学位論文要旨



No 115736
著者(漢字) 尹,ナレ
著者(英字)
著者(カナ) ユン,ナレ
標題(和) Hydrogenobacter thermophilus TK-6株の2-oxoglutarate oxidoreductase 遺伝子に関する研究
標題(洋)
報告番号 115736
報告番号 甲15736
学位授与日 2001.01.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2202号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

 水素細菌Hydrogenobacter thermophilus TK-6株は水素をhydrogenaseによりelectronとprotonに分解し、最終的に酸素を使って水を生成する過程で生じるエネルギーを利用して生育する。TK-6株は好熱性であり、生育至適温度70℃の伊豆の温泉から分離された絶対独立栄養性細菌で、水素ガスを唯一のエネルギー源として還元的TCAサイクル(RTCAサイクル)により炭素固定を行うことが示されている(図1)。本菌は16S rRNAの塩基配列による分類からAquifexと非常に近い系統分類学的位置にあり、他の微生物から非常に早い時期に分岐して、進化系統学的にも興味深いものである(図2)。

 還元的TCAサイクルでは4ヶ所で炭素固定反応を行い、そのうち2つがpyruvate ferredoxin oxidoreductase (POR), 2-oxoglutarate ferredoxin oxidoreductase (OGOR)により触媒される。これらの酵素は既に精製されferredoxinを電子供与体として機能することが示されている。これらの酵素の分子量、subunit構造、基質特異性などと共に、水素から還元的TCAサイクルの鍵酵素であるpyruvate synthase及び2-oxoglutarate synthaseまでのエネルギー代謝機構(電子伝達系)などの物理化学的性質が明らかになっているが、これらの遺伝子構造と機能に関する解明は進んでいない。そこで本研究ではRTCAサイクルの鍵酵素の一つであるOGORの遺伝子構造と機能の解析を目的とした。

1. 2つの2-oxoacid oxidoreductase遺伝子群の取得

 精製されたOGORタンパク質の2つのsubunit(αβ)のN-末端アミノ酸配列に基づきオリゴDNAを合成し、H.thermophilus TK-6の染色体DNAから、PCR増幅によりOGOR構造遺伝子の部分断片を得た。このPCR産物をprobeとしてOGOR遺伝子を含む6.8-kbのSacI断片をCharomidベクターを用いてクローニグした。塩基配列分析により、OGORの構造遺伝子の上流に他の2-oxoacid oxidoreductase(For)の遺伝子が存在していることを確認した。そこで、この遺伝子群を含む2.1kbのPstIと1.4kbのHondIII断片をそれぞれpKF3とpGEM-T-Easyベクターを用いてクローニグした。

2. 2-oxoacid oxidoreductase遺伝子群の構造解析

 SacI 8.4-kb断片の塩基配列を決定したところ、予想した分子量の蛋白質[GorA(68-kda)とGorB(33-kda)]をコードするOGORの構造遺伝子(gorAB)が存在していた。さらに22-と24-kDaの蛋白質をコードする2つの機能未知のORF(orf3とorf4)がgorABの下流に存在していた。gor上流逆向きに存在するfor遺伝子群はforD-forA-forB-forG-fdx-orf6の順で並んでおり(図3)、それぞれ27-(ForD),43-(ForA),32-(ForB),25-kDa(ForG)の蛋白質をコードし、fdxとorf6は8-kDa,11-kDaの蛋白質をコードしていた。gorとfor構造遺伝子の翻訳アミノ酸配列と他の2-oxoacid oxidoreductase(Or)とのmultiple alignmentで、それらはお互いに相同性があることが示された。TK-6のFOR,GORは他のORと同じようにYPITP motif(ForAとGorA)、redox center(ForBとGorB),CoA結合部位(ForGとGorA)、TPP結合部位が保存されていた。GorAにはγとα motifが存在したため、γ-α fusion typeであることが示唆された。for遺伝子群はTK-6とAquifex aeolicusだけに見られる特異な順で(D-A-B-G)並んでいた(図3)。gor遺伝子群のorf3,orf4と相同な遺伝子はデータベースの上では認められなかった。ORF3は複数のcystein残基を持っており、redox proteinであると示唆された。

3. 2-oxoglutarate ferredoxin oxidoreductase(GOR)とferredoxin oxidoreductase(FOR)遺伝子群の機能

 大腸菌でGORとFOR遺伝子を発現させるため、それらをpUC19のlacプロモーターの下流にクローン化して、いくつかの発現プラスミドを構築した。

 GORの発現のために構築したpYNA101(gorA-gorB-orf3-orf4),pYNA102(gorA-gorB-orf3),pYNA103(gorA-gorB),pYNA104(gorA-gorB-orf4)をE.coli JM109をhostとして発現した結果、すべてのプラスミドで組み換え酵素の活性が確認できた。この結果からorf3とorf4は大腸菌のなかで活性型酵素の発現には必要ではないことが示唆された。

 for遺伝子群の機能解析のため、プラスミドpYNA201(forD-forA-forB-forG),pYNA202(forD-forA-forB-forG-fdx),pYNA203(rorD-forA-forB-forG-fdx-orf6)を構築した。そしてferredoxinとδ-subunitの機能を調べるため、forD遺伝子にdeletion mutationを入れたpYNA204(forD"-forA-forB-forB-fdx)とferredoxin遺伝子にframe-shift mutationを入れたpYNA208(forD-forA-forB-forG-fdx")を構築した。それらのプラスミドで大腸菌を形質転換し、IPTGで誘導された蛋白質の活性を嫌気条件下で測定した。活性測定は、2-oxoglutarateを基質としてmethyl viologenの還元活性により行った。pYNA202と203はFOR活性を示したが、pYNA201,204,208の場合は活性がなかったので、forDとfdx遺伝子はFOR蛋白質の活性化に必要であることがわかった。pYNA203の活性はpYNA202より高い値を示したので、orf6がFORの完全活性化に関与していると考えられた。FORとGORの組み換え蛋白質としてpYNA101とpYNA202のcell free extractを用い、さまざまの2-oxoacidに対する特異性を調べたところ、両方とも2-oxoglutarateにのみ高い特異性を示したので、TK-6菌体のなかでgorとfor遺伝子群はともに2-oxoglutarate oxidoreductaseを生産していると考えられた。

4. 2-oxoacid oxidoreductaseの系統分類学的解析

 2-oxoacid oxidoreductase(Or)のhomologsは多様な古細菌、真正細菌、一部のamitocondrial eukaryotesで見られる。H. thermophilusのFOR,GORと他のOr family membersとの進化的観点での関係を解析した。系統学的解析より、Or familyは6個のsubfamilyに分けられ、gene duplication,lateral transfer, gene lossなどの現像がOr familyの進化中に起きたことが考えられた。そして還元型のcarboxylation反応を触媒するTK-6株の2-oxoacid oxidoreductaseは酸化型のdecarboxylation反応を触媒する2-oxoacid oxidoreductaseと相同性を示した。TK-6株のGORは古細菌に、FORは真正細菌に近い関係を示し、還元的TCAサイクルは少なくともancestral Orsが真核生物、真正細菌、古細菌に分かれる前に存在したと思われた。

まとめ

 本研究では水素細菌H. thermophilus TK-6株から還元的TCAサイクルの鍵酵素の中の一つである2-oxoglutarate:ferredoxin oxidoreductaseの遺伝子ともう1つの2-oxoacid oxidoreductaseをコードする遺伝子群を単離し、その構造を解析した。gor遺伝子群はGorAとGorBをコードする2つの構造遺伝子gorABと共に2つの未知のORFが下流に存在し、22(Orf3)と24-kDa(Orf4)の蛋白質をコードしていた。for遺伝子群はforDABG-fdx-orf6の順で並んでおり、それぞれ27,43,32,25,8,11-kDaの蛋白質をコードしていた。forとgorの塩基配列からの翻訳アミノ酸配列には、他の2-oxoacid oxidoreductaseからも見られるYPITP motif,redox center,CoAとTPP結合部位などのmotifが保存されていた。gor遺伝子群のORF3とORF4とfor遺伝子群のORF6とは相同性がある蛋白質は見られないが、ORF3は複数のcystein残基が見られ酸化還元蛋白質ではないかと思われる。大腸菌中で発現された組み換えGORとFORは2-oxoglutarateにのみ基質特異性を示した。orf3とorf4はgor遺伝子群からの活性型酵素の発現に必須ではないが、for遺伝子群のforDとfdx遺伝子は、FOR蛋白質の活性化に必要であり、orf6もFOR蛋白質の活性化に関与すると思われる。また、TK-6株の2-oxoacid oxidoreductasesと他のhomolog蛋白質間の系統的解析を行い、進化的観点からの考察を行った。

図1. 水素細菌H.thermophilus TK-6株の還元的TCAサイクル

図2. 16S rRNA塩基配列による系統樹

図3。GORとFOR遺伝子群の構造

審査要旨 要旨を表示する

 Hydrogenobacter thermophilus TK-6は、生育至適温度70℃の好熱性の絶対独立栄養細菌で、水素ガスを唯一のエネルギー源として還元的TCAサイクルにより炭素固定を行うことが示されている。本菌は16S rRNAの塩基配列による系統分類によると、Aquifexとともに他の微生物から非常に早い時期に分岐した真正細菌で、進化系統学的にも興味深いものである。還元的TCAサイクルでは4ヶ所で炭素固定反応を行い、そのうち2つは2-オキソ酸オキシドレダクターゼ(OR)ファミリーに属するpyruvate:ferredoxin oxidoreductase(POR)と2-oxoglutarate:ferredoxin oxidoreductase(OGOR)により触媒される。これらの酵素は既に精製され、物理化学的性質が明らかになっているが、その遺伝子構造に関する解明は進んでいない。本研究はOGORの遺伝子構造と機能の解析を目的とし、TK-6株から2つのOGOR遺伝子をクローニングし、大腸菌での発現、転写調節の解析を行い、さらに翻訳配列からORの進化的な考察を試みたもので、5章より構成されている。

 第1章で、研究の背景と意義、目的について概説した後、第2章では、TK-6株由来OGORの遺伝子(kor)のクローニング、構造解析と機能的発現について述べられている。kor遺伝子群は、酵素の構造遺伝子korA,korBと、機能未知の遺伝子orf3,orf4から構成され、それぞれ68-(KorA),33-(KorB),22-(Orf3),24-kDa(Orf4)の蛋白質をコードしていた。korABの翻訳アミノ酸配列には、ORファミリーの酵素に典型的な保存配列があった。ORF3は複数のcysteine残基を持ち、電子伝達体と予想された。ORF4はラン藻Synechocystisの染色体上に複数存在する機能未知のslr1203ファミリーの遺伝子産物と相同性を示した。さらに、大腸菌を宿主としてkor遺伝子群を発現させ、TK-6由来の蛋白質と同様のサブユニット構造と基質特異性を示す複製酵素を得ることができた。また、orf3とorf4は活性型酵素の発現には必要ではないことが示された。

 第3章では、kor遺伝子群の上流逆向きに別のOR酵素の遺伝子群(for)を新たに発見し、その遺伝子構造と機能的発現について研究を行った。for遺伝子群はforD-forA-forB-forG-fdx-orf6の順で並んでおり、それぞれ27-(ForD),43-(ForA),32-(ForB),25-(ForG),8-(Fdx),11-kDa(Orf6)の蛋白質をコードしていた。ForABGの翻訳アミノ酸配列には、ORに典型的な保存配列が存在したが、ForDには、他に保存されているFe-Sクラスターの結合配列がなかった。大腸菌を宿主としてfor遺伝子群を発現させた結果、KORと同様に,2-oxoglutarateに高い基質特異性を示す複製酵素(FOR)が生産され、TK6株が2つのOGORを持つことが示された。

 第4章では、TK-6株が持つ2つのOGOR遺伝子群の転写レベルでの解析を行った。RT-PCRによる解析により、for、kor遺伝子群は、それぞれオペロンとしてTK-6株中で転写されていることが示された。また、プライマー伸張法により、for-kor間にある両遺伝子群の転写開始点を決定した。大腸菌でプロモーター活性を調べたところ、JM109株でfor、korとも嫌気条件下で誘導された。forプロモーターの嫌気誘導は好気-嫌気の調節因子ArcAB依存であり、FNRにより好気条件で活性が抑制されることが示された。

 第5章では、ORファミリー蛋白質の進化系統について論じている。TK-6株は3種のOR(KOR,FOR,POR)を持っている。これらと、古細菌、真正細菌、一部の真核生物で見られる他のORとの系統解析を行った。その結果、ORファミリーは6個のサブファミリーに分けられ、遺伝子重複、水平伝播、欠失などの現像がORの進化中に起きたことが予想された。還元的炭酸固定反応を触媒するTK-6株のORは、酸化的脱炭酸反応を触媒する他のORと相同性を示した。KORは古細菌に、FOR,PORは真正細菌に近い関係があることを示し、還元的TCAサイクルは少なくとも先祖型ORが真核生物、真正細菌、古細菌に分かれる前から存在したと考えられた。

 以上、本論文はH. thermophilus TK-6の2つのOGOR遺伝子群の構造解析、機能的発現と転写調節機構の解析を行うと同時に、ORファミリー酵素の分子系統学的解析により、ORに関する新知見を与えたものとして、学術上、貢献することが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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