学位論文要旨



No 115731
著者(漢字) 小内,伸幸
著者(英字)
著者(カナ) オナイ,ノブユキ
標題(和) SDF-1 Intrakine発現マウスの作製と解析
標題(洋) Generation and functional analysis of SDF-1 Intrakine expressing mice
報告番号 115731
報告番号 甲15731
学位授与日 2000.12.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1684号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 増田,道明
 東京大学 助教授 横山,和仁
内容要旨 要旨を表示する

 生体の造血系においては、造血幹細胞が自己増殖、分化を繰り返し、そこから多くの種類の血球細胞が再生、補充されている。

血球細胞は胎生7.5日の胚体外中胚葉から発生し、その後、卵黄嚢(yolk sac)に分布する血管中に移行し、続いてパラ大動脈臓側中胚葉(paraaortic splanchnopleura mesoderm; PAS)、AGM(aorta-gonad-mesonephros、大動脈-生殖隆起-中腎)、肝臓、骨髄へと血球形成の場は移行していく。このような細胞の成熟に伴って環境を変え細胞が移行していくプロセスはたいへん重要である。しかしながら、この分化課程における血球細胞の細胞移動、定着の分子メカニズムは明らかになってはいない。

 最近このような細胞移動を制御する分子としてケモカインが注目されている。ケモカインは白血球走化性・活性化作用を有し、塩基性でヘパリン結合性の強い蛋白分子群であり、非常に保存された部位に存在する最初の2つのシステイン残基の存在形式によりCXC、CC、C、CX3Cサブファミリーに分類される。CXCサブファミリーに属するSDF-1(stromal cell-derived factor-1)は田代らにより、シグナル配列トラップ法を用いてストローマ細胞が産生する分泌タンパクとしてクローニングされた。また、長澤らによりプレB細胞株DW34の増殖を指標とした発現クローニング法により、プレB細胞増殖刺激因子(pre B-cell stimulating factor;PBSF)としてクローニングされた。SDF-1は血液前駆細胞、B細胞、T細胞、単球に対し遊走活性を示し、その受容体であるCXCR4は様々な組織、細胞で発現している。さらに、T-tropic HIVの宿主細胞への侵入に必要なCD4のコレセプターとして機能していることが明らかとなり、臨床応用面からも注目を集めている分子である。SDF-1あるいはCXCR4遺伝子欠損マウスは胎生16.5〜18.5日で半数が死亡し、出生1時間以内に残りが死亡する。さらに、胎生18.5日の肝ではB細胞前駆細胞数が著しく低下し、骨髄ではB細胞前駆細胞数ならびに骨髄系前駆細胞数も低下してたと報告されている。また、心形成異常、胃腸管の血管形成異常、小脳の顆粒細胞層の異常も認められ、SDF-1/CXCR4は胎生期造血、器官形成を制御していると考えられている。

 Intracellular chemokine ”intrakine”は、そのC末端側にリジン-アスパラギン酸-グルタミン酸-ロイシンから成る小胞体における停留シグナルを持つため、分泌されず、細胞内の小胞体に留まり、新たに合成されたレセプターに結合し、細胞膜への輸送をブロックする。in vitro の実験において、ヒトSDF-1-intrakineを遺伝子導入したリンパ球はT-tropic HIV感染に対し、耐性となったことが知られている。しかし、in vivo においてSDF-1-intrakineがCXCR4発現を抑制するのか、また、成人期においてCXCR4発現を抑制することでどのような作用を示すかは明らかではない。

 そこで、本研究では、SDF-1あるいはSDF-1-intrakine遺伝子をretrovirus vectorにより血液前駆細胞に遺伝子導入し、致死量の放射線を照射したマウスに移植し、再構築マウスを作製し、その表現型を解析した。

方法

1.再構築マウスの作成

 green fluorescent protein(GFP)のみを発現するもの、またSDF-1あるいIntrakineとGFPをそれぞれ発現するbicistronic expression vectorを作製した。各expression vectorをretrovirus packaging細胞BOSC23に遺伝子導入し、ウィルス上清を調製し、c-kit+細胞に感染させた。感染後、GFP陽性細胞をソーティングし、致死量の放射線を照射したマウスに移植し、再構築マウスを得た。

2.再構築マウスの表現型の解析

 再構築率を確認するため、移植後、末梢血、骨髄、脾臓、胸腺におけるGFP発現の時間経過をフローサイトメトリー(Flow cytometry;FCM)にて解析した。intrakineがin vivoにおいて、CXCR4発現を抑制するかどうかを検討するため、各マウス由来の脾臓細胞表面上のCXCR4発現をウサギ抗マウスCXCR4ポリクローナル抗体、また他のケモカイン受容体に対する抗体にて染色し、FCMによる解析、及びrecombinantSDF-1、MIP-1α、SLCを用いた遊走実験を行い、その効果を確認した。

3.再構築マウスの造血の解析

 移植後の各マウス由来の末梢血、骨髄、脾臓、胸腺からsingle cell suspensionを調製し、各lineage特異的細胞表面マーカーで染色し、FCMにて解析した。また、骨髄における各血液前駆細胞数をin vitro colony assayによって測定した。末梢血中のイムノグロブリン量をELISA法にて測定した。

4.胸腺の組織学的検討

 各マウス由来の胸腺をホルマリンにて固定し、HE染色し、組織学的検討を行った。また、同時に凍結切片を作成し、抗マウスSDF-1抗体、抗マウスCXCR4抗体を用いて免疫染色を行い、胸腺におけるSDF-1/CXCR4発現を検討した。

結果

1. 移植後のGFP陽性率をFCMにて解析したところ、移植後56日目、GFP、SDF-1導入マウスでは、それぞれ90.3%±7.8%、95.5%±8.4%と高い値を示し、高率のよい再構築マウスを得た。一方、intrakine導入マウスではこれら2種類マウスに比べて平均で12〜15%ほど、GFP陽性率が低い値を示した。

2. intrakineがin vivoにおいて、CXCR4発現を抑制するかどうかを検討するため、各マウス由来の脾臓細胞表面上のCXCR4発現をウサギ抗マウスCXCR4ポリクローナル抗体にて染色し、FCMによって解析したところ、GFP、SDF-1導入マウス由来の脾臓細胞表面上のCXCR4発現には差はなかったのに対し、intrakine導入マウスではCXCR4発現が著しく低下していた。同様な結果は末梢血、骨髄、胸腺でも認められた。

また、CCケモカインであるSLC/6Ckine、ELC/MIP-3β/CKβ11の受容体であるCCR7発現は各マウスにおいて発現の差はなかったが、MIP-1α、RANTESの受容体であるCCR1発現は、顕著ではないがintrakine導入マウスにおいて発現が低下していた。

次に、脾臓、骨髄細胞を用いてSDF-1に対する遊走実験を行った。intrakine導入マウスではSDF-1に対する走化能が、ほぼバックグランドレベルまで著しく低下していた。

一方、SLC/6Ckine、MIP-1αに対する反応性に各マウス間において顕著な差はなかった。以上の結果から、intrakine導入マウスでは、細胞表面上のCXCR4発現が低下したために、SDF-1に対する走化能が選択的に抑制されたことが証明された。

3. intrakine導入マウスでは、骨髄中のプロB細胞(B220+CD43+)、プレB細胞(B220+CD43-)、未成熟B細胞(B220+IgM+)がGFP導入マウスと比較して(3.7%±0.7%対8.8%±1.1%、12.3%±1.7%対25.3%±2.2%、1.2%±0.4%対6.6%±0.9%)減少していた。また、顆粒球/単球(Gr-1+CD11b+)も減少していた(6.7%±1.4%対31.5%±2.4%)。末梢血、脾臓においても同様な未成熟B細胞、顆粒球/単球の減少が認められた。

intrakine導入マウスの骨髄ではin vivo colony assayによって、B細胞前駆細胞数、顆粒球単球前駆細胞数、混合コロニー形成細胞数の減少も確認された。一方、SDF-1導入マウスでは、これらプロB細胞、プレB細胞、未成熟B細胞、顆粒球/単球がGFP導入マウスと比較して末梢血、骨髄、脾臓で増加していた。以上の結果から、SDF-1/CXCR4は成人期においてもB細胞、顆粒球/単球造血において重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

5. SDF-1導入マウスの胸腺では、CD4+dullCD8+dull細胞が増加し、このためCD4+high、CD8+high細胞が減っていた。一方、intrakine導入マウスではCD4-/dullCD8+/-細胞が認められた。また各胸腺の組織学的検討を行ったところ、SDF-1導入マウスの胸腺では皮質、髄質肥厚が認められ、intrakine導入マウスでは髄質形成不全が認められた。

考察

 本研究では、初めて intrakineが in vivoにおいてそのレセプターであるCXCR4の発現を抑制し、SDF-1に対する反応性をブロックすることを明らかにし、intrakineを用いたアプローチがケモカイン・ケモカインレセプター研究の新たなツールとして非常に有用であることが示された。このintrakineあるいはSDF-1を遺伝子導入した血液前駆細胞を用いた再構築マウスを作製し、その表現型の解析結果から、胎生期ばかりでなく、成人期のB細胞、顆粒球/単球造血においてもSDF-1/CXCR4が重要な役割を果たしていることが明かとなった。また、新たな知見として、intrakineあるいはSDF-1導入マウスにおいて、SDF-1/CXCR4遺伝子欠損マウスでは認められなかったT細胞造血に異常が認められた結果から、成人期T細胞造血においてもSDF-1/CXCR4が何らかの重要な役割を果たしていることが示唆された。

 ケモカインレセプターCCR5、CXCR4がHIVの細胞侵入における主なコレセプターとして機能することが明らかになり、ケモカイン・ケモカインレセプターがAIDS治療の分子標的となる可能性が大いに期待される。とりわけCXCR4はCD4+T細胞減少を伴うAIDS進行後期から出現してくるT-tropic HIVのコレセプターとして機能しているがため、AIDS病態に重要な役割を果たしている。しかし、今回の我々の結果からCXCR4を標的とした治療を患者へ行った場合、AIDS進行を阻止するかもしれないが、同時にその患者の造血への影響の危険性もありうるということが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、CXCR4とそのリガンドSDF-1の成人期造血における役割と、CXCR4を分子標的としたHIV治療の可能性を調べるため、SDF-1遺伝子あるいは、小胞体中にCXCR4をトラップするように人工的にデザインしたintracellular-chemokine(intrakine)遺伝子をレトロウィルス発現ベクターを用いて血液前駆細胞に遺伝子導入し、導入されたGFP+細胞を移植して再構築マウスを作製し、その表現型を解析し、以下の結果を得ている。

1.SDF-1あるいintrakineとGFPをそれぞれ発現するバイシストロニックレトロウィルス発現ベクターを作製した。マウス骨髄から血液前駆細胞分画としてc-kit+細胞を精製し、この細胞にGFP、SDF-1、intrakine発現ウィルスを感染させ、致死量の放射線を放射したマウスに移植した。移植後、各再構築マウスのGFP発現をFlow cytometry (FCM)で解析した結果、移植から84日までは、GFP、SDF1導入マウス共に、末梢血、骨髄、脾臓、胸腺において90%近い値を示し、非常に高率のよい再構築マウスを作製することができた。一方、intrakine導入マウスではこれら2種類のマウスに比べて、12〜15%ほどGFP陽性率は低かったこれは、intrakineが持つ造血抑制効果を反映しているものと考えられた。

2.各マウスの脾臓細胞を用いて、細胞表面上のCXCR4、CCR7、CCR1発現をFCMによって解析したところ、GFP、SDF-1導入マウスではCXCR4発現に差はなかったのに対し、intrakine導入マウスではCXCR4発現が著しく低下していた。また、CCR7発現は各マウスにおいて大きな発現の差はなかったが、CCR1発現はintrakine導入マウスでわずかに低下していた。これはintrakine導入マウスの脾臓では、B細胞造血、顆粒球/単球造血が低下した影響と考えられる。実際、intrakine導入マウス脾臓中のCD11b+、B220+細胞表面上のCCR1発現が低下していた。さらに、脾臓細胞、骨髄細胞を用いてSDF-1に対する遊走実験を行ったところ、GFP、SDF-1導入マウス由来の細胞ではSDF-1に対する反応性に差はなかったのに対し、intrakine導入マウスでは著しく低下していた。一方、SLC、MIP-1αに対する走化性に各マウスで大きな差はなかった。以上の結果から、intrakine導入マウスでは細胞表面上のCXCR4発現が低下したために、SDF-1に対する反応性が抑制された。

3.FCM解析の結果、intrakine導入マウスでは、骨髄中のプロB細胞(B220+CD43+)、プレB細胞(B220+CD43-)、未成熟B細胞(B220+IgM+)、顆粒球/単球(Gr-1+CD11b+)がGFP導入マウスと比較して減少していた。同様な結果は末梢血、脾臓においても認められた。また、intrakine導入マウスの骨髄においてin vivo colony assayによっても、B細胞前駆細胞数、顆粒球単球前駆細胞数、混合コロニー形成細胞数の減少が確認された。一方、SDF-1導入マウスでは、これらプロB細胞、プレB細胞、未成熟B細胞、顆粒球/単球がGFP導入マウスと比較して増加していた。以上の結果から、SDF-1/CXCR4は成人期においてもB細胞、骨髄球系造血において重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

4.SDF-1導入マウスの胸腺では、CD4+dullCD8+dull細胞が増加し、このためCD4+high、CD8+high細胞が減っていた。一方、intrakine導入マウスではCD4-/dullCD8+/-細胞が認められた。また各胸腺の組織学的検討を行ったところ、SDF-1導入マウスの胸腺では皮質、髄質肥厚が認められ、intrakine導入マウスでは髄質形成不全が認められた。以上の結果から、成人期T細胞造血においても、重要な役割を果たしていることが示唆された。

以上、本論文はSDF-1、intrakine導入マウスを作製し、その表現形の解析から、in vivoにおいて初めてintrakineが機能することを示し、ケモカイン研究の新たなアプローチ方法を確立し、さらに成人期造血においてSDF-1/CXCR4がB細胞造血、骨髄球系造血、T細胞造血において重要な役割を果たしていることを証明した。またCXCR4はAIDS治療の分子標的として注目されている分子であるが、本研究の結果から、長期に渡りCXCR4を抑制した場合、副作用として患者の免疫系、造血系に重篤な障害をもたらす可能性が示唆され、AIDS治療を考える上で重要な知見を与え、学位の授与に値するものと考えられる。

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