学位論文要旨



No 115701
著者(漢字) 入江,寛
著者(英字)
著者(カナ) イリエ,ヒロシ
標題(和) ビスマス層状構造酸化物における強誘電物性の結晶構造依存性
標題(洋) Crystal Structure Dependence of Ferroelectric Properties in Bismuth Layer-Structured Oxides
報告番号 115701
報告番号 甲15701
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第4817号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 安井,至
内容要旨 要旨を表示する

 ビスマス層状構造酸化物強誘電体(BLSF)は、1942年に初めて合成されて以来、現在まで60種類以上が合成され、それらの誘電物性、強誘電物性、結晶構造解析など多くの研究が行われてきた。BLSFの一般式は(Bi202)2+(Am-1BmO3m+1)2-(ただし、A:Bi,Ba,Pb,Sr…、B:Ti,Ta,Nb,W…、m:BO6八面体数1〜5)で表され、酸化ビスマス層(Bi2O2)2+とペロブスカイト類似層(Am-1BmO3m+1)2-がc軸方向に交互に積層した層状結晶構造をもつ。BLSFでは、その層状構造に起因するa(b)軸方向とc軸方向の電気的異方性が報告されている。また、BLSFの強誘電性は、酸化ビスマス層Biイオンとペロブスカイト類似層中BO6八面体頂点Oイオンとの強い結合から生じるBO6八面体の回転により発現することが知られている。

 一方、半導体メモリとして、強誘電体薄膜を用いた強誘電体メモリ(FRAM)が盛んに研究され、BLSFはその疲労特性に優れることからFRAM材料として有望視されている。BLSFをFRAMとして実用化するためには、単結晶を用いて強誘電基礎物性を研究することは大変重要である。

 そこで本研究では、強誘電基礎物性としてドメインウォールの移動機構・分極反転速度・飽和ヒステリシス曲線(飽和残留分極値、飽和抗電界)を取り上げ、種々のBLSF単結晶を用いて、a(b)軸方向およびc軸方向に関して独立に強誘電物性を評価すると共に、それら強誘電物性と、強誘電性の起源と考えられているBO6八面体の数(m)との相関およびBO6八面体の回転に伴う原子変位との相関を考察した。さらに、FRAMとして実用化するためには残留分極値は大きく、抗電界は小さいものが望ましいが、そのようなBLSF材料設計の指針を得るため、残留分極値、抗電界を制御する方法を提案する。

 第1章では、研究背景と研究目的について述べた。

 第2章では、本研究で用いるBLSF単結晶PbBi2Nb2O9,Bi4Ti3O12,BaBi4Ti4O15,PbBi4Ti4O15,Ba2Bi4Ti5O18,Pb2Bi4Ti5O18を育成し、それらのキャラクタリゼーションを行った。放射光X線回折により得られた回折プロファイルに対してリートベルト解析を行うことにより単相であることを確認した。リートベルト解析により構成原子イオン位置、特に金属原子イオン位置を特定した。また、透明の結晶が得られたこと、背面反射ラウエ写真により対称性の高い回折スポットが得られたこと、偏光顕微鏡によりドメイン構造が観察されたことから単結晶であることを確認した。

 第3章では、得られたBLSF単結晶のa(b)軸方向の外部電界印加によるドメイン構造の変化およびドメインウォール移動の直接観察を行うと共に、分極反転速度を測定した。外部電界印加によるドメインウォール移動の直接観察を行うことにより、(1)BLSFの種類に依らずドメインウォールの移動機構は同様であること、つまりその移動機構は、ドメインウォールが電界印加方向に移動する‘Forward domain wall motion’であること、また、(2)BLSFの種類によりドメインウォールの移動速度が異なること、つまり、BO6八面体の数(m)が大きい程ドメインウォールの移動速度が大きいことが明らかとなった。

 以上の傍証を得るため、分極反転速度の測定を行った。その結果、(1)BLSFの種類に依らず分極反転速度vはc・exp(-a/E)の形で表されることが明らかとなった。vがc・exp(-a/E)の形で表されることは、ドメインウォールの移動が核生成により支配されることを意味し、その移動はForward domain wall motionであることを表す。また、(2)BLSFの種類により、つまりBO6八面体の数(m)が大きい程、分極反転速度vが大きいことが確認された。

(2)の理由については第4章で考察を行った。

 第4章では、得られたBLSF単結晶のa(b)軸方向およびc軸方向のヒステリシス曲線を測定した。第3章において、BQ6八面体の数(m)が大きい程ドメインウォール移動速度(分極反転速度)が大きいことが明らかとなった。ドメインウォール移動速度は、分極反転し易さの指標であり、ヒステリシス曲線における分極反転し易さの指標が抗電界であるため、BO6八面体の数(m)が大きい程抗電界が小さくなると予想される。

 ここでは、強誘電特性の本質理解のために、飽和ヒステリシス曲線を測定し、飽和抗電界・飽和残留分極を評価した。外部電界増加に伴い残留分極および抗電界も増加するが、最終的には飽和に至る。そのときの外部電界、抗電界および残留分極をそれぞれ最小飽和電界(Emo)、飽和抗電界(ECo)、飽和残留分極(Pro)と定義し、そのときのヒステリシス曲線を飽和ヒステリシス曲線と定義した。

 まず、a(b)軸方向の飽和ヒステリシス曲線の測定結果について言及する。

 Emo,ECoは、m数増大に伴い減少した。これは、第3章の結果と一致する。これは、BO6八面体の回転が強誘電性の起源と考えられており、BO6八面体はビスマス層から束縛を受けていると推定される。その数(m数)が大きい程受ける束縛力が弱まり、外部電界印加による分極反転が容易になり、Emo,ECoが小さくなったと考えられる。一方、Proはキュリー温度(Tc)が高いBLSF程大きくなった。これは、Tcが高いBLSF程、構成原子イオンの変位が大きく、そのため、Proが大きくなったと考えられる。

 次に、c軸方向であるが、m数が偶数の場合、ヒステリシス(強誘電性)は示さなかった。これは、mが偶数のときには鏡面が存在し、c軸方向の強誘電性を打ち消し合うためと考えられている。一方、m数が奇数の場合、鏡面が存在せず、強誘電性を完全には打ち消し合わないためヒステリシスを示すものの、a(b)軸方向と比較してProは小さい値を示す。また、Emo,Ecoもa(b)軸方向と比較して小さい。m数が奇数、Emo,Ecoとm、ProとTcはa(b)軸方向と同様の関係が得られた。

 第5章では、第4章で明らかとなった(1)mが大きいBLSFほど抗電界が小さい、(2)キュリー温度の高い(大きな原子変位をもつ)BLSFは残留分極が大きい、という結果をもとに、抗電界が小さいBaBi4Ti4O15(m=4)を選択し、原子置換による原子変位を制御することによって、残留分極の制御を試みた。ここでは、ペロブスカイト類似層BサイトイオンであるTi4+(0.745nm)と比較して小さなイオン半径をもつV5+(0.68nm)をTi4+サイトに一部置換することによって原子変位を増加する方法を検討した。比較のため、Ti4+より大きなNb5+(0.78nm),Ta5+(0.78nm)をTi4+サイトに一部置換することをも検討した。そこで、Ti4+サイトを一部V5+で置換したV-doped BBT、Ta5+で置換したTa-doped BBT、Nb5+で置換したNb-doped BBT単結晶をそれぞれ育成し、誘電物性、強誘電物性を評価した。

 リートベルト解析結果からV-doped BBTのTi,Vサイト変位がBBTのTiサイト変位より増大したことが明らかとなった。その結果、Tcが410℃から425℃に、Proが14.8μC/cm2から15.5μC/cm2に向上した。一方でTa(Nb)一doped BBTではTi,Ta(Nb)サイト変位が減少した。Teは410℃から292℃(312℃)に、Proは14.8μC/cm2から10.0μC/cm2(11.2μC/cm2)に低下した。Ecoに関してはV置換により32.0kV/cmから38.0kV/cmに増加し、Ta(Nb)置換により32.0kV/cmから23.9kV/cm(26.8kV/cm)に低下した。

 以上から、他原子イオン置換により原子イオン変位を制御し、残留分極・抗電界を制御できることを明らかにした。

 第6章では、報告例のないBa2恥Ti5O18単結晶の電気的異方性に関して報告した。比誘電率、導電率共にa(b)軸方向がc軸方向よりも大きな値を示した。これは、ビスマス層が常誘電相、絶縁相として働くためと考えられる。また、第4章で述べたようにa(b)軸方向がc軸方向よりも大きな強誘電特性を示した。Ba2恥Ti5O18に限らずBLSFの電気物性はビスマス層の影響を強く受け、大きな異方性が現れると考えられる。

 第7章では、本研究で得られた成果を総括した。

 BLSF単結晶a(b)軸方向,c軸方向の強誘電特性とBLSF構造との関係を評価し、(1)m数に依らずドメインウォール移動機構は同様で、‘Forward domain wall motion’である、(2)m数が大きいほどドメインウォール移動速度(分極反転速度)は大きく、抗電界は小さい、(3)Tcが高いほど原子変位が大きく、残留分極は大きい、(4)m数が大きく、孔が高いBLSFがRAM材料として有望視される、(5)他原子置換により原子変位を制御し、残留分極、抗電界を制御することが可能である、ことを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、層状結晶構造とそれに由来する異方性強誘電物性をもつビスマス層状構造酸化物強誘電体(BLSF)について、単結晶を用いて結晶軸方向ごとに独立して強誘電物性を評価するとともに、それらの強誘電物性と結晶構造との相関を考察したものであり、全七章から構成されている。第1章は序論であり、BLSFの結晶構造と強誘電性の特徴や応用など、研究背景について述べるとともに、本研究の意義および目的について記している。BLSFは酸化ビスマス層とペロブスカイト層からなるが、ペロブスカイト層中の酸素八面体の数mにより強誘電物性が大きく異なるため、その影響の解明が特に重要であることが述べられている。

 第2章では、本研究で用いたBLSFの単結晶の育成法を記すとともに、単結晶のキャラクタリゼーションの手法とそれにより得られた結果をまとめている。

 第3章では、BLSF単結晶の外部電界印加による強誘電性ドメイン構造の変化を直接観察し、分極反転機構を検討した結果を述べている。分極方向であるペロブスカイト層に平行なa(b)軸方向において、ドメインウォール移動を直接観察した結果から、(1)BLSFの種類によらずドメインウォールの移動機構は同様であり、その移動機構はドメインウォールが電界印加方向に移動する‘Forward domain wall motion’であること、また、(2)BLSFの種類によりドメインウォールの移動速度が異なることを見い出している。さらに、分極反転速度を電気的測定から求め、酸素八面体の数mが大きいBLSFほどドメインウォールの移動速度が大きいことを明らかにしている。

 第4章では、強誘電物性の特徴的な物性値である飽和残留分極値と飽和抗電界を、種々のBLSF単結晶について結晶軸方向ごとに求め、酸素八面体の数mおよび強誘電性相転移温度(キュリー温度)との相関を調べた結果を述べている。ペロブスカイト層に平行なa(b)軸方向での飽和残留分極値は、キュリー温度が高いBLSFほど大きいことを明らかにしている。キュリー温度が高いBLSFほど構成原子イオンの変位が大きく、そのため飽和残留分極値が大きくなったものと推定している。一方、飽和抗電界は、酸素八面体の数mの増大に伴い減少することを見い出している。BLSFでは酸素八面体の回転が強誘電性の起源と考えられており、この酸素八面体は酸化ビスマス層から束縛を受けている。酸素八面体の数mが大きいほど受ける束縛力が弱まり、外部電界印加による分極反転が容易になるために飽和抗電界が小さくなったものと考察している。ペロブスカイト層に垂直なc軸方向では、m数が偶数の場合には強誘電性を示さず、m数が奇数の場合にのみ強誘電性が現れることを確認している。これは、これまで予測されていた、mが偶数のときには結晶構造に鏡面が存在しc軸方向の強誘電性を打ち消し合うことを、初めて実験的に確かめたものである。m数が奇数のBLSFでは、飽和残留分極値とキュリー温度、および飽和抗電界とm数の関係は、a(b)軸方向と同様であることを確認している。

 第5章では、BaBi4Ti4O15(BBT:m=4)を対象として、原子置換により強誘電物性の制御を試みた結果を述べている。ペロブスカイト層のBサイトイオンであるTi4+を、Ti4+より小さなイオン半径をもつV5+、あるいは大きなイオン半径をもつNb5+,Ta5+により一部置換した単結晶を育成し、酸素八面体のほぼ中心に位置するBサイトイオンの変位および飽和残留分極値の変化を評価している。V置換したBBTのBサイト変位は無置換BBTのBサイト変位より増大しており、キュリー温度の上昇と残留分極値の増大が生じることを見い出している。一方、Ta置換およびNb置換したBBTでは、Bサイト変位が減少しており、キュリー温度の低下と残留分極値の減少が生じることを確認している。以上から、原子置換によってBサイトイオンの変位を増大させることにより、強誘電物性を向上できることを提示している。

 第6章では、これまで報告例のないBa2Bi4Ti5O18(BBT:m=5)単結晶の電気的異方性を調べた結果を述べている。酸化ビスマス層が常誘電相および絶縁相として働くため、比誘電率、導電率ともにA(b)軸方向においてc軸方向よりも大きな値を示すことを明らかにしている。また、他のBLSFと同様にa(b)軸方向においてc軸方向よりも大きな強誘電特性を示すことを確認している。他のBLSFとの比較から、BLSFの電気的異方性は酸化ビスマス層の存在とともにm数の影響を強く受けて発現することを明らかにしている。

 第7章では、本研究で得られた成果を総括している。

 以上、本論文は、ビスマス層状構造酸化物強誘電体の単結晶を用いて、分極反転機構を解明するとともに、強誘電物性と結晶構造との相関を明らかにし、強誘電物性の制御のための設計指針を示したものである。その結果は材料科学、固体化学の分野に重要な知見を与え、これらの分野の今後の発展に寄与するものと評価できる。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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