学位論文要旨



No 115703
著者(漢字)
著者(英字) Mohammad,Monobrullah
著者(カナ) ムハマド,モノブルーラ
標題(和) ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスめ生物学的防除への利用に関する研究
標題(洋) Studies on nucleopolyhedrovirus of common cutworm, Spodoptera litura as a biological control agent
報告番号 115703
報告番号 甲15703
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2193号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,昌男
 東京大学 教授 小林,正彦
 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 助教授 石川,幸男
内容要旨 要旨を表示する

 ハスモンヨトウガ(Spodoptera litura Fabricius,Lepidoptera:Noctuidae)は温帯の世界各地で大豆・キャベツ、トマト、タバコなどの多くの作物に被害をもたらしている多食性の鱗翅目昆虫である。化学農薬によって防除が行われているが、農薬に対する抵抗性の出現が問題となり、また化学農薬の使用低減化のためにも新たな防除手段が必要とされている。防除法の1つとして・昆虫ウイルスを用いる生物学的防除法は選択性や安全性などの点から期待が大きく、種々の昆虫一ウイルス系において研究され、実用化されているものもある。

 本研究の目的は、ハスモンヨトウを宿主とする核多角体病ウイルス(Spodoptera litura Nucleopolyherovirus:Baculoviridae)の生物学的防除剤としての利用を図るために、防除法への適用に必要な基礎的知見を得ることにある。すなわち、1)ウイルス感染が可能な幼虫発育時期および発育にともなう感受性の変化、2)宿主昆虫を用いたウイルス生産における、接種量、接種時期、接種後の回収時期などの最適化、3)散布におけるウイルス保護剤の利用とその感染増進作用の検定などを行い、本ウイルスの生物学的防除法への適用について考察した。

1.ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスに対する幼虫の感受性の発育にともなう変化

 ウイルスに対する宿主昆虫の発育にともなう感受性の変化は多くの昆虫ウイルスで報告されており、一般的には発育が進むほど感受性は低くなると考えられている。しかし、ウイルスや宿主の違いによって異なる場合もあることから、ハスモンヨトウ幼虫の発育段階による核多角体病ウイルスに対する感受性の変化について検討した。

 段階希釈した本ウイルスの多角体懸濁液を人工飼料に添加し、2齢から6齢幼虫に1日間摂食させ、その後正常飼料を与えて26℃、12L-2Dの光条件で保護し、発病状況を経日的に調査した。50%致死量(LD50)は2齢幼虫で2.24×102(多角体数/頭)、3齢8.06×102、4齢2・07×104・5齢5・19×105であった。この値から、2齢幼虫は3齢幼虫の3.5倍、4齢の92倍、5齢の2300倍、本ウイルスに対する感受性が高いと判断された。接種から致死までの遅速を示す50%致死時間(LT50)は各齢とも接種量が少ないほど長くなり、2齢で6.9-8.6日、3齢で7.2-9.8日、4齢で7.1-10.1日、5齢で9.3日と、幼虫の発育が進むほど長くなった。これらの結果から、発育にともない核多角体病ウイルスに対する幼虫の感受性は低下すること、すなわち抵抗性が増加することが明らかになった。このような各齢の感染性の差異は、生体重当りのLD50の比較でも認められ、幼虫体が大きくなることにより必要感染量が増加する、いわゆる希釈効果によるものだけではないことを考察した。

 艀化後11日を経過した最終齢である6齢幼虫では、最大の経口接種量(4.8×107/頭)でも感染が全く認められず、蝿化して成虫となった。しかし、6齢幼虫においてもウイルスを体腔内に注射すると感染が起こった。また4齢幼虫と6齢幼虫に多角体を経口的に投与し、投与3日後に中腸を摘出し、その磨砕液の感染性を4齢幼虫への経口接種で比較したところ、4齢幼虫の中腸磨砕液では感染が起こったものの、6齢幼虫の磨砕液では感染せず、6齢幼虫の中腸ではウイルスは増殖していないと判断された。これらのことから、最終齢幼虫の著しい抵抗性の出現は、ウイルスの体内伝播での抵抗性ではなく、摂取したウイルスが中腸細胞に感染するまでの過程での抵抗性機構の発現と考えられた。

 以上の結果より、ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスを防除剤として用いるには施用する幼虫の発育段階が重要であり、老齢幼虫では効果が期待されず、若齢幼虫への施用が必要であると考察された。

2.ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの幼虫における生産の最適化

 生物的防除剤としてウイルスを生産するには、生産量ならびにコストの点から宿主昆虫を用いて生産するのが現状の手段である。従って、宿主昆虫におけるウイルス増殖に関し、接種時期、接種量、接種後の回収時間などが最も効率的になるように生産量の点から最適化を試みた。

 幼虫の接種時期として艀化後7から10日齢の幼虫を選び、4.8×106多角体/頭を接種後、増殖した多角体量を比較した。その結果、7,8日齢の幼虫では増殖量が低く、10日齢では個体当たり最大の多角体量であったものの、感染をまぬがれる個体が多く認められた。従って、9日齢幼虫の使用が最もよいと考えられた。

 9日齢の幼虫を用いて、接種量を検討したところ、4.8×106多角体/頭でほとんどの個体で感染がおこり、1頭当り3.9×109の多角体生産が可能であった。

 次に・接種してから回収するまでの時間を検討した結果、8日後に4.4×109多角体/頭の最大値が得られた。しかし、半数の個体は死亡して体が崩壊しており、採取が困難であった。

一方・接種7日後の個体では4.0×10g/頭であったが92%の個体が回収可能であり、この点から回収時期は7日後が最も良いと判断された。さらに、致死近くの生存個体と致死個体を比較したところ・生存個体では多角体数は低いものの、個体の回収割合は高かった。また、致死個体では細菌の繁殖が著しいが、生存個体からの回収物では細菌数が低い傾向にあった。

 以上から・ハスモンヨトウ幼虫を用いた核多角体病ウイルスの増殖においては、多角体4.8×106/頭を艀化後9日齢の幼虫に投与し、7日後に致死直前の個体を回収するのが最も良いと結論された。

3.補助剤によるウイルス活性の保護と感染増強作用

 核多角体病ウイルスを野外散布する場合に最も問題となるのは、ウイルス活性が紫外線などにより不活化することにある。不活化を防ぐ目的で補助剤の開発が行なわれてきたが、近年、洗剤に添加する、紫外線を吸収する増白剤に保護作用が高いこと、さらに増白剤の中には、核多角体病ウイルスの宿主への感染価を高める作用を示すものがあることが報告された。これらの作用についてはウイルスによって異なる結果も得られていることから、ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスにおける作用について検証した。

 1%濃度でBlankophor-BBH、-RKH、Tinopal LPWなどの増白剤と多角体懸濁液とを混合し、紫外線ランプ下で1時間放置し、生物検定によってウイルス活性を調査した。その結果、いずれの増白剤にもウイルス活性の保護作用が認められ、紫外線照射後の残存活性は対照では19%であるのに対し、増白剤混合条件では32-89%であった。

 次に、多角体と1%濃度の増白剤を混合して、紫外線照射なしに幼虫に経口投与して感染価を調べると、5種の増白剤に感染増進作用が存在した。すなわち、増白剤によってLD50が低下し、5.5-11倍に感染価が高まっていた。2%までの濃度の範囲では、増白剤の濃度上昇とともに致死率が高まる傾向にあった。また、致死時間LT50についても、対照と比べ24-27%短縮した。さらに、4.8×107/頭の経口投与では感染が認められなかった老熟幼虫の場合にも、増白剤と混合して与えると、31%の個体に多角体病が発生した。

 多角体を増白剤と混合後に、多角体を蒸留水で洗浄して投与した場合には感染増進作用はみられないことから、作用は増白剤が多角体に物理的あるいは化学的に作用した結果ではなく、消化管内でウイルスが中腸細胞に侵入する過程で作用すると考察された。

 以上の結果をもとに、ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの生物的防除剤としての可能性と問題点を考察した。本ウイルスに対しては、幼虫の発育時期によって感染性が異なり、とくに最終齢幼虫では多角体を摂取させることによって感染させることは不可能であった。従って、施用を若齢期に行なうことが重要となる。この際、若齢幼虫は作物の下部、葉裏面を摂食することから、散布方法について考案していく必要があると判断された。また、増白剤を補助剤とすることは、紫外線によるウイルスの不活化を防ぐとともに、感染価を高め、さらに老熟幼虫への感染も可能になるなど、本ウイルスにおいては有効な手法となることが期待され右防除剤としてウイルスを生産させる際の接種量、接種時期の最適化をしたが、とくに回収時期が重要であり、致死直前の個体の回収が、収量を高める点とともに、細菌類の混入を低減するために重要であると判断された。以上から、本ウイルスは生物防除剤として有用と結論したが、実用に際しては、今後野外実験による有効性の検証、生産コストなどを追及する必要があると考察した。

 以上要するに、本研究はハスモンヨトウ核多角体病ウイルスを生物防除法へ利用する際の基礎的知見を明らかにし、適用の可能性を論じたものである。

審査要旨 要旨を表示する

 ハスモンヨトウガ(Spodoptera litura)は世界各地で大豆、キャベツなどの作物に被害をもたらす多食性の害虫である。化学農薬による防除が行われているが、抵抗性の出現が問題となり、また化学農薬の使用低減化のためにも新たな防除手段が必要とされている。昆虫ウイルスを用いる生物学的防除法は選択性や安全性などの点から期待が大きく、本研究はハスモンヨトウを宿主とする核多角体病ウイルスの生物学的防除剤としての利用を図るために必要な基礎的研究を行ったものである。

 1.ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスに対する幼虫の感受性の発育にともなう変化

 2齢から6齢幼虫において、本ウイルスの多角体を経口接種し、発病状況の差異を調査した。50%致死量は幼虫齢が進むにともない増加し、若齢幼虫ほど感受性であった。50%致死時間は各齢とも接種量が少ないほど長くなり、一方、幼虫の発育が進むほど長くなった。これらの結果から、発育にともない本ウイルスに対する幼虫の感受性は低下すること、すなわち抵抗性が増加することが明らかになった。また、最終齢である6齢幼虫では、最大の接種量でも感染が全く認められなかった。しかし、6齢幼虫でもウイルスを体腔内に注射すると感染が起こること、また消化管細胞への感染の検討から、老齢幼虫の抵抗性は、ウイルスの体内伝播での抵抗性ではなく、ウイルスが中腸細胞に感染する過程での抵抗性の発現と考えられた。これらの結果より、本ウイルスを防除剤として用いるには、施用する幼虫の発育段階が重要であり、老齢幼虫では効果が期待されず、若齢幼虫への施用が必要であると考察した。

 2.ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの幼虫における生産の最適化

 接種時期として艀化後7から10日齢の幼虫について比較した結果、多角体増殖量ならびに感染率から9日齢幼虫への接種が最適と考えられた。接種量は、4.8×106多角体/頭で大多数の個体で感染がおこり、1頭当り3.9×109の多角体生産が可能であった。回収時間については、接種8日後に増殖の最大値が得られたが、半数の個体は体が崩壊して採取が困難であった。一方、7日後では92%の個体が回収可能であり、回収時期は7日後が最適と判断した。さらに、致死近くの生存個体と致死個体を比較したところ、生存個体では多角体数は低いものの、個体の回収割合は高く、また回収物の細菌数が低い傾向にあった。以上から、ハスモンヨトウ幼虫を用いた本ウイルスの増殖においては、多角体4.8×106/頭を艀化後9日齢の幼虫に投与し、7日後に致死直前の個体を回収するのが最も良いと結論した。

 3.補助剤によるウイルス活性の保護と感染増強作用

 昆虫ウイルスを野外散布する際に、紫外線による不活化を防ぐ目的の散布補助剤として、洗剤に添加する増白剤が近年注目されていることから、本ウイルスにおける作用について検証した。数種の増白剤と多角体を混合し、紫外線ランプ下でのウイルス不活化を調べた結果、いずれの増白剤にもウイルス活性の保護作用が認められた。次に、増白剤と混合接種して感染価を調べた結果、5種の増白剤に感染増進作用が認められ、5.5-11倍に感染価が高まり、致死時間についても対照と比べ25%程度短縮した。さらに、経口投与では感染が認められなかった6齢幼虫の場合にも、増白剤と混合して与えると、31%の個体に本病が発生した。増白剤の作用は、多角体に作用した結果ではなく、消化管内でウイルスが中腸細胞に侵入する過程での作用と考察した。

 以上の結果をもとに、ハスモンヨトウ核多角体病ウイルスの生物学的防除剤としての可能性と問題点を考察した。本ウイルスは、幼虫の発育時期によって感染性が低下し、とくに終齢幼虫では経口感染しなかった。従って、施用を若齢期に行なうことが重要となる。また、洗剤増白剤を補助剤とすることは、紫外線によるウイルスの不活化を防ぐとともに、感染価を高め、さらに老熟幼虫への感染も可能になるなど、本ウイルスにおいては有効な手段となると期待された。ウイルスを生産する際の接種量、接種時期の最適化をしたが、とくに回収時期が重要であり、致死直前の個体の回収が、収量とともに細菌類の混入を低減するのに重要と判断した。以上から、本ウイルスは生物学的防除剤として有用と結論したが、今後野外実験による有効性の検証、生産コストなどを追及する必要があると考察した。

 以上要するに、本研究はハスモンヨトウ核多角体病ウイルスを生物学的防除法へ利用する際の基礎的知見を明らかにし、適用の可能性を論じたものであり、学術応用上寄与するところが大きい。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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