学位論文要旨



No 115734
著者(漢字) 坂本,真樹
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,マキ
標題(和) 英語とドイツ語の中間構文と関連構文の認知論的ネットワーク
標題(洋) A Cognitive Network of the Middle and Related Constructions in English and German
報告番号 115734
報告番号 甲15734
学位授与日 2000.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第279号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西村,義樹
 東京大学 教授 幸田,薫
 東京大学 助教授 中澤,恒子
 東京大学 助教授 坪井,宗治郎
 昭和女子大学 教授 池上,嘉彦
内容要旨 要旨を表示する

 本論の目的は、英語とドイツ語の中間構文の意味が、それと関連する構文の意味と共に織り成す複合的で動的なネットワークの中で最も適切に説明できることを示すことにある。この分析によって、従来の研究では注目されなかった中間構文の持つ新しい特徴が明らかになるとともに、認知論的ネットワーク分析の有効性も示される。また、人間が主体的に環境と相互作用し、事態を解釈してゆくことにより、言語カテゴリーがそれに呼応して動的に拡張していることも明らかになる。

 本論では、認知言語学の代表的理論であるR.W.Langackerによって提唱される「認知文法」の理論的枠組みで議論を行う。認知文法では、文法的知識を、意味から自律した知識の領域として扱うのではなく、特定の形式と特定の意味との組み合わせを単位として成立する一種の記号体系を構成するものと考えている。認知文法における言語表現の意味とは、客観的事態から一義的に決まるものではなく、認知能力に基づく人間の主体的な事態解釈が慣習的に組み込まれたものである。このような言語観に立つならば、一つの事態について複数の事態解釈が可能であり、その事態解釈と結びつく複数の文法形式があると想定される。また、一見異なるように思われる複数の事態が、同じ文法形式によって表されているならば、その複数の事態に関する解釈の間には関連性があると想定される。本論では、このような想定に立ち、同じ文法形式を示す構文の間の意味的関係を明らかにする。

 このような言語観と密接に関わるものとして、LangackerのDynamic Usage-based Modelに提唱されるようなカテゴリー観がある。このモデルでは、言語カテゴリーは複合的なものであり、拡張やスキーマの抽出といったプロセスにより、典型性の異なる成員が典型的成員を中心にネットワークを形成している。複数の類似した経験の間に存在する共通性を具現化するスキーマが抽出され、それが慣習化される。慣習化が進むとプロトタイプとしてさらに新しい経験をカテゴリー化してゆく。このようなプロセスが繰り返されることにより、慣習性と抽象度の異なる構造がカテゴリー化の関係で結び付けられたネットワークが形成される。典型例と非典型例は、直接的な結びつきがなくとも、一つのネットワークを形成していると考えられる。このカテゴリーの構造は、人間が一つ一つの経験を解釈してゆくことにより動的に変化してゆくものであり、どのような拡張をするかは慣習化によるところが大きい。このようなカテゴリー観に立つことにより、同じ言語現象に関しても、従来とは異なる説明が可能になるのである。

 本論で扱う構文は以下の例に示されるものである:

英語

中間構文:(1) This book sells well.(この本はよく売れる)

道具主語中間構文:(2) This knife cuts well.(このナイフはよく切れる)

能格構文:(3) The door opened.(ドアが開いた)

Energeticと解釈される自動詞構文:(4) John works.(ジョンは働く)

ドイツ語

中間構文:(5) Das Buch verkauft sich gut.(この本はよく売れる)

 this book sells itself well

 ‘This book sells well.’

非人称中間構文:(6) Es fahrt sich gut auf der Autobahn.(このアウトバーンは走り易い)

 it drives itself well on the freeway

 ‘You can drive well on the freeway.’

Lassen-中間構文:(7) Das Buch laβt sich gut verkaufen.(この本はよく売れる)  this book lets itself well sell

 ‘This book sells well.’

非人称lassen-中間構文:(8) Es laβt sich gut auf der Autobahn fahren.

 it lets itself well on the freeway drive

 ‘You can drive well on the freeway.’

(このアウトバーンは走りやすい)

再帰的能格構文:(9) Die Tur offnet sich.(ドアが開く)

 the door opens itself

 ‘The door opens.’

能格構文:(10) Die Vase zerbricht.(花瓶が壊れる)

 the vase breaks

 ‘The vase breaks.’

Absoluteと解釈される自動詞構文:(11)Der Unfall geschieht.(事故が起きる)

 the accident happens

 ‘The accident happens.’

 英語の中間構文は、主語+動詞という文法形式を示す構文(以下、NPV構文)の織り成すネットワークの中で、そしてドイツ語の中間構文は、主語+動詞+再帰代名詞という文法形式を示す構文(以下、NPV sich 構文)の織り成すネットワークの中で、それぞれ最も適切に説明できる。

 英語の中間構文とその関連構文に共通する高次のスキーマは、一つの参与者に関する事態解釈と結びつくNPV構文である。NPV構文の典型例には、Energeticと解釈される自動詞構文と、Absoluteと解釈される自動詞構文があるが、両者の境界は不明瞭である。英語の能格構文には、前者に基づいて解釈されるものと後者に基づいて解釈されるものがあると思われる。ただし、英語の能格構文の主語は、前者に基づいてenergeticと解釈される傾向があるようである。一方、ドイツ語の中間構文とその関連構文に共通する高次のスキーマは、一つの参与者が動作主的な面と被動作者的な面とに概念的に区別される事態解釈と結びつく再帰構文から抽出されるNPV sich構文である。ドイツ語の再帰的能格構文は、このスキーマによってその他の再帰構文と結びついている。再帰代名詞を伴わないもう一つの能格構文は、主語+動詞という構文形式をとり、英語同様、典型的NPV構文に基づいていると考えられる。英語と異なる点は、ドイツ語の能格構文は、Absoluteと解釈される自動詞構文に基づいているということである。英語の能格構文は、ドイツ語では主語が動作主性と結び付けられる再帰的能格構文とAbsoluteと解釈される自動詞構文に基づく能格構文によって分担されて表される事態を覆っているのである。

 次に、中間構文への拡張を見てみよう。英語の中間構文は、抽象度の高い高次のスキーマによってNPV構文のカテゴリーの成員としてカテゴリー化されており、ドイツ語の中間構文も、抽象度の高い高次のスキーマによってNPV sich構文のカテゴリーの成員としてカテゴリー化されている。同時に、英語とドイツ語の中間構文は、その関連構文から生じる具体性の高い低次のスキーマによってカテゴリー化されており、英語の中間構文は能格構文に、ドイツ語の中間構文は再帰的能格構文に基づいていると言える。eventiveな状態変化を表す能格構文や再帰的能格構文からnoneventiveなモノの属性を表す中間構文への拡張は、主語で表される状態変化の主体のもつ属性が、状態変化という事態をコントロールしていると概念化されることによって起こる。能格構文や再帰的能格構文との境界線が不明瞭な中間構文は、主語で表されるモノの属性が「どのように状態変化が進むか」をコントロールしているという事態認知と結びつく。

 さらに、英語とドイツ語で違いはあるものの、「どのように状態変化が進むか」を主語がコントロールしているという事態認知から、「どのようにプロセスが進むか」を主語がコントロールしているというスキーマが抽出され、「どのように行為が進むか」を主語がコントロールしているという事態認知と結びつく方向へと中間構文は拡張してゆく。そして、状態変化が際立つものほど能格構文に近く、行為が際立つものほどより中間構文らしいものとなっている。より中間構文らしい意味が慣習化されることにより、どのように人間が行為を遂行できるかを主語で表されるモノの属性がコントロールしているという事態認知と結びつく中間構文がプロトタイプとして確立する。それに伴い、従来動作主とみなされていた動詞で表される行為を行う人間が、主語で表されるモノの属性によってその行為をコントロールされる経験者として概念化される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は、英語とドイツ語のmiddle constructionのもつ意味の多様性・複雑性を、それと関連する構文の意味と共に織り成す複合的な意味のネットワークの中で捉えることにある。本論文での分析によって、従来の研究では注目されなかったmiddle constructionの持つ特徴に新しく光が当てられるとともに、認知論的ネットワーク分析の有効性が示されている。また、人間が主体的に表現対象となる事態に関わり、解釈してゆくことにより、言語カテゴリーがそれに呼応して拡張してゆくという認知論的カテゴリー観が提示されている。第1童で分析対象となる構文の特徴の紹介と理論的枠組みが述べられ、第2章で先行研究の概観と批判を行っている。著者の分析が3章、4章、5章と続き、第6章で本論文の成果がまとめられている。英文A4版263頁の業績である。

 「第1章」で、著者は、分析対象となる文法構文を紹介し、論文の目的を述べている。本論文では、例文(1)(2)に示される英語のmiddie constructionは、一見意味的に異なるとされているが、基本的に同じ統語形式を示す例文(3)に示されるergative constructionや,例文(4)に示されるintransitiveconstructionと意味的関連性をもち、意味のネットワークを形成するものとして説明している。また、主語+動詞という統語形式を示す構文を、総称してNP V constructionと呼び、middle constructionはNP V constructionのカテゴリー中に位置付けられると主張している:

English:NP V constructions:

Middle construction:

(1) This book sells well.

Instrument-subject middle construction:

(2) This knife cuts well.

Ergative construction:

(3) The door opened.

lntransitive construction:

(4) John works.

 本論文では、また、例文(5)(6)に示されるドイツ語のmiddle constructionは、一見意味的に異なるとされているが、middle constructionと基本的に同じ統語形式を示す例文(7)に示されるReflexive-ergative constructionや例文(8)に示されるReflexive construxtionと意味的関連性をもち、意味のネットワークを形成するものとして議論している。また、主語+動詞+再帰代名詞sich “itself”という統語形式を示す構文を、総称してNP V sich constructionと呼び、middle constructionはNP V sich constructionのカテゴリーの中に位置付けられると主張している:

German:NP V sich “itself” constructions:

Middle construction:

(5) Das Buch verkauft sich gut.

this book sells itself well

“This book sells well.”

Impersonal middle construction:

(6) Es fahrt sich gut auf der Autobahn.

it drives itself well on the freeway

“You can drive well on the freeway.”

Reflexive-ergative construction:

(7) Die Tur ofnet sich.

the door opens itseIf

“The door opens.”

Reflexive construction:

(8) Sie erstach sich.

she stabbed herself

“She stabbed herself.”

 本論文の理論的枠組みは、認知言語学の中の代表的理論であるR.W.Langackerによって提唱される「認知文法」である。認知文法では、文法的知識を、意味から自律した知識の領域として扱うのではなく、特定の形式と特定の意味との組み合わせを単位として成立する一種の記号体系を構成するものと考えている。認知文法における言語表現の意味とは、客観的事態から一義的に決まるものではなく、認知能力に基づく人間の主体的な事態解釈が慣習的に組み込まれたものと考えている。著者は、この認知論的言語観に立ち、一見異なるように思われる複数の事態が、同じ文法形式によって表されていれば、その複数の事態に関する解釈の間には関連性があると想定し、同じ文法形式を示すmiddle constructionとその関連構文の間の意味的関係を明らかにしている。

 さらに、著者は、このような言語観と密接に関わるものとして、LangackerのDynamic Usage-based Modelに提唱されるカテゴリー観に着目している。このモデルでは、文法構文さらには動作主のような意味役割、主語などの文法的概念などの言語カテゴリーは、複合的なもので、拡張やスキーマの抽出といったプロセスにより、典型性の異なる成員が典型的成員を中心にネットワークを形成していると考えている。複数の類似した意味の間に存在する共通性を具現化するスキーマが抽出され、それが慣習化され、慣習化が進むとプロトタイプとしてさらに新しい意味をカテゴリー化してゆく。このようなプロセスが繰り返されることにより、慣習性と抽象度の異なる構造がカテゴリー化の関係で結び付けられたネットワークが形成される。典型例と非典型例は、直接的な結びつきがなくても、一つのネットワークを形成していると考えられる。このカテゴリーの構造は、人間が一つ一つの経験・事態を解釈してゆくことにより動的に変化してゆく可能性をもつもので、どのように拡張をするかは慣習化によるところが大きく、予測できるものではないが、その拡張は全く恣意的なものというわけではなく、認知的な動機付けがあるものであると考えている。本論文では、このようなカテゴリー観に立つことにより、多くの研究がなされてきたmiddle constructionに関して、新しい視点から説明を行っている。

 「第2章」では、先行研究の概観とその問題点の指摘を行っている。先行研究では、英語とドイツ語のmiddle constructionを一つの意味的成立条件で説明しようとしてきたが、著者は、そのようなアプローチでは、middle constructionのもつ意味の多様性が捉えられないと指摘している。また、各文法構文の間に明確な境界線を引こうとするのではなく、middle constructionは関連構文との意味的関係を積極的に考慮して考える方がよいと指摘している。

 「第3章」では、英語のmiddle constructionは、主語+動詞という文法形式を示す構文、つまりNP V constructionの織り成すネットワークの中に、そして、ドイツ語のmiddle constructionは、主語+動詞+再帰代名詞という文法形式を示す構文、つまりNPVsichconstructionの織り成すネットワークの中に位置付けている。

 英語のmiddle constructionとその関連構文に共通する高次のスキーマは、一つの参与者に関する事態を表すNP V constructionである。NP V constructionの典型例には、Energetic construalと結びつくenergetic construal intransitive constructionと、Absolute construalと結びつくabsolute construal intransitive construction構文があるが、両者の境界は不明瞭であるという点に着目している。

 英語のergative constructionは、主語で表される主体(TH)の状態変化を引き起こす外的な動作主の存在が想定されやすいような事態を、その外的な動作主をdefocusして、あたかも自発的に起こったかのような解釈と結びつく構文であると考えている。変化の主体自体が、自らの状態変化をinitiateしていると捉えられる度合いは程度差があり、個々の場合で異なるが、英語のergative constructionは、energetic construal intransitive constructionのようにenergeticと解釈される傾向があるとしている。

 一方、ドイツ語のmiddle constructionとその関連構文に共通する高次のスキーマは、一つの参与者が動作主的な面と被動作者的な面とに概念的に区別される事態解釈と結びつくreflexive constructionから抽出されるNP V sich constructionである。ドイツ語のreflexive-ergative constructionは、このスキーマによってその他の再帰構文と結びついていると考えている。この構文が表す事態の参与者は、想定される外的な動作主の行為を受けて状態変化を被るという被動作者的な面と、その状態変化を変化の主体自らがinitiateしていると見なされる動作主的な面とに概念的に区別されると考えている。英語の場合同様、外的な動作主が想定される度合いは、段階性がある。

 英語と異なり、ドイツ語には再帰代名詞を伴わないもう一つのergative constructionがある。このergative constructionは、再帰代名詞を伴わず主語+動詞という構文形式をとることから、plain-ergative constructionと呼び、plain-ergative constructionは、NP V constructionに基づいていると考えている。ドイツ語のNP V constructionには、完了の助動詞としてhaben“have”をとるものと、sein“be”をとるものがあるが、reflexive-ergative constructionは完了形でhabenをとり、plain-ergative constructionは完了形でseinをとる、という違いに着目して、二つのergative constructionの違いを説明している。reflexive-ergative constructionは外的な動作主の働きかけ、行為の想定される度合いが、Plain-ergative constructionよりも高い傾向があるのに対し、plain-ergative constructionは、外的な動作主の想定される度合いが低く、状態変化、特に終点に焦点を当てた事態解釈と結びつくと主張している。

 「第4章」では、middle constructionへの拡張についての議論へと進んでいる。英語とドイツ語のmiddle constructionは、抽象度の高い高次のスキーマによってカテゴリー化されると同時に、その関連構文から生じる具体性の高い低次のスキーマによってカテゴリー化されており、英語のmiddle constructionはergative constructionやenergetic construal intransitive constructionに、ドイツ語のmiddle constructionはreflexive-ergative constructionに基づいているということを主張している。

 英語とドイツ語のmiddle constructionが、ergative constructionやreflexive-ergativeconstructionからの拡張であると考える拡張の方向性の根拠として、通時的な変化のプロセス、eventiveで具体的経験からnoneventiveで抽象的経験へと理解が進むという経験的基盤、そして文法形式の有標性・無標性といった根拠を挙げている。

 次ぎに、eventiveな状態変化を表すergative constructionやreflexive-ergativeからnoneventiveなモノの属性を表すmiddle constructionへの拡張の動機付けとなるスキーマを提案している。主語で表される状態変化が、外的な動作主とは関係なく、習慣的に一定の形で進めば、その状態変化の仕方をコントロールするのは、変化の主体のもつ属性であろうという推論が行われる。ergative constructionやreflexive-ergative constructionからmiddle constructionへの拡張の動機付けとなるスキーマは、主語で表されるモノの属性が、どのように状態変化が進むか、さらにはどのように行為が行われるかをコントロールしているという事態認知である。ergative constructionやreflexive-ergative constructionでは、外的な動作主は完全にdefocusされていたのに比べて、middle constructionでは、状態変化の進み方に対して影響力はないものの、外的な動作主はimplyされており、外的な動作主がimplyされればされるほど、中間構文らしくなると主張している。

 middle constructionは、ergative constructionやreflexive-ergative constructionにより近いものから遠いものまで段階性があり、一義的には決まらない。本論文では、ergative constructionやreflexive-ergative constructionに基づいて理解されている面が捉えられるmiddle constructionを、それぞれergative-based middle construction、reflexive-ergative-based middle constructionと呼んでいる。

 「第5章」では、英語とドイツ語のmiddle constructionは、ergative constructionやreflexive-ergative constructionからの拡張であるだけではなく、独自の慣習化されたプロトタイプ的意味をもち、そこからさらにinstrument-subject middle constructionやimpersonal middle constructionが拡張してゆくカテゴリーであるという新しい視点からの議論を行っている。

「どのように状態変化が進むか、どのように行為が行われるか」を主語がコントロールしているという事態認知と結びつくmiddle constructionが、「どのように状態変化が進むか」ということのよりも「どのように行為が行われるか」ということが重要であると解釈される事態に適用され、その用法が慣習化されるにつれて、「どのように行為を遂行できるかを主語がコントロールしている」という事態認知と中間構文との結びつきが高度に慣習化され,プロトタイプとして確立してゆくと議論している。

 プロトタイプ的middle constructionでは、属性をもつモノが状態変化を被るかどうかは重要ではなく、全くなくてもいいし、伴われる副詞の種類も、状態変化の進み方を修飾するものではなく、行為がどのように遂行できるか、ということを表し人間の行為者がその結果経験する難易度や快、不快を表すものになる。

 middle constructionは、「どのように人間が行為を遂行できるかを主語で表されるモノの属性がコントロールしている」という事態認知と結びつくことから、従来動作主とみなされていた動詞で表される行為を行う人間は、実は動作主というよりも、モノの属性によってその行為をコントロールされる経験者として概念化されているのだということが、人間の動作主をあえて表そうとするならば、for-phraseであらわされことによって示される。

 さらに、英語とドイツ語のmiddle constructionでは、拡張の仕方が異なると議論している。英語では、主語の動作主性がmiddle constructionの拡張の動機付けとなっていると考えている。そのため、動作主性と結びつきにくい“Setting”(事態が行われる状況)を主語とするimpersonal middle constructionは、英語では生産性をもたないが、動作主性と結びつきやすい道具を主語とするinstrument-subject middle constructionは生産性を持つ。

 それに対し、ドイツ語では、主語の動作主性が英語ほど拡張の動機付けとなっていないため、impersonal middle constructionが生産性を持つ。しかし、ドイツ語では、属性をもつ主体の被動作者的な面を具現化する再帰代名詞sichが表されるため、状態変化の受け手、被動作者とはみなされない道具を主語とするinstrument-subject middle constructionはドイツ語にはないと説明している。

 「第6章」では、議論のまとめと今後の研究の可能性について述べている。

 本論文は、認知言語学(とりわけR.W.Langackerの認知文法)の中心的な概念を英語とドイツ語の広範囲の文法現象にきわめて有効に適用した、スケールの大きくかつ緻密に構成された論文である。本研究の対象とする複雑な様相を呈する一群の構文現象を統一的な視点から扱った分析はかつてなく、言語研究一般への本研究の貢献は非常に大きいと考えられる。さらに、このような現象に対して認知言語学が有効な視点を提供しうることを明確に示したことは、認知言語学という理論そのものに対してきわめて重要な意味をもつと思われる。以上のような理論・実証両面における貢献を評価し、審査委員会は本論文を博士(学術)の学位論文として相応しいものであると判断し、合格と判定する。

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