学位論文要旨



No 115744
著者(漢字) 安部,隆史
著者(英字)
著者(カナ) アベ,タカシ
標題(和) 真正粘菌変形体の老化に関わるミトコンドリアDNAの部位特異的一本鎖切断の分子機構
標題(洋) In vitro DNA fragmentation of mitochondrial DNA caused by single-stranded breakage related to macroplasmodial senescence of the true slime mold, Physarum polycephalum
報告番号 115744
報告番号 甲15744
学位授与日 2001.01.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3871号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 菊地,淑子
 東京大学 助教授 野崎,久義
 東京大学 助教授 園池,公毅
内容要旨 要旨を表示する

 死は、生きているものにとって、なにものにもまして明確な事実である。細胞に本来備わっている死の機構を発動させる自殺型の細胞死であるアポトーシスは、多細胞生物の発生分化を支える極めて重要な細胞死と認識されている。一方、こうしたプログラム細胞死に対して、体細胞の分裂回数に限界があることは古くからよく知られている。何が寿命を決めているかについては、これまでにも多くの議論があったが、決定的な結論はまだ得られていない。

 ミトコンドリアDNA(mtDNA)と老化との関連については、ヒトなどで活発に研究が進められており、老化進行にともなって、ミトコンドリア内で発生するラジカルO2がmtDNAを損傷することが確かめられている。また、菌類においては、アカパンカビやタマカビの類で、老化進行にともない外来因子の挿入や欠失、あるいは過度の重複がミトコンドリア遺伝子を破壊し、その結果菌株が死滅する現象が知られている。

 本研究では、いまだ決定的な結論の得られていない細胞内に内蔵された寿命の本体に迫るために、真正粘菌変形体の老化や短命死とmtDNAの部位特異的な一本鎖切断の関連を明らかにしようと考えた。

結果と考察

1. 変形体の成長と呼吸活性からみた真正粘菌の老化

 真正粘菌(Physarumpolycephalum)は、生活環の二つの時期で栄養成長する。半数体期(n)の粘菌アメーバと倍数体期(2n)の変形体である。粘菌アメーバの寿命は明確でないが、変形体には明確な寿命があることが知られており(Poulter1968)、液体浸とう培養ではほぼ10年以上の寿命があるが、固形培地上では一年以内にほとんどの株が死滅するといわれている(図1)。実際に、粘菌アメーバを交配し、90を越える変形体株を作出し、固形培地に植え継ぎ、その増殖速度を長期間にわたって測定した。作出した変形体の寿命は6〜900日と極めて多様であったが、ほとんどの株は通常約1年で増殖速度が減少し死滅した(図3)。こうした結果をもとに、変形体の呼吸活性の変化を単位タンパク質あたりの酸素消費量として調べたところ、若い変形体と比較して、老化した変形体では約1/2〜1/10以下に低下していた(表1)。老化にともなって呼吸活性が低下していることから、変形体の老化とミトコンドリアの機能低下との間には何らかの関連があると考えられた。

2. 真正粘菌mtDNAのin vitroでの断片化と一本鎖切断頻度

 液体振とう培養した変形体から単離したmtDNAをDWやTEに溶解すると、mtDNAはin vitroで部位特異的に断片化する。比較的低塩濃度(3.4〜36mMNaCl相当)の条件ではαとβの2本のバンドが、極低塩濃度(0〜0.4mMNaCl相当)の条件下では最終的に17本のバンドがアガロースゲル電気泳動で検出される(図4)。これはmtDNAの極近接した位置に起こった一本鎖切断が、低塩濃度条件下(6.7mMNaCl相当以下)で解離し始めることによって起こる現象で、高塩濃度条件下(156.7mMNaCl相当)でもDNAが解離するような高温条件下(80℃)で再現できる。mtDNA上で起こっている一本鎖切断の程度を知るために、各バンドの蛍光強度を定量し、各断片の出現頻度を算定した。その結果、最も出現頻度の高い断片-9は85.6±38.5%もあり、最も頻度の少ない断片-2でも18.3±6.8%であった(表2)。一方、固形培地上に植え継いだ標準株と短命株の全DNAを抽出し、βバンドのプローブを用いて、サザンハイブリダイゼーションでβバンドの出現頻度を調べた。老化した短命株は最大で7倍の頻度でmtDNAの断片化を起こしていることが明らかになった(図5,表3)。これは細胞の老化がmtDNAの一本鎖切断の頻度と深く関係していることを示唆している。

3. 真正粘菌mtDNAの全塩基配列とミトコンドリア遺伝子

 少なくとも17箇所で起こっていると推定されるmtDNAの一本鎖切断部位を塩基配列レベルで明かにするために、mtDNAの全塩基配列を決定した(図6)。真正粘菌のmtDNAは全長62,862bpであり、環状であった。真正粘菌のミトコンドリアには、高頻度のRNAエディティングが存在するため、ミトコンドリア遺伝子については、塩基配列からORFを決定する手法は使えなかず、全領域を、BLASTX/BEAUTYを用いて、ホモロジーサーチをした。その結果、呼吸関連遺伝子群として、nadI, nadIII, nadIV, nadV, nadVII, cytb, coxI, coxII, coxIII, atpAが、転写系の遺伝子群としては、rRNAの大小のサブユニット、tRNAとしてはMet,Lys,Pro,Glu,リボゾームタンパク質のrps12が存在することがわかった(表4)。一方、機能は不明ながら、他にも20個のORFが存在しており、このうち13個のORFは20kbpに渡ってほとんど間隙のないクラスターを形成していた。このORFには、ミオシンに類似した配列をもつORF3,secYに類似した配列をもつORF9,RNAポリメラーゼに類似した配列を持つORF13が存在した。ORF1, ORF2, ORF4, ORF5, ORF7, ORF9, ORF10, ORF14, ORF17, ORF19,ORF20に膜結合領域のモチーフが、ORF3にはコイルドコイル構造のモチーフが存在していた。

4. 真正粘菌mtDNAのin vitroでの断片化部位と一本鎖切断部位のマッピング

 mtDNAの部位特異的断片化領域と遺伝子との関係を明らかにするために、mtDNAの各制限酵素断片をサザンハイブリダイゼーションのプローブとして用いて、断片化したmtDNAの断片をミトコンドリアゲノム上にマッピングした(図7)。また、S1ヌクレースを用いて、mtDNAの一本鎖部位をマッピングした(図8)。この結果、真正粘菌のmtDNAは低塩濃度条件にすると全領域で断片化が起こっており、その断片化部位はS1ヌクレース感受性部位(ニックやギャップによってDNAが一本鎖になっている部位)と完全に一致していた(図9)。それらの領域のほとんどは、遺伝子の先頭部、もしくは末端部に存在していることが明かとなった。また、非コード領域と思われるmtDNAの15kbpの部分には一本鎖切断部位は存在しなかった。こうした結果は、部位特異的一本鎖切断とミトコンドリア遺伝子の遺伝子量との間に何らかの関係があることを示唆している。

5. 変形体の老化と一本鎖切断部位との増加

 低塩濃度条件下で断片化したmtDNAをゲルから切り出し、オートシーケンサーでその両末端の塩基配列を決め、連続した三つのmtDNA断片(断片-6,4,9)の末端の塩基配列を調べたところ、LrRNA遺伝子の末端とatpA遺伝子の先頭部で一本鎖切断が起こっていることが確かめられた。各々の切断部位の塩基配列には共通性は認められなかったが、少なくともそれぞれの断片の切断部位が入れ子構造になっていることは確かめられた。

 また、プライマーエクステンション法を応用し、一本鎖切断部位の塩基配列と頻度を決定できるシステムを開発した。若い変形体や老化した変形体などの小片から、迅速に全DNAを抽出し、LrRNA, SrRNA, tRNA, atpAをコードしている断片-4の末端塩基配列を決定した(図11)。その結果、オートシーケンサーによって明らかになったin vitroでの断片化部位とin vivoのミトコンドリア内で起こっている一本鎖切断部位の塩基配列は完全に一致していることが確かめられた。また、この一本鎖切断部位は,株間、液体振とう培養あるいは固形培地といった培養方法、老化進行の程度などには影響されず常に一定していることが確かめられた。一方、その一本鎖切断の頻度は、変形体の老化進行にともない明らかに3〜5倍程度高くなっていた(図12)。

結論

 変形体の老化進行にともないmtDNAの部位特異的一本鎖切断の頻度が高まることを明らかにした。若い変形体では、遺伝子内部にある一本鎖切断は、ミトコンドリアの集団内でその頻度が少なく細胞全体では十分な転写産物が生産されうるが、老化した変形体では、部位特異的に一定の遺伝子を破壊する一本鎖切断の頻度が増加するため、正常な生理機能を果たすだけの転写産物がミトコンドリアで生産されず、このことが細胞の老化の原因になっているのではないかと考えられる(図13)。真正粘菌の変形体には、特定のミトコンドリア遺伝子に対して、そのコード領域を一箇所のみ限定して一本鎖切断するという高度に制御された老化と寿命を決定するメカニズムが存在する可能性がある。

図1 真正粘菌の生活環

真正粘菌(Physarum polycephalum)は、生活環の二つの時期で栄養成長する。半数体期の粘菌アメーバと倍数体期の変形体である。粘菌アメーバの寿命は明確でないが(□)、変形体には明確な寿命があることが知られており(□)、液体浸とう培養ではほぼ10年以上の寿命があるが(上段)、固形培地上では一年以内にはほとんどの株が死滅するといわれている(下段)。

図2 固形培地で培養した真正粘菌の変形体

左;若い変形体(KM52×KM465)の固形培地上での培養。右;老化し死滅しかけている変形体(RA130×RA134)の固形培地上での培養。

図3 真正粘菌変形体の増殖率と呼吸活性

横軸;培養日数。縦軸;変形体の成長率(左)と呼吸活性(右)。成長率は一日あたりの変形体の面積の増加量から求めた。呼吸活性は変形体1cm2を7時間、固形培地で静地培養し、その酸素消費量からタンパク量1mgあたりの値を求めた。■□●○は増殖率を、■は呼吸活性を示す。

表1 呼吸活性の系統間での差

変形体1cm2を7時間、固形培地で培養し、その酸素消費量からタンパク量1mgあたりの呼吸活性の値を求めた.

表2 低塩濃度条件下で断片化したmtDNAの各断片のサイズと出現頻度

バンドの出現頻度は全mtDNA分子に対する断片化され電気泳動でバンドとして検出されたmtDNA分子の割合を示す。用いたmtDNAは、植え継ぎ後4日目の液体振とう培養をした微小変形体からえた.左;比較的低塩濃度(3.4〜36mMNaCl相当)の条件下。右;極低塩濃度(0〜0.4mMNaCl相当)の条件下.

図4 真正粘菌のmtDNAのアガロースゲル電気泳動

a;STE buffer(150mM NaCl,10mM Tris-HCl,1mM EDTA), b;TE buffer(10mM Tris-HCl,1mM EDTA), c;DWにDNAを溶解し,電気泳動した.左;λDNA 右;真正粘菌のmtDNA. 真正粘菌のパネルcでは、バンドを明瞭にするため、写真の露光を変えた.

表3 標準株と短命株でのmtDNAの断片化の頻度

図5のβバンドをデンシノメーターを用いて定量化し、全mtDNA分子に対してβバンドとして断片化されたmtDNA分子の割合を示した.また、各株の若い変形体、老化した変形体の細胞増殖率を示した.

図5 標準株と短命株で比較したmtDNAの断片化の頻度

変形体から単離したmtDNAをTEに溶解しアガロースゲル電気泳動し、クローン化したBバンド断片をプロープにした定量的サザンハイブリダイゼーション.KM88×KM542の若い変形体(a)老化した変形体(d)、KM52×KM88の若い変形体(b)老化した変形体(e),KM52×KM465の若い変形体(C)老化した変形体(f.。

図6 真正粘菌のmtDNAの遺伝子地図

外円は各遺伝子とORF、内円はXbalでの制限酵素地図を示す.遺伝子は機能別に色分けした.黄;NADH dehydroganase,赤;ribosome,オレンジ;cox,赤紫;rps,青;ATP synthase,紫;cytochrome,灰色;100アミノ酸以上のORF.

表4 真正粘菌のmtDNA上にコードされていると類推できる遺伝子群

図7 低塩濃度条件下で断片化したmtDNAのマッピング

(A) mtDNAの42〜53kbpの制御酵素地図.□はプロープA〜Fを示す.■はmtDNAの断片-4,6,7,8を示す。Xb;XbaI, RV;EcoRV, H;HindIII, P;PstI

(B) 断片化したmtDNAの電気泳動パターン(EB).パネルAで示したA〜Fまでのプロープを用いたサザンハイブリダイゼーション.

図8 mtDNAの一本鎖切断部位のマッピング

(A) mtDNAの42〜53kbp間の制限酵素地図と各mtDNA断片4,6,7,8を示す.Xh;XhoI、Xb;XbaI、RV;EcoRVを示す.(B)λDNAをStyIで消化(a)、mtDNAをXhoIで消化(b)し、S1ヌクレース0,0.3,3ユニットで37℃10分処理した.各DNAは1%アガロースゲルで電気泳動し、mtDNAはパネルAで示したプローブ(クローン化したEcoRV断片)でサザンハイブリダイゼーションをした.

図9 低塩濃度条件下で出現するmtDNAの各片及び一本鎖切断部位の位置

内側の縁の弧が断片を,円を貫いている赤いバー一本鎖切断部位位置をそれぞれ示す.

表5 真正粘菌のmtDNAに存在する100アミノ酸以上のORF群

図10 断片-4の末端部の塩基配列

mtDNA断片をゲルから切り出してオートシークエンサーを用いて末端の塩期配列を決めた.上段がコントロール、下段が断片化した。mtDNAを鋳型にした。最下段はプラスミドDNAをXbaIで切断したコントロール.

図11 ミトコンドリア遺伝子と一本鎖切断部位の関係

mtDNAの46〜56bp間の遺伝子とmtDNAの断片化部位.上段の各遺伝子の色が,下段の塩基配列の色分けされた領域に対応している.塩基配列中の黒網で示される範囲が一本鎖切断部位によって断片化される部位.

図12 Rlを用いたプライマーエクステンション

A,T,G,Cはそれぞれ塩基配列を示す。m1,m2は振とう培養した微小変形体から単離したmtDNAを、Frは断片化したmtDNAの断片4をゲルから回収したものを、1は固形培地上の若い変形体、2は固形培地上の老化した変形体の全DNAをそれぞれ鋳型にした。

図13 真性粘菌変形体の老化とmtDNAの一本鎖切断との関連

若い変形体ではmtDNAに存在する部位特異的な一本鎖切断はわずかであるが,細胞が老化するにしたがい,一本鎖切断を受けるmtDNA分子の割合は増大する。その際,一本鎖切断を受ける部位は特定の遺伝子(LrRNA,atpA)の塩基レベルの厳密に特定された部位にある.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、第1章は変形体の成長と呼吸活性からみた真正粘菌の老化、第2章は真正粘菌mtDNAのin vitroでの断片化と一本鎖切断頻度、第3章は真正粘菌mtDNAの全塩基配列とミトコンドリア遺伝子、第4章は真正粘菌mtDNAのin vitroでの断片化部位と一本鎖切断部位のマッピング、第5章では変形体の老化と一本鎖切断部位との増加について述べられている。

 本論文では、いまだ決定的な結論の得られていない細胞内に内蔵された寿命の本体に迫るために、真正粘菌変形体の老化や短命死とmtDNAの部位特異的な一本鎖切断の関連を明らかにしようと考えている。

第1章

 真正粘菌(Physarum polycephalum)の変形体株を作出し、固形培地に植え継ぎ、その増殖速度を長期間にわたって測定した。ほとんどの株は通常約1年で増殖速度が減少し死滅した。こうした結果をもとに、変形体の呼吸活性の変化を単位タンパク質あたりの酸素消費量として調べたところ、若い変形体と比較して、老化した変形体では約1/2〜1/4以下に低下していた。

第2章

 変形体から単離したmtDNAをDWやTEに溶解すると、mtDNAはin vitroで部位特異的に断片化する。比較的低塩濃度の条件ではαとβの2本のバンドが、極低塩濃度の条件下では最終的に17本のバンドがアガロースゲル電気泳動で検出される。これはmtDNAの極近接した位置に起こった一本鎖切断が、低塩濃度条件下で解離し始めることによって起こる現象である。mtDNA上で起こっている一本鎖切断の程度を知るために、各バンドの蛍光強度を定量し、各断片の出現頻度を算定した。その結果、最も出現頻度の高い断片-9は85.6±38.5%もあり、最も頻度の少ない断片-2でも18.3±6.8%であった。一方、βバンドのプローブを用いて、サザンハイブリダイゼーションでβの出現頻度を調べた。老化した株では最大で7倍の頻度でmtDNAの断片化を起こしていることが明らかになった。

第3章

 少なくとも17箇所で起こっていると推定されるmtDNAの一本鎖切断部位を塩基配列レベルで明かにするために、mtDNAの全塩基配列を決定した。真正粘菌のmtDNAは全長62、862bpであり、環状であった。真正粘菌のミトコンドリアには、高頻度のRNAエディティングが存在するため、全領域を、BLASTX/BEAUTYを用いて、ホモロジーサーチをした。その結果、タンパク質コード遺伝子12個、tRNA5個、リボゾーム2つが存在することがわかった。一方、機能は不明ながら、他にも20個のORFが存在していた。

第4章

 低塩濃度条件下で断片化したmtDNAの断片をミトコンドリアゲノム上にマッピングした。また、mtDNAの一本鎖切断がこの断片化に関与する可能性を検証するために、S1ヌクレースを用いて、mtDNAの一本鎖部位をマッピングした。この結果、真正粘菌のmtDNAは低塩濃度条件にすると全領域で断片化が起こっており、その断片化部位はS1ヌクレース感受性部位と完全に一致していた。

第5章

 低塩濃度条件下で断片化したmtDNAをゲルから切り出し、その両末端の塩基配列を断片-6、-4、-9の末端で調べたところ、LrRNA遺伝子の末端とatp1遺伝子の先頭部で一本鎖切断が起こっていることが確かめられた。

 つぎに、プライマーエクステンション法を応用し、一本鎖切断部位の塩基配列と頻度を決定できるシステムを開発し、RIを用いて断片-4の末端塩基配列を決定した。その結果、オートシーケンサーによって明らかになったin vitroでの断片化部位とin vivoのミトコンドリア内で起こっている一本鎖切断部位の塩基配列は完全に一致していることが確かめられた。また、この一本鎖切断部位は、株間、培養方法、老化進行の程度などには影響されず常に一定していることが確かめられた。一方、その一本鎖切断の頻度は、変形体の老化進行にともない明らかに3〜5倍程度高くなっていた。

 本論文提出者は、変形体の老化進行にともないmtDNAの部位特異的一本鎖切断の頻度が高まることを明らかにした。若い変形体では、遺伝子内部にある一本鎖切断は、ミトコンドリアの集団内でその頻度が少なく細胞全体では十分な転写産物が生産されうるが、老化した変形体では、部位特異的一本鎖切断の頻度が増加するため、正常な生理機能を果たすだけの転写産物がミトコンドリアで生産されず、このことが細胞の老化の原因になっているのではないかと考えられる。真正粘菌の変形体には、特定のミトコンドリア遺伝子に対して、そのコード領域を一箇所のみ限定して一本鎖切断するという高度に制御された老化と寿命を決定するメカニズムが存在する可能性がある。

 なお、本論文第2章、第4章は、高野博嘉、佐々木成江、森君江、河野重行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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