学位論文要旨



No 115709
著者(漢字) 小越,直人
著者(英字)
著者(カナ) コゴシ,ナオト
標題(和) グルコシダーゼ阻害活性を有する複素環化合物の合成研
標題(洋)
報告番号 115709
報告番号 甲15709
学位授与日 2000.10.02
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2197号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 糖類似の構造を有する糖質加水分解酵素(グリコシダーゼ)阻害物質はNojirimycin,Castanospermine,Swainsonine,Kifunensineなど微生物・植物から多数単離されており,新規阻害剤の設計・合成の例も数多く知られている。これらの化合物には糖尿病・ウィルス感染症・ガンなどに対する医薬としての応用のみならず、オリゴ糖鎖の生体内での機能を研究するプローブとしての役割も重要視され、近年盛んに研究されている。筆者は糖蛋白質生合成に関わるプロセシンググルコシダーゼの阻害剤に焦点を合わせ、細胞レベルでも有効な新規阻害剤の創製を目的としてNojirimycin,Nojirimycinの5位エピマー、及びそれらのO-アルキル誘導体、Nectrisineの非天然立体異性体、さらにA-76202及び関連化合物を合成し、これらの生理活性を検討することとして以下の研究を行った。

第一章 Nojirimycin及びその誘導体類の合成

 Nojirimycin1aはStreptomyces属放線菌より抗生物質として単離された化合物で、D-グルコピラノースのアナログ構造を有し、α-およびβ-グルコシダーゼの強力な阻害剤である。1aの合成例はこれまでに多数報告されているが、筆者は膜透過性の向上を期待して疎水性アルキル側鎖を導入した誘導体1b-e及び共通中間体から導かれる5位のエピマー2a,bも合成した。

 D-グルクロノ-6,3-ラクトン3を原料とし、5位水酸基に立体特異的に窒素置換基を導入して目的物に導くこととした。3をイソプロピリデン保護、5位水酸基をトシル化して4とし、臭化マグネシウムエーテラートを用いた置換反応により立体の反転したブロマイド5を定量的に得た。ラクトンを還元してジオールとした後、1級水酸基を選択的にメトキシメチル保護、ブロマイドをアジドで置換して6a、さらに残る水酸基をアルキルエーテル化して6b-eを得、6a-eのアジドの還元、酸触媒による水酸基の脱保護を経て1a-eを合成した。また4のラクトン部分をそのまま還元して同様の過程を経ることにより1a,bの5位エピマーすなわちL-ido-異性体を1,6-アンヒドロ体2a,bとして得た。これら合成した化合物を生物活性試験に供してその阻害活性を明らかにした。

第二章Nectrisineの非天然型立体異性の合成

 Nectrisine7は1988年に真菌類Nectria lucidaF-4490より免疫活性化物質として単離されたα-グルコシダーゼ及びα-マンノシダーゼの強力な阻害剤である。7は細胞レベルでもプロセシンググルコシダーゼを強力に阻害する点で注目されるが、さらに酵素特異性を高めることができればより有用であると考えられる。筆者は7のイミノ結合が還元された構造を有するDAB-19及び9の対掌体LAB-1 10が両者ともに7と比較して弱いながらもプロセシンググルコシダーゼ阻害活性を有し、かつ10が9と異なりマンノシダーゼを阻害しないことから7の立体異性体8,8'がいかなる活性を有するかに興味を持ち、その合成を行った。

 ジアセトン-D-グルコース 11を原料とし、1炭素減炭した13を調製した。さらに数工程でメチルフラノシド14とし、14を酸触媒でジチオアセタールとして開環しジオール15を得た。15の1級水酸基を選択的にシリル保護した後、塩化メシルを加えて16とした。16のシリル基・ジチオアセタールを脱保護してメチルピラノシド17とした後置換反応でアジド18に変換し、アジドの接触還元、ベンジルエーテルの脱保護、メチルグリコシド結合の開裂を経て8を合成した。

 既知の方法を用いてL-アラビノース19からアルコール20を調製しSN2置換反応で窒素官能基を導入して21とした。21の脱保護によりNectrisineD-Xylo-異性体8'を合成した。これら合成した化合物を生物活性試験に供してその阻害活性を明らかにした。

第三章A-76202及び関連化合物の合成

 A-76202 22 は1997年に放線菌より単離・構造決定されたプロセシンググルコシダーゼに対し選択性の高い阻害剤である。しかし酵素レベルでは高度な活性を有するものの細胞レベルでは活性が弱く、この点を改善するため構造類似化合物を各種合成し構造一活性相関を調べることとした。

 既知の方法で得られるイソフラボン誘導体23を1当量の水酸化リチウムでケン化したところ、カルボニル基の電気吸引効果の為より電子密度の低い7位水酸基のエステルのみがだつ保護された24が選択的に得られた。24に対してグリコシルトリクロロアセトイミデートをグリコシル供与体としルイス酸を触媒に用いたグリコシル化反応を行ったところ、目的とする26及びベンゾイル基が転移した後にグリコシル化されたと思われる生成物27が収率よく得られた。

 26の脱保護により目的とするA-76202 22 を得た。

 同様にしてA-76202の各種構造類縁体9種類を合成し、生物活性試験に供与した。

 以上著者はより高活性なプロセシンググルコシダーゼ阻害剤の創製を目的として各種阻害剤の合成を行い生物活性試験に供与した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はグルコシダーゼ阻害剤に関する有機化学的研究に関するもので三章よりなる.著者は有機合成化学の手法を用いて、より高い酵素阻害活性をもつ阻害剤の開発を目的とし各種阻害剤 及びその構造類縁体の合成研究を行った。

 第一章においてはStreptomyces属放線菌が産生するNojirimycin 1及びその誘導体類の合成研究について述べている。

 D-グルクロノ-6,3-ラクトン3を原料とし、イソプロピリデン保護、5位水酸基をトシル化して4とし、臭化マグネシウムエーテラートを用いた置換反応により立体の反転したブロマイド5を定量的に得た。ラクトンを還元してジオールとした後、1級水酸基を選択的にメトキシメチル保護、ブロマイドをアジドで置換して6a、さらに残る水酸基をアルキルエーテル化して6b-eを得、6a-eのアジドの還元、酸触媒による水酸基の脱保護を経て1a-eを合成した。また4のラクトン部分をそのまま還元して同様の過程を経ることにより1a,bの5位エピマーすなわちL-ido-異性体を1,6-アンヒドロ体2a,bとして得た。これら合成した化合物を生物活性試験に供してその阻害活性を明らかにした。

 第二章においてはNectria lucida F-4490の産生するNectrisine 7の非天然型立体異性体8,8'の合成研究について述べている。

 ジアセトン-D-グルコース11を原料とし、1炭素減炭した13を調製した。さらに数工程でメチルフラノシド14とし、14を酸触媒でジチオアセタールとして開環しジオール15を得た。15の1級水酸基を選択的にシリル保護した後、塩化メシルを加えて16とした。16のシリル基・ジチオアセタールを脱保護してメチルピラノシド17とした後置換反応でアジド18に変換し、アジドの接触還元、ベンジルエーテルの脱保護、メチルグリコシド結合の開裂を経て8を合成した。

 一方既知の方法を用いてL-アラビノース19からアルコール20を調製し、SN2置換反応で窒素官能基を導入して21とした。21の脱保護によりNectrisine D-Xylo-異性体8'を合成した。これら合成した化合物を生物活性試験に供して、その阻害活性を明らかにした。

 第三章ではイソフラボン配糖体構造を有するグルコシダーゼ阻害物質A-76202 22及び関連化合物の合成について述べている。

 イソフラボン誘導体23を1当量の水酸化リチウムでケン化し、7位水酸基のエステルのみが脱保護された24を選択的に得た。24に対してグリコシルトリクロロアセトイミデートをグリコシル供与体としルイス酸を触媒に用いたグリコシル化反応を行い、目的とする26を収率よく得た。

 26の脱保護により目的とするA-76202 22を得た。

 同様にしてA-76202の各種構造類縁体9種類を合成した。

 以上本論文は、グルコシダーゼ阻害物質の合成研究に関するものであり、著者は各種阻害剤及びその構造類縁体を合成し酵素阻害活性試験に供与した。本研究はグルコシダーゼ阻害剤の新規合成法を開発し、構造-活性相関に関する新しい知見をもたらしたものであり学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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