学位論文要旨



No 115700
著者(漢字) 一岡,義宏
著者(英字)
著者(カナ) イチオカ,ヨシヒロ
標題(和) 都市型コミュニティ支援のための地域情報通信システムの研究
標題(洋)
報告番号 115700
報告番号 甲15700
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4816号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安田,浩
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 小出,治
 政策研究大学院大学 教授 青木,保
内容要旨 要旨を表示する

 大都市圏では21世紀初頭を目指して大型都市再開発が進められており、オフィスビル、ホテル、住宅等が一体となった都市型コミュニティが、今後次々と誕生する。しかし、都市の多機能化、複合化が進むにつれ、個々のコミュニティの差別化が難しくなってきている。そこで、本論文では、コミュニティへの進出企業や商業施設のビジネスチャンスを創り出すとともに、域内に暮らす、働く、訪れる人々の生活や活動を便利にかつ豊かにすることでコミュニティの差別化を図ることを目標に、不特定多数の人々が集まる都市型コミュニティでの地域情報発信を容易にし、個性的かつ効率的な情報取得を可能にする情報通信システムのアーキテクチャを提案する。本論文では、以下にあげる5つの重要検討課題について議論し、具体的に解決案を示した。

(1) 近傍にいる人々に対して最も効果的な宣伝ができ、エリアへの集客率を高めることができる情報システムとするにはどうしたら良いのか?

(2) 居住者、来街者、就労者の多様化した要求に答えられる情報システムとするにはどうしたら良いのか?

(3) 狭いエリアで同時多発する集中したアクセスに対し、配信サーバに集中する負荷を分散できないか?

(4) 狭いエリアで同時多発する集中したアクセスに対し、通信時の混雑や輻輳を避ける方法はないか?

(5) いつでもどこでもサービスを受けられる情報システムとするにはどうしたら良いのか?

 一般に、集客・差別化を目的に都市や街の魅力を伝える手段としては表1に示す様々なツールが考えられるが、個々のツールがもつ特長を提供者側と受信者側各々の観点で比較してみると両者を同時に満足させられるツールはまだない。

 さらに、近年携帯電話やPHSが爆発的な普及を遂げ、都市での生活や行動を豊かで便利にする技術として注目されているが、本論文が対象とするような不特定多数の人々が集まるエリアでの利用を考えると、周波数帯域が不足していること、通信インフラのハード・ソフト上の制約から同時通話数に限界があること等の理由から利用に適していない。

 一方、コミュニティ自身からの情報発信を行なう手段としてはPointCast等インターネットによる情報配信やiモード等モバイル情報提供サービスの利用が有効であると考えられる。また、これまでに携帯端末への情報提供に関する研究開発も行われてきた。しかし、これらの手段は情報発信の対象となるエリアが広域で特定の地域を対象とした情報発信に向かない、希望する情報になかなか到達しない、サーバに処理負荷が集中する等それぞれに問題があり利用に適さない。

 そこで、本論文では今日のインターネットによる情報配信やモバイル情報提供サービスに代わるモバイル時代の新しい情報通信システムである「地域情報通信システム」のアーキテクチャとその要素技術について提案する。

 本論文で提案する「地域情報通信システム」の概念図を図1に示す。メインサーバは、一般にコミュニティ内の情報サービスを提供する情報サービスプロバイダやコミュニティ管理会社等に設置される。一方、近傍サーバは、コミュニティ内の特に人が集まる場所、例えば、エントランスホール、ロビー、広場、バス・タクシー乗車場等に設置する。

 本システムでは、取り扱う情報を、一般大衆を対象とした情報量が多く精細度も高い、訴求効果を狙うことを目的とした「上映用コンテンツ」と、特定の個人を対象とし情報量が少なく精細度も低い、情報の伝達が主たる目的である「持ち帰り用コンテンツ」の2種類に分類する。

 近傍サーバは、予めメインサーバから配信された「上映用コンテンツ」を大画面モニター等の映像機器で再生したり、掲示板に提示したりすることにより行き交う人々や待ち合わせをしている人々に対して提供しているサービスを案内する。サービスの受容者であるコミュニティの居住者、来街者および就労者は、携行する携帯端末を近傍サーバに接続された赤外線近接通信ポイントに近づけることにより、「上映コンテンツ」に関連する「持ち帰り用のコンテンツ」を受信し持ち帰ることができる。

 近傍サーバに接続された赤外線近接通信ポイントと受信者携帯端末間の通信には、「放送型通信経路」と「オンデマンド型1対1通信経路」の2通りの通信経路を組み合わせて用いる。

 「地域情報通信システム」で取り扱うサービスアプリケーションならびにそれらを支える「上映用コンテンツ」と「持ち帰り用コンテンツ」の具体例を表2に示す。特に、平常時コミュニティ内での生活・行動支援のために機能しているシステムが、災害が発生した際、緊急情報の伝達や安否情報収集支援システムとして機能すること、近傍サーバで位置情報を把握することにより企業での訪問者受付支援が可能なこと、また電子クーポンや割引チケット等の利用管理が可能なことが本システムの特長である。

 「地域情報通信システム」は、取り扱うコンテンツをエリア内に分散配置した近傍サーバに予め配信して分散化することで、情報取得アクセスによりメインサーバに集中する処理負荷を軽減する。また、分散化することにより生じるコンテンツ内容の一貫性の問題は、詳細を検討した結果、頻繁な内容の更新で対処が可能であることが分かったため、コンテンツのバージョン管理を行なうことによりメインサーバで更新のあった変更情報のみを近傍サーバへ転送することで、送信情報量を少なくし近傍サーバでの更新をより頻繁にすることで解決した。

 近傍サーバと利用者携帯端末間の通信には、導入のための設備投資が安価で免許が不要であること、また4Mbpsの高速通信が可能なことから赤外線を採用したが、アクセス処理のシミュレーションにおいても、近傍サーバと赤外線近接通信ポイントの2階層サーバモデルの方が設備投資面で携帯電話やPHSによるデータ通信よりも優れていることが分かった。

 一方、近傍サーバでの通信処理効率を向上させるためには放送型によるデータ通信が有効であるが、現行の赤外線IrDA規格には制約があり放送型通信の実現が不可能である。そこで、IrDA規格の物理層での規定はそのままに新たな赤外線簡易放送型通信プロトコルIrBRCとIrUCISを開発、実装した。IrBRCとIrUCISは、IrDA規格の核となる部分のみを取り出した簡易版IrUltraのデータフレーム構造をべースに損失データのリカバリ等フロー制御が可能なように改良した。

 本論文では、「チラシ配布システム」、「赤外線簡易放送型アプリケーション配信システム」、「展示会場音声ガイドシステム」の3つの試作システムにより実験を行ない、「地域情報通信システム」の様々な機能を検証、考察した。

 「チラシ配布システム」は、近傍サーバでの「上映用コンテンツ」の上映と「持ち帰り用コンテンツ」の配信の並列処理の検証、ならびに赤外線オンデマンド型1対1通信による情報取得アクセス処理の実用性を検証するために試作したシステムである。実験の結果、先行する利用者が通信経路を専有することによる遅延の問題が明らかになったが、近傍サーバでのコンテンツの上映と配信という「地域情報通信システム」の基本機能を検証できた。

 「赤外線簡易放送型アプリケーション配信システム」は、「チラシ配布システム」で問題となったオンデマンド型通信によるアクセス処理効率の悪さを改良するために、開発した赤外線簡易放送型通信プロトコルを用いて同時に複数のクライアント機を相手に「持ち帰り用のコンテンツ」の送受信ができるかを確認する目的で試作したシステムで、実験の結果、複数台のクライアント機で同時に受信が可能であることが確認できた。また一方で、受信域の幅は最大100cm程度で、大人が同時に横に並んで受信できる人数は最大3人程度であることも分かった。

 「展示会場音声ガイドシステム」は、受信領域を広げるために考案した赤外線送信デバィスと赤外線簡易放送型通信を用い、さらに「地域情報通信システム」の特長のひとつである空間による配信コンテンツの最適化機能を音声データによる展示会場案内に応用してその実用性を検証するために開発した試作システムである。実験の結果、利用者が移動することで自由に配信サーバを選択し、それぞれ異なる音声データを携帯端末に受信できることが検証できた。

 以上本論文では、不特定多数の人々が集まる都市型コミュニティでビジネスや生活・行動支援に利用できる「地域情報通信システム」のアーキテクチャについて提案し、先述した5つの重要検討課題を次のように解決した。

(1) 近傍への宣伝と集客の問題は、近傍サーバで「上映用コンテンツ」を上映し、近傍にいる人々の発信情報への注目を集めることで解決した。

(2) コミュニティ内に分散配置した近傍サーバの場所や時間によって異なるコンテンツの配信ができるようにすることで利用者の多様化した要求に対応できるようにした。

(3) 同時多発するアクセスにより配信サーバに集中する負荷は、メインサーバと近傍サーバによる階層化サーバ構成により解決した。

(4) 同時多発するアクセスによる通信時の混雑や輻輳の問題は、現行の赤外線IrDAを用いた4Mbpsの放送型通信プロトコルを開発し、複数の受信局による同時受信を可能にすることにより解決した。

(5) (1)から(4)を実現することで、利用者がいつでも、どこでもサービスを受けられるモバイル時代の情報通信システムを実現した。

今後は、更なる地域情報サービスアプリケーションの研究や赤外線放送型通信による双方向でのデータ送受信の検討が必要であろう。

表1 都市への集客と差別化のツール

図1 「地域情報通信システム」概念図

表2 地域情報サービスコンテンツ

審査要旨 要旨を表示する

 「都市型コミュニティ支援のための地域情報通信システムの研究」と題された本論文は、大都市圏における大型都市再開発に見られる複合型施設のような不特定多数の人が集まるエリアを対象に、今日のインターネットによる情報配信やモバイル情報提供サービスでは実現できない、近傍エリア内での効率が良くかつ人にやさしい新しい情報提供方式のアーキテクチャを提案している。本論文では、様々な地域情報サービスにおいてコンテンツそのものを上映情報とお持ち帰り情報に階層化することを検討するとともに、階層化されたコンテンツを効率よく配信するために配信サーバを分散配置する階層化サーバ構成について議論し、さらに配信サーバにおける情報取得アクセスの効率を高めるための赤外線による簡易放送型通信を提案してその実験評価を行なっている。それらの結果は以下の8章にまとめられている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と本研究が目指す目標ならびに目的、さらに本論文の構成について述べている。

 第2章は、「現状および関連研究」と題し、都市型コミュニティへの進出企業や商業施設に対し、コミュニティへの集客を図り他と差別化することでビジネスチャンスを創り出す技術、また都市型コミュニティ内で暮らしたり、働いたりあるいはそこへ訪れる人々の生活を便利で豊かにするための技術に関して、特に近年その普及が著しいインターネットやモバイル情報提供サービスについて、これらの技術の現状とその問題点について述べている。

 第3章は、「地域情報通信システムの提案」と題し、第2章で指摘した様々な問題点を解決するための地域情報の発信を可能にする地域情報通信システムを提案している。

 第4章は、「地域情報サービスにおけるコンテンツ」と題し、地域情報通信システムで取り扱う情報提供サービスにおけるサービスコンテンツについて、コンテンツの特質から上映情報と持ち帰り情報に階層化することを提案し、さらに持ち帰り情報の中で特にその取り扱いに特色のある電子クーポン、災害時の広報・情報収集支援および訪問者受付支援に焦点を当てて述べている。

 第5章は、「階層化サーバ構成による情報配信の円滑化」と題」情報配信を円滑にするために提案するシステムが採用している階層化サーバ構成について、分散化することで問題となるコンテンツの一貫性の問題とその解決方法としてのバージョンパラメータの導入によるコンテンツの更新差分情報管理について論じている。

 第6章は、「赤外線通信の改良による同時多発アクセス処理」と題し、同時多発する集中した情報取得アクセスを効率良く処理するために開発、実装した赤外線簡易放送型通信プロトコルについて、放送型通信を用いるに至った根拠ならびに現行の赤外線IrDA規格において放送型通信を実現する際の問題点を指摘し、開発したプロトコルの実効効率を実験的に評価している。また、開発したプロトコルを用いたコンテンツ配信についてその具体的方法を述べている。

 第7章は、「地域情報通信システム試作事例」と題し、提案した地域情報通信システムの様々な機能を検証するために開発した「チラシ配布システム」、「赤外線簡易放送型アプリケーション配信システム」、「展示会音声ガイドシステム」の3つの試作システムについて、それらの実験の概要と実験結果について述べ、本提案の有効性を検証している。

 第8章は、「結論と今後の課題」と題し、本論文の結論と本研究における今後の課題について要約して述べている。

 本論文は、今後大都市圏に誕生してくる大型都市再開発エリアのような不特定多数の人が集まるコミュニティで、進出企業や商業施設のビジネスチャンスを創出するともに域内の人々の生活や活動を豊かで便利にするための新しい情報提供方式のアーキテクチャを提案し、サービスコンテンツの具体例や情報配信を円滑にするための配信サーバの階層化構成を検討するとともに、同時多発する情報取得アクセスを効率良く処理するための赤外線による簡易放送型通信プロトコルの提案とその提案手法の有効性を確認するための実験的評価を行ったものであり、21世紀の大量情報消費時代における情報流通や情報配信技術の分野に寄与するところ大である。

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科における博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める.

UTokyo Repositoryリンク