河川水は、BOD値が平均3mg/L以下であり、このような河川水にはフミン酸やリグニンなどの難分解性有機物が含まれる。従来のBODセンサーの素子として用いられている微生物は、このような難分解性有機物を分解できないので、河川水の測定ができない。

 そこで本研究では、難分解性有機物を分解する菌をスクリーニングし、これをBODセンサーの素子として応用することによって、呼吸活性測定型のセンサーを作製し、河川水のBOD測定に応用することを目的とした。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。

 第2章では、難分解性有機物分解菌のスクリーニングを行った。難分解性有機物としては、河川水に多く含まれるフミン酸、リグニン、タンニン酸、アラビアゴム、界面活性剤を用いた。それぞれの有機物に無機塩を加え5種の制限培地を調製した。この制限培地に土壌、河川水、底泥、活性汚泥などを含む35種類の試料を添加し、好気性の難分解性有機物分解菌を単離した。3種類の微生物、いずれもPseudomonas属であった。

 それらの中でもっとも生育の早かったPseudomonas putida SG10の各種制限培地での増殖について調べた。フミン酸とリグニンのそれぞれを炭素源とした制限培地では、いずれも増殖が確認された。また、P.putida SG10の増殖に伴い、これらの制限培地中の全有機体炭素量(Total Organic Carbon,TOC)の減少が確認された。

 また、既に単離・同定され保管されている菌株4種類(P.putida IAM1236,P.fluorescens IAM12022,B.subtilis IAM12118,T.cutaneum IFO10466)とP.putida SG10との各炭素源を混ぜた混合培地での増殖について調べた。この結果、本研究でスクリーニングしたP.putida SG10が最も良い増殖を示している。

 第3章では、第2章で単離したP.putida SG10をセンサーの素子に用いセンサーを作製した。

 センサーのトランスデューサーとして、最近開発された溶存酸素計測用蛍光プローブを使用した。溶存酸素計測用蛍光プローブは、酸素分子による蛍光の消光を測定して酸素濃度を計測する。溶存酸素計測用蛍光プローブは、電極式と異なり、消耗する部品が少なく安定性が高いという利点がある。本センサーは、微生物膜と蛍光プローブ、記録計、マルチメーター等により構成される。多孔性セルロース膜(孔径0.45μm,直径20mm)に、第2章でスクリーニングされたP.putida SG10(60mg wet weight)を吸着固定し、この微生物膜を蛍光プローブに装着した。微生物膜のP. putida SG10は、試料中の難分解性有機物を好気的に分解し、これに伴い溶存酸素を消費する。この溶存酸素の消費量が蛍光プローブで蛍光強度の変化として計測される。この値(センサーの応答値)から、BOD値を算出できる。

 これまでBODセンサーの検量線作成用の標準溶液は、BOD5日間法の場合と同様のグルコース・グルタミン酸溶液が用いられきた。この標準溶液は河川水と組成が異るので、河川水のBOD計測用としては不適当である。そこで本研究では、フミン酸やリグニンなどの難分解性有機物を含む人工合成排水を河川水計測用の標準溶液として用いた。リン酸緩衝液(pH7.0,10mM)にこの人工合成排水を添加しセンサーの応答を調べた。至適条件(pH7.0,30℃)で標準溶液を測定した場合、0.5-10.Omg/LまでBOD値とセンサー応答との間に直線的な関係が得られ、測定に要する時間は15分間であった。

 このように難分解性有機物を含む溶液のBODをセンサーで高感度に計測した報告はこれまでにない。しかし、センサーの応答値の再現性が十分でなく、本センサーで用いた蛍光プローブはBODセンサーのトランスデューサーとしては不適当であった。

 そこで、第4章では、第3章で作製したBODセンサーの改良を行った。すなわち、センサーのトランスデューサーとして酸素電極を用いた。本センサーでは、P. putida SG10の有機物の分解に伴う呼吸活性の変化を、この酸素電極の電流減少値として計測し、試料のBODを推定した。

 至適条件(P.putida SG10の固定化量40mg wet weight,pH7.0,30℃)において、標準溶液添加時の電流減少値と標準溶液のBOD値の間に、0.5から10mg/Lまで直線関係が得られた。測定時間は、15分間であり、1mg/LのBODの相対標準偏差は、7%であった。センサーの安定性について検討したところ、リン酸緩衝液(pH7.0,30℃)内で室温で保存した場合に10日間は安定であった。

 このように安定性や再現性が確認されたので、作製したBODセンサーを河川水の測定に応用した。まず、河川水に含まれるセンサーへの妨害物質として塩化物イオンと重金属の影響について調べた。塩化物イオンは1000mg/Lまでセンサーの応答に影響を与えなかった。また、重金属(Fe3+,Cu2+,Mn2+,Zn2+,Cr3+)は河川水中に存在する濃度範囲ではセンサー応答に影響を与えなかった。

 次に河川水を作製したセンサーで測定し、その値(BODs)を従来法であるBOD5日間法で測定した値(BOD5)と比較した。その結果、BODsとBOD5との間に高い相関関係(n=22,r=0.91)が得られ、本センサーで河川水のBODが測定できることが示唆された。しかし、河川水によってはBODsがBOD5より低い場合がみられた。河川水には極めて生分解しにくい有機物が含まれており、このような物質は、センサーの測定時間である15分間という短い時問内ではP.putida SG10に分解されないと考えられた。従って、本センサー法を実試料に応用する場合には、さらに改良が必要であることがわかった。

 そこで第5章では、本センサーに応答しない河川水中の難分解性有機物の分解を目的として、TiO2/UVの前処理を検討した。

 まず、人工合成排水を用いてTiO2/UVによる有機物分解の効果について調べた。有機物に対するTiO2/UVの前処理効果は第4章で作製したバッチ型センサーの応答性により確認した。

1%TiO2と4分間のUV照射によりセンサーの応答は前処理なしに比べて約2倍に上昇した。次に河川の連続モニタリングのためフロー型センサーを作製し、センサーの応答性を調べた。センサーの応答は確認されたが、TiO2の表面に有機物が吸着されることから再現性のよいセンサーの応答が得られなかった。実際の河川の連続モニタリングのためにはこの有機物の吸着の影響を除く必要がある。

 第6章では、有機物の吸着による影響がないオゾンによる河川水の前処理を試みた。

有機物のオゾン処理による分解はTOC残存量で確認した。人工合成排水のTOC残存量は1分間のオゾン通気を行うと顕著になり、3分間のオゾン処理ではTOCの除去率は約15%であった。また、この場合に人工合成排水のpHは急激に低くなり、pH4.5でほぼ安定になった。

 人工合成排水を用いた場合に、有機物の分解の効果が確認されたことから、河川水にオゾン処理(注入されるオゾン濃度42.4 g/Nm3,3分間)を行った。オゾン処理を行った試料を約20分間撹拌することにより過剰なオゾンを除去した。このようにして前処理を行った試料のBODを、第4章で作製したセンサーを用いて測定した。

 次に河川の連続モニタリングのためストップフロー型センサーを作製し、その応答性を調べた。人工合成排水(BOD 1 mg/L)を測定した場合、オゾン処理後の電流減少値はオゾン処理前と比較して約2倍になった。また、河川水を用いた場合にも電流減少値の上昇がみられ、オゾン処理を行った場合のBODsとBOD5の相関は処理前に比べて高くなった(n=21,処理前:r=O.968 処理後 r=0.989)。すなわち、BODsをオゾン処理によってBOD5により近づけられることが示唆された。

 第7章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は河川水の生物化学的酸素消費量(Biochemical Oxygen Demand,BOD)を測定するための高感度バイオセンサーの開発に関するものであり、7章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、難分解性有機物分解菌のスクリーニングを行っている。難分解性有機物としては、河川水に多く含まれるフミン酸、リグニン、タンニン酸、アラビアゴム、界面活性剤を用いている。それぞれの有機物に無機塩を加え5種の制限培地を調製している。この制限培地に土壌、河川水、底泥、活性汚泥などを含む35種類の試料を添加し、好気性の難分解性有機物分解菌を単離している。その結果、3種類の微生物はいずれもPseudomonas属であることを示している。

 次にそれらの中で最も生育の早かったPseudomonas putida SG10の各種制限培地での増殖について調べフミン酸とリグニンのそれぞれを炭素源とした制限培地でいずれも増殖を確認している。また、既に単離・同定され保管されている菌株4種類(P.putida IAM1236,P.fluorescens IAM12022,B.subtilis IAM12022,B.subtilis IAM12118,T.cutaneum IFO10466)とP.putida SG10との各炭素源を混ぜた混合培地での増殖について比較し、その結果、本研究でスクリーニングしたP.putida SG10が最も良い増殖を示したと述べている。

 第3章では、第2章で単離したP.putida SG10をセンサーの素子に用いセンサーを作製している。センサーのトランスデューサーとして、溶存酸素計測用蛍光プローブを使用している。本センサーは、微生物膜と蛍光プローブ、記録計、マルチメーター等により構成される。多孔性セルロース膜(孔径0.45μm,直径20mm)に、第2章でスクリーニングされたP.putida SG10(60mg wet weight)を吸着固定し、この微生物膜を蛍光プローブに装着している。微生物膜のP.putida SG10は、試料中の難分解性有機物を好気的に分解し、これに伴い溶存酸素を消費するので、その濃度変化が蛍光プローブで蛍光強度の変化として計測される。この値(センサーの応答値)から、BOD値を算出できると述べている。

 これまでBODセンサーの検量線作成用の標準溶液は、BOD5日間法の場合と同じグルコース・グルタミン酸溶液が用いられているが、これは河川水中のBOD成分とは分解性が大きく異なる。そこで本研究では、河川水のBOD原因となるフミン酸やリグニンなどの難分解性有機物を含む人工合成排水を河川水計測用の標準溶液として用いている。センサーの至適条件(pH7.0,30℃)で標準溶液を測定した場合、0.5-10.O mg/LまでBOD値とセンサー応答との間に直線的な関係が得られ、15分間で測定できると述べている。

 このように難分解性有機物を含む溶液のBODをセンサーで高感度に計測した例はこれが初めであるが、センサーの応答値の再現性が十分ではないと述べている。

 第4章では、第3章で作製したBODセンサーを改良するために、センサーのトランスデューサーとして酸素電極を用いている。本センサーでは、P.putida SG10の有機物の分解に伴う呼吸活性の変化を、この酸素電極の電流減少値として計測し、試料のBODを算出している。

 至適条件(P.putida SG10の固定化量40mg wet weight,pH7.O,30℃)において、標準溶液添加時の電流減少値と標準溶液のBOD値の間に、0.5から10mg/Lまで直線関係を得ていると述べている。測定時間は、15分間であり、0.5mg/LのBODの相対標準偏差は、7%である。センサーの安定性について検討したところ、リン酸緩衝液(pH7.0,30℃)内で室温で保存した場合に10日間は安定であることを示している。

 次は、河川水に含まれるセンサーへの妨害物質として塩化物イオンと重金属の影響について調べている。塩化物イオンは1000mg/Lまで、重金属(Fe3+,C u2+,M n2+,Zn2+,Cr3+)は河川水中に存在する濃度範囲ではセンサー応答に影響を与えないことを示している。

 次に河川水を作製したセンサーで測定し、その値(BODs)を従来法であるBOD5日間法で測定した値(BOD5)と比較している。その結果、BODsとBOD5との間に高い相関関係(n=22,r=O.91)が得られ、本センサーで河川水のBODが測定できることを示している。しかし、河川水によってはBODsがBOD5より低い場合があり、これは河川水には極めて生分解しにくい有機物が存在し、このような物質は、センサーの測定時間である15分間という短い時間内ではP.putida SG10に分解されないからであると述べている。

 第5章では、本センサーに応答しない河川水中の難分解性有機物の分解を目的として、TiO2/UVの前処理を検討している。

 まず、人工合成排水を用いてTiO2/UVによる有機物分解の効果について調べている。有機物に対するTiO2/UVの前処理効果は第4章で作製したバッチ型センサーの応答性により確認している。Tio2に4分間UVを照射することによりセンサーの応答は前処理なしに比べて約2倍に上昇したと述べている。次に河川の連続モニタリングのためフロー型センサーを作製し、センサーの応答性を調べている。センサーの応答は確認されたが、TiO2の表面に有機物が吸着されることから再現性のよいセンサーの応答が得られなかったと述べている。実際の河川の連続モニタリングのためにはこの有機物の吸着を除く必要があると述べている。

 第6章では、有機物の吸着による影響がないオゾンによる河川水の前処理を試みている。有機物のオゾン処理による分解はTotal Organic Carbon(TOC)残存量で確認している。人工合成排水のTOC残存量は1分間のオゾン通気を行うと顕著になり、3分間のオゾン処理ではTOCの除去率は約15%を示したと述べている。

 人工合成排水を用いた場合に、有機物の分解の効果が確認されたことから、河川水のオゾン処理(オゾン濃度42.4g/Nm3,3分間)を検討している。オゾン処理を行った試料を約20分間撹拌することにより過剰なオゾンを除去し、このような前処理を行った試料のBODを、第4章で作製したセンサーを用いて測定している。

 更に河川の連続モニタリングのためストップフロー型センサーを作製し、その応答性を調べている。人工合成排水(BOD 1mg/L)を測定した場合、オゾン処理後の電流減少値はオゾン処理前と比較して約2倍であることを示している。また、河川水を用いた場合にも電流減少値の上昇がみられ、オゾン処理を行った場合のBODsとBOD5の相関は処理前に比べて高くなったと述べている(n=21,処理前:r=0.968,処理後r=0.989)。すなわち、BODsをオゾン処理によってBOD5により近づけられることを示している。

 第7章は結論であり、本研究で得られた結果をまとめている。

 このように本論文では、河川水のBODを測定できる高感度バイオセンサー開発するために必要な基礎的性質を実験によって検討し、河川中の難分解性物質に応答するセンサーの開発に成功している。また河川水の連続測定のためストップフロー型センサーを開発し、実際に河川水のBODを測定できることを示している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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