学位論文要旨



No 115764
著者(漢字) 立石,敬介
著者(英字)
著者(カナ) タテイシ,ケイスケ
標題(和) Uba3欠損マウスを用いたNEDD8化経路の機能解析
標題(洋) Analysis ofNEDD8 modification system using Uba3 deficient mouse
報告番号 115764
報告番号 甲15764
学位授与日 2001.03.07
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1692号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 中尾,彰秀
内容要旨 要旨を表示する

真核生物における細胞生命現象には、様々な蛋白質の発現量が転写による合成やその特異的な分解によってタイミングよく迅速に変動することが不可欠である場合が多い。そのうち蛋白質毎の特異的分解を制御する系としてユビキチン-プロテアソーム系は大きな役割を担っている。

ユビキチンは8.6kDの小さな蛋白質で共有結合で基質を修飾するが、その結合は活性化酵素E1、転移酵素E2、連結酵素E3により構成されたカスケード反応により触媒される。基質に結合したユビキチンには別のユビキチンが共有結合し、最終的に多数のユビキチンが鎖状に基質に結合する。このポリユビキチン化基質が26Sプロテアソームによって認識されるとペプチドへと分解される。その基質が細胞周期やアポトーシス、シグナル伝達、抗原提示、ストレス応答、DNA修復など多岐にわたる領域に多数存在していることはこの経路の重要性を裏付けている。このユビキチン化経路における基質の特異性は多種のE3の存在によって維持されているが、中でも複合体としてE3機能をもつ代表としてSCF複合体が知られており、細胞周期のG1-S期移行や様々なシグナル伝達の制御に関わるE3として重要視されている。

NEDD8はユビキチンと非常に相同性の高い蛋白修飾分子である。また特異的なE1(APP-BP1とUba3の異型2量体)、E2(Ubc12)によって触媒されて基質に結合する点もユビキチンと非常に類似している。しかしその修飾はユビキチン化が分解のマーカーであるのと対照的に、むしろ基質の活性化に寄与することがin vitroの実験で明らかとなってきた。そしてその基質こそがSCF複合体の構成因子であるCuninファミリー蛋白質であった。つまりNEDD8がSCF複合体の活性化を介して様々な細胞生命現象に関わっている可能性が考えられた。

今回NEDD8修飾がin vivoにおいてどのような生物学的意義をもつかを調べる目的で特異的なE1であるUba3遺伝子の欠損マウスを作成しその表現型の解析を行った。

マウスUba3遺伝子は全長14Kb以上にわたり14個のエクソンから構成されていた。NEDD8の結合するシステイン残基を欠損した相同組み換え体ES細胞を単離し、キメラマウスからヘテロマウスを得た。ヘテロマウスは正常に発育したが、驚くことにホモ個体は着床後の胎生7.5日までにアポトーシスを呈し致死であった。また胎児切片においてサイクリンEとD3の異常発現が認められた。3.5日胚のin vitro培養においてもUba3欠損細胞はわずかな増殖の後に細胞死に至った。そして一部の細胞系ではS期進行の異常が認められ、その細胞群ではサイクリンEとp57Kip2の異常な発現増加を呈していた。

Uba3欠損細胞において異常蓄積したサイクリンE、サイクリンD3とp57KP2はSCFで分解が調節されると考えられていることから、SCFを介した蛋白質分解の異常が疑われた。そこでSCFによる分解制御がよく研究されているβカテニンについてもその発現を調べたところ、Uba3欠損細胞では細胞質から核内にまで明らかなβカテニンの蓄積を認めた。

以上の結果はNEDD8修飾系が胎生期の個体発生や細胞周期制御に必須であることを示すとともに、それがSCF複合体を介した蛋白質分解の異常に起因する可能性を示唆していた。NEDD8経路の細胞周期やシグナル伝達調節における具体的な役割についてはさらなる解析が必要だが、また一方で成体の組織、臓器毎レベルでの機能解析も必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、有核細胞の基質特異的なタンパク質分解を司るユビキチン−プロテアソーム経路について、その制御機構の基礎的研究である。プロテアソームにより分解される基質は高等動物において多くの生命現象の分野に存在している。今回解析したNEDD8修飾経路とは、一部の細胞周期因子やシグナル伝達因子などについてそのプロテアソームによる分解を活性化する経路と考えられている。本研究ではNEDD8修飾系を欠損したマウスを作製することにより、その生物学的重要性の解析を試み、以下の結果を得ている。

1.NEDD8修飾系はNEDD8という小分子がUBA3/APPBP1、UBC12という酵素により触媒された結果、いろいろな基質のプロテアソームによる分解を活性化する。今回、マウスのUBA3遺伝子がクローニングされ、その遺伝子をノックアウトすることによりNEDD8経路を欠損したマウスが作製された。まずUBA3遺伝子のエクソン、イントロン構造が明らかにされた。UBA3遺伝子は全長14KB以上にわたり14個のエクソンから構成されていた。そしてUBA3タンパク質はヒトと99%同一であった。NEDD8の結合するシステイン残基は第6エクソンにコードされ、そのエクソンを欠損する相同組換え体ES細胞が単離された。そのES細胞からキメラマウス、ヘテロマウスが得られたがホモマウスは得られなかった。

2.マウスの胎仔切片においてTUNELassayを行った結果、胎生5.5日の段階でUba3ホモ欠損マウスの原始外胚葉は明らかなアポトーシスを呈していた。さらに胎生6.5日の切片にて、細胞マーカーであるTROMA-1による染色を行ったところホモ個体は原始内胚葉、原始外外胚葉のみからなり、原始外胚葉はみられなかった。そして胎生7.5日胚ではホモ個体と思われる部分は子宮内で完全に吸収されていた。このことからホモマウスは胎生7.5日までにアポトーシスを伴って致死であることが示された。

3.3.5日胚のin vitro培養においてもUba3欠損細胞はわずかな増殖のあとに細胞死に至っていた。この系でもTUNEL assayにて内部細胞塊を中心に異常なアポトーシスの増加が示された。

4.3.5日胚のin vitro培養において細胞増殖の異常が示唆されたためBrdUのとりこみの有無が検討された。野生型と異なりUba3欠損細胞では、栄養膜細胞由来の細胞群においてBrdUの取り込みがみられなかった。一方、内部細胞塊では取り込みがみられていた。このことからUba3を欠損した栄養膜細胞においてS期進行の異常が示唆された。一般に栄養膜細胞のS期進行はM期を経ないでS期を繰り返す(endoreduplication)ことが知られているが、そのendoreduplicationに必須なp57kiP2の周期的変動がUba3欠損栄養膜細胞では消失していた。そのことはp57kip2の免疫染色においてその明らかな蓄積が認められることで示されていた。

5.さらに免疫染色による検討からUba3欠損細胞ではcyclinD3やcyclinE、βcateninの異常な蓄積がみられ、それらのタンパク質はいずれもプロテアソームによる分解がNEDD8によって活性化されると考えられるものであった。これらのことはNEDD8経路の欠損が、プロテアソームによるタンパク質分解の異常を介して細胞周期制御やシグナル伝達の異常をひきおこしている可能性を示唆していた。

 以上、本論文はノックアウトマウスの解析からNEDD8修飾経路が高等動物の発生において必須であることを示した。さらにホモ個体において様々なタンパク質分解の異常が示唆されたことからin vivoでのタンパク質分解におけるNEDD8修飾の重要性を示すことができた。生体内での細胞生命現象に対する、基質特異的タンパク質分解の関わりや重要性についてはまだ解明されるべき点が多く、その制御機構も未知な点が多い。本研究はその解明の一つの端緒となるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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