学位論文要旨



No 115729
著者(漢字) 加藤,輝
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,テル
標題(和) In vitro selection法を用いた新規機能性DNAの調製
標題(洋)
報告番号 115729
報告番号 甲15729
学位授与日 2000.12.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4825号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 小宮,山真
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

 本論文はコール酸および亜リン酸誘導体に結合するDNAオリゴマーの調製に関するものであり、6章より構成されている。

 近年、自然界の生物の進化の過程である変異・淘汰・増殖というサイクルの繰り返しを特定の分子集団に対して行い、人工的に分子を進化させる分子進化工学が著しく発展してきた。特に核酸を対象とした分子進化工学はPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法を導入することにより1990年以降急速に発展し、標的とする分子に特異的に結合する一本鎖オリゴヌクレオチド(アプタマーと呼ばれる)を得ることが可能になった。アプタマーのセレクション法は現在ではin vitro selection法、またはSELEX(Systematic Evolution of Ligands by Exponential Enrichment)法と呼ばれている。1990年にSELEX法が初めて提案されて以来、核酸結合性の蛋白質はもとより、核酸結合性が知られていなかった蛋白質・酵素やペプチド、ヌクレオチド(AIP)、アミノ酸(アルギニン)、ビタミンB12、植物アルカロイド(テオフィリン)などの生体由来低分子化合物、さらには有機色素などに対してもアプタマーが得られている。したがってSELEX法はある分子に特異的に結合する新しいタイプのホスト化合物の調製法として非常に有望である。特にDNAはRNAに比べ化学的に安定で合成も容易なため、様々な機能性分子の構築への応用が考えられる。

 しかし核酸の場合約20種のアミノ酸から構成されるペプチドと異なり、わずか4種のモノマーから構成されており、構造の多様性という点ではペプチドに劣っていると考えられる。したがってどのような化合物がDNAアプタマーと相互作用しうるのか評価することが非常に重要である。

 これまでに低分子化合物を標的分子としたいくつかのDNAアプタマーがin vitro selection法により得られているが、標的分子はほとんどの場合、ポルフィリン、ATP、葉酸などの複素芳香環を持つ化合物であった。本研究では複素芳香環を持たない化合物であるコール酸に結合するDNAアプタマーのin vitro selectionを行った。またカルボン酸エステル加水分解反応の遷移状態アナログ(TSA)である亜リン酸誘導体に結合するDNAアプタマーのセレクションを行い、DNAアプタマーの人工抗体および人工酵素の構築材料としての可能性を検討した。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。

 第2章では、胆汁酸の成分の1つであるコール酸に結合するDNAアプタマーのin vitro selectionを行った。胆汁酸はステロイド骨格にカルボキシル基と1〜3個のヒドロキシル基が結合した基本構造を持ち、生体中での脂質の消化吸収に関与している。また肝機能障害や胆嚢障害により尿中及び血清中の胆汁酸誘導体濃度が上昇することが知られており、コール酸を特異的に認識するDNAアプタマーは胆汁酸誘導体の成分の検出等に利用できる可能性がある。またステロイド骨格を持つ化合物とDNAとの相互作用についてはこれまで全く検討されておらず、DNAアプタマーの分子認識能を評価するのに非常に適した化合物だと考えられる。

 コール酸をアガロースゲルに固定化し、ゲルをカラムに充填することによりセレクション用カラムを調製した。DNAライブラリーとして64塩基のランダムな配列を含む100塩基のDNAを固相合成した。DNAライブラリーをセレクション用緩衝液(50mMTris/HCl, 300mMNaCl, 30mMKCl, 5mMMgCl2, pH7.6)中でアニーリングし、高次構造を形成させた後、セレクションカラムに注入した。カラムを30分間室温でインキュベートした後洗浄し、5mMのコール酸を含む緩衝液でカラムに保持されたDNAを溶出し、PCR法により増幅した。また、カラム担体に対して結合するDNAを除去するためにコール酸を固定化していない担体に結合するDNAの除去(ネガティブセレクション)を数回行った。

 コール酸に結合するアプタマーのセレクションを合計13回行った。1回目のセレクションではカラムに保持されたDNAはライブラリー全体の1%以下であった。しかしセレクションを繰り返すに従って結合量は徐々に増加し、9回目のセレクションでは60%以上のライブラリーが結合した。13回目のセレクションの結果得られたライブラリーをセレクションカラムより低濃度のコール酸が固定化されたカラムに結合させたところ、DNAの結合量はコール酸の固定化濃度に依存することがわかった。したがってDNAのセレクションカラムヘの結合はカラム担体に対する非特異的結合ではなく、固定化されたコール酸への結合によるものと考えられる。

 第3章ではin vitro selectionにより得られたコール酸に結合するDNAアプタマーの塩基配列を決定し、DNAアプタマーの分子認識能の評価を行った。13回目のセレクション後のライブラリをクローニングし、ダイデオキシ法により10個のクローンの塩基配列を決定した。10クローンの塩基配列はすべて異なっており、すべてのクローンはそれぞれセレクションカラムに対して結合能を示した。それぞれのクローンの塩基配列を比較したところ、すべてのクローンに共通する相同性の高い配列はみられなかったが、クローン1はクローン6と非常に相同性の高い塩基配列を持ちわずか数塩基のみが異なっていた。そこでこのクローン1の塩基配列とコール酸結合能との関係について評価するため、クローン1の64塩基からなるランダム配列部位を合成し、セレクションと同一の条件でセレクションカラムからの選択的溶出量を評価した。その結果、64塩基からなるクローン1は100塩基のクローン1とほぼ同様の溶出量を示し、また3μgから20μgの範囲では、溶出の割合はほとんど変化がなかった。つぎにクローン1のコール酸に対する特異性を検討するためにセレクションカラムに64塩基のクローン1を結合させ、コール酸及びその誘導体の0.5mMの溶液でクローン1の選択的溶出を行った。そしてそれぞれのコール酸誘導体溶液によるDNA溶出量の割合をコール酸による溶出量を100として比較した。その結果、コール酸のカルボキシル基にグリシンが結合しているグリココール酸溶液ではコール酸溶液と同じ溶出量が得られたが、コール酸の12位の水酸基がないケノデオキシコール酸では約60%の溶出量しか得られず、また、コール酸の7位と12位の水酸基がなく3位の水酸基に硫酸が結合しているリトコール酸3-サルフェートではほとんどクローン1はセレクションカラムから溶出しなかった。またコール酸の構造の一部を構成するシクロヘキサノールや4-メチル吉草酸でもほとんどクローン1は溶出しなかった。したがってクローン1はコール酸のステロイド骨格上の官能基の種類によって大きく結合能が変化するということが確認された。

 第4章ではカルボン酸エステル加水分解反応の遷移状態アナログ(TSA)に結合するDNAアプタマーのin vitro selectionを行った。

 化学反応の遷移状態に類似の化学構造を持つTSAを抗原として得られる多数の抗体の中には触媒作用を持つものがあり、触媒抗体と呼ばれている。TSAはSELEX法による触媒活性ヌクレオチドのセレクションにも利用され、10員環架橋ビフェニルの異性化反応およびポルフィリンの金属イオンへのキレーションを触媒するRNAおよびDNAが単離されている。本研究では生化学的、合成化学的に非常に重要な反応であるカルボン酸エステル加水分解反応のTSAに結合するDNAアプタマーのセレクションを行った。遷移状態アナログをアミド結合を介してカラム担体に1mMの濃度で固定化した。TSAに結合するアプタマーのセレクションを14回行った。その結果1〜5回目のセレクションではほとんどのDNAがカラムに結合しなかったが、11回目以降約10%のDNAが結合した。

 第5章ではin vitro selectionにより得られたTSAに結合するDNAアプタマーの塩基配列を決定し、DNAアプタマーの分子認識能の評価を行った。14回目のセレクション後のDNAライブラリーをクローニングし、10クローンの塩基配列を決定した。10クローンのうちクローン2、6、7、の3つは全く同一の塩基配列であり、他の7個のクローンはそれぞれ異なる配列だった。各クローンの塩基配列を比較したところ、すべてのクローンに14〜22塩基のグアニン含有率の高い部位が存在した。これらの部位のグアニン含有率は57〜69%であった。すべてのクローンにグアニン含有率の高い部位が含まれていることからTSAとDNAとの結合にこの部位が関与していることが示唆された。14回目のセレクションにより得たライブラリーとクローン2(6、7)を用いてアプタマーの触媒活性の評価を試みたが、ライブラリー、クローン2ともに触媒活性を示さなかった。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 標的分子に特異的に結合する一本鎖RNAおよびDNAはアプタマーと呼ばれる。本研究は、これまでアプタマーの標的分子として検討されていないステロイドの一種であるコール酸に結合するDNAアプタマーの調製に関するものであり、7章により構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、コール酸に結合するDNAアプタマーの一次構造を明らかにしている。2つのコール酸固定化カラムを用いてアフィニティー分離を13回繰り返し、アプタマーの19個のクローンの塩基配列を決定している。各クローンの塩基配列を比較したところ、共通の保存配列はみられなかったと述べている。これらの結果から、コール酸に結合する共通の高次構造が、それぞれ異なる配列により形成されている可能性があると述べている。

 第3章では、DNAアプタマーの19個のクローンに含まれる共通の2次構造を解析している。はじめにクローン1、2について、結合に必須の部分配列を決定している。この部分配列の2次構造予測から、部分配列が分子内でthree-way junctionを形成していることを示唆している。他の17個のクローンについても2次構造予測を行い、そのうち4個のクローンがthree-way junctionを形成しうる配列を持つことを見いだし、実際にその配列がコール酸と結合することを示している。つぎに残りの13個のクローンについて、独自のコンピュータプログラムを作成し、これを用いて、three-way junctionを形成しうる配列を検索している。その結果、13個のクローンすべてにthree-way junctionを形成しうる配列を見いだしている。また、これらのthree-way junction構造に対応する各クローンの部分配列が実際にコール酸に結合することを示している。これらの結果から、特定の高次構造、すなわちthree-way junctionがアプタマーとコール酸の結合に必須であると述べている。

 第4章では、アプタマーの分子内でのthree-way junctionの形成を確認し、さらにアプタマーのコール酸結合部位を探索している。Mung bean nucleaseによる酵素切断解析と四酸化オスミウムによる化学修飾の結果から、アプタマーの部分配列によるthree-way junctionの形成が示唆されたと述べている。さらにクローン2、9、および16に対する変異体解析の結果もthree-way junctionの形成を支持していると述べている。部分配列の変異体解析および四酸化オスミウムによる化学修飾により、コール酸がthree-way junctionの分岐点付近に結合することが示唆されたと述べている。また、アプタマーがコール酸以外の胆汁酸やその他の飽和ステロイドと結合することを示している。

 第5章では、コール酸とthree-way junctionの結合様式を推定している。はじめに、3本の1本鎖DNAにより形成されるthree-way juntionが、分子内で形成されるthree-way junctionと同様にコール酸と結合することを示している。つぎに、CPKモデルにより分岐点上の3つの塩基対により形成される環状のコール酸結合部位の構造を推定している。分岐点上での塩基対置換における親和性の維持、および分岐点上のチミンのコール酸結合時の四酸化オスミウムに対する反応性の低下が同推定構造を支持すると述べている。また、three-way junctionがコール酸以外の様々な飽和ステロイドと結合することも同推定構造を支持すると述べている。環状の同推定構造は、シクロファンなどの環状ホストの構造と類似しており、空孔の形状に適した構造をもつ様々なステロイドと結合する点も類似していると述べている。

 第6章では、three-way junctionとコール酸との相互作用を利用した2つの新規アッセイ法を構築している。はじめに、DNAアプタマーを検出用分子認識素子とした簡便なステロイドのアッセイ法の構築を試みている。アッセイ結果から、酵素を直接連結したDNAアプタマーを用いたELISA型アッセイ法の有用性が示されている。また、標的DNAとプローブ間でのthree-way junctionの形成を指標とする1塩基変異の検出を行っている。本検出法により、通常のハイブリダイゼーションアッセイよりはるかに明確に標的DNAの1塩基変異が識別されたと述べている。

 第7章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめている。

 以上、本論文は、コール酸などのステロイドと結合するDNAアプタマーの取得にはじめて成功し、その2次構造やコール酸との結合部位を化学修飾法や変異体解析により明らかにしている。さらに、three-way junctionを利用した2つの新規アッセイ法を構築している。'

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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