学位論文要旨



No 115699
著者(漢字) 板倉,宏昭
著者(英字)
著者(カナ) イタクラ,ヒロアキ
標題(和) 情報化と組織コミットメントが組織貢献度に及ぼす影響 : コンピュータ関連企業営業員の実証研究
標題(洋)
報告番号 115699
報告番号 甲15699
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第4815号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野口,悠紀雄
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 助教授 中山,靖司
 東京大学 助教授 藤井,眞理子
内容要旨 要旨を表示する

 情報技術の利用が急速に推し進められている。しかし、情報技術を導入した企業でも、企業の業績につながっていると断言できる経営者は少ない。また、情報技術がパフォーマンス向上に寄与しているか検証できない、という情報技術の生産性パラドックスの問題は、様々な立場から議論されてきた。情報技術とその貢献の関係をつかみにくいという問題意識は、広範に存在する。

 パソコンを導入し、操作方法に習熟しても、能率が上がるとは限らない。組織の目標・価値のために、パソコンを適切に使わなければ、組織に貢献せず、能率を低下させることもある。パソコンの利用法は、利用者によっていかようにも方向づけられ、個人に大きく依存する性格を持っている。他の自動化するための技術は、個人への依存度を減少させる性質を持つ事が多かったのに対して、情報技術は、個人に光をあてることになる。筆者は、このような情報技術の持つ他の産業技術と異なる特質に注目する必要があると考えている。

 既存の研究でも、情報技術と組織の関係が生産性に影響を与えるという議論はいくつか存在する。しかし、情報技術を導入して効果を上げるには、どのような個人と組織の関係が整合的なのかについて、実証分析に基づいた明確な議論は見られない。

 本論文では、情報化の効果を捉えにくい原因を探るため、個人と組織の関わりを測定する組織コミットメントの概念を導入する。従来から、情報化を進めればパフォーマンスが向上するはずであるという議論は,伝統的な仮説になっているけれども、情報化を進めても貢献を捉えにくいという問題が存在する。一方、組織コミットメントとパフォーマンスの関係も米国を中心とした組織行動論では議論されている。しかし、日本企業での研究はみあたらない。

 本論文では、マイヤーらの3次元組織コミットメントを採用する。即ち、組織コミットメントを「個人と組織の関係」と定義し、個人がある組織に対して、どのような観点からどの程度かかわっているかという捉え方をする。第1の次元の情動的コミットメント(Affective Commitment,以下ACと略す)は、組織との同一化・一体感による感情的な愛着によるコミットメントである。「組織に所属したいから所属する」という積極的で能動的なコミットメントである。第2の次元は、滞留的コミットメント(Continuance Commitment,以下CCと略す)である。組織を去ると損をするから留まることによるコミットメントである。即ち、他に行くところがないから「必要だから留まる」という受動的な理由によるコミットメントである。第3の次元は、規範的コミットメント(Normative Commitment,以下NCと略す)である。「コミットすべきだからコミットする」というように、組織へのコミットメントを義務として捉える忠誠心・恩義からのコミットメントである。

 本論文では、情報化を「企業内個人のコンピュータの活用度」、組織貢献度を「企業内個人の会杜への貢献度」と定義し、調査票データを使って測定している。この個人レベルのアプローチは、1国の統計や産業レベルといったマクロアプローチに比べて、優れた点をもっている。第1に、1時点で多くのデータを収集でき、定量的分析の可能性を広げることができる。第2に、個人レベルのデータは、効果が測りにくい定性的効果も一部は把握することができる。第3に、タイムラグの問題を解決できる。第4に、情報技術の影響の分散の問題を解決する。企業における情報処理は多様になっている。情報技術をどれだけ使うかは、同一企業内の組織間でも異なっており、同一組織内においても、個人の裁量にかかることが多いため、個人により大きく異なっている。調査の対象は、コンピュータ関連企業の営業員である。調査票の505人分の定量的分析を行なった。さらに、調査票の定量的分析の結果について、より深い探索を行うために、18社25人にインタビューを行なった。調査票データの統計的解析およびインタビュー調査から、下記のような発見事実が得られた。

[発見事実1] AC(情動的コミットメント)は、組織貢献度と正の相関関係にあるが、CC(滞留的コミットメント)は、組織貢献度と負の相関関係にあり、NC(規範的コミットメント)は、組織貢献度と無関係である。

 日本企業の生産性の高さは、従業員の帰属意識の高さから説明されることも多かった。しかし、日本経営システムの特徴とされてきた組織コミットメントとパフォーマンスがどのような関係にあるかについて実証的検証はなされていなかった。

 組織に対して能動的にコミットしている人は、積極的に組織に貢献しようとしてパフォーマンスが高い。例えば、会社に愛着を持ち、製品に自信を持っている人は、向上心があり、前向きに仕事を行い、セールスの説得力も高い。しかし、組織を去ると損をするために組織に留まる人は、必要以上に仕事をせず、組織に貢献しない。また、単なる忠誠心といった義務感のみによる組織コミットメントは、組織に貢献をもたらすとは言えない。単に組織に留めようとする年功的処遇や組織に対するコミットメントの義務の強制は、貢献をもたらさないことを示唆している。

[発見事実2] AC(情動的コミットメント)が高い場合は、情報化が低い場合より、高い場合の方が組織貢献度が高い傾向がある。一方、AC(情動的コミットメント)が低い場合は、情報化が高い場合の方が組織貢献度が低い傾向がある。

 発見事実2では、個人の能動的なコミットメントが高い場合、情報化は組織に貢献度を増加させるけれども、低い場合は、情報化がかえって貢献度を低下させてしまうという情報化の2面的性格を示した。これまで、情報技術の生産性パラドックスの原因として、測定の方法の問題や技術革新の影響の浸透までのタイムラグなどが指摘されてきた。本論文は、生産性そのものを測定したものではないけれども、ACによる説明は、情報技術の生産性パラドックスの要因の1つとなっていると推論できる。

 ACの水準によって、情報化と組織貢献度の関係は、なぜ変化するのであろうか。インタビュー・データを使って、その原因を探っている。

 第1に、能動的にコミットしている人は、主体的に動機付けられ、学習を行ない、情報技術から効果を引き出すことができる。しかし、能動的な関わりが低いと、情報技術を活かすことができない。不要な仕事をしてしまったり、パソコンを動かすことで満足してしまう。また、ACが低いと、パソコンの私的利用といったモラルの問題が起きやすい。インタビューでは、次のような発言があった。

 第2に、情報技術は、参加意識を保っことを難しくする性質があるため、高いコミットメントが必要と考えられる。情報技術を通じた職務が増加する一方、時間や場所を共有する対面による職務が減少しているため、参加意識を保つのが難しく、高いコミットメントが必要になっている。

[発見事実3] 米国系企業従業員は、日本企業従業員より情報化が高い。

 一般的にも、日本企業より米国企業の方が情報技術の利用度は高いとされている。インタビュー調査でも、米国系企業の方が情報技術を活用していこうとする意欲が大きいという指摘が多かった。情報技術による情報処理は、個人的な側面が強いから、あいまいな集団単位の職務範囲より個人単位の明確な職務範囲が適合的である。また、日本企業では、米国系企業より、対面コミュニケーションを重視する傾向も指摘されている。さらに、米国系企業では、人材の流動性が高いため、例えば、職務手続きを文書化し、顧客情報など情報を会社に吸上げておく必要性も高い。日本企業より米国系企業従業員の方が、情報化の程度が高い理由としては、このような文化・雇用環境の違いによる影響もある。

[発見事実4] 米国系企業従業員は、日本企業従業員とくらべて、CCやNCは低いがACは同水準である。

 米国系企業従業員と比較して、日本企業従業員は、何らかの共通目標に向かって能動的・積極的に多く関っているのではない。中途で会社を辞めると不利益が生じ、従って、同一組織で同化・協調せざるを得ないという出口のない消極的な関わりが強い。また、とにかくコミットすべきだからコミットするという忠誠心や上司や同僚を気にする規範的な組織コミットメント次元が高い。

 他の産業や職種について、今回の分析結果がどれだけ適用するのかについては、今後検討されなければならないが、経営管理上の有益な示唆が得られたものと考えられる。ACの高さは、情報化による業績向上の鍵となっている。経営管理者は、情報化の展開と人材資源の管理を結び付けて考える必要がある。情報化によって、コミットメントを高めるための適切な報酬やリーダーの行動が一層重要になる。情報技術を導入するプロセスでも、従業員の関与や参加を重視する必要があるだろう。

図1 情報化・コミットメントモデル

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、情報技術の効果を捉えにくい原因を探るため、個人と組織の関係を示す組織コミットメントの概念を導入し、AC(情動的コミットメント)の高さが、情報技術の利用を貢献に結びつけるための条件であるという結論を得ている。コンピュータ関連企業の営業員を対象とした調査票の回答の統計的分析とインタビュー調査によって、組織貢献度が情報化と組織コミットメントによってどのように説明できるのかを中心に分析している。

 今日の情報技術は、他の技術と異なる特質を持っており、他の自動化するための技術は、個人への依存度を減少させる性質を持つ事が多いのに対し、情報技術は、個人に光をあてることになるため、情報技術とその貢献の関係を探るには、個人の行動を分析する必要があると述べている。情報化とその貢献を捉えるため、目にみえる技術やビジネス・プロセスの変革だけではなく、情報化の裏で起こっている組織内の人間行動の影響を捉えようというのが、本論文のアプローチとなっている。

 既存の研究でも、情報技術と個人の整合的関係が存在するという議論はいくつか存在する。しかし、情報技術を導入して効果を上げるには、どのような個人と組織の関係が整合的なのかについて、実証分析に基づいた明確な議論は見られない。

 本論文は、7章より構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の行われた問題意識について述べ、本研究の目的と意義について述べている。

 第2章は、関連する研究を検討している。まず、情報化と組織の中の個人に関連する先行研究を検討し、情報化の進展により個人と組織の関係が重要な要素になるという議論が存在することを指摘している。また、これまでの組織コミットメント研究の概念を整理している。

 第2章補論は、まず、日本における組織コミットメント研究および日本と他国の国際比較研究についてこれまでの研究を概観している。さらに、組織コミットメントの調査が行われた1991年の米国社会調査GSS(General SocialSurvey)のデータを使って、組織コミットメントと貢献との関係の分析を行っている。

 第3章は、情報化、組織コミットメントの定義を行なっている。また、本研究の理解を容易にするために、情報化指数とコミットメント指数の2軸による組織メンバーの類型化を展開している。

 第4章は、研究の方法について述べ、調査票とインタビューの調査を併用する有効性について論じている。調査票による調査およびインタビュー調査の手続きについて述べた後、研究対象であるコンピュータ関連企業の営業員についての定義や研究対象として選択した理由について述べている。さらに、情報化、組織コミットメント、組織貢献度の3種類の変数の算出方法について述べている。

 第5章は、505人の調査票の回答の定量的分析を行なっている。情報化と組織貢献度の関係および3次元組織コミットメントと組織貢献度の関係を分析した後に、組織に対する能動的関係を示すACの高低によって、組織コミットメントの水準で、情報化と組織貢献度との関係がどう変化するのかに注目して、分析している。ACを2分するすべての点において重回帰式のパラメータの安定性を検定するStepwise Chow検定を行い、ACのどの水準で構造変化が起きているのかどうかを検討している。ACが高い場合は、情報化が低い場合より、高い場合の方が組織貢献度が高い傾向があるが、ACが低い場合は、情報化が高い場合の方が組織貢献度が低い傾向があると述べている。

 また、回答者属性によって、情報化の程度や3次元組織コミットメントがどのように異なるかを検討している。

 第6章は、第5章の計量的分析結果をより深く探求するためのケーススタディをインタビュー・データを用いて行っている。定量的データによる統計的解析による発見事実に対する感想などのインタビュー・データによって、第5章の計量的分析結果を検証し、解釈している。

 第7章は、本研究の発見事実をまとめた後に、若干の推論も含め考察を行なっている。さらに、本研究の限界と今後どのような研究が期待されるのかについて述べている。

 本研究は、情報技術の貢献という実務的にも重要な問題について、これまで先行研究が見られない枠組みで、体系的な研究を行っている。また、本論文から得られた知見から、情報化社会における組織管理上、有益な示唆が得られたものと考えられる。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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