No | 115756 | |
著者(漢字) | 森田敏宏 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モリタ,トシヒロ | |
標題(和) | 抗血栓剤の局所作用機序と血管内局所療法による治療の研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 115756 | |
報告番号 | 甲15756 | |
学位授与日 | 2001.02.21 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1689号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 血管形成術後などでは血管障害が容易に修復しないにもかかわらず、ヘパリンの単回投与で血栓形成は予防される。これには全身的な血液凝固能抑制以外の作用が考えられる。そこで抗血栓剤の長時間にわたる抗凝固効果の機序について検討した。また、抗血栓剤や血栓溶解剤の少量高濃度局所注入法による抗血栓症治療が報告されており注目をあびている。しかし理想的な撰択的薬物はまだ模索中であることや局所投与法技術の未熟さもあり現状では十分な効果をあげていない。そこで理想的なカテーテルによる抗血栓局所療法について研究した。 抗血栓剤の局所作用機序 28頭の雑種成犬を使用した。両総腸骨動脈にバルーンカテーテルによる血管障害を作成し血栓形成を試み血管内視鏡観察を行った。 10頭の犬で右腸骨動脈にバルーン傷害を加え、術後経時的に血管内視鏡で血栓形成状況を観察し対照とした。次にヘパリン(n=6)(200U/kg)あるいは選択的抗トロンビン剤であるアルガトロバン(n=4)(0.2mg/kg)を静脈投与した後、左腸骨動脈遠位部を傷害した。障害後1時間毎に3時間まで観察を行い、近位部を傷害しさらに1時間後に内腔を観察した。 次に別の10頭の犬で両腸骨動脈をバルーンで傷害し、左総腸骨動脈にはヘパリン(n=5)(20U/kg)あるいはアルガトロバン(n=5)(0.02mg/kg)を局所に注入した。障害注入後1時間毎に4時間まで両腸骨動脈の内腔観察を行い比較検討した。 狭窄度指数は次の様に定義した。指数0=0%,指数1:0< <25%,指数2:25% < <50%,指数3:50< <75%,指数4:75< <100%,指数5:100% ヘパリンの局所抗血栓効果を病理学的に評価するため蛍光ヘパリン(FITCラベルヘパリン)を投与し蛍光顕微鏡とレーザー共焦点顕微鏡で観察した。 血管内視鏡により血管内の変化や血栓形成状況は明瞭に観察された。ヘパリン無投与の対照側障害部の経過観察では血栓が4時間後まで経時的に成長していったが、ヘパリンあるいはアルガトロバン投与後の遠位障害部では4時間でも微小壁在血栓形成が認められるに留まり、抗血栓剤を投与した側では血栓による血管狭窄度は対照群より有意に軽度であった(p<0.0001)。平均狭窄指数はヘパリン群では1.8でありアルガトロバン群では1.0に抑制されていた。次に、抗血栓剤を投与して3時間後に与えた近位部傷害の1時間後(抗血栓剤投与4時間後)観察では血栓による平均狭窄度は、同時に観察した遠位部の平均狭窄度に比較して有意に高度であった(p<0.005)。 ヘパリンあるいはアルガトロバン無投与の対照側では4時間後まで血栓の成長が確認され閉塞性血栓へと成長していった。ヘパリンあるいはアルガトロバンを少量局所投与した血管側では4時間まで血栓形成が抑制されたが、対照側では閉塞性の血栓が形成された。 障害部位の内弾性板下層に微弱なヘパリンによる蛍光を認めた。しかし全身投与3時間後には障害部位より蛍光ヘパリンはほぼ消失していた。全身凝固系の変化ではAPTTは30分後には一過性に延長しているが3時間後では投与前値と較べて有意差はないレベルに回復していた。 本研究では、犬総腸骨動脈血栓モデルを用いて比較的臨床に近い条件で抗血栓剤の作用機序について検討した。ヘパリンあるいはアルガトロバンの静脈内投与により一時的に全身的凝固・系の抑制が生じるが2時間後には凝固系パラメーターは回復した。しかし血管障害部に血栓形成は見られず局所の抗血栓性は保持されていた。これは血管障害部局所へのヘパリンの沈着によりその抗凝固作用を局所的に発揮していることが想定され、抗血栓剤の少量局所が有効であることも裏付けとなる。一方抗血栓剤投与3時間後に血管傷害を加えた部位では血栓が形成され、この時点における抗血栓剤の血中濃度の低下により血管障害部局所において抗凝固作用を発揮し得なかったことが示唆された。 抗血栓剤の障害血管に対する抗血栓作用は、血液凝固能の回復にもかかわらず4時間余り持続することが血管内視鏡により確認された。この比較的長時間の抗血栓作用は、抗血栓剤の血管障害部位への局所沈着や血管壁自体の抗凝固能の回復によると考えられる。 抗組織因子抗体による抗血栓療法 麻酔家兎の両総腸骨動脈バルーンで傷害を加え、一側を対照とし他側に抗組織因子抗体0.02mg/kg(n=5)あるいは抗組織因子抗体とヘパリン10単位/kg(n=5)を局所投与した血管内視鏡で内部を観察し血栓による狭窄度を評価した。 抗組織因子抗体の局所投与により部分的に血栓形成が予防されたが、ヘパリンとの併用によりほぼ完全な血栓形成予防効果が得られた。 抗組織因子抗体よる抗血栓局所療法の可能性が証明された。抗組織因子抗体は凝固系に影響をもたらさないので、将来の安全かつ有効な抗血栓療治療に応用できることが示唆された。 新型の穴あきバルーンカテーテルによる抗血栓局所療法 新型穴あきバルーンカテーテルは瓢箪型のバルーンに12個の小孔があり薬剤を血管局所に注入できるようになっており血管障害や薬物の散在は少ない。麻酔犬の両総腸骨動脈にバルーンで傷害を加え、一側の血栓に新型穴あきバルーンカテーテルによりアルガトロバン(0.02mg/kg)やヘパリン(30U/kg)を局所投与した。対側は対照とした。血栓形成予防効果は血管内視鏡と血管造影により評価した。また凝固線溶系への影響について検討し全身投与法と比較した。抗血栓剤の量は全身投与量の約十分の一とし全身的凝固線溶系への影響のない様にした。 6例の安定労作狭心症患者で冠動脈形成術(PTCA)を行い、PTCA成功後に新型穴あきバルーンカテーテルを挿入しアルガトロバン1-2mgを局所投与した。心不全や重症三枝病変例は含まれていない。全例、抗血小板剤と少量のヘパリン投与は併用した。冠動脈造影検査と臨床症状、心電図検査等で経過を観察した。 犬の総腸骨動脈に新型穴あきバルーンカテーテルを挿入し2気圧で生理食塩水2ccを注入したところ血管障害は軽度であった。 血管障害後、血管内視鏡で血栓形成状況を評価したところ、ヘパリンやアルガトロバン投与側では血栓形成程度は軽く形成が抑制されていたが、血管障害の対照側では全例に血栓が形成された。 PTCA直後にアルガトロバンを局所投与したところ1例に中等度の冠動脈解離を認めたが他の5例では問題がなかった。直後の再閉塞はみられず、いずれの症例にも6ヵ月以内で狭心症状の再発はなかった。 臨床応用においては血管内Local Drug Deliveryを経皮的に行う必要がある。そこで局所投与用のカテーテルシステムが研究開発されてきた。2重バルーンカテーテル、穴あきのバルーンカテーテル(Perforated Balloon CatheterあるいはPorous Balloon Catheter、HydrogelBalloon Delivery、チャンネルバルーンカテーテルなどが考案されたがいずれのシステムも不十分であり実用化されていない。 しかし今回の研究で新型穴あきカテーテルによる抗血栓剤投与で安全かつ効率的に血栓形成を予防できることが証明された 新型穴あきカテーテルによる抗血栓剤投与で安全かつ効率的に血栓形成を予防できることが証明された。また、このカテーテルは臨床的に安全に使用でき、将来はこのシステムで抗血栓療法のみならず血管新生を含む広い領域の循環器疾患の治療に冠動脈内局所療法が応用される事が期待される。総括すると、本研究により血管形成術などによる機械的血管障害後の血栓形成性は一時的なものであり、内膜が修復する以前の早期に抗凝固能は回復することが証明された。それゆえ、少量の抗血栓剤の血管の障害部への一回の局所投与で血栓形成が予防できる可能性が示唆され、この実験によって抗血栓剤局所投与が血栓予防に有用であることが証明された。組織因子のような局所血栓形成物質を阻害することによっても血栓予防ができる可能性が示唆された。さらに新型穴あきカテーテルによる抗血栓剤投与で安全かつ効率的に血栓形成を予防できることが証明された。 | |
審査要旨 | 本研究は抗血栓剤の局所血管壁における作用機序を解明するとともに、抗血栓剤の局所投与の有効性および新型穴あきバルーンカテーテルを用いた臨床応用についても検討し、下記のような結果を得ている。 1.雑種犬の腸骨動脈バルーン傷害モデルを用い、抗血栓剤の単回全身投与が4時間後まで血栓抑制効果を発揮することを証明した。この機序として、抗血栓剤が傷害された血管壁に親和性を持ち、局所血管壁に長く留まることをFITCラベルヘパリンを用いて証明した。 2.1の結果から、抗血栓剤を少量局所投与することにより、全身投与と同様の血栓抑制効果を得られる可能性が示唆されたため、雑種犬の腸骨動脈バルーン傷害モデルを用いて、ヘパリン及びアルガトロバンの少量局所投与を行ったところ、全身投与と同等、あるいはそれ以上の血栓抑制効果が得られることが示唆された。 3.より有効な血栓抑制効果を得るため、抗組織因子抗体を用いた局所投与の効果を家兎の腸骨動脈を用いたバルーン傷害モデルで検討したところ、ヘパリンと抗組織因子抗体を併せて投与することにより、より強力に血栓を抑制し得る可能性が示唆された。 4.以上のような抗血栓剤局所投与を臨床応用すべく、新型穴あきバルーンカテーテルを開発した。その有効性と安全性を検討するため、雑種犬の腸骨動脈バルーン傷害モデルを用いて、新型穴あきバルーンカテーテルによる抗血栓剤の局所投与を行ったところ、正常血管壁に傷害を与えることなく、有効に血栓を抑制し得ることが示唆された。 5.安定狭心症の待機的PTCA施行例に対し、通常のバルーンカテーテルによる拡張の後に、新型穴あきバルーンカテーテルを用いてアルガトロバンの局所投与を行った。6例中1例に冠動脈解離を認めた以外は大きな合併症もなく、標的血管の開存は良好であった。このことより新型穴あきカテーテルは、ヒト冠動脈においても抗血栓剤の局所投与を安全かつ有効に施行し得る可能性が示唆された。 以上、本論文は従来から血管内治療において問題となっている血栓の抑制に関して、少量高濃度の抗血栓剤を局所注入することにより、出血等の合併症を減らし、有効かつ安全に血栓を抑制し得る可能性を示したこと、また、従来の局所注入用カテーテルの欠点を補った新型穴あきバルーンカテーテルを開発、臨床応用したことにより、今後の血管内治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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