学位論文要旨



No 115698
著者(漢字) 志水,章夫
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,アキオ
標題(和) トイレットペーパーへの古紙利用から見た紙の循環利用システムのライフサイクルアセスメント
標題(洋)
報告番号 115698
報告番号 甲15698
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4814号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 岸野,洋久
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 講師 池袋,一典
 東京大学 講師 荒巻,俊也
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景と目的

 環境問題が日々深刻化しその解決に向けて環境技術の開発や環境対策の導入が活発化する中で,1990年代に入ってからは強制リサイクル法などのリサイクル促進制度が環境先進諸国を中心に整備されてきた.今後の循環型リサイクル社会構築に向けて対策の一つとしてこのような回収促進対策は重要ではあるが,それだけでは逆に悪影響を及ぼす可能性がある.資源循環を効率的かつ持続的に行う為には,回収だけさなく再生原料およびその再生製品の需要といったライフサイクルシステム全体のバランスを考慮した対策が重要であり,その為にもリサイクルの環境影響を定量的に示す必要がある.

 工業製品や特定のシステムの環境影響評価手法として注目されているものにライフサイクルアセスメント(LCA)がある.しかしリサイクルシステムやバイオマス資源の取扱いについての一般的手法は十分に確立されていない.また紙リサイクルに関するLCAは日本では研究事例が少なく,さらにLCAに利用可能な国内の環境負荷に関するデータベース整備もまだ十分でない.一方,日本の紙リサイクルは循環型経済システムの典型的な例としてマクロ的経済分析の研究対象として比較的よく取りあげられてきたことから,システムの全体像を把握する手法は存在する.ただし環境対策の実施を前提とした場合,社会条件や技術変化に対する影響を考慮しなければならない為,社会的背景の相違やシステム内の市場の動向や変化を描写できるミクロ的な構造解析が必要である.

 本研究では既存の日本の紙システムの代表的な例としてトイレットペーパーを取り上げ,実態調査により古紙の回収,製造,消費の各プロセスの構造を把握するとともに,その調査結果に基づくLCA分析を実施した.LCAではバイオマス資源利用とリサイクルの評価手法を提示し,特にEnergy消費とCO2に関してトイレットペーパーへの古紙利用の優位性を定量的に示した.以上により環境対策の指針とそのシステムの問題点を明示した.

2. トイレットペーパー製品の市場動向

日本のトイレットペーパー(以下:TP)消費量は年々増大傾向にある.その市場では中小企業主体の古紙原料由来100%製品(R-TP)と大手企業主体のバージンパルプ由来100%製品(V-TP)とが競合しており,R-TPの方が安価で市場全体のシェアも大きい.

 しかし,近年の環境意識の高まりとは対照的に,従来はR古紙再生製品が主流であった衛生用紙市場におけるバージン製品のシェアは年々増大し,V-TPのシェアも30%以上にまで達した.そこでこれら現象を把握する為,家計のTP支出に関する効用水準の変化,所得効果,及び価格代替効果の3つの側面から統計データによる解析を行った.

 解析ではまず,4roll入りが主流の1990年以前と12roll入りが主流のそれ以降とで価格帯や消費動向が異なり,図1で示すのように4roll主流の時期はTPへの家計支出は小売価格によらず増大傾向に,12roll主流の最近は小売価格によって変動していることが示された.

 このうち所得効果について,TP支出の所得弾力性は1990年以降0.2以下に低下し,所得効果が非常に小さくなっている状況であった(図2参照).従って家計のTP支出の変動は1990年以前は各所得水準におけるTP支出に対する効用増大と所得水準の向上に伴う所得効果により,それ以降は価格影響によるものと推測される.

 またV-TRの占める市場シェアとV-TPのR-TPに対する小売価格比について示したのが図3である.V-TPのシェア推移は家計のTP支出推移と同様の傾向にあり,1990年以前は価格によらないシェア増大が,それ以降はほぼ価格比の推移に比例してシェアが変化している.近年の市場動向を見る限り,R-TPの環境面での優位性は消費者のTPの選択にあまり影響を及ぼしていないことが分かる.

3. 古紙回収システムの構造とその状況

バージンパルプ原料との競合や近年のリサイクル促進対策による古紙の供給過剰や回収制度改革などの要因により,古紙価格は低迷し従来の古紙回収システムの存続はより困難になってきている.そこで本研究では東京都の古紙回収業・卸売り業者の実態調査結果(古紙リサイクル社会国際比較調査研究会と共同で1999年に実施)から,その構造把握と物量・経営データの把握を行った.この解析結果からまず,調査対象の実際の業務,取扱品種,取引先等の業務・作業内容に関する特性データを数量化III類により類型化し,図4に示す古紙回収システムのモデルフローを構築した.各業者は図のI〜IVに,また古紙回収ルートも一般・事業系と産業系ルートに大きく分けられ,排出源や古紙品種も各々で異なってることが示された.特にIの一般系回収業者は新聞・雑誌・段ボール古紙など量が多く安価な一般系古紙,牛乳パック古紙やオフィスミックス古紙など少量で利潤を高く設定している事業系古紙が主体であった.コスト解析結果では,図6に示すようにI〜IIIの回収系業者の平均回収コストはIVの卸売系業者の約半分の10円/kg-WP前後であった.これらは古紙取引の収益(販売価格-購入価格)を下回る水準であり,特に一般系のIは物理コスト程度の収益であった.また回収時の燃料消費は規模別・車種別に一定の水準にあり,同じ小規模でもIはIIよりやや大きめであった.物理コストにもこれら傾向が反映され,より規模の大きいIVは古紙当たり燃料消費も小さくて済む.収益がコストを上回る採算ラインにあるのは卸売系のIVのみで,それ以外の業者は不足分を自治体や回収先から得た手数料・作業料収入で補う必要がある.自治体の手数料収入のケースでは図のように古紙以外の品種も扱うIIIを除き採算ラインには達しているが,古紙取引の収益は市場動向により変動する為,適正な水準に維持するには市場価格と連動した価格水準を設定する必要がある.

4. 古紙由来トイレットペーパーのライフサイクル分析

 R-TP製造メーカーの調査において見られた環境対策として,現行の環境基準の達成の他にも水使用量の削減,ペーパースラッジ(PS)の有効利用,クリーンエネルギー(ガス系燃料)への転換など環境への自主的取組みも行われている.ただし,古紙利用については品質重視の為,より高品質の古紙利用もしくは歩留りを落としての白色度維持を行っており,消費者の品質要求が古紙利用の制約となっている状況が示された.特に漂白・排水処理用塩素系薬品の利用に伴うPS焼却処理時のダイオキシン発生量は今後強化される基準値を達成できない可能性がある.これら問題の解決の為には古紙品種の選択や品質要求について見直す必要があるだろう.

 一方,図6に示す古紙再生TP製品のライフサイクル全体の環境負荷:Energy消費,CO2,SOx,NOx,煤塵及び固形物の発生量について算出した結果が表1である.この結果から,特にEnergy・SOxでは蒸気生産を行うエネルギー関連プロセスと製造プロセスの割合いが最も大きいことが分かる.従って,製造メーカーの省エネ対策及びクリーンエネルギー対策はR-TPのライフサイクルから見ても有効であるといえよう.これに対し,CO2,煤塵は製品廃棄やPS処理といった古紙由来の割合が大きい結果となった.

 また,特にEnergy消費,とCO2について,既存の文献をもとに算出したバージンパルプ製品(クラフトパルプ利用のケース)との比較を行った.TPの場合,R-TPもV-TPもライフサイクルの抄造プロセス以降の下流はほぼ同じで,原料採取からパルプ化までが異なるシステムの比較となる.このうちバージンパルプはパルプ化時に発生する黒液からパルプ製造用エネルギーのほとんどを賄うバイオマスエネルギー利用のシステムである.ここではEnergyとCO2を化石燃料などの枯渇性エネルギー:NR-Energy消費由来と,木材・古紙などのバイオマス由来,また牛乳パック:MC利用時に発生する廃PE由来の3つに分け,その特徴やそれぞれの負荷削減効果について解析を行った.

 バイオマス・廃棄物利用では,その熱回収分だけNR-Energu消費を節約でき(節約効果),さらにそれが製造プロセスのエネルギー消費量を上回る場合,外部プロセスやシステムで消費されるNR-Energyの一部と代替し,そのCO2分を含め,その負荷量を削減することができる(削減効果).

 図6に示すのは各ではNR-Energy消費に関する内部の節約効果と外部への削減効果(CO2は電力換算)を含めた値である.このうちバージンパルプ,MC100%とも製造プロセスのエネルギーを上回り,削減効果が計上された.ただしバージンパルプのNR-Energy消費量は原料の海外輸送分負荷量が非常に大きく,古紙パルプより負荷が大きい結果となった.これに対し輸送時負荷・製造時エネルギー要求量もバージンパルプより小さい古紙パルプのMC100%のケースでは,パルプ化全体で負荷削減を示す結果となった.またバージンパルプの国内輸送・海外製造パルプ利用のケースではNR-Energy消費は古紙パルプより小さくなるものの,CO2については同水準であった.

 R-TPリサイクルではバイオマス・廃棄物利用のNR-Energy削減効果の他に,廃棄回避効果とV-TP節約効果,バイオマス再生効果が生じる.このうち廃棄回避効果の大きさは廃棄処理水準と再生原料の利用可能量である市場配分量に依存し,バイオマス再生効果は木材の再生率に依存する.そこで各効果を算出するモデル式を用い,焼却処理を廃棄処理としてリサイクル率と古紙利用量から求めた廃棄回避効果と,再生率:k=1or0とした場合のバイオマス削減効果を含めたR-TPの全ライフサイクルにおける純環境負荷量を算出した結果が表2である.この結果から,リサイクルの進んだ産業古紙利用を行うR-TPのケースは廃棄回避効果はあまりなく,リサイクルの進んでいないミックス古紙:MP1OO%やMC1OO%のケースではその削減効果が大きいことが示された.またV-TP節約効果のうち,バイオマス資源,つまり木材節約効果が全体の負荷水準と比較して大きく,これがR-TPリサイクルの環境面で優位性となることが示された.

5. まとめ

 R-TPのLCAからその環境面での優位性,特に回収時負荷が大きい一般系古紙利用の優位性が示された.だがその利点を生かす為には,一般系古紙の古紙回収の採算性やTP市場における品質・価格面での制約の問題を解決することが重要である.その為には今回実施した調査について,データ精度の向上や対象範囲の拡大が必要である。またリサイクル・バイオマス資源に関するLCA評価手法についての概念とモデルを提示したが,今後はその理論面の整備と実証研究を進め,対象システムや環境影響の適用範囲を広げることが課題である.

図1 家計のTP支出と小売価格の相関関係

図2 TP支出に対する所得弾力性の推移

図3 バージン製品価格とシェアの相関

図4 古紙回収システム全体のモデルフロー

図5 古紙回収のコストと収益の比較

図5 R-TPのライフサイクルフロー

表1 R-TP製品1kgあたりLCI結果

図6 パルプ製造における原料品種別j純化石燃料消費の分布

表2 R-TPの純環境負荷量の算出結果

審査要旨 要旨を表示する

 現代の人間活動が環境に大きな負荷を与えていることは今や周知の事実である。その環境負荷を軽減するために循環型の社会を形成していくことの重要性が指摘され、様々な法制度に反映されつつある状況にある。しかしながら、いわゆるリサイクルに関しては、環境面での効果が十分に検討されておらず、またリサイクルの過程での様々な障害の内容が十分に検討されないまま、実施だけが促進されようとしているきらいがある。本研究では、典型的なリサイクルの例として古紙を利用したトイレットペーパーを取り上げ、そのリサイクル過程で生じる環境負荷をライフサイクルアセスメントの手法を用いて詳細に調査、解析を行ったものである。本研究では、リサイクル過程に沿って、回収に関与している事業者の実態調査、古紙を原料としたトイレットペーパー製造工程の詳細なライフサイクル解析、最終的な消費者の古紙由来トイレットペーパー選択行動の解析を行い、リサイクルの過程全体を通じた解析を行っているところに、これまでの研究にない大きな特徴がある。

 本論文は「トイレットペーパーへの古紙利用から見た紙の循環利用システムのライフサイクルアセスメント」と題し、全7章からなる。

 第1章「序章」では、本研究の背景、目的、意義を述べている。とりわけ、リサイクルと環境問題をとりまく今日の背景を示した上で、本研究の目的を明確化している。

 第2章「紙リサイクルシステムの現状とその評価手法」では、紙のリサイクルについての国内外の動向をとりまとめるとともに、リサイクルプロセスの評価の手法について既往の研究をまとめている。また、本研究で用いる手法であるライフサイクルアセスメント(LCA)についてもその原理などをレビューしている。

 第3章は「古紙再生製品に関する市場の動向と消費構造」である。本章においては、市場において古紙由来のトイレットペーパーとバージンパルプ由来のものがどのように競合するかを消費量や価格などの統計データを元にミクロ経済学の手法を用いて解析している。そして、家計とトイレットペーパー消費の関係を所得効果と両種のトイレットペーパーの間の代替効果に分けて整理できることを示している。この解析の結果、消費者による古紙由来のトイレットペーパーの選択はバージンパルプ由来のものとの価格比で説明できること、換言すれば、低価格でなければ古紙由来のトイレットペーパーが購入されないことが定量的に明らかになった。

 第4章は「紙の製造プロセスにおける環境影響に関する実態調査」である。この章では、実際の古紙由来のトイレットペーパーを製造している15の工場を対象にして調査した結果を詳細に解析している。ここでは、原料となる古紙の種類によって工程を整理するとともに、各製造工程における環境負荷発生量を把握している。これら、古紙を原料とした中小の工場についての環境負荷の調査はこれまでになく、そのデータ自身が貴重であるが、本論文ではこの調査結果が6章において行われるLCA比較のための基礎データとなっている。第5章は「古紙回収プロセスにおける実態調査と構造解析」であり、様々な業態の事業者が関与している古紙の回収プロセスを実態調査の結果を元に解析している。実態調査として情報を得た130の事業者は、零細なものから、他の事業も合わせて行う大規模なものまでがあり、また業務系の古紙を扱うものから家庭から発生する古紙を巡回して回収するものを含み、また回収した古紙の納入先も様々である。このように複雑な古紙回収事業者を類型化するために数量化III類の手法を用いてカテゴリー分類を行った。また、回収・輸送過程で生じる輸送由来の環境負荷をも実態調査から評価した。このような調査に基づく回収業態の解析はこれまでほとんど行われておらず、とりわけこれらを類型化した点で本研究は貴重な解析になっている。

 第6章は「古紙由来100%トイレットペーパー製品のLCA分析」である。本章では、これまでの章で得られた知見のうち、環境負荷の部分を主としてとりだして、古紙の回収、トイレットペーパー製造と最終的な消費に伴う環境負荷をエネルギー消費量と二酸化炭素排出量を中心にして評価している。ここではバージンパルプ由来のトイレットペーパーを対象として比較しているが、紙がバイオマス由来の製品であることから、その環境負荷の比較に当たっては固有の困難で複雑な点がある。本章では、これらの困難性を克服するための評価手法を整理して示すとともに、古紙由来のトイレットペーパーの環境面での優位性を定量的に示し、かつ環境負荷の内訳を明示することに成功している。

 第7章は「結章」で、研究成果を総括している。

 本研究は、従来明確に解析されていなかった古紙由来のトイレットペーパーのリサイクルシステムの全過程における環境負荷を客観的、かつ定量的に示すことに成功している。この手法はまた他のリサイクルシステムの評価に広く用いられるものであり、その独創性、有用性、発展性、得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク