学位論文要旨



No 115706
著者(漢字)
著者(英字) Widada,Jaka
著者(カナ) ウィダダ,ジャカ
標題(和) 芳香族炭化水素資化菌およびその代謝系遺伝子の解析とバイオレメディエーションに向けたモニタリング技術の開発
標題(洋) Identification and monitoring of aromatic hydrocarbon-degrading bacteria and their catabolic genes for use in bioremediation
報告番号 115706
報告番号 甲15706
学位授与日 2000.09.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2196号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 助教授 西山,雅也
 東京大学 講師 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 Polychlorinated dibenzo-p-dioxin(PCDD)及びPolychlorinated dibenzofuran(PCDF)による広範囲な環境汚染は現在深刻な社会問題となっている。既にdibenzo-p-dioxin(DD)やその類縁化合物であるdibenzofuran(DF)、carbazole(CAR)を分解できる細菌が単離されており、そのうちのいくつかは塩素置換数の少ないダイオキシン類を分解できることが明らかとなっている。

 Pseudomonas sp.CA10株はCAR分解菌として活性汚泥より単離され、CAR分解に関わる酵素、およびそれらをコードする遺伝子について解析が行われてきた。CARの初発酸化酵素であるcarbazole 1,9a-dioxygenase(CARDO)のterminal oxygenaseの推定アミノ酸配列は、既知のterminal oxygenaseと相同性が低く(12-39%)、CARDOが新規性の高いoxygenaseであることが明らかにされている。一方、CARDOはCARのみならず1および2塩素化DF・DDも同様に酸化分解できることが確認されており、ダイオキシン類に汚染された土壌の修復に有用なtoolとなることが期待されている。

 CA10株を用いたbioaugmentationを実用化するにあたり、土壌中に存在するCA10株やCARD・のterminal oxygenaseをコードするcarAa遺伝子をモニタリングする技術の開発は、分解活性の高い環境条件を検討する上で必須である。また、CAR分解菌を用いたbioaugmentationの基礎的知見として、car遺伝子の自然界での分布状況を知ることも重要である。そこで本研究では、(1)CA10株およびcarAa遺伝子のモニタリング技術の開発;(2)CARおよび塩素化ダイオキシン汚染土壌のCA10株による浄化の検討;(3)自然界におけるcarAa遺伝子の分布状況の解析、を行った。

 一方、PAHによる環境汚染も深刻な問題であり、bioaugmentationによる浄化が期待されている。PAH分解菌の分布と基質特異性等の分解特性の解明は、bioaugmentationを考える上で極めて重要であることから、(4)自然界に存在するPAH分解系遺伝子の分布状況の解析、についても研究課題とした。

1.CA10株およびcarAaのモニタリング技術の開発

 土壌中に存在するcarAaを正確に定量する目的で、TaqManプローブを導入した競合PCR法を開発した。標的template DNAとG+C含量、長さが等しく、かつ同じプライマー結合配列を有する競合template DNAをデザインした後、それぞれに特異的にアニールする2種のTaqManプローブと共にPCR反応を行った。各TaqManプローブが5'nuclease活性により分解を受けることで生じる蛍光をABI PRISM 7700 sequence detection systemで検出することで、標的template DNAのコピー数の定量を行った。既知濃度のcarAaをtemplateDNAに用いて検量線を作成した結果、102〜107コピー数/tubeの範囲で定量が可能であることが示され、本PCR法が土壌中の特定遺伝子のモニタリングに適していることが確認された。

 さらに土壌中で生育するCA10株の菌数を計測する目的で、green fluorescent protein(gfp)遺伝子をCA10株ゲノムへ導入し、gfp遺伝子を安定に保持し、生育やCAR分解に欠損を持たない変異株も構築した。

2. CA10株によるCAR、あるいは塩素化ダイオキシン汚染土壌の浄化の検討

 CAR、あるいはPCDDのモデルとしての2,3-dichlorodibenzo-p-dioxin(2,3.DCDD)を含むモデル汚染土にCA10株を接種し、土壌中のCA10株の菌数と、carAaの消長の動向を1.の方法を用いてモニタリングした。貧栄養の能勢マサ土を用いたCAR汚染土壌の場合、CA10株の菌数は3日で108から101まで低下したが、高栄養の能勢マサ畑土を用いた場合、21日目まで接種時の菌数が維持されていた。これらの結果より、bioaugmentationの効率化には土壌の栄養度が重要であることが示唆された。さらに能勢マサ畑土を用いたCAR汚染土(添加濃度1・・PPm)では、非接種土壌では1 PPm以下まで減少するのに21日間を要したのに対し、接種土壌では7日間でCARの除去が確認された。また菌添加後5日間まではcarAaのコピー数はCA10株の菌数とよく一致したが、それ以降は菌数の低下と反してコピー数の減少は確認されなかった。この結果よりCA10株の死滅後もcarAa遺伝子が土壌に残存していることが推測された。また2,3-DCDD汚染土(1 PPm)を用いた分解実験では、菌数、carAa遺伝子ともに接種時の濃度を14日間維持し、44-58%の分解が確認された(FIG,1)。さらに2日毎にCA10株を追接種することでほぼ100%まで分解されることが確認され(FIG,1)、CA10株によるbioaugmentationがPCDDにも有効であることが示された。

3.自然界におけるcarA遺伝子分布の解析

 自然界でのcarAa遺伝子の分布を検討する目的で、計30株のCAR資化菌を土壌(3種)、活性汚泥(7種)、河川水(10種)および河川底土(10種)より単離した。各菌株の16S rDNA断片の制限酵素解析から、30株は19種の遺伝子型に分類することができた。そのうち11株について、16S rDNA配列を決定した結果、Frateur属(1種),Agrobacterium属(1種),Pantoea属(1種),Enterobacter属(1種),Stenotrophomonas属(1種),Sphigomonas属(1種),Acidovorac属(1種),Pseudomonas属(5種)であることが確認され、多様な属のCAR分解菌が自然界に広く分布していることが推測された。また約90%(19/21株)の菌株がDDを共酸化し、そのうちの4株は2,3-DCDDも共酸化することが明らかとなり、CAR分解菌の多くはダイオキシン類に対する分解力も有している可能性が示唆された。サザン解析、PCRの結果から約43%(13/30株)の菌株でcarAa-like遺伝子の保持が確認され、さらにシーケンス解析によりそれらがcarAaと93-99%の高い相同性を有することも明らかとなった(FIG2)。さらに詳細なサザン解析により、それら遺伝子はCA10株のcar gene clusterとは異なる構造を取っており、さらに約62%(8/13株)において自己伝達性メガプラスミド上に局在していることが明らかとなった。これらの結果よりcar遺伝子は、自己伝達性プラスミドを介して多様な属の細菌種に転移することで比較的広範囲に分布している可能性が考えられた。

4. 自然界におけるPAH分解系遺伝子の分布の解析

 3.と同様の手法を用いてPAH代謝系遺伝子の自然界での分布を検討した。PAH分解菌(日本、タイ、インドネシア、クエートの土壌より単離したナフタレン資化菌5株、フェナントレン資化菌14株)のうち8株について16SrDNA配列を決定した結果、それぞれSphingomonas属(1種)Burkholderia属(5種),Comamonas属(1種),Pseudomonas属(1種)であることが明らかとなった。既知のPAH分解系遺伝子であるPhnAc(Burkholderia sp.RPOO7株)およびpahA(Pseudomonas putida 0US82株)をプローブとしたサザン解析の結果、19株のPAH資化菌のうち6株でphnAcとの有意なハイプリダイゼーションが確認されたが、pahAではいずれの株でも確認されなかった。さらに、phnAc-like遺伝子を保持する菌株は全てBurkholderia sp.に属しており、同PAH分解系遺伝子はBurkholderia属細菌に特異的に分布している可能性が示された。また、半数以上の菌株ゲノムが既知のPAH分解系遺伝子とハイプリダイゼーションを示さなかったことから・未知のPAH分解系遺伝子が自然界に多く存在していることが推測された。

総括と展望

 本研究ではCA10株を用いたbioaugmentationのための基礎研究として、分解菌と分解系遺伝子のモニタリング技術を開発した。確立した手法を用いて、2種の能勢マサ土を対象としたCARもしくは2,3-DCDD分解実験を行った結果、分解菌の生育さらには分解活性の維持には土壌の栄養度が大きく栄養することが確認された。また、分解菌死滅後も分解系遺伝子はしばらく土壌に残存することが明らかとなった。難分解性物質による汚染は、土壌、水圏など様々な環境に広がっており、今後はさらに多様な環境条件を想定した実験を行う必要がある。また実際の汚染地域では複数の難分解性物質により汚染されていることが殆どであるため、複数種の分解菌を添加したbioaugmentationについても興味が持たれる。今後は複数の菌株や遺伝子を同時にモニタリングする技術も開発が重要である。

 一方、car遺伝子の自然界での分布を調べる目的で、複数のCAR分解菌について解析を行った結果、car遺伝子がプラスミドを介して異種微生物間を転移している可能性が示された。これらCAR分解菌のcar-like遺伝子を分子レベルで解析することで、従来想像の域を出なかった芳香族化合物分解系オペロンの進化過程について、より具体的かつ詳細に解析することができるものと期待される。

FIG. 1. Survival and metabolic activity of strain CA10 in 2,3-DCDD contaminated soil

FIG. 2. Dendrogram based on a comparison of 810 bp of nucleotide sequence from genes encoding the terminal carbazole dioxygenase. The unrooed tree is rooting using CarAa from strain J3 as an out group. Bootstrap value greater than 50% are indicated. The tree was constructed using the Clustal W and was visualized using the Tree View program. The bar indicates a Jukes-Cantor distance of 0.01.

審査要旨 要旨を表示する

 カルバゾール(CAR)分解菌Pseudomonas sp.CA10株のCAR初発酸化酵素であるcarbazole1.9a-dioxygenase(CARDO)はCARのみならず1および2塩素化ジベンゾフラン(PCDF)、ダイオキシン(PCDD)に対しても酸化活性を有しており、汚染土壌の修復に有効であると期待される。CA10株を用いたbioaugmentationの実用化にあたり、本論文では(1)CA10株およびcarAaのモニタリング技術の開発;(2)CARおよびPCDD汚染土壌のCA10株による浄化の検討;(3)自然界におけるcarAaの分布状況の解析、を行った。一方、多環芳香族化合物(PAH)による環境汚染も深刻な問題であるため、bioaugmentationのための基礎研究として、(4)自然界に存在するPAH分解系遺伝子の分布状況の解析、も行った。

 第1章は、研究の背景と目的を述べた緒論から構成されている。

 第2章では、CA10株およびcarAaのモニタリング技術の開発について述べられている。土壌中に存在するcarAaを定量する目的で、TaqManプローブを導入した競合PCR法を開発した。既知濃度のcarAaを用いて検量した結果、102〜107コピー数/tubeの範囲で定量が可能であり、本PCR法が特定遺伝子のモニタリングに適していることが確認された。さらに土壌中で生育するCA10株を計測する目的で、green fluorescent protein(gfp)遺伝子を安定に保持する変異株も構築した。

 第3章では、CA10株によるCAR、あるいはPCDD汚染土壌の浄化の検討について述べられている。能勢マサ土と能勢マサ畑土を用いてCARモデル汚染土を調製し、分解を追跡した結果、より高栄養の能勢マサ畑土において菌数の長期にわたる維持や速やかなCAR分解が観察され、bioaugmentationの効率化には土壌の栄養度が重要であることが示唆された。また菌接種7日目以降では、菌数の低下と反してcarAa遺伝子のコピー数の減少は観察されず、菌死滅後も同遺伝子が土壌に残存することが示唆された。

2,3-DCDD汚染土(1ppm)の分解実験では、2日毎に菌を追接種することで約100%まで分解され、CA10株によるbioaugmentationがPCDDにも有効であることが示された。

 第4章では、自然界におけるcarA遺伝子分布の解析について述べられている。30株のCAR資化菌を自然界の多様なsiteから単離し、16S rDNA配列決定の結果、Agrobacterium属、Enterobacter属、Sphigomonas属、Pseudomonas属等であることが確認され、多様な属のCAR分解菌が自然界に存在することが示された。また約90%(19/21株)の菌株がDDを共酸化し、そのうちの4株は2,3-DCDDも共酸化することが明らかとなり、CAR分解菌の多くはDDも共酸化することが示めされた。PCR、サザン解析より約43%(13/30株)の菌株がcarAa-like遺伝子を保持しており、それらはcarAaと93-99%の高い相同性を有することも明らかとなった。さらに約62%(8/13株)でcarAa-like遺伝子が自己伝達性メガプラスミド上に局在していることが明らかとなり、car遺伝子が多様な細菌種に転移している可能性が考えられた。

 第5章では、自然界におけるPAH分解系遺伝子の分布の解析について述べられている。日本、タイ、インドネシア、クウェート土壌より単離した19種のPAH分解菌のうち8株について、既知のPAH分解系遺伝子phnAc(Burkholderia sp.RPOO7株)およびpahA(Pseudomonas putida OUS82株)をプローブとしてサザン解析した結果、約32%(6/19)でphnAcとの有意なハイブリダイゼーションが確認されたが、pahAではいずれの株でも確認されなかった。半数以上の菌株ゲノムが既知遺伝子と有意な相同性を示さなかったことから、未知のPAH分解系遺伝子が自然界に多く存在していることが推測された。

 以上、本論文はCA10株を用いたbioaugmentationのための基礎研究として、CA10株のモニタリング法を確立するとともに、それをモデル汚染土を用いた分解実験に適用し、分解力と分解菌(遺伝子)の消長の相関を明らかにした。さらに自然界に多様なCAR分解菌が存在することを示すとともに、car遺伝子が自己伝達性プラスミドを介して多様な細菌種に転移している可能性も示した。この様に本論文は学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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