学位論文要旨



No 115727
著者(漢字) 鈴木,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ケンタロウ
標題(和) 近代日本における占いとメディア
標題(洋)
報告番号 115727
報告番号 甲15727
学位授与日 2000.12.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第299号
研究科 人文社会系研究科
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島薗,進
 東京大学 助教授 池澤,優
 東京大学 助教授 佐藤,健二
 大阪大学 教授 川村,邦光
 駒沢大学 教授 池上,良正
内容要旨 要旨を表示する

 多メディア化・高度情報化の進んだ現代日本において、伝統的な民俗宗教の「主翼」の一つであった占いは、ますますわれわれの日常生活にとって身近なものとなってきている。その際、メディアの果たす役割は圧倒的に大きいと言わざるを得ない。しかし、占いとメディアの関わりはこれまで全く研究されてこなかった。占いの研究自体がほとんどなされていない現状からすれば、それは当然の結果ではあるが、今日のわれわれにとって余りにも当たり前のように映るメディア情報空間内の占いというものが、一体いつごろからどのように生れ、その後どのようなプロセスを経てきたのかといったことについて、無知なままでは済まされないだろう。占いがいくつもの新宗教教団において重要な役割を果たしていることを考えただけでも、近代日本における占いの変容--その最も大きなものが占いのメディア情報化である--についての宗教学的な調査・研究を進めていく必要性が高いことを認めないわけにはいかない。

 そこでまず序論「現代日本における占い」では、占いの今日的位相を捉えながら本論の各論点を切り出していくことを目的に、現代日本の多様化した占いの存在形態を体系的に記述するとともに、「占い館」で行った調査の結果分析を通して、現代の占い愛好者たちの占い行動の特徴や占いに対する意識を明らかにし、さらに占いに何を求めているかを探り出した。

 次に本論第1章「占いの諸類型とその特質−現代日本の占い本を通して−」では、近現代日本で広く行われている種々多様な占いを、個々の占いを成り立たせている究極的根拠(占考原理)の種別と、運勢を好転させるための対処策の性格に見られる差異によって3つのタイプに分類し、その上でそれぞれの類型に固有の特質を人間の思惟様式の次元において捉えることを目指した。

 続く第2章「占いの物語論」は、物語論的アプローチによる占いの理解を目指した試論である。占いとは特殊な方法によって物語を紡ぎ出す行為だと言えるが、占いが紡ぎ出す物語には一体どのような特徴があるのだろうか。この問いに答えるために、まずは先行する物語論的アプローチを検討し、次にそれを一つの興味深い事例に適用することを通して、占いの物語の二つの特徴を取り出した。

 以上の本論第1章および第2章は、占いに対する通俗的なレベルを越えた理解を得るという目的にあてられており、そのため占いに関する概論的な論述といった趣が強かったが、第3章以下の各章では、そこで得られた知見や視点によりながら、近代日本における占いとメディア(特に活字メディア)との関わり、およびそれによる占いの役割や位置づけの変化が論じられていく。

 第3章「占い本と近代−知の商品化と権威の呼び入れをめぐって−」では、占いが活字化=情報商品化されることによって被った変容の過程を、近世の「占い本」から大正・昭和初期の雑誌メディアに至るまで、主として占いの真正性主張と権威のあり方に注目しながら通時的にあとづけた。現代のマスメディアにおける占いの存在様態や位置づけの原型がそこには見られる。

 第4章「婦人雑誌と占い−雑誌『婦人世界』に見る占いの情報化−」では、明治末期に創刊された婦人雑誌『婦人世界』を資料に、占いの情報化が立ち上がってくる全過程を視野に入れながら、その主たる促進要因を物語論的なアプローチによりながら読者側の需要・希求に探った。現代とは異なる占いへの期待感が、世間的道徳的な規範にあえぐ女性たちの間で高まっていたことがわかる。

 最後に第5章「同情の共同体と占いの物語−雑誌『主婦之友』の分析を通して−」では、大正6年創刊の婦人雑誌『主婦之友』を題材に、連載占い記事に盛られた占いの物語が徐々に変化していく過程を跡付け、その変化の要因を他の「悲しみの物語」群との競合、愛読者の意識の中に宿った「同情の共同体」とも言うべき読者共同体の形成、さらには大衆文化の台頭による出版商業主義の浸透に求めてみた。

 以上、本論の第3・4・5章においては、占いとメディアとの関わりを、近世から昭和初期まで、中でも特に大正期前後という時代を中心に見てきた。しかし、戦中および戦後についてはまったく手つかずになってしまっている。それが今後の課題となるわけだが、その予備的考察として、京都の地主神社の戦後における変容に関する短い論考を最後に付した。

審査要旨 要旨を表示する

 鈴木健太郎氏の「近代日本における占いとメディア」は、明治初期から現代に至る日本の占いの知と実践を広く見渡すことによって、「そもそも占いとは何か」という宗教学的な問いを追求するとともに、メディアの発展が日本の占い文化にどのような影響を及ぼしたかを考察しようとした開拓的な意義をもつ論考である。

 鈴木氏は「占いとメディア」の関係を見定めるために、いくつかの試掘的な資料研究とフィールドワークを行い、具体的な事実から浮上してくる個別の論点をあたうかぎり鮮明に提示していく。すなわち、(1)明治後期の占い本の歴史の中で高島嘉右衛門が果たした役割の解明(第3章)、(2)明治末に発刊された『婦人世界』誌が昭和初期に「婦人開運相談」欄を設けるに至る経緯の究明(第4章)、(3)大正期に発刊された『主婦之友』誌が占い記事に大いに力を入れた後それを縮小させていく経緯の究明(第5章)、(4)現代の大都市の占い館の顧客達がどのような人々であり何を求めているのかについての調査研究(序章)、(5)現代の「占い本」がどのような特徴をもちどのような占いの方法を説いているかについてのサーベイ(第1章)、などである。

 これらはいずれもほとんど先行研究のない領域にいわば素手で踏み込み、事実に即して「占いとは何か」「メディアが占いにどのような作用を及ぼしたか」を解明した論考であり、それぞれに刺激的な問題提起に結実している。全編を貫く論点として、(1)近現代の占いは基因と対処法の双方を比較することにより3つの類型に類別できること、(2)占いはアドホックな指導関係を構成しながら、小さく断片的な物語を生み出していくものであること、(3)占いが支えとする権威や、占いが生み出していく物語は、書物や雑誌が構成する共同性と深く関わりながら形をかえて今日に至っていること、などが示されていく。緻密な論証に至らず、論点提示にとどまっている箇所がまま見られるし、個々の論点が全体として有機的に結び合わされていないのも弱点だが、新たな研究領域にいくつかの理論的展望を切り開き、今後の研究の足場を築いた仕事しての意義は小さくない。

 よって審査委員会は本論文が博士(文学)の学位を授与するに値するものと判断する。

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