学位論文要旨



No 115717
著者(漢字) 韓,美京
著者(英字)
著者(カナ) ハン,ミキョン
標題(和) 製品アーキテクチャー特性と効果的製品開発パターン : 自動車部品のケース
標題(洋)
報告番号 115717
報告番号 甲15717
学位授与日 2000.10.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第142号
研究科 経済学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 工藤,章
 東京大学 教授 中村,圭介
 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 教授 高橋,伸夫
 東京大学 助教授 新宅,純二郎
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は,製品のアーキテクチャー特性と効果的な製品開発パターン間の適合関係と両者間の相互適応プロセスを,自動車部品の開発に関する実証分析を通じて明らかにすることである.このような研究目的を達成していくために,第1章で二つの研究課題を設定した.第一の研究課題は,製品のアーキテクチャー特性と製品開発パターン間の適合関係は製品によってどのように異なるのかを究明することであった.次に,第二の研究課題は,製品のアーキテクチャー特性と製品開発パターン間の相互適応プロセスが製品によってどのように異なるのかを究明し,その適応プロセスに影響を与える要因が何であるかを究明することであった.こうした研究課題に答えるために,本論文では,エアコンとラジエータというアーキテクチャー特性の異なる二つの製品を取り上げ,前者を外的及び内的相互依存性が高い製品として,後者を外的及び内的相互依存性の低い製品として位置づけた.

 続いて第2章では,既存研究に対して本論文の研究がもつ意味を探るために,既存研究を考察した.そこでは,企業間調整メカニズムと関連してはサプライヤーマネジメント分野に関する既存研究を考察した上,既存研究が,承認図部品の中でも部品のアーキテクチャー特性によって,企業間調整メカニズムが異なりうり,しかもそのメカニズムが形成されてきた経路が異なりうることについては十分に検討してこなかったことを指摘した.また,企業内調整メカニズムと関連しては製品開発マネジメント分野に関する既存研究を考察した上,既存研究の中には企業の製品開発プロセスまで立ち入ってその内容を明らかにした研究がほとんど見られないことと,製品開発の各段階をオーバーラップさせながらも各部門間の調整のあり方が異なりうることを指摘した.

 そして,本論文での研究課題を分析するための分析概念及び分析枠組を提示した.つまり,製品アーキテクチャー特性の具体的な概念として「外的相互依存性」及び「内的相互依存性」を,製品開発パターンの具体的な内容として「企業間調整メカニズム」及び「企業内調整メカニズム」を取り上げ,それらの要素間の適合関係や相互適応プロセスを示す分析枠組みを提示した.その上,本論文の分析レベルについても簡単に言及した.

 こうした分析のための手立てをした上で,第3章及び第4章では,P1社の事例に基づいて,エアコンとラジエータの開発における企業間調整メカニズムの現状と,外的相互依存性及び企業間調整メカニズムの変化プロセスを検討した.その結果,二つの部品間には異なる企業間調整メカニズムの現状及び変化プロセスが存在していることが明らかにされた.

 その内容を具体的に述べると,まず,企業間調整メカニズムの現状においては,外的相互依存性の高いエアコンの場合は,Pl社は完成車メーカーCl社にゲストエンジニアを派遣したり,Cl社内に分室を設置したりして,自社のエンジニアとC1社のエンジニアとのコミュニケーションを強化し,相互依存性の問題に柔軟に対応できる強い調整メカニズムを構築している.それに対して,外的相互依存性の低いラジエータの場合は,P1社と完成車メーカーC1社はラジエータと最も関わりの深いエンジンとのインターフェースを事前に標準化しておくことによって,開発の各段階であまり相互調整を行わず,相互独立的に開発を進めている.また,設計図面のやりとりはほとんど3次元CADを通じて行われている.

 次に,部品の外的相互依存性と企業間調整メカニズムの変化においては,エアコンの場合は,Pl社は製品の外的相互依存性の変更はあまり行わず,Cl社との調整メカニズムを強化しながら,完成車との高い相互依存性という問題に柔軟に対応できる企業間調整メカニズムを構築してきた.これに対して,ラジエータの場合は,企業間調整メカニズムの変更よりは部品の外的相互依存性を変化させてきたが,具体的にはラジエータとエンジン間のインターフェースを徹底的に標準化し,さらにラジエータの統合化を促進させてきたのである.

 第5章と第6章では,二つの部品の開発における内的相互依存性と企業内調整メカニズム間の適合関係について検討した.その結果,二つの部品における適合関係は対照的であることが示された.つまり,エアコンの場合は,高い内的相互依存性を持っているため,強い企業内調整メカニズムが採用されているのに対して,ラジエータの場合は,低い内的相互依存性を持っているため,弱い企業内調整メカニズムが採用されていることが示された.

 その内容を詳しく述べると,エアコンは子部品同士間の相互依存性が高く,開発プロセスを通じて確認や変更を必要とする項目が多いため,製品開発プロセスにおいては,製品設計と工程設計は高いレベルでオーバーラップしており,開発の各段階を担当する各部門は公式的・非公式的な会合を通じて,緊密な調整を行っている.しかも,開発組織は軽量級プロジェクト組織が採用されており,開発の各段階を担当する部門間の緊密な調整をプロジェクト・マネージャーが担当している.これに対して,ラジエータは子部品間の相互依存性が低く,インターフェースが標準化されることによって,製品タイプを何種類かに統合化することが可能である.それ故,製品設計と工程設計とは高いレベルでオーバーラップしながらも,頻繁に相互調整を行う必要はあまりない.しかも,開発組織については,専門化された機能別部門が開発の各段階を担当する機能別組織が採用されている.

 二つの部品開発における相違は,QFD,各種標準書,3次元CAD・CAE,及びPDMなどの各種開発ツールの利用においても見られている.例えば,エアコンの場合は,子部品同士間の干渉が非常に多く,3次元CADは干渉チェックに極めて有効であり,設計エンジニアは3次元CADで書いた設計図をそのまま3次元CAEでシミュレーションしながら干渉部分のチェックを行っている.また,これらの手段による同一の情報を共有することによって,各部門は共通の認識の上で調整にかかる時間を短縮することができる.一方,ラジエータの場合は,すでに何種類かに統合化されたモデルが開発されており,車両ごとの調整を必要とする項目はいくつかの変動部分しかないため,部門間にあらたに複雑な調整を必要とする余地はほとんどない.したがって,部門間に調整が必要なことに対しては,これらの開発ツールによって十分対応できる.

 第7章では,P2社におけるエアコンとラジエータの開発を主に企業間調整メカニズムを中心に考察し,P1の事例で見られた現象がP2社にも見られるかを考察した.考察の結果,P1社の場合と同様の現状がP2社においても確認された.つまり,完成車メーカーとの間の企業間調整メカニズムに関しては,P2社においてもエアコンの方がラジエータの方より緊密な企業間調整メカニズムが採用されている.その内容をみると,エアコンの場合は,P2社の大勢のエンジニアがC2社内の設計部に常駐しながら,共同でエアコンの開発に参加している.エンジニアの派遣はラジエータにおいても発見できたが,製品開発の各段階における彼らの責任の程度やC2社の意思決定の過程に参加する時点などの点において,エアコンより弱い調整関係を維持しているのである.そして,調整メカニズムの変化プロセスにおいても,Pl社の場合と同様に,エアコンの場合は,高い外的相互依存性に対応できるように,極めて緊密な調整メカニズムが構築されてきたのに対して,ラジエータの場合は,インターフェースの標準化を進めることによって,企業間の調整の必要性を削減してきたことが明らかにされた.

 第8章では,製品アーキテクチャー特性と製品開発パターン間の適合関係と相互適応プロセスという分析枠組みを用いて,第3章から第7章まで行われたケース考察の結果を分析した,まず,適合関係に関しては,P1社もP2社も,エアコンに対しては,高い外的及び内的相互依存性と強い企業間及び企業内調整メカニズムという適合関係を達成しているのに対して,ラジエータに対しては,低い外的及び内的相互依存性と弱い企業間及び企業内調整メカニズムという適合関係を達成していると分析した.次に,相互適応プロセスに関しては,Pl社及びP2社に対する考察結果,両社とも,エアコンの場合は,製品の外的相互依存性に対して企業間調整メカニズムを適応させてきたのに対して,ラジエータの場合は,企業間調整メカニズムに対して製品の外的相互依存性を適応させてきたと分析した.そして,こうした異なった相互適応プロセスに影響を及ぼした要因としては,製品に対してもつ最終消費者のニーズと,部品メーカー間の戦略及びその背後の組織能力の相違を取り上げた.

 第9章では,本論文で行ってきたケースの考察と分析結果をまとめた上で,インプリケーション及び今後の研究課題について述べた.まず,実務上のインプリケーションとしては三つの点を指摘した.つまり,第一に,承認図部品の中でも完成車との相互依存性の度合いによって,効果的な企業間の調整のあり方は異なりうること,第二に,製品アーキテクチャーの戦略を策定する際には製品固有の要因や企業固有の要因を考慮する必要があること,第三に,製品開発における各部門間の調整においても,製品の特性によって異なった対応が必要であることを指摘した.次に,研究上のインプリケーションとしては,製品アーキテクチャー特性と効果的製品開発パターン間の適応プロセスは製品によって双方向的に決定されることを指摘した.最後に,今後の研究課題については,第一に,同一の製品アーキテクチャーに対しても効果的製品開発パターンが複数存在しうることについて研究する必要があること,第二に,製品アーキテクチャー及び製品開発パターンの戦略的選択に関して研究する必要があること,第三に,不適合から適合へ,適合から不適合へという転換プロセスについて研究する必要があること,第四に,産業発展にともなう製品アーキテクチャーや製品開発パターンの歴史的変化に関して研究する必要があること,第五に,計量的分析及び産業間及び国家間の比較分析を行う必要があること,などを指摘した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、製品のアーキテクチャー特性と効果的な製品開発パターンとの間に、どのような適合関係が見られるか、またそのような適合関係がどのように形成されてきたのかを問題とする。前者はいわば静態的関係であり、「相互適応プロセス」と氏が呼ぶ後者は動態的関係であり。本論文は製品のアーキテクチャー特性と効果的な製品開発パターンとの間に見られうるこのような2つの関係の考察を、自動車部品のケースの綿密な観察を通じておこなおうとするものである。

 本論文の内容はおよそ以下のごとく要約されうる。

 「第1章 序論」においては、ふたつの研究課題力が設定される。第1の課題は、製品のアーキテクチャー特性と製品開発パターンとの間の適合関係(静態的関係)が、製品によってどのように異なるかを明らかにすることである。第2の課題は、製品のアーキテクチャー特性と製品開発パターンとの間の相互適応過程(動態的関係)が、製品によってどのように異なるか、とくに、製品開発パターンがどのような過程を経て形成されてきたのか、を明らかにすることである。後者の課題を解明するに際しては、相互適応過程に影響を及ぼす要因の解明も目指される。

 このようなふたつの研究課題を果たすに際して、本論文では、エアコンとラジエータというアーキテクチャー特性の異なるふたつの自動車部品を取り上げる。アーキテクチャー特性を外的および内的な相互依存性という観点から捉えると−ここで外的な相互依存性とは完成車における部品間のそれであり、内的な相互依存性とは部品の内部における子部品間のそれを指す一、このふたつの部品は、エアコンは外的および内的な相互依存性がともに高い製品であり、これとは対照的にラジエータは2種の相互依存性のいずれもが低い製品である。

 「第2章 既存研究と分析枠組み」では、まず既存の研究のサーベイがおこなわれる。その際の視点は、企業間の調整メカニズム(部品メーカーと完成車メーカーの関係)および企業内の調整メカニズム(部品メーカー内の部門間関係)の解明という点に設定される。前者の課題との関連では、自動車産業にかんするサプライヤー・マネジメントの分野での先行研究がサーベイされる。その分野では部品のアーキテクチャー特性によって企業間の調整メカニズムおよびそのメカニズム形成の経路が異なりうることが明らかになってきたものの、なお十分には明らかにしえていない。後者の企業内の調整メカニズムとの関連では、製品開発管理にかんする先行研究が検討される。この分野でも、部品のアーキテクチャー特性による違いがしだいにあきらかになってきたものの、製品開発過程に立ち入った研究はなおほとんど存在しない。

 第2章の後半では、本論文で用いられる分析概念および分析枠組みが提示される。製品アーキテクチャー特性にかんしては、外的および内的な相互依存性という概念がそれであり、製品開発パターンにかんしては、企業間および企業内の調整メカニズムがそれである。ここでは、それらの要素の相互間の適合関係および相互適応過程にかんする分析枠組みが提示されている。

 このような準備を踏まえ、以下、本論においてケーススタディーが展開される。

 まず、P1社のケースを取り上げ、企業間および企業内の調整メカニズムを解明した章が続く。第3章および第4章では、企業間の調整メカニズムについて、その現状および相互依存性(とくに外的なそれ)との関係でのその変化の過程を明らかにする。

 「第3章 エアコンの開発における企業間調整メカニズム」では、外的相互依存性が高いエアコンが取り上げられる。この製品について、P1社は完成車メーカーであるC1社との間でエンジニア間の緊密なコミュニケーションを図り、高い外的相互依存性に柔軟に対応しうる調整メカニズムを構築している。さらに、P1社は、製品の外的相互依存性を変更するよりは、C1社との間の調整メカニズムを強化することを目指してきた。それは、ゲストエンジニア制の採用からC1社内におけるP1社の分室の設置へという組織の変遷のなかに読みとることができる。

 「第4章 ラジエータの開発における企業間調整メカニズム」では、外的相互依存性が低いラジエータのケースが扱われる。この製品については、最も関わりの強いエンジンとのインターフェースを事前に標準化することによって、あるいはまた3次元CADによる設計図面の受け渡しなどによって、相互調整の必要を減らしている。さらに、P1社は、C1社との調整メカニズムを変更するよりは、製品の外的相互依存性を変化させる方向を追求してきた。エンジンとの間のインターフェースを徹底的に標準化し、あるいはラジエータの統合を図るなどの手段が採られた。

 第3・第4のふたつの章をつうじて、エアコンとラジエータというふたつの製品では異なった企業間の調整メカニズムが存在しており、またその現状に至る経路も異なっていたことが明らかにされた。

 次に、企業内の調整メカニズムを解明するのが第5章および第6章の課題である。

 「第5章 エアコンの開発における企業内調整メカニズム」では、高い内的相互依存性を示すエアコンが取り上げられる。この製品については、開発過程において品質などに関して確認や変更を必要とする項目が多く、そのために製品設計と工程設計のオーバーラップが大きい。これにたいしてP1社は、開発の諸段階で内部部門間の緊密な調整を図っている。その担い手はプロジェクト・マネジャーであり、3次元CADが有効なツールとなっている。

 「第6章 ラジエータの開発における企業内調整メカニズム」では、内的な相互依存性の低いラジエータが取り上げられる。この製品については、企画・構想段階で決められた開発案が基本的には最終段階まで生き、途中の過程で調整が頻繁におこなわれることはない。インターフェースの標準化にもより、製品タイプの統合が図られる。また、開発組織は専門化された機能別部門が担当している。既存の開発ツールが有効である。

 こうして、ラジエータについては企業内調整メカニズムは弱い。

 以上のP1社にかんするケーススタディーを補う意味で、「第7章P2社の製品開発における企業間調整メカニズム」が置かれている。やはりエアコンとラジエータというふたつの製品について、企業間調整メカニズムが解明されている。ここでも、Pl社と同様の現状が確認された。またそれに至る経緯についても、やはりP1社と同様であった。

 すなわち、エアコンの場合は調整メカニズムの強化によって対応し、ラジエータの場合はインターフェースの標準化により企業間の調整の必要性を減らす方向を追求した。

 「第8章比較分析」は、これまでのケーススタディーを前提とし、第2章で展開した分析概念および分析枠組みを用いて、あらためて比較分析ないし再解釈を試みている。適合関係については、エアコンに見られる外的および内的な相互依存性の高さに対応して、企業間および企業内の調整メカニズムの強さが確認される。ラジエータに見られる外的および内的な相互依存性の低さに対応して、企業間および企業内の調整メカニズムの低さが確認される。相互適応過程については、エアコンの場合には、外的相互依存性にたいして企業間調整メカニズムを適応させる方向が追求された。ラジエータの場合は逆に、企業間調整メカニズムにたいして外的相互依存性を適応させる方向が追求された。さらに、相互適応プロセスの相違に影響を及ぼした要因として、製品にたいして持つ最終消費者のニーズ、部品メーカー間の戦略、およびその背後にある組織能力の相違が指摘できる。

 最終章「第9章 結論」は、ケースの考察および比較分析の要約、含意、今後の研究課題の提示に充てられている。

 以上の諸章からなる本論文は、紛れの少ない分析枠組みに基づいて明快な論旨を展開いる。本論文の優れた点としてとくに指摘すべきは、以下の諸点である。

 第1に、これまで多くの研究が積み重ねられてきた、製品開発に関わる完成車メーカーと部品メーカーとの関係を、徹底してサプライヤーである部品メーカーの側から検討した点である。これによって、部品メーカーの諸部門間の調整メカニズムが解明されたばかりでなく、完成車メーカーとの企業間の調整メカニズムにも新たな光が当てられることになった。

 第2に評価しうるのは、エアコンとラジエータという、製品特性の異なるふたつの部品について、徹底した比較検討をおこなうことにより、製品によって調整メカニズムが異なるという主張を説得的に展開した点である。

 さらに第3に、調整メカニズムについて、いわば静態的な適合関係の解明にとどまらず、そこから進んで動態的な「相互適応プロセス」の解明に向かった点である。この点はとくに、ふたつの製品に関わる企業間調整メカニズムの解明(第3章および第4章)について立ち入った解明がなされた。

 そして第4に、本論文全体を支えている、長期間にわたる広範かつ精力的な調査である。氏のいう「インタビュー調査による参加型のケーススタディー方式」「企業内部の開発現場に立ち入った詳細なケーススタディー」こそが、明快な論旨に十分な説得性を与えているといってよい。

 しかしながら、本論文にもいくつかの問題点があることをも指摘しておかねばならない。

 まず第1に、分析対象とした製品のアーキテクチャー特性についてである。エアコンは相互依存性が外的・内的ともに高く、ラジエータはいずれもが低い。とすれば、相互依存性を外的と内的とに分ける意義が弱まることになる。外的依存性が高く内的依存性が低い製品、あるいはまた外的依存性が低く内的依存性が高い製品をも取り上げることにより(少なくとも例示することにより)、この難点は比較的容易に解決しうるであろう。

 第2に、P1社における企業内調整メカニズムの解明に際して、動態論の展開がなく、またP2社については、企業間調整メカニズムのみが取り上げられ、企業内のそれは取り上げられていない。さらに、この場合も動態論は捨象されている。おそらく氏は、情報の不足などを考慮してこれらを意識的に捨象したのであろうが、分析の包括性に不満を残すことになった。

 第3に、動態論の展開に際して提示された分析枠組みは、製品アーキテクチャー特性および製品開発パターンが相互に影響を及ぼしあうというものであるが、実際の分析においては、その相互作用は十分に明らかにされていない。むしろ、実際の分析では製品アーキテクチャー特性が製品開発パターンを一義的に決定するという主張が繰り返されている。そこでは、企業戦略という要因が必ずしも十分に考慮されていない憾みが残る。また、P1社とP2社との比較に際しても、類似点の指摘が中心となり、相違点については意識されつつも明示的には示されていない。企業の情報開示の程度の相違に規定された、やむを得ない措置とはいうものの、これも、企業の戦略という要因をもっと明示的に分析に取り込む必要があったことを示すものである。

 このように、いくつかの問題点を指摘しなければならないものの、それらはいずれも、本論文にたいする先の高い評価を否定する性格のものではない。また、それらの問題点は氏自身による今後の研究によって克服されることを十分期待しうるし、氏自身、本論文の最終章において「今後の研究課題」としてそれらの論点を提起している。この点にかんする氏の自覚は、口述試験においても確認できた。

 以上の評価に基づき、審査委員は全員一致をもって、本論文力樽士(経済学)の学位を授与するに値するものと判断した。

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