学位論文要旨



No 115730
著者(漢字) 大木,研一
著者(英字)
著者(カナ) オオキ,ケンイチ
標題(和) 視覚野境界領域における方位特異点の配列
標題(洋) Arrangement of Orientation Pinwheel Centers around Area 17/18 Transition Zone in Cat Visual Cortex
報告番号 115730
報告番号 甲15730
学位授与日 2000.12.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1683号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 助教授 伊良皆,啓治
 東京大学 講師 百瀬,敏光
 東京大学 講師 廣瀬,謙造
内容要旨 要旨を表示する

 序

 哺乳類の一次視覚野の細胞は、特定の方位を向いた線または縞刺激に選択的に反応を示す。皮質と垂直方向には、表層から深層まで同様の最適方位を持つ細胞が集まっていて、方位選択性コラムと呼ばれている。皮質と接線方向には、これらの方位選択性コラムが、最適方位が連続的に変化するように配列していて、方位選択性マップと呼ばれている。方位選択性マップではほとんど至る所で最適方位が連続的に変化するが、ピンホイール・センターまたは方位特異点と呼ばれる特異点が存在し、そこでは最適方位が不連続に変化し、その特異点の周りに全ての方位が表現されている。右回りに特異点の回りを1周すると、最適方位は+180度もしくは-180度変化するので、それぞれ右巻きの特異点、左巻きの特異点と呼ばれている。

 この方位特異点は、そのユニークな構造から実験、理論の両面から興味を持たれて来た。方位特異点と他のコラム構造(眼優位性コラム、方向選択性コラム、網膜部位対応)との関係は詳細に調べられてきたが、方位特異点自身が、どのような構造で配列しているのかについては明らかにされていなかった。方位特異点の配列を調べることは、方位選択性マップの大域的な構造とその形成過程について考える上で重要であると考えられる。そこで私は内因性シグナルによる光計測法を用いて方位特異点の配列を調べ、ネコの17/18野の境界の近傍では、方位特異点が規則的なパターンをなして配列していることを明らかにした。

 方法

 実験は麻酔下(笑気+イソフルレン+パンクロニウム)で行われた。17/18野境界の直上で開頭し、脳硬膜を除去した。チェンバーをレジンで固定し、シリコンオイルを注入してガラス板をはめることによりチェンバーの内部の圧力を保ち、脳の拍動を抑えた。630nmの光を照射し、神経活動に伴う反射光の変化をCCDカメラと画像差分増幅装置(Imager2001)を用いて測定した。脳表の血管からのアーティファクトを避けるために、直列レンズ法を用いて焦点面を皮質の表面から400-600μm下に合わせた。バックプロジェクション法を用いて視野中心の位置を求め、コンタクトレンズを用いてモニターに焦点が合うように補正した。視覚刺激は6方位の稿模様を用い、それらがランダムな順番で64-160回モニター上に繰り返し提示され、それに対する反応を加算した。各ピクセルにおいて、6方位それぞれに対する反応の大きさをベクトル的に加算することにより最適方位を求め、方位選択性マップを求めた。18野は17野より低い空間周波数の縞模様によく反応するという性質を利用して、0.15cycle/degreeと0.5cycle/degreeの縞模様で刺激し、0.15cycle/degによく反応する領域を18野、0.5cycle/degreeに良く反応する領域を17野として、17/18野の境界を求めた。従来は、生理学的な17/18野の境界は計測側と同側視野の表現がある場所と定義されてきたため、1匹の動物において、上記の空間周波数の選択性の差による方法と従来の方法の両者で17/18野境界を決め、それらが一致することを確認した。

 結果

 方位選択性マップから方位特異点の位置を求め、右巻きと左巻きに分類したところ、17/18野境界の近傍では特徴的なパターンをなして配列していることがわかった。すなわち、同じ巻き型の特異点が境界と平行に列を成すように並んでいた。また、境界と垂直方向には、右巻きの特異点の列と左巻きの特異点の列が交互に並んでいた。この結果は局所的に見ると、同じ型の特異点は境界と平行に並ぶ傾向があり、違う型の特異点は境界と垂直方向に並ぶ傾向があるということになる。このことを定量的に示すため、隣りあう特異点のペアをとってその間の相対的な位置関係を2次元平面上にプロットした。すると、同じ型の特異点は境界と平行方向に分布し、違う型の特異点は境界と垂直方向に分布していた。この傾向は主成分解析により確認された。また、第一主成分と第二主成分の固有値の比が、同じ型の特異点のペアの方が高かったことから、同じ型の特異点が境界と平行に並ぶ傾向のほうが(違う型の特異点が垂直に並ぶ傾向より)強いことが示された。また、隣りあう特異点のペアを結ぶ線分と17/18野境界のなす角度を求めて分布を調べたところ、同じ型の特異点を結ぶ線分は統計的に有意に境界と平行方向に分布しており、違う型の特異点を結ぶ線分は統計的に有意に境界と垂直方向に分布していた。また、両者の分布も統計的に有意に異なっていた。調べた5例の全てで、同じ型の特異点が境界と平行に並ぶ傾向は有意であった。一方、17野内部の境界から1mm以上離れたところの特異点の配列を同様に調べたところ、3例全てにおいて規則的な配列は観察されなかった。

 考察

 本研究で見出された17/18野の境界において方位特異点が規則的な配列を示す原因について考察した。まず、方位特異点の分布について現在まで知られている知見で、この規則的な配列が説明可能かどうかを考察した方位特異点の分布について知られていろこととしては(1)眼優位性コラムの中央に分布する傾向がある、(2)最も近い隣の特異点は違う型のものであることが多い、の2つがある。(1)で説明可能かどうかを検討するため、特異点の位置には観測されたものを用い、それらの型についてはランダムに割り当てるモンテカルロ・シミュレーションを行ったところ、型をランダムに割り当てた場合には特異点の規則的な配列が見られる可能性は極めて低いことが示された。したがって、(1)の条件は特異点の型については制約を与えないことを考えると、(1)が原因であるとは考えにくい。(2)の性質は境界の方向に関係した制約を与えないので、全例で同じ型の特異点が境界と平行に並んだことを説明することは難しい。以上より、現在まで知られている方位特異点の分布に関する知見では、本研究の結果を説明できないと考えられる。

 そこで私は特異点の規則的な配列が境界の近傍のみで見られることから考えて、この配列は方位選択性マップの発生時における領野境界の影響によるものではないかと考えた。眼優位性コラム、方位選択性コラム等が形成されるのには、発生初期の過剰な神経結合が神経活動に依存して選択的に失われることが重要であると考えられており、また、コラム形成の理論では、これらのコラムのパターンは活動依存的・自己組織化的に形成されると考えられている。自己組織化的なパターン形成においては、境界条件が最終的なパターンを決めるのに重要であることが知られているので、領野の境界も方位選択性マップのパターン形成に影響を与えると予想される。特異点の規則的配列が境界の方向と強く相関していることも、特異点の規則的な配列が領野境界の影響によるという考えを支持している。

 領野境界付近に見られる他の特徴的な構造としては、方位コラム、眼優位性コラムなどが領野と直交して伸びていることが知られていて、ベナール対流などの自己組織化的パターン形成との類比から、機能コラムの形成時に境界から影響を受けることによるのではないかという仮説があった。観測された方位特異点の境界領域のおける配列は、方位コラムと境界との直交性を最大にするようなものであることから、方位特異点の規則的配列と直交性の間には密接な関係があると思われ、両者とも同じ原因によるのではないかと考えられた。

 そこで、(1)境界の効果を入れた自己組織化的パターン形成によって、観測されたような方位特異点の配列と直交性の両者が再現できるか、(2)もし再現できるなら、どのような境界の効果を入れたときに再現されるのか、(3)方位コラムと境界の直交性が成立すれば必ず方位特異点の規則的配列も現れるのか、それとも直交性が成立しても方位特異点が規則的に配列しない条件もあるのかの3点についてコンピュータ・シミュレーションにより検討した。その結果、皮質内における水平方向の興奮性と抑制性の相互作用の形が一致しないときにのみ、実験で観測されたような方位特異点の規則的配列と、方位コラムと境界の直交性の両者が再現された。また、興奮性と抑制性の相互作用がともに同程度に境界と直交方向に伸びている場合においては、方位コラムと境界の直交性は見られたが、方位特異点の規則的配列は見られなかった。以上より、方位特異点の規則的配列と、方位コラムと境界の直交性は同一原因によるものである可能性が示唆され、また方位特異点の規則的配列は、方位コラムと境界の直交性の単なる同値条件ではないことが示された。

 以上より、17/18野境界は方位選択性マップのパターン形成に強い影響を及ぼしていて、方位コラムを境界と直交方向に走らせるだけでなく、方位特異点を規則的に配列させていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はネコの一次視覚野の方位選択性マップの大域的な構造とその形成過程について考察するため、方位選択性マップに存在するピンホイール・センターまたは方位特異点と呼ばれる特異点の配列を内因性シグナルによる光計測法を用いて調べたものであり、下記の結果を得ている。

1.18野は17野より低い空間周波数の縞模様によく反応するという性質を利用して、0.15cycle/degreeと0.5cycle/degreeの縞模様で刺激し、0.15cycle/degによく反応する領域を18野、0.5cycle/degreeに良く反応する領域を17野として、17/18野の境界を求めた。従来は、生理学的な17/18野の境界は計測側と同側視野の表現がある場所と定義されてきたため、1匹の動物において、上記の空間周波数め選択性の差による方法と従来の方法の両者で17/18野境界を決め、それらが一致することを確認した。

2.方位選択性マップから方位特異点の位置を求め、右巻きと左巻きに分類したところ、17/18野境界の近傍では特徴的なパターンをなして配列していることがわかった。すなわち、同じ巻き型の特異点が境界と平行に列を成すように並んでいた。また、境界と垂直方向には、右巻きの特異点の列と左巻きの特異点の列が交互に並んでいた。

3.上記の結果は局所的に見ると、同じ型の特異点は境界と平行に並ぶ傾向があり、違う型の特異点は境界と垂直方向に並ぶ傾向があるということになる。このことを定量的に示すため、隣りあう特異点のペアをとってその間の相対的な位置関係を2次元平面上にプロットした。すると、同じ型の特異点は境界と平行方向に分布し、違う型の特異点は境界と垂直方向に分布していた。この傾向は主成分解析により確認された。また、第一主成分と第二主成分の固有値の比が、同じ型の特異点のペアの方が高かったことから、同じ型の特異点が境界と平行に並ぶ傾向のほうが(違う型の特異点が垂直に並ぶ傾向より)強いことが示された。

4.また、隣りあう特異点のペアを結ぶ線分と17/18野境界のなす角度を求めて分布を調べたところ、同じ型の特異点を結ぶ線分は統計的に有意に境界と平行方向に分布しており、違う型の特異点を結ぶ線分は統計的に有意に境界と垂直方向に分布していた。また、両者の分布も統計的に有意に異なっていた。

5.調べた5例の全てで、同じ型の特異点が境界と平行に並ぶ傾向は有意であった。一方、17野内部の境界から1mm以上離れたところの特異点の配列を同様に調べたところ、3例全てにおいて規則的な配列は観察されなかった。

6.本研究で見出された17/18野の境界において方位特異点が規則的な配列を示す原因について、特異点の規則的な配列が境界の近傍のみで見られることから考えて、この配列は方位選択性マップの発生時における領野境界の影響によるものではないかと考えた。特異点の規則的配列が境界の方向と強く相関していることも、特異点の規則的な配列が領野境界の影響によるという考えを支持している。観測された方位特異点の境界領域のおける配列は、方位コラムと境界との直交性を最大にするようなものであることから、方位特異点の規則的配列と直交性の間には密接な関係があると思われ、両者とも同じ原因によるのではないかと考えられた。そこで、(1)境界の効果を入れた自己組織化的パターン形成によって、観測されたような方位特異点の配列と直交性の両者が再現できるかを、コンピュータ・シミュレーションにより検討した。その結果、境界付近で皮質内における水平方向の興奮性と抑制性の相互作用の形が一致しないときにのみ、実験で観測されたような方位特異点の規則的配列と、方位コラムと境界の直交性の両者が再現された。

以上、本論文はネコの17/18野の境界の近傍では方位特異点が規則的なパターンをなして配列していることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、方位特異点の大域的な配列構造を明らかにし、領野の境界が機能マップのパターン形成に強い影響を及ぼしている可能性を示唆した点で、大脳皮質における機能マップの構造と形成の理解に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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