学位論文要旨



No 115772
著者(漢字) 中澤,秀雄
著者(英字)
著者(カナ) ナカザワ,ヒデオ
標題(和) 原発住民投票と地方都市レジーム : 新潟県巻町・柏崎市,1967-1999
標題(洋)
報告番号 115772
報告番号 甲15772
学位授与日 2001.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会学)
学位記番号 博人社第307号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 似田貝,香門
 東京大学 教授 庄司,興吉
 東京女子大学 教授 矢澤,澄子
 東京大学 助教授 松本,三和夫
 東京大学 助教授 佐藤,健二
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、ポスト「地方の時代」における権力構造と住民運動を分析することを通じて、新しい地域統治(local governance)の様式と、こんにち求められている根源的民主主義(radical democracy)の条件および意義を問うものである。また本論文は特に原子力発電所建設という関連テーマの多い争点を取り上げることから、自治体経営のあり方や、原子力政策のあり方に関しても詳細な検討を行う。

 「地方の時代」という用語自体は1970年代後半に提唱されていながら、その具体的なイメージと制度設計は未だに不透明なままである。そこで本稿では、グローバリゼーションのなかでむしろローカルなものが意味を持つ、ポスト「地方の時代」ともいうべき時代の諸特徴を摘出する。それは、権力構造レベルでは「レジーム」の解体や編成替えとして顕れたり、これまでの「新しい社会運動」をも越えたタイプの住民運動の登場を促したりする。さらに、地域と国家政策を結ぶレベルでは、国土計画や原子力政策の矛盾が表面化し、レジームが動揺することによって表現されたりもする。

 具体的な対象は新潟県巻町および柏崎市である。この二都市は、出発点において同じ争点を持ちながら、結果として対照的な選択をしているため、興味深い比較対照群をなしている。どちらも1967年前後に原子力発電所の立地計画が明らかになりながら、巻町は住民投票によって反対の意思を明確にし、柏崎市は世界最大の原子力発電所を擁するに至ったのである。そこで、このような対照的な選択がいかなる因果関係によってもたらされたのか追求するため、現在までの統治と運動のせめぎ合いを「原発レジーム」の形成という枠組みから辿る。その結果、レジームの性格の相違や政治的機会の相違といった政治的要因によって両者の違いが説明されること、それはさらに遡れば地方中核都市との関係や農業生産力といった地理的経済的条件に構造的基盤を持つことが示される。

 二つの都市は、選択の帰結を通じて、「分権と地域間競争」の時代における自治体経営の二つのモデルを提供している。とくに柏崎については、国土計画と地域振興、原子力政策と地域振興を切り離して考え、むしろ地域の内発的発展のエネルギーを引き出すべきことが示唆される。また、リスク社会が到来するなかで立地政策をめぐる政策的合理性の修復が限界に到達していることが示される。

 一方巻町に関しては、その住民投票運動が、本質的に反原発運動ではなく政治改革運動であると同時に、生活の場からする民主主義の徹底化によってその弊害を克服する動きであるということを明らかにする。こうした地方小都市の動きは、これまで潜在化してきた都市的生活様式をめぐる「首都と地方」の社会的亀裂を表面化させかねない。首都の側もまた、地方小都市の問題提起を受け止めて、生活圏のあり方を問い直さねばならないことが、新たな課題として提示される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、二つの地方小都市を事例として、戦後地域社会の権力構造と社会運動との関係を主題にすえ、その歴史的変遷を、分析する。その作業を通じて、戦後日本における社会的亀裂(a social cleavage)の構造的背景を明らかにし、1970年代の地域研究と1つの争点であった権力構造研究を批判的にとらえた、地域政治の「レジーム」概念を介して、地域政治(local politics)の新しい様式と原理を展望しようとするものである。一章では、「レジーム」概念を鍵概念として、地域政治の構造的変化の基盤を見出そうし、その際の地域政治の「レジーム」を構成したり排除されたりする主体として権力構造と運動とを主題とし、これら二つの主体の関係性を追求してゆくアプローチを説明する。第2章以下5章までは、具体的な研究対象として、新潟県柏崎市および西蒲原郡巻町に定める。この二都市は、1960年代中葉に原子力発電所の立地計画を誘致し、双方とも激しい反対運動に直面するという同じ争点を持つ二都市であるが、柏崎市では名望家レジームから地域開発レジームへの移行がスムースに行われ、この地域開発レジームがさらに変形して原発レジームを形成し、当初計画どおりに七基の原子炉が建設させ、一立地点としては世界最大の原子力発電所が誕生させに比して、低成長の時代における価直観の多様化や成長主義への懐疑などを反映するように、巻原発計画は迷走を続け、1996年の住民投票によって反対の意思が過半数を占めるに至った。

それは、巻町の場合、名望家レジームが長く残存し、それが原発レジームに変化することに失敗したと考えることができる、と指摘する。同じ争点を持ち、同じような歩みを進めていたはずの二つの原発計画が、なぜ対照的な帰結を導いたのか、両者の地域社会の照的な選択がいかなる因果関係によってもたらされたのか、を2つの都市の「レジーム」概念から解き明かしたものである。

 第六章では、このような結論の上に、巻町の住民投票運動をさらにつっこんで考察し、この運動を、日本におけるラディカル・デモクラシーの実践であること、より具体的には、住民の鯛決定の「過程」を重視するメタ・メツセージを発し続けるような諸集団運動体の機能したから、「生活政治」が、他の都市とは異なった文脈で発生していることを指摘し、「民主主義レジーム」という地域政治の新しい位相を予見する。

 本論文は、60年代の日本の地域開発政策と政治社会学、地域社会学等の研究を踏まえ、これらの研究の現時点における地域研究の理論実証的再構成を野心的に試みるとともに、長期における現地調査を経ることによって都市間の比較可能な接近方法を構築しつつある努力作といえよう。論文全体としての統一についていえば、少し脇道にそれると思われがちな箇所があるが(5章3節)、これまでの社会学の地域社会研究としては、新たな新人あらわれるというような研究水準に到達しており、高く評価することができる。

 以上により、本審査委員会は、本論文が博士(社会学)を授与するに値するものと結論をえた。

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