学位論文要旨



No 115723
著者(漢字) 李,元圭
著者(英字)
著者(カナ) リ,ゲンケイ
標題(和) ポリマー架橋処理による浸透率プロファイル改善の新手法に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 115723
報告番号 甲15723
学位授与日 2000.11.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4821号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 佐藤,光三
内容要旨 要旨を表示する

 油生産における水の産出抑制や地層の不均質性に起因する圧入流体のチャネリング抑制の目的で、ポリマー水溶液を地層内で架橋処理する技術(ポリマー架橋処理法)が、実際の油ガス田においてしばしば適用されている。これは、坑井から圧入したポリマー水溶液を地層内でゲル化させることにより高浸透率層内の流動を遮断し、処理後の圧入流体の流れを人工的に制御する技術である。従来はポリマーの架橋剤としてはクロムが使用されてきたが、環境問題の点からクロム以外の架橋剤を使用した新しい手法の開発が望まれる。

 本論文では、ポリアクリルアミド、アルミン酸ナトリウム、水酸化ナトリウムの混合水溶液をゲル生成剤と考えて、ゲル生成剤とCO2飽和水の交互圧入により多孔質媒体内でゲルを生成させる新しいポリマー架橋処理法(CAG法:CO2-water Alternating Gelant Injection Process)を提唱した。室内実験と数値モデルによる計算結果の検討から、浸透率プロファイルの改善に対するCAG法の有効性を検証して、油回収への適用可能性を論じた。

 CAG法の手順と原理は次の通りである。

(1)ゲル生成剤とCO2飽和水を所定量ずつ多孔質媒体内へ交互圧入する。この圧入時点では、ゲル生成剤のpHは約12と高いために、溶液中のアルミニウム種は主としてAl(OH)4イオンとして存在する。

(2)圧入された両溶液は溶液間で生じるフィンガリングや拡散により混合され、多孔質媒体内におけるゲル生成剤のpHが低下する。

(3)ゲル生成剤pHの低下に伴いアルミニウム種の電離平衡がシフトして、Al(OH)4イオンからAl(OH)3への転移時に生じるAl3+が加水分解したポリマー分子を架橋する。交互圧入の繰り返しによりポリマー分子の架橋率が高まるので孔隙内のゲル生成が促進され、多孔質媒体内の流動抵抗が高まる。

 論文は第1章の序論を含めて計5章からなる。第2章では、ポリマー架橋処理法に関する研究と適用例を文献調査して、その問題点と研究課題を抽出した。

 第3章では、CAG法を提唱して、多孔質媒体内で生じるポリマー分子の架橋原理を論じた。適切なゲル生成剤濃度の設計、多孔質媒体内におけるゲルの生成および油回収に関する実験結果をまとめて、浸透率プロファイル改善と残油の回収に対するCAG法の有効性を検証した。第3章の研究成果は次の通りである。

(1)pH調整によるゲル生成の確認とゲル生成剤濃度の選定

 CAG法で使用する適切なゲル生成剤濃度を選定するために、ゲル生成剤のpH低下に伴うゲル生成特性を把握した。ビーカー内のゲル生成剤にCO2ガスを吹き込み、pHの低下に伴う溶液の粘度変化を計測した。ゲル生成剤のポリマー濃度、アルミン酸ナトリウム濃度を変化させた実験では、ゲル生成剤のポリマー濃度が500mg/lと250mg/lの場合に、pHが10〜11程度まで低下すると溶液粘度が急上昇してゲルの生成が確認された。ポリアクリルアミドの加水分解率とアルミン酸ナトリウムの電離平衡式を用いた化学量論的な考察から、ゲル生成開始点におけるポリマーの架橋率は0.05〜1.0%程度と小さいことを明かにした。多孔質媒体内における混合の影響を考慮して、CAG法におけるゲル生成剤の基準濃度として、ポリアクリルアミド(加水分解率18%、分子量約1,300万)250mg/l、アルミン酸ナトリウム250mg/l、水酸化ナトリウム250mg/lを選択した。

(2) 1次元コアを用いたゲル生成実験によるCAG法の検証

 ガラスビーズを充填した1次元コアを用いた流動実験では、CAG法の適用により多孔質媒体内でゲルが生成することを確認した。CO2飽和水で飽和したコア内にゲル生成剤を連続的に圧入した場合は、ポリマー濃度とアルミン酸ナトリウム濃度を調整してもコア内に安定したゲルを生成することはできなかったが、CAG法では、6回から10回のゲル生成剤とCO2飽和水の交互圧入によりコア内にゲルが生成して、コアの浸透率は初期の1/60から1/360まで低下した。ゲル生成剤濃度、交互圧入のスラグサイズと圧入レート、多孔質媒体の浸透率がゲル生成の影響因子であることを明かにした。

(3)CAG法による油回収実験

 1次元コアを用いた油回収実験では、油飽和したコア内に水攻法を一定期間実施後にCO2飽和水とゲル生成剤を交互圧入した。その結果、油が存在する条件下でもCAG法によるゲル生成が可能であることを確認した。高浸透率コアの場合は、低浸透率コアに比べて少ない交互圧入回数でゲル生成によるコアの閉塞が生じた。また、水攻法後のCAG法を実施した期間に、高浸透率コアの場合は約12%、低浸透率コアの場合は約24%の増油率が得られた。実験結果の検討から、ゲルによる孔隙閉塞までの交互圧入期間において、CO2飽和水とゲル生成剤の混合による溶液粘度の上昇が多孔質媒体内における油置換の易動度比を改善して油置換効率を高める効果があることを明かにした。

 浸透率の異なる1次元コアを並列に設置したモデルを用いた油回収実験では、層間クロスフローのない油層にCAG法とポリマー攻法を適用した場合の油回収効果を検討した。油飽和したモデルに対して水攻法実施後にCAG法を約1.4PVと2回目の水攻法を適用した結果、CAG法を実施した期間にゲル生成による高浸透率コアの閉塞が生じ、2回目の水攻法における圧入水は低浸透率コアへ流入した。この浸透率プロファイル改善効果により、低浸透率コアからの油回収率は約34%、高浸透率コアからの油回収率は約23%高まり、全体として水攻法後の増油率は約29%となった。一方、同じ条件下でCAG法と同量のポリマーを使用したポリマー攻法による油回収実験では、高浸透率コアからの油回収率は約27%高まったが、低浸透率コアからの油回収率は低く、全体として水攻法後の増油率は約21%にとどまった。CAG法では生成したゲルが高浸透率コア内の流動を遮断して浸透率プロファイルを改善したために低浸透率コアから多くの油回収ができたのに対し、ポリマー攻法ではポリマー水溶液の粘性流動による流動抵抗の増加が高浸透率コア内における油と水相間の易動度比を改善して高浸透率コアの油回収率のみを増大させた。単位ポリマー使用量あたりの油回収率はCAG法の方が高く、低浸透率層に存在する残油の回収にCAG法が有効であることが示された。

 以上のように、浸透率の異なる数層からなる油層にCAG法を適用すると、油置換効率の改善と浸透率プロファイル改善(掃攻率の改善)の2つの効果による油回収率の向上が期待される。

 第4章では、実験に替わる手段を提供する目的で、CAG法による油回収挙動を予測する数値モデルを構築した。ゲル生成剤とCO2飽和水の交互圧入によるゲルの生成を伴う多孔質媒体内流動を記述する数値モデルでは、交互圧入による流体の混合とレオロジー的性質の変化、混合流体のpH変化に伴うゲルの生成過程、ゲルの生成による多孔質媒体の性質(浸透率と孔隙率)の変化を数式化した。これらを連続の式、物質移動方程式に組み入れて、ゲル生成に伴う多孔質媒体の流動抵抗の変化を記述した。流動計算部では、Kozeny-Carmanの多孔質媒体モデルとEllisの粘度式を用いてゲル生成剤のダルシー粘度を評価後に、ゲル生成剤とCO2飽和水の混合粘度をKovalの0.25乗則を用いてモデル化している。流動方程式と物質移動方程式を解いた後で、各グリッドのポリマー濃度、pH及びアルミン酸ナトリウム濃度からAl3+イオン濃度を求めて、Prudhommeの理論を適用してゲルの生成量を計算した。pH計算は、ゲル生成剤を水酸化ナトリウム水溶液の強塩基とみなして、強塩基による弱酸(CO2飽和水)の滴定理論に基づく。この数値モデルを既存の水攻法とポリマー攻法の数値モデルに組み込むことにより、CAG法による油回収挙動を予測する数値モデルを構築した。

 第4章では、数値モデルによる計算結果と実験結果を比較検討することにより、モデルの評価を実施している。ゲルの生成速度定数をマッチングパラメータとして、数値モデルによる計算は、単一コアにCAG法を適用したときのゲル生成に伴うコア内流動抵抗の上昇と油回収挙動を再現することを確認した。1次元の並列コアモデルにCAG法を適用した場合では、数値モデルはCAG法を適用した期間における浸透率プロファイル改善とその後の水攻法による掃攻率の向上を適切に再現したが、高浸透率コアからの油回収率は低く計算された。実験結果との比較で部分的に差異が生じたのは、ゲル生成に伴う多孔質媒体内の流動抵抗の増大をゲルによる孔隙閉塞と浸透率低下でモデル化したためであり、孔隙内を移動する溶液の粘度上昇による油置換効率の改善を予測できないというモデルの適用限界と考えられる。

 第5章は本論文の総括である。本論文で提唱したポリマー架橋処理法(CAG法)は、坑井から圧入するゲル生成剤とCO2飽和水の混合による中和反応を利用して地層内でゲルを生成させるという簡単な原理に基づく。簡単で安価な手順で浸透率プロファイル改善効果が期待されるために、生産井における遮水や圧入井における浸透率プロファイル改善対策として有望である。経済的に採算のとれなくなった油田からの残油回収にも有望な手法と考えられる。本論文の成果はCAG法の有効性を室内実験で検証した段階にとどまるが、ゲルの地層内における安定性、ゲル生成に及ぼす層間クロスフローの影響に関する応用研究を継続して行うことにより、実油田への適用が可能である。

審査要旨 要旨を表示する

 実油ガス田で適用されているポリマー架橋処理法(ポリマー水溶液を地層内で架橋処理する技術)は、油生産における水の産出抑制や地層の不均質性に起因する圧入流体のチャネリング抑制に大きく貢献している。従来はポリマーの架橋剤としてクロムが使用されてきたが、環境問題の点からクロム以外の架橋剤を使用した新しい手法の開発が望まれる。本論文では、ポリアクリルアミド、アルミン酸ナトリウム、水酸化ナトリウムの混合水溶液であるゲル生成剤とCO2飽和水の交互圧入により多孔質媒体内でゲルを生成させる新しいポリマー架橋処理法(CAG法:CO2-water Alternating Gelant Injection Process)を提唱し、その有効性を室内実験と数値モデルによる計算で検証した。

 本論文は第1章の序論を含めて計5章からなる。第2章では、ポリマー架橋処理法に関する研究の現状と適用例を調査して、その問題点と課題を抽出している。

 第3章では、提唱したCAG法の手順と原理を論じている。CAG法では、ゲル生成剤とCO、飽和水を所定量ずつ多孔質媒体内へ交互圧入する。両溶液はフィンガリングや拡散により混合され、ゲル生成剤のpHが低下する。pHの低下に伴いアルミニウム種の電離平衡がシフトする際に生じる3価のアルミニウムイオンが加水分解したポリマー分子を架橋する。交互圧入の繰り返しによりポリマー分子の架橋率が高まるので孔隙内のゲル生成が促進され、多孔質媒体内の流動抵抗が高まる。アルミン酸ナトリウムのpH特性を利用したポリマー架橋,の原理は、1987年にDovanが提唱したものと同じであるが、この原理をゲル生成剤とCO2飽和水の交互圧入によるゲル生成プロセスに拡張したことが本研究の独創的な発想である。

 引き続いて第3章では、適切なゲル生成剤濃度の設計に関する実験、多孔質媒体コアを用いたゲルの生成実験および油回収実験の結果をまとめて、浸透率プロファイル改善と残油の回収に対するCAG法の有効性を検証している。ガラス.ビーズを充填したコアにCAG法を適用すると、ゲルの生成によりコアの浸透率が初期の1/60から1/360まで低下することを明かにした。油飽和したコア内に水攻法を一定期間実施後にCAG法を適用した実験では、高浸透率コアの場合は約12%、低浸透率コアの場合は約24%の増油率が得られた。CAG法は多孔質媒体内の油置換の易動度比を改善して油置換効率を高める効果があることが論じられている。

 浸透率の異なるコアを並列に設置したモデルを用いた油回収実験では、層間クロスフローのない油層にCAG法を適用した場合の油回収効果を検討している。油飽和したモデルに対して水攻法実施後にCAG法を約1.4PVと2回目の水攻法を適用した結果では、CAG法を実施した期間にゲル生成による高浸透率コアの閉塞が生じ、2回目の水攻法における圧入水は低浸透率コアへ流入した。この浸透率プロファイル改善効果により、低浸透率コアからの油回収率は大きく高まった。ポリマー攻法と比較すると、単位ポリマー使用量あたりの油回収率はCAG法の方が高く、低浸透率層に存在する残油の回収にCAG法が有効であることが示されている。以上のように、浸透率の異なる数層からなる油層にCAG法を適用すると、油置換効率の改善と浸透率プロファイル改善(掃攻率の改善)の2つの効果による油回収率の向上が期待される。

 第4章では、ゲル生成剤とCO2飽和水の交互圧入による流体の混合とレオロジー的性質の変化、混合流体のpH変化に伴うゲルの生成過程、ゲルの生成による多孔質媒体の性質(浸透率と孔隙率)の変化を数式化して、ゲル生成を伴う多孔質媒体内流動を記述する数値モデルを構築している。さらに、この数値モデルを既存の水攻法とポリマー攻法の数値モデルに組み込むことにより、CAG法による油回収挙動を予測する数値モデルを構築した。数値モデルによる計算結果と実験結果の比較検討では、ゲルの生成速度定数をマッチングパラメータとして、単一コアにCAG法を適用したときのゲル生成に伴うコア内流動抵抗の上昇と油回収挙動を適切に再現することを確認している。実験に替わる手段を提供するという点で、CAG法の数値モデルを構築した意義は大きい。今後の研究で残された課題をすべて実験的に解決するのは多くの時間と労力がかかり非現実的であり、数値モデルによる評価結果を実験的に検証するという研究方針が望ましい。数値モデルの適用限界と今後の検討課題についても言及している。

 第5章は本論文の総括である。本論文で提唱したポリマー架橋処理法(CAG法)は、坑井から圧入するゲル生成剤とCO2、飽和水の混合による中和反応を利用して地層内でゲルを生成させるという簡単な原理に基づく。簡単で安価な手順で浸透率プロファイル改善効果が期待されるために、生産井における遮水や圧入井における浸透率プロファイル改善対策として有望である。経済的に採算のとれなくなった油田からの残油回収にも有望な手法と考えられる。本論文の成果はCAG法の有効性を室内実験で検証した段階にとどまるが、ゲルの地層内における安定性、ゲル生成に及ぼす層間クロスフローの影響に関する応用研究を継続して行うことにより、実油田への適用が可能である。以上のように、本研究で提唱したポリマー架橋処理法は今後の石油増進回収法の技術開発に大きく貢献する。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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