学位論文要旨



No 115720
著者(漢字)
著者(英字) Okamura,Nancy Kiyoko
著者(カナ) オカムラ,ナンシー・キヨコ
標題(和) 電磁波を利用した植物の水ストレスの非破壊検出Nondestructive Detection of Water Deficit Stress in Plants Using Electromagnetic-Wave Sensing Techniques
標題(洋)
報告番号 115720
報告番号 甲15720
学位授与日 2000.11.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2200号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 助教授 後藤,英司
 東京大学 助教授 富士原,和宏
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 さまざまな波長域における電磁波の反射、吸収や透過特性の測定は、植物の状態の非破壊的測定法として以前より研究されてきた。電磁波を利用して、植物の損傷、肥料や水の状態を検出しようとする研究も多くなされている。異なった波長域を利用することで、異なったストレスを検出することが可能である。

 本研究では、可視域、近赤外域(以下 NIR:near-infrared)とマイクロウエーブの波長域におけ,電磁波に着目して、水ストレスに伴う植物の状態の変化を非破壊的に検出する方法を試みた。高付加価値農産物の温室内栽培においては、灌水管理や作物の状態の観測等の栽培管理作業の自動化が注目されている。例えば、メロンやトマトの栽培では、厳密な灌水管理によって、意識的にさまざまな時期に水ストレスを発生させている。しかし、ストレスが強すぎると苗は弱くなり収穫量が低下するため、植物からの情報に基づいてストレスの程度を判定する方法が必要である。本研究では、電磁波を利用して水ストレスに伴う温室植物の状態の変化を非破壊的に検出することに関する基礎研究を行うことを目的とした。植物個体から葉を切離せずに、可視域では反射率・近赤外域では吸収度、マイクロウエーブ域ではマイクロウエーブの伝送特性を測定した。

2. 水ストレス下メロン苗の葉色変化の解析(可視域)

はじめに 通常の温室メロン生産では、根系の発達を促進させるため、一時的に灌水をせずに植物に水ストレスを与えることがよく行われている。栽培の専門家は苗を観察し、成長点に近い葉の色の変化をストレスの指標として用い、最適なストレスレベル、即ち灌水の再開適期を判定している。本章では、水ストレス下メロン苗の葉色変化を定量化し、栽培の専門家の判断と対比させて、灌水再開適期判定の自動化のための基礎的知見を得ることを試みた。

材料及び方法 播種後24-28日目のメロン苗5株の成長点に近い葉の画像を7:30から16:30の間に30分間隔で撮った。Table 1 に栽培の専門家が判定した最適ストレス時点と灌水時間を示した。栽培の専門家の観察対象である成長点に近い葉の色の変化を解析した。撮影にはスチルビデオカメラを用いた。輝度を正規化した緑成分(色度g)に着目し、(方法1)5株の成長点に近い葉の色度gの平均値の経時変化を解析し、(方法2)また、専門家の判定による最適ストレス時点のgと水ストレスを与えていない早朝時のgの関係を解析した。

結果及び考察 (方法1)平均した葉色gの値は、早朝から低下し、しだいに一定の値に近づき安定した(Fig.1)。栽培家が判定した最適ストレスの時点はgが一定値を示し始めてから約1時間後であった。(方法2)栽培家が判定した最適ストレス時点のgの、水ストレスを与えていない早朝のgに対する比率は、早朝のgの2次関数で近似できた(Fig.2)。栽培の専門家が判定した最適ストレス時点と上記の2次関数から計算した最適ストレス時点との差は、30分から1時間強であった(Table2)が、実用には、方法2の可能性が高いことが示唆された。しかし、1日以内に最適ストレスに至らない場合には、この方法は適用できない。

3. NIR吸収スペクトルの解析による水ストレス下トマト苗の状態変化の非破壊的検出

はじめに 日本での温室トマト生産では、果実の糖度を高めるため、葉7-8枚の苗に連続的に水ストレスを与えることがある。この栽培方法では、最適なストレスレベルを維持することが重要である。本章では、波長1100-2500nmのNIRのトマト葉面における吸収度を測定することで、非破壊的に水ストレスに伴う植物の状態の変化を検出することを試みた。

材料及び方法 播種後8-9週間目のトマト苗に水ストレスを2-3日間与え、時間経過に伴うNIRの吸収度を測定した(吸収度は非ストレス状態の葉を基準とした反射量の対数比)。測定高さにおける光量子密度を200±10μmol m-2s-1の条件下で、トマトに水ストレスを与えた。Fig.3にNIRプローブと葉の様子を示した。ストレス状態の指標として光合成速度及び気孔コンダクタンスの変化を測定した。

結果及び考察 葉におけるNIRの吸収度を測定した結果、水ストレスを与えると時間とともにスペクトルの1600nm近辺の谷が深くなる現象が明らかになった(Fig.4)。Fig.5には光合成速度及び気孔コンダクタンスの変化を示し、Fig.6にはNIRの吸収度と気孔コンダクタンスの関係を示した。測定対象のトマトの個体差、測定する葉の位置、葉齢等の影響が見られたものの、NIRの吸収度を測定することにより、非破壊的に水ストレスを検出することが可能であることが示唆された。

 4. マイクロウエーブの伝送特性の解析による水ストレス下トマト苗の状態変化の非破壊的 検出

 はじめに 赤外線を用いた手法では、植物体の観測は一点で行ったが、マイクロウエーブを用いる方法では、より大きな領域を観測しその平均的な情報を得ることができるという大きな長所がある。マイクロウエーブの伝送特性はアンテナ間の植物体とその周辺を含めた領域全体から影響を受ける。植物体の水分だけではなく、植物体の形態的な変化も、植物体とその周辺を含む空間の誘電的な特性を変化させる。植物体を含めた空間のマイクロウエーブの伝送特性を測定することにより、非破壊的かつリアルタイムに水ストレスに伴う植物の状態変化を検出する方法についてトマトを用いて検討した。

 材料及び方法 播種後12-13週間目のトマトに水ストレスを2日間与えて、時間経過に伴う100-300mm(1.0-3.0 GHz)の波長のマイクロウエーブの伝送特性の変化と光合成速度及び気孔コンダクタンスの変化を測定した。マイクロウエーブの伝送特性は発信したマイクロウエーブ強度に対する受信した強度の比であるパラメータS21で評価した。光量子密度を200±10μmolm-2s-1の条件下でトマトに水ストレスを与えた。実験の様子をFig.7に示した。

結果及び考察 Fig.8に水ストレス付加後のマイクロウエーブ伝送特性S21の経時変化を示した。また、Fig.9に波長別の経時変化を示した。Fig.10にS21と光合成速度の関係を示した。光合成速度が初期値から初期値の80%まで減少する程度の水ストレスのレベルを検出するのには、250mmにおけるS21は有効である可能性が示唆された。125mmあるいはそれ以下の波長については、光合成速度の低下によって示されるようにさらに進んだ水ストレスを検出するのに効果的であると考えられた。

 以上の結果は、マイクロウエーブによる、水ストレスによって生じるトマトの変化を検出する方法が有用であることを示している。異なった波長域におけるS21を測定することで、水ストレスの異なった段階を検出することができた。水ストレスに伴う気孔コンダクタンスや光合成速度と100-300mm間のS21の関係には、一貫した関係が観察された。実験に用いたサンプルによって気孔コンダクタンスや光合成速度の変化のタイミングに若干の差が見られたが、これは気孔コンダクタンスと光合成速度を1枚の葉で測定したことによるばらつきが原因と考えられた。

5. 総括

 温室栽培の自動化に際しては、植物の状態を非破壊的に観測する技術が必要不可欠である。また、メロンとトマトの温室栽培には灌水管理のための水ストレスの検出が重要である。そこで、本研究では、電磁波を利用した水ストレスの非破壊検出方法を検討した。検討したそれぞれの波長域による解析方法は、それぞれに固有な目的に有効である。可視域の色度gを用いた方法は、人間の観測能力をシミュレートし、簡便で安価に応用できる。NIRの吸収度の解析方法は葉レベルの水分状態に関する変化の観察に適している。マイクロウエーブを利用した解析方法は植物全体の観察に有効であるし、安価に実用できる可能性がある。

Table1. Street point time judged by expert grower, and irrigation time for each day during experiment period.

Fig.1. Time course change green chromaticity of youngest leaf. Data from five plants were averaged.

Fig.2. Relationship between initial green chromaticity,g0, and fraction of g0 at stress point,p

Table2. Expert grower vs. green chromaticity analysis for judging water stress. (Stress time were estimated for five plants by chromaticity analysis, and then these stress times were averaged.)

Fig.3. Configuration of NTR probe for absorbance measurements.

Fig.4. Typical changes in absorbance for leaf of tomato plant during water stress.

Fig.5. Typical changes in stomatal conductance and photosynthetic rate for leaf of tomato plant during water stress.

Fig.6. Relationship between absorbance difference valley depth and stomatal conductance during water stress. Data from two different tomato plants show the range of responses observed.

Fig.7. Equipment configuration for microwave measurements.

Fig.8. Typical changes in microwave transmission measurements with time for tomato plant during water stress.

Relative s21=S21plant-S21 no plant.

Fig.9. Typicical changes in S21 deffrence with time for tomato plant durring water stress. S21 stressed-S21 non-stressed.

Fig.10. Relationship between S21 difference and relative photosynthetic rate for tomato plant during water stress.

審査要旨 要旨を表示する

 メロンやトマトなどの果菜類の温室栽培では、意識的に水ストレスを作物に与えることがある。この場合、過度の水ストレスは作物を弱め収量の低下を招くので、適度な水ストレスを加えることが重要である。現在は、熟練した栽培者による作物の目視観察によって、作物の水ストレスの度合いを判定し、それに基づいて灌水管理が行われている。本研究は、電磁波を使った作物の水ストレスの非破壊検出に関する基礎的知見を得ることを目的とする。将来的に、熟練者の目視による判断を自動化することを視野に置いている。着目した波長域は、可視域(波長400-700nm)、近赤外域(1100-2500nm)およびマイクロ波域(100-300mm)である。

 まず、メロン苗の水ストレス検出への可視域の応用を検討した。可視域を選択した理由は、熟練者は苗の成長点に近い展開葉の葉色の変化から最適な水ストレスに達したか否かを判定しているからである。ここでいう最適な水ストレスとは次の意味である。メロン苗の定植後1週間くらいに、根の成長促進を目的に水ストレスを加える。早めに灌水し水ストレスが不十分であると効果は少ないが、過度な水ストレスは苗を弱める。その限界のところで灌水をする。その時点の水ストレスを最適な水ストレスと呼ぶ。約1週間にわたる水ストレス期間中に早朝から夕刻まで数本の苗の成長点付近の展開葉画像を取得し、熟練者の判定による最適な水ストレスの時点のデータとともに解析し、次の結果を得た。葉色の解析には色度gが最適であった。色度gは朝8時から徐々に低下し、一定の値で安定した。熟練者による最適な水ストレス判定時刻は、一定値に達してから約1時間後であった。また、朝8時の色度gに対する熟練者による最適な水ストレス判定時点の色度gの比率は朝8時の色度gの2次関数で近似できた。これらの知見は、機械的な最適水ストレス時点の判定の基礎となるものである。

 次ぎに、水ストレスを加えた時のトマト苗の近赤外域電磁波(以下、NIR)の吸収率、純光合成速度および気孔コンダクタンスの経時変化を測定し、NIR吸収率測定による水ストレスおよびこれらの作物生理のパラメーター推定の可能性を調べた。水ストレスを加えた直後には、NIR吸収率は測定波長域全体で上昇したが、その後、水ストレスの増加とともに減少し、1440nmと1940nmにピークを持つスペクトルとなった。両ピークの間の谷の深さは、水ストレスの進行とともに深くなった。横軸に気孔コンダクタンスあるいは純光合成速度を、縦軸に谷の深さをとった図は、谷の深さが両パラメーターと強い相関関係にあることを示した。このことは、谷の深さが水ストレスと作物のこれらの生理パラメーター推定に有効であることを示唆している。しかし、上記の図は植物ごとに異なった。NIR吸収率測定個所(直径3.6mmのスポット)と純光合成速度・気孔コンダクタンス測定個所が同一ではなかったことによる測定個所によるばらつきがその一因であると推察された。

 上記のNIR実験の結果が植物ごとに異なった原因の1つが、NIR吸収率測定がスポット的であり、植物全体を必ずしも代表していなかった点を考え、植物全体をも含みうるもっと大きな領域での測定が可能なマイクロ波域電磁波の応用可能性を検討した。マイクロ波送信アンテナと受信アンテナの間に植物を置き、水ストレスを加えたときのパラメーターS21(出力に対する入力の比の対数x10)を測定した。同時に純光合成速度と気孔コンダクタンスも測定した。結果は波長ごとに異なり、250mmでは水ストレス初期にはS21は減少し、その後増加した。この減少から増加への変換点は目視による萎れが観察できた時点と一致した。それに対し、より短い波長(125mmおよび107mm)では、初期にはS21はほとんど変化せず、その後水ストレスの増加にともない減少した。このように、マイクロ波の透過率は波長により異なる挙動を示した。純光合成速度・気孔コンダクタンスと各波長のS21も複雑な関係となった。

 以上要するに、本研究は可視域、近赤外域、マイクロ波域の電磁波による作物の水ストレス、あるいは水ストレスに伴う純光合成速度・気孔コンダクタンスの変化の検出に関する基礎的な実験を行い、それぞれの波長域の応用上の可能性と問題点を明らかにするとともに、今後の実用化への展望をきりひらいたものであり、学術上、応用上貢献することろが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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