学位論文要旨



No 115746
著者(漢字) 室,裕司
著者(英字)
著者(カナ) ムロ,ユウジ
標題(和) CeTX3(T=Rh,Ir;X=Si,Ge)における近藤効果と結晶場に関する研究
標題(洋)
報告番号 115746
報告番号 甲15746
学位授与日 2001.01.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3873号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,保彦
 東京大学 教授 壽栄松,宏仁
 東京大学 教授 毛利,信男
 東京大学 教授 生井澤,寛
 東京大学 教授 藤森,淳
内容要旨 要旨を表示する

 新しい重い電子系化合物の探索として、特にCeCu2Si2に代わる重い電子系超伝導体の開発を中心に研究を行ってきた。残念ながらその目的はまだ達成されていないが、一連の探索の中で、今回のテーマである正方晶BaNiSn3型構造を有するCeTX3(T=Rh,Ir X=Si,Ge)に興味ある現象を見いだした。BaNiSn3型を有するCe化合物については、他の物質(CeFeGe3,CeCoSix,Ge3-x)についても我々の研究室でくわしく調べられており、それぞれが特色のある物性を示している。そこで、物性報告がほとんどなされていない表題の物質について、比熱、帯磁率、電気抵抗の測定を中心とし、これらの物質の磁気的性質の解明、さらにはBaNiSn3型Ce化合物全体の特徴を明らかにすることを目的として研究を進めてきた。特にCeRhSi3についてはde Haas-van Alphe振動が観測された純良な単結晶試料について測定することができたので、CeRhSi3を中心に研究を進めてきた。

 まず格子定数、特に単位胞の体積が、X=Siで約175Å3、X=Geで約195Å3と大きな差があり、単位胞の体積で大別される。Ce化合物は体積が小さくCe間の距離が近くなるほどCe4f電子は近藤効果によって伝導電子と混成し、遍歴しやすくなるので、X=Siの方が混成が強いことが予想される。また一連の実験結果もこれを支持している。

 いずれの化合物も低温で磁気転移を示すが、CeRhSi3とCeIrSi3はそれぞれ1.6K,5Kと低く、CeRhGe3とCelrGe3はそれぞれ15K,8.7Kと高めである。また、比熱から求めた磁気転移によるエントロピーはX=GeではいずれもRln2をほぼ消費しているのに対し、X=Siでは10%程度しか消費していない。従ってCeRhSi3とCeIrSi3は近藤効果が強く、4fモーメントが非常に小さくなっていることが伺える。帯磁率におけるWeiss温度もCeRhSi3とCeIrSi3では100K以上の大きな負の値を示すが、CeRhGe3とCeIrGe3は-20K程度である。電気抵抗もそれぞれのLa参照物質の抵抗を差し引くと前者は100K付近でピークを作るが、後者は室温から100Kまで一定である。従って、CeRhSi3とCeIrSi3は近藤効果が優勢で重い電子系化合物としてとらえることができるが、CeRhGe3とCeIrGe3はRKKY相互作用が優勢な磁性体であることが認められる。なお、CeRhGe3もCeIrGe3も低温で複数回の転移を示すため、単純な反強磁性体ではなく複雑な磁気構造を有していると考えられる。

 それぞれの物質について研究を重ねていったところ、CeFeGe3,CeCoGe3,CePdSi3を含めてBaNiSn3型構造を示すCe化合物に共通した特徴が見られた。今回の物質に限らず、4f電子が室温で良く局在している全てのCe化合物が、100Kから低温にかけて電気抵抗が急速に減少する振る舞いが見られる(図1)。この特徴が結晶場分裂によるものと考え、いずれの化合物も非常に似通った分裂幅を持っていると考えた。そこでいくつかの物質について室温までの比熱を測定し、Schottky比熱による解析を行った。さらにCeRhSi3の純良な単結晶が得られたので、これについてはさらに帯磁率の異方性を用いて詳しく分裂状態の解析を試みた。CeRhSi3に対して得られた解析結果は、いずれの測定結果も良く再現され、4f電子の6重縮退はおよそ次のように分裂していることが分かった。また図2に以下のパラメータを用いた計算結果を測定結果と共に示す。

CeRhSi3によって得られた分裂状態とSchottky比熱による解析結果を用いて多の物質の帯磁率を計算してみたところ、いずれも良い再現性を見せており、BaNiSn3型を有するCe化合物の4f電子の分裂は、いずれも基底状態が|±〓>で、第一励起状態がb|±5/2>-a|〓3/2>となることが予想される。

 また、単結晶のa及びc軸方向に磁場をかけた場合の比熱を8Tまで測定し、磁化容易軸方向であるa軸方向で磁場と共に転移温度及びエントロピーの現象が見られた。また希釈冷凍機によるa軸方向の帯磁率によって、1.6Kで反強磁性的な転移が見られた。従って、CeRhSi3は1.6Kで反強磁性を示すことが明らかにされ、エントロピーも同様に減少することから、重い電子系において磁気転移が消失する臨界点に近いところに位置する物質であることが分かった。

 また、表題の物質について、共鳴逆光電子分光(RIPES)の測定を行い、4f電子の状態を観測した。装置は東大物性研究所辛研究室のものを利用し、金井要氏の協力の下で測定を行った。その結果CeTGe3に比べてCeTSi3では近藤効果によりf1ピークが増大しており、我々が行った物性測定による結果とconsistentなスペクトルが得られた。またSiとGeを混ぜたCeIrSixGe3-xについてもいくつかのxについて測定し、Siの割合が増えると共にf1ピークが成長していく結果が得られ、Si量による体積変化に従って近藤効果が強められていくことを確認した。CeRhSixGe3-xについてはRIPESの測定は行っておらず、我々の測定でもCeIrSixGe3-xとは違ってxの狭い範囲で急激な変化を起こしている様に見えるため、さらにSiの量に対して細かく試料を準備し、測定を続ける必要があると考えている。

 最後に各物質に対して得られた物理量を表1にまとめておく。なお、θはWeiss温度で、近藤温度1kは主に電気抵抗から見積もった値である。CePdSi3も我々が初めて物性報告しているので、表にまとめておく。

表1: CeTX3に対して得られた各物理量。

図1: CeTX3の電気抵抗の磁気的成分。それぞれのLa参照物質の抵抗を引いてある。

図2: 単結晶CeRhSi3の逆帯磁率と結晶場による計算結果。パラメータは本文を参照。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は新しい重い電子系化合物探索の一環として、CeTX3(T=Rh,Ir;X=Si,Ge)の良質試料を作製し、それらについて、帯磁率、比熱、電気抵抗、中性子散乱、光電子分光などの広範かつ系統的な実験的研究を行い、それらの電子物性および磁性を明らかにしたものである。

 本論文は全体で5章から成り、まず第1章序論では本研究の背景として、近藤効果と重い電子系の関連性、研究対象である結晶中のCe3+イオンの持つ4f電子準位の特徴、特に軌道の縮退と結晶場の効果が如何に観測量(帯磁率、比熱、電気抵抗など)に現われるかについて説明してある。そして、近藤効果とRKKY相互作用の競合により実現する量子臨界点近傍で生起する異方的超伝導、メタ磁性と微小モーメント、非フェルミ液体状態等の特異な物性に注目し、いわゆるDoniach相図上でのこのような臨界点に出来るだけ近い化合物を探索する意義について述べている。

 そして、第2章で本研究の目的とその背景を述べている。これまで研究が行われてきた一連の化合物群、ThCr2Si2型、CaBe2Ge2型に加えて、本研究で取り上げる正方晶BaNiSn3型結晶構造を持つCe化合物の研究の現状を総括してある。そして、その中でCeTX3 (T=Rh,Ir;X=si,Ge)化合物の出来るだけ良質の試料を作製し、総合的な物性測定により、それらの物性を明らかにするとともに、Doniach相図上での位置付け、すなわち量子臨界点に如何に近いかを評価し、重い電子系新物質探索の一つのマイルストンを築くことを目的としている。

 第3章の実験方法では、試料作製法と試料の評価(粉末X線回折、金属顕微鏡)、および帯磁率(測定温度領域30mK<T<300K)、比熱(0.5K<T<300K)、電気抵抗(0.5K<T<300K)の測定法を説明するとともに、各種測定に対する較正についても述べてある。さらに、4f電子の状態を知る有力な手段である共鳴逆光電子分光実験についても記述している。

 第4章では作製した各試料についてX線回折で格子定数を決定するとともに、目的のBaNiSn3型結晶構造を有していることを確認した後、各試料についての各種物性測定結果を詳述し、それぞれについて考察を行っている。まず、CeRhsi3については、粉末および単結晶試料を用い、帯磁率と比熱の温度・磁場(最大8T)依存性を測定し、電気抵抗の温度依存性の測定結果とともに、この物質が電子比熱係数γ=110mJ/mol.K2、近藤温度TK=51Kを持つとともに、TN=1.6Kで微小磁気モーメントによる反強磁性転移することを見い出し、この化合物は磁気転移が消失する量子臨界点に近いことを明らかにしている。そして、Ce4f電子の軌道縮退と結晶場分裂が近藤効果に無視できない影響を及ぼすことから、結晶場状態を決定することを試みている。縮重度の違う2準位系モデルを用いて、実験データを良く再現する各エネルギー準位と固有関数を求めている。さらにまた、これらのエネルギー準位を直接観測するため、中性子非弾性散乱実験を行い、予想と良く一致するスペクトルを得ている。次いでCeRhGe3についても同様の測定を行い、この物質がγ=40mJ/mol.K2、TK≦1Kを持つとともに、低温TN=14.6,10.0,0.55Kで逐次磁気転移を行い、近藤効果が小さい系であることを明らかにしている。一方、CeIrSi3;CeIrGe3については、それぞれγ=120mJ/mol.K2、TK=47K、TN=5.0K;γ=80mJ/mol.K2、TK=4K、TN=8.7,4.7,0.7Kの実験データを得ており、前者はCeRhSi3同様に重い電子系であるのに対し、後者は近藤効果がほとんど起こっていないRKKY相互作用が支配的な系であるとしている。そして、これらの低温における物性測定値から見積もった近藤温度の妥当性を確かめるため、4f電子状態についての直接的な情報を得ることが出来る逆光電子分光実験を行い、その見積もりを追認している。

 このように4種類の化合物に対して得られたデータは、それらの結晶の単位胞体積Vにより良く分類されること(V〜175A3のSi化合物と、V〜195A3のGe化合物)、すなわち化学量論的圧力効果により物性が支配されることを見い出している。さらにこれを定量的に議論するため、SiとGeを系統的に置換した系、CeRhSixGe1-xとCeIrSixGe1-xを作製し、純粋系と同様の測定により各種物理量の単位胞体積依存性を求め、さらにこれらの中間点に位置するCePdSi3(V=181A3)のデータも考慮して、総合的な見地から物性を議論している。

 第5章では、以上の実験結果および解析結果をまとめ、今後さらに発展すべき研究の方向を提案している。すなわち、CeRhSi3とCelrSi3は近藤効果が優勢で重い電子系としてとらえることが出来る一方、CeRhGe3とCeIrGe3はRKKY相互作用が優勢な磁性体である。これらの化合物をDoniach相図上で模式的に分類すると、磁気相転移が消える寸前の状態にあるCeRhSi3が最も量子臨界点近くに位置することになり、重い電子系の本質に迫るf電子の遍歴性と局在性の二重性の研究を発展させる上で、格好の物質であると結論している。

 以上、本論文は、論文提出者が作製した良質のCeTX3(T=Rh,Ir;X=Si,Ge)試料を用いた系統的かつ広範な物性測定により、重い電子系化合物の物質探索に大きなインパクトを与えたオリジナルな研究として評価出来る。

 なお、本論文の第3、4章の一部は石川征靖、武田直也、辛 埴、金井 要、渡辺正満、嚴 斗和、各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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