学位論文要旨



No 115747
著者(漢字) 瀬尾,雄三
著者(英字)
著者(カナ) セオ,ユウゾウ
標題(和) 電子的コミュニケーションにおける社会関係の研究 : 対立のダイナミズム
標題(洋)
報告番号 115747
報告番号 甲15747
学位授与日 2001.02.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第4828号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 野口,悠紀雄
 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 政策研究大学院大学 教授 青木,保
内容要旨 要旨を表示する

 近年急速に普及した電子的コミュニケーションは、社会のさまざまな混乱の原因ともなっている。電子的コミュニケーションの利用は、今後もますます拡大すると考えられており、この技術が社会に及ぼす影響を事前に予測することは、社会のさまざまな組織の運営上も、また、電子的コミュニケーションという新しい技術を有効に活用する上でも欠かせない。

 ところで,電子掲示板を介した人々のつながりなど、電子的コミュニケーションを介して成立した社会は、電子的コミュニケーションが極限にまで普及した社会の先行モデルとみなすこともできる。このような社会を分析することは、将来の電子的コミュニケーションが普及した社会のあり方を考える上で、何らかの手がかりを与えてくれるものと思われる。

 電子的コミュニケーションという媒体は、さまざまな伝統的なメディアのメディア特性を併せ持つ。すなわち、電話や手紙のような、一対一の、個人的メディアとも、放送や出版のような、一対多の、公的なメディアともなり得る。また、電話や放送と同様に、瞬時に伝達されるメディアであると同時に、出版物のように、長期にわたって保存され得るメディアである。瞬時に伝達されるメディアは感性に働きかける傾向が高く、保存性のメディアは知性に働きかける傾向が高い。これらがメディアの種類により歴然と区別されていた伝統的なメディアと異なり、電子的コミュニケーションはいずれの特性も発揮される可能性がある。電子的コミュニケーションの利用に際しては、それぞれの参加者に対し、そのコミュニケーションの場での、メディア特性の適切な使い分けが求められる。また、公的なメディアは、放送局や出版者が発信内容を取捨選択する、ゲートキーパ機能を果たしていたが、電子的コミュニケーションにおいてはゲートキーパ機能は個人に委ねられる。電子的コミュニケーションは、伝統的なメディアに比べて、利用者の大幅な裁量権を与えており、その不適切な行使による混乱が起こりやすい媒体であるといえよう。

 この研究では、インターネットを介して伝送される電子掲示板システムであるネットニュースを対象に、実際に交わされたメッセージを分析することにより、その場における社会関係を探ることを試みた。メッセージ内容と社会関係を結び付ける手がかりとして、コミュニケーションの場に生じている対立に着目した。これは、ネットニュース上で生じている対立に、コミュニケーションの場に対する参加者間の認識の相違があると考えられ、ある種の文化的対立が存在すると考えられたためである。分析の対象として、日本発のニュースグループfjにおけるネットニュースの使い方を議論する場である、fj.news.usageを選んだ。これは、このニュースグループで特に、ネットニュースというコミュニケーションの場に対する参加者の認識が現れやすく、その相違点による対立も頻繁に観測すると考えられたことによる。分析は1995年から1998年までの4年間にわたってこのニュースグループに投稿された全ての記事を対象に行った。

 対立の分析に先だって、記事を議論(スレッド)別に整理した。他の記事に対するフォローアップ記事には、フォローアップ先の記事を指し示す情報が記事の先頭に記述されている。これを手がかりに、全ての記事を、これら相互の参照関係により、木構造にまとめあげ、それぞれの木を独立したスレッドとみなして解析の対象とした。

 スレッド中の対立の有無と対立点は、(1)スレッド中で頻出する漢字ないし熟語をキーワードに選び、(2)記事毎のキーワード出現頻度を主成分分析により記事の主成分スコアを得、(3)議論の過程における主成分スコアの自己相関関数およびこれから求めたパワースペクトルにより振動の有無を判定する、ことにより抽出した。振動する主成分が存在する場合、対立があると考えられ、その対立点は主成分の意味を判断することによって把握される。機械的対立手法と並行して、スレッド内容の読解によっても対立点を求め、両者を比較検討することにより手法の妥当性を確認した。解析結果の一例を表1,図1及び図2に示す。この例では、第3主成分スコアに振動が認められ、対立の存在を示唆する。

 ニュースグループfj.news.usageにおいて大きなスレッドを形成した議論は、(1)誤りの指摘に際しての他人への配慮、(2)正確な用語法、(3)特定のニュースリーダを誤動作させる記事に関する議論の三つが代表的であった。

 それぞれの代表的スレッドに対して詳細に分析を行った結果、いずれのスレッドでも振動が検出され、対立の存在が示唆された。また、内容を読解した結果、振動した主成分に対応した対立が存在するごとも確認された。

 これら3種類の主要な議論から検出された対立は、暖かい人間関係とローカルな通用性を重視するコミュニティ指向と、正確な情報と用語使用を重視し、規約を重視する普遍性指向の間の対立に集約することができる。

 電子的コミュニケーションは、表情や声色といった付随情報を除去するという性質と、メッセージを容易に記録に残せるという特性のため、匿名的コミュニケーションがなされ、普遍性の指向を助ける。電子的コミュニケーションのこの性質は、初期のインターネットを形作った学術コミュニティの指向性にマッチし、多様な組織、多用な機器の接続を可能とする普遍性の高い接続規約を確立し、巨大なインターネットを形成した。

 一方で、電子的コミュニケーションの同時性と双方向性は、親密な人間関係の形成を促し、電子の村とも形容されるコミュニティを形成している。この作用は、商業的に提供されるコミュニケーションの場でも強調され、容易に細分化された場が形成できるという電子的コミュニケーション技術の特性を利用した、小さな場が多数形成されている。

 これら双方の社会関係は、伝統的な社会学では相反するものとされており、ネットニュースを対象とした分析の結果でもこの双方の間の対立が観察された。しかしながら、電子的コミュニケーション上に形成された社会においては、これら双方の指向性を包含し、対立が一部に生じているものの、多くの場面では正常にコミュニケーションがなされている。これは、ネットニュースの使い方を議論する場に普遍性が要求されるなど、コミュニケーションの場毎に要求された特性を多くの参加者が把握してメッセージを発信しており、それぞれのコミュニケーションの場の使い分けがおおむね妥当になされていることの表れではないかと推定される、

 電子的コミュニケーションのもたらす混乱を抑制し、その技術を有効に活用するためには、コミュニケーションの場の特性を参加者が良く把握して、場に即した適切なメッセージを発信することが重要と思われる。

表1.スレッド3の主成分分析結果

図1.自己相関係数(スレッド3)

図2.パワースペクトル(スレッド3)

審査要旨 要旨を表示する

 近年急速に普及した電子的コミュニケーションは、社会のさまざまな混乱の原因ともなっているが、その利用は今後もますます拡大すると考えられている。従って、この技術が社会に及ぼす影響を事前に予測することは、社会のさまざまな組織の運営上も、また、電子的コミュニケーションという新しい技術を有効に活用する上でも欠かせない。本研究は、インターネットを介して伝送される電子掲示板システムであるネットニュースを対象に、実際に交わされたメッセージを分析し、その場における社会関係を探ることを試みたものである。

 メッセージ内容と社会関係を結び付ける手がかりとして、コミュニケーションの場に生じている対立に着目している。その理由は、ネットニュース上で生じている対立に、コミュニケーションの場に対する参加者間の認識について、ある種の文化的対立が存在すると考えられたためである。分析の対象として、日本発のニュースグループfjにおけるネットニュースの使い方を議論する場である、fj.news.usageを選んだ。これは、このニュースグループでは、ネットニュースというコミュニケーションの場に対する参加者の認識が現れやすく、その相違点による対立も頻繁に観測すると考えたことによる。分析は1995年から1998年までの4年間にわたってこのニュースグループに投稿された全ての記事を対象に行っている。

 他の記事に対するフォローアップ記事には、フォローアップ先の記事を指し示す情報が記事の先頭に記述されている。これを手がかりに、全ての記事を、これら相互の参照関係により、木構造にまとめあげ、それぞれの木を独立したスレッドとみなして、対立の解析の対象としている。

 スレッド中の対立の有無と対立点は、次のような手続きにより抽出している。まず、スレッド中で頻出する漢字ないし熟語をキーワードに選ぶ。次に、記事毎のキーワード出現頻度を主成分分析により記事の主成分スコアを計算する。最後に、議論の過程における主成分スコアの自己相関関数およびこれから求めたパワースペクトルにより振動の有無を判定する、という一連の手続きである。このような分析結果で、議論の過程で振動する主成分が存在する場合,対立があると仮定し、その対立点は主成分の意味を判断することによって把握している。機械的対立手法と並行して、スレッド内容の読解によっても対立点を求め、両者を比較検討することにより手法の妥当性を確認している。

 以上のような定量的分析により、振動が検出され、対立の存在が示唆され、内容を読解した結果振動した主成分に対応した対立が存在することが確認された、ニュースグループfj.news.usageにおける大きなスレッドとして、次の3つのスレッドを見つけだしている。すなわち、(1)誤りの指摘に際しての他人への配慮、(2)正確な用語法、(3)特定のニュースリーダを誤動作させる記事に関する議論の3つである。そして、これら3種類の主要な議論から検出された対立は、暖かい人間関係とローカルな通用性を重視するコミュニティ指向と、正確な情報と用語使用を重視し、規約を重視する普遍性指向の間の対立に集約することができるとの結論に達している。これら双方の社会関係は、伝統的な社会学では相反するものとされており、ネットニュースを対象とした分析の結果でもこの双方の間の対立が観察されたと言える。

 以上より、電子的コミュニケーションのもたらす混乱を抑制し、その技術を有効に活用するために必要な知見を得ることができたと言える。よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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