学位論文要旨



No 115763
著者(漢字) 中山,耕之介
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,コウノスケ
標題(和) 骨形成促進の分子機構の解明 : 力学的負荷モデルおよび細胞内情報伝達機構の検討
標題(洋)
報告番号 115763
報告番号 甲15763
学位授与日 2001.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1691号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 講師 中尾,彰秀
内容要旨 要旨を表示する

 地上で生活する脊椎動物の骨には、身体の支持機能とカルシウム・リンの貯蔵庫としての機能がある。骨は活発な代謝を営むことにより再構築(リモデリング)を繰り返しており、骨は、このような骨吸収と骨形成過程の間の動的平衡関係の上に、その機能を果たしている。骨の再構築は、破骨細胞と骨芽細胞による骨吸収と骨形成が、全身性因子、局所性因子、さらには細胞−細胞間あるいは細胞−基質間相互作用などにより、緻密に調節される。この平衡状態が何らかの理由により破綻した結果、骨量や骨強度が著明に減少して、正常な骨の支持機能を維持できなくなった状態が骨粗鬆症である。原発性骨鬆症には、骨吸収が亢進して、骨代謝回転が冗進した閉経後骨粗鬆症と、骨形成が優位に低下して、骨代謝回転の低下した老人性骨粗鬆症がある。また、骨への力学的負荷が軽減すると、骨吸収が亢進する一方で、皮質骨の骨外膜側の骨形成が低下し、著明な骨粗鬆症を来す。

 近年、破骨細胞の研究は著しい進展を見せ、有効な骨吸収抑制薬の開発が進められている。一方骨芽細胞分化や、骨芽細胞機能発現の機序についてはいまだに不明の点が多く、骨形成を著明に促進する薬剤も存在しない。しかし、老人性骨粗鬆症や力学的負荷の軽減のように骨形成が有意に低下した病態では、骨形成を強力に促進する薬剤こそが、より本質的な治療法である。そこで、骨形成を担う骨芽細胞の主として分化のメカニズムの解明を通して、骨形成を促進する新たな薬剤の開発、ひいては骨粗鬆症のより有効な予防・治療法の開発への寄与を目指して、以下の検討を行った。

1. 力学的負荷による骨形成促進機序の解明のため、尾部懸垂ラットに再び力学的負荷をかけて、ノーザンブロット法により、各種遺伝子の発現を検討した。また、従来の人工的な実験系を用いた検討から、力学的負荷により、骨細胞により産生されたプロスタグランディン(PG)を介して、骨の細胞でc-fosの発現が誘導される可能性がある。

 そこで、生理的な力学的負荷による骨でのc-fosの発現の変化、またPG合成とc-fosの発現との間の関係を検討した。

 大腿骨の骨外膜と骨内の細胞におけるI型コラーゲンα1(I)鎖とアルカリフォスファターゼ(ALP)、オステカルシン、cyclooxygenase(COX)-2mRNAの発現は、14日間の尾部懸垂による力学的負荷の軽減でも、その後の回転ケージによるこれらのラットの後肢の再負荷でも、変化は認めなかった。しかし、骨外膜細胞でのc-fosの発現は、運動開始20分後に劇的に増加し、2時間後まで持続し、その後減少したが、運動開始6時間後でも非運動群に比べて増加していた。骨内の細胞でもc-fosの発現は、運動開始20分後に一時的に亢進し、その後速やかに低下した。これに対して、COX-2mRNAの発現は、運動負荷開始2時間後に骨内の細胞でのみ増加していた。これらの細胞でも、COX-2mRNAの発現は、運動負荷開始6時間後には、非運動群とほぼ同程度にまで低下した。

 しかし、COX阻害薬インドメサシンを経口投与しても、骨外膜細胞、骨内の細胞のいずれにおいても、運動再負荷後20分、60分でのc-fos mRNA発現亢進に対して、何らの効果も認められなかった。

 したがって、生理的力学的負荷に伴い、in vivoの骨の細胞、とりわけ骨外膜細胞で、PGの産生・分泌とは独立に、c-fosの発現が誘導されることが示された。

II c-fosによるAP-1の活性化は、一般に骨芽細胞の分裂、増殖と関連すると考えられる。チロシンキナーゼ受容体(RTK)-Ras-extracellular signal regulated kinase(ERK)を介してシグナルを伝達し、さらにc-fosを介してAP-1を活性化するEGF、bFGFなどの成長因子は、骨芽細胞の増殖を促進する一方で、その分化を抑制する。そこでこれらの成長因子の骨芽細胞分化抑制機序を解明する目的で、Bone morphogenetic protein(BMP)反応性プロモータの活性へのこれら成長因子の作用を、マウス骨芽細胞系細胞MC3T3-El細胞を用いて検討した。BMPはこれらの細胞に作用して、骨芽細胞分化を強力に促進する。抑制性Smadの一つであるSmad6は、BMPによりその発現が速やかに誘導される。そのプロモータ上には、28塩基対のBMP responsive element(BMPRE)が存在し、Smad1とSmad5が直接結合して、その転写活性を促進する。mS6-luxは、8.5kbの内因性マウスSmad6プロモータを、一方3GC2-luxは、X型コラーゲンのコアプロモータの上流に、BMPREのみを3個直列につなげたものを、それぞれルシフェレース遺伝子の上流につないだコンストラクトである。

 EGF処理およびアデノウィルスによるconstitutively active MEK(caMEK)の強制発現は、BMPにより誘導されるMC3T3-E1細胞のALP活性を抑制した。一方、EGFとMEK阻害薬PD098059の同時処理およびdominant negative Ras(dnRas)の強制発現により、このEGFの効果は阻害された。したがって、これらの成長因子は、RTK-Ras-ERK経路を介して、BMPにより誘導される骨芽細胞分化を抑制する。

 EGF、bFGFおよびcaMEKは、BMPで誘導されるmS6の活性を抑制したが、PD098059およびdnRasにより、むしろその活性は促進された。同様の効果はBMPREのみを含む3GC2-luxにおいては認められたが、BMPREに突然変異を導入した3GC2mutl-luxでは認められなかった。したがってRas-ERK経路のBMPシグナルに及ぼす効果は、BMPREおよびSmad蛋白を介する可能性が高いことが示された。

 免疫蛍光抗体法によるSmad1の細胞内分布の検討では、BMP処理によりSmad1の核内への集積を認めたが、bFGFを同時処理しても、核内移行の阻害は認めなかった。

 以上より、Ras-ERK経路が、Smad蛋白の転写活性を直接抑制することにより、BMPシグナルを抑制する可能性が示された。

III.力学的負荷により実際には骨形成が促進され、c-fosによるAP-1活性化に続いて、骨芽細胞分化が誘導される。BMPは未分化間葉系細胞に作用して骨芽細胞分化を強力に促進する。その機序は不明であるが、BMPによって活性化されるSmad蛋白と複合体を形成して骨芽細胞分化を特異的に誘導する転写因子が関与するものと想定される。そこで、このような転写因子を同定する目的で、Smad1のMad Homology2(MH2)領域をプローブにcDNAライブラリーをスクリーニングし、発現クローニングを試みた。

 その結果、既知の3遺伝子230kD Phosphatidylinositol 4-kinase(PI4K230)、QKI、p21WAF1/CIP1と未知の遺伝子8クローンを得た。p21WAF1/CIP1はcell cycleを調節するcyclin-dependent kinase(CDK)inhibitor(CKI)で、G1/S移行を阻害する。p27、p57とともにCKIのサブファミリーを構成する。BMPが、強力な骨芽細胞分化促進因子であり、細胞によっては増殖の調節にも関与することから、この知見は大変興味深い。実際、p21WAF1/CIP1ファミリーのノックアウトマウスでは、内軟骨性骨化の障害による骨格形成異常が認められる。

 今回同定されたPI4Kは、230kDのIII型PI4Kであり、phosphatidylinositol(PI)のD-4位のリン酸化を媒介する酵素である。この蛋白は核移行シグナル、leucine zipper、helix-loop-helix(HLH)、Src-homology domain3(SH3)、pleckstrin homology domain、proline-rich領域など種々の調節領域をもち、骨にも強い発現を認める。私たちの得たcDNAクローンは、leucine zipperとHLHを含む。この蛋白の生理的機能は、いまだ不明である。

 QKIは、quakingと呼ばれる突然変異マウスの原因遺伝子としてポジショナルクローニングされた、signal transduction and activation of RNA(STAR)ファミリーに属するRNA結合蛋白である。このマウスでは神経のミエリンの形成に異常が生じ、特徴的な振戦を発症する。Altemativesplicingにより、QKI-5、-6、-7の三種類の転写産物がつくられる。この蛋白は、KH領域と呼ばれるRNA結合領域、proline-rich領域と2個のSH3など、種々の調節領域をもつ。私たちが得たクローンは、KH領域とSH3を1個含む。この蛋白の機能はやはり不明であるが、最近QKI-6が、転写抑制因子である可能性が報告され、さらにQKI-5は主に核内に分布するため、QKIは主として転写調節に関与している可能性もある。QKIの骨での発現は不明であり、quakingマウスでは、骨の異常は報告されていないが、今後BMP反応性を中心に、骨の代謝状態を詳細に検討するのも興味深い。

 今後も、骨形成を有効に促進する新規の治療法の開発へと実を結ぶべく、これらの検討を重ねていく必要があるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は骨形成を担う骨芽細胞の主として分化のメカニズムの解明を通して、骨形成を促進する新たな薬剤の開発、ひいては骨粗髪症のより有効な予防・治療法の開発への寄与を目指して、尾部懸垂による力学的負荷軽減動物モデルを用いたin vivo、ならびに骨芽細胞分化を強力に促進するBMPのシグナルに着目したin vitroの検討を行ったもので、下記の結果を得ている。

1. ラットの尾部を懸垂して後肢の力学的負荷を14日間軽減の後、回転ケージによりこれらのラットの後肢に再負荷をかけ、mRNAを抽出してノーザンブロット解析を行った。大腿骨の骨外膜と骨内の細胞におけるI型コラーゲンα1(I)鎖とアルカリフォスファターゼ(ALP)、オステカルシン、cyclooxygenase(COX)-2mRNAの発現は、力学的負荷の軽減でも、後肢の再負荷でも変化は認めなかった。しかし、骨外膜細胞でのc-fosの発現は、運動開始20分後に劇的に増加し、2時間後まで持続し、その後減少したが、運動開始6時間後でも非運動群に比べて増加していた。骨内の細胞でもc-fosの発現は、運動開始20分後に一時的に亢進し、その後速やかに低下した。これに対して、COX-2mRNAの発現は、運動負荷開始2時間後に骨内の細胞でのみ増加していた。これらの細胞でも、COX-2mRNAの発現は、運動負荷開始6時間後には、非運動群とほぼ同程度にまで低下した。しかし、COX阻害薬インドメサシンを経口投与は、骨外膜細胞、骨内の細胞のいずれにおいても、運動再負荷後20分、60分でのc-fosmRNA発現亢進に対して、何らの効果も示さなかった。したがっで生理的力学的負荷に伴い、とりわけ骨外膜細胞で、プロスタグランディンの産生・分泌とは独立に、c-fosの発現が誘導されることが示された。

2.チロシンキナーゼ受容体(RTK)-Ras-extracellular signal regulated kinase(ERK)を介してシグナルを伝達し、さらにc-fosを介してAP-1を活性化するEGF、bFGFなどの成長因子は、骨芽細胞の増殖を促進する一方、その分化を抑制する。そこでこれらの成長因子の骨芽細胞分化抑制機序を解明する目的で、Bonemorphogeneticprotein(BMP)反応性プロモータへのこれら成長因子の作用を、マウス骨芽細胞系細胞MC3T3-Elを用いて検討した。BMPは未分化間葉系細胞に作用して骨芽細胞分化を強力に促進する。mS6-luxはBMPresponsiveelement(BMPRE)の存在する8.5kbの内因性マウスSmad6プロモータを、3GC2-luxはBMPREのみ3個を有するレポータープラスミドである。EGF、bFGFおよびconstitutively active MEK(caMEK)は、BMPで誘導されるmS6の活性を抑制したが、MEK阻害薬PDO98059およびdominant negative Ras(dnRas)は、むしろその活性を促進した。同様の効果は3GC2-luxにおいても認められたが、BMPREに突然変異を導入した3GC2mut1-luxでは認められなかった。免疫蛍光抗体法では、BMP処理によりSmad1の核内への集積を認めたが、bFGFを同時処理しても、核内移行の阻害は認めなかった。以上より、Ras-ERK経路が、Smad蛋白の転写活性を直接抑制することにより、BMPシグナルを抑制する可能性が示された。

3.力学的負荷により、c-fosによる増殖促進に続いて、骨芽細胞分化が誘導される。BMPによって活性化されるSmad蛋白と複合体を形成して骨芽細胞分化を特異的に誘導する転写因子を同定する目的で、Smad1のMadHomology2(MH2)領域をプローブにcDNAライブラリーをスクリーニングし、発現クローニングを試みた。その結果、既知の3遺伝子230kDPhosphatidylinositol4-kinase(PI4K230)、QKI、P21WAF1/CIP1と未知の遺伝子8クローンを得た。

 以上、本研究はより生理的な実験系である力学的負荷軽減動物モデルを用いて、骨外膜細胞において、c-fosの発現がプロスタグランディンとは独立に促進されること、またこのc-fosの発現を誘導する各種成長因子が、RTK-Ras-ERK経路を介してSmad1の転写因子を直接抑制すること、さらにそのSmadlと相互作用する可能性のある種々の蛋白を同定した。本研究はこれまで人工的な系でのみ観察されていた力学的負荷によるc-fosの発現誘導を生理的な動物モデルにより証明し、c-fos発現が誘導されて骨芽細胞増殖が促進される際に、骨芽細胞分化が抑制される機序を明らかにし、さらにはこれまで未知であったBMPによる骨芽細胞分化促進機序に重要な示唆を与えるものである。したがって本研究は骨形成促進機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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