学位論文要旨



No 115777
著者(漢字) 松田,憲之
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,ノリユキ
標題(和) 高等植物における小胞輸送機構解明に向けた遺伝生化学的研究 : リングフィンガー型ユピキチンリガーゼの発見と解析
標題(洋)
報告番号 115777
報告番号 甲15777
学位授与日 2001.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3879号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 高橋,陽介
 東京大学 助教授 梅田,正明
 理化学研究所 主任研究員 中野,明彦
内容要旨 要旨を表示する

 高等植物において、小胞輸送は重要な役割を担っているにもかかわらず、その理解は酵母や動物に比べて遅れている。植物の分泌過程の研究の第一歩として、私は修士課程において酵母の小胞輸送変異(sec15変異)を抑圧するシロイヌナズナ遺伝子RMA1を単離した。博士課程においてはRMA1のさらなる機能解析を行うとともに(第2章)、植物の小胞輸送に関与すると思われるPRA2遺伝子を酵母小胞輸送変異株を用いて解析した(第1章)。以下その概要を述べる。

第1章 PRA2の酵母変異株を用いた解析

 Rab/Yptタンパク質は膜融合の過程で働く低分子量GTPaseである。近年高等植物から多数のRab/Yptタンパク質が単離されており、そのうちいくつかは酵母のypt変異を相補できる。一方、上田らによって、シロイヌナズナのRab/Yptタンパク質Ara4を一連の酵母ypt変異株中で発現させると、共通の制御因子GDI等を競合するために、逆にその生育を阻害することが明らかにされている。

 本研究ではエンドウ由来のRab/Ypt低分子量GTPase PRA2を一連の酵母ypt変異株に導入して、その解析を試みた。まずPRA2を酵母のypt1(ts),ypt3(cs),sec4(ts)変異株に導入し、PRA2がこれらの変異を相補できるかどうかを調べた。PRA2はいずれの変異も相補しなかったが、逆にARA4と同様に、これらの変異株の増殖を阻害した(表1,図1)。ARA4による増殖阻害はGDIの共発現によって一部回復するので、PRA2による増殖阻害もGDIの共発現によって回復するかどうかを調べた。しかし、ARA4の場合とは異なり、GDIの共発現ではPRA2による増殖阻害は回復しなかった(表2)。したがって、Pra2はGDIとは異なる酵母の制御因子を奪っており、それが種々のypt変異株の増殖阻害を引き起こしていると考えられる。

 Pra2と結合している因子の手がかりを得るために、生化学的な特性を変化させる種々の変異をPra2に導入して(表3)、その増殖阻害活性を調べた。興味深いことに、Pra2△Cはypt1変異株の増殖を阻害するが、ypt3変異株の増殖は阻害しなかった(図2)。また、GTP固定型の変異体(Pra2Q79L)やエフェクター領域の変異体(Pra2T52A)は、ypt1変異株の増殖を野生型Pra2と同様に阻害したが、GDP固定型の変異体(Pra2T34N)やnucleotide free型の変異体(Pra2N133I)は増殖を阻害しなかった(図3)。これらの結果から、Pra2は酵母中で複数の因子を競合しており、ある因子がC末端に依存してPra2と結合することでypt3変異株の増殖を阻害し、別な因子がC末端に依存せずにGTP型のPra2と結合することでypt1変異株の増殖を阻害していることが示唆された。

 これらの実験結果は、酵母の変異と他生物の相同遺伝子の発現による合成増殖阻害が普遍的に起りえる現象であることを示し、さらにPra2と相互作用する因子を酵母変異体を用いて単離・解析するための方法論的な基礎を与えるものだと考えている。

第2章 生化学的な手法によるRma1の機能解析

 私は修士課程において、酵母sec15変異を抑圧するシロイヌナズナ遺伝子RMA1を単離した。RMA1産物は典型的なリングフィンガーモチーフと膜結合部位を有しているが、その機能は不明であった。ところがごく最近、ユビキチンを標的に付加する酵素であるユビキチンリガーゼ(E3)がリングフィンガーモチーフを持つという報告が相次いだ。しかしRma1は既知のE3と配列上の相同性を示さず、またC末端に膜結合領域を有する点でも、既知のいかなるE3とも異なっている。そこでRma1がE3活性を有するかどうかを、生化学的に検討することにした。

 大腸菌より精製したマルトース結合タンパク質(MBP)とRma1の融合タンパク質(MBP-Rma1)をATP、ユビキチン、高いユビキチン化活性を有する小麦胚芽抽出液と反応させると、Rma1の見かけ上の分子量が100kDa以上にわたり増加した(図4A)。さらにMBP-Rma1をアミロースレジンカラム上に固定し、pull-down assayを行ったところ、上記の見かけ上の分子量の増加したMBP-Rma1のみが、抗ユビキチン抗体でも検出された(図5A)。このことから、MBP-Rma1がポリユビキチン化されることが示された。このRma1のユビキチン化が、Rma1を基質とする未知のE3によるものなのか、Rma1自身のE3活性に由来するものなのかに興味が持たれる。そこで、Rma1自身のE3活性を自己ユビキチン化を指標に用いて調べた。MBP-Rma1をATP、ユビキチン、El、および図6に示した動物由来の各種E2と反応させると、Ubc4あるいはUbcH5a特異的にRma1の自己ユビキチン化が再構成され、見かけ上の分子量が増加することがわかった(図6A)。ATP、ユビキチン、El、およびE2(Ubc4/5)だけでRma1のユビキチン化が再構成できることから、Rma1のユビキチン化は自身の自己ユビキチン化活性によることが、言い換えればRma1はUbc4/5と協調して働くE3であることが示された。

 さらにRma1の機能が進化的に保存されているかどうかを調べるために、ヒトRma1ホモログを単離し(図7)、同様の実験を行った。その結果、(1)MBP-ヒトRma1をATP、ユビキチン、網状赤血球抽出液と反応させると、ヒトRma1の見かけ上の分子量が100kDa以上にわたり増加すること(図4B)、(2)その分子量の増加はヒトRma1のポリユビキチン化によること(図5B)、(3)ヒトRma1のユビキチン化もATP、ユビキチン、E1、およびE2(Ubc4/UbcH5a)だけで再構成できること(図6B)、が示された。

 これらの実験結果から、私が修士課程において単離したRma1は、Ubc4/5と共に働く広く保存された新しいタイプのユビキチンリガーゼ(E3)であることが生化学的に示された(図8)。Rma1は高等植物でE3活性が初めて示されたリングフィンガータンパク質であり、またそのC末端に膜結合部位を有する点で前例のない新しいタイプのE3である。今後は特にRma1の基質に注目しながら、その機能解析を行っていきたいと考えている。

表1.Growth of wild-type and ypt mutant cells carrying either PRA2 or vector alone.

表2.Summary of the results of co-expression of GDI.

表3.Summary of the characters of mutant alleles of PRA2.

図1 PRA2は酵母ypt変異株の増殖を阻害する。

ypt1およびypt3変異株中で、PRA2をガラクトース(Gal)により誘導すると、両変異株の増殖が阻害された(下段)。一方で、野生型の酵母細胞中でPRA2を過剰発現しても増殖阻害は観察されなかった(上段)。

図2 PRA2△Cは株によって異なる増殖阻害活性を示す。(A)PRA2△Cをypt1およびypt3変異株に導入した。PRA2△Cはypt1変異株の増殖を阻害するが、ypt3変異株の増殖は阻害しなかった。(B)一方で、ypt3変異株中のPra2とPra2△Cのタンパク量に差は無かった。

図3 Pra2に種々の変異を導入して増殖阻害活性を調べた。Pra2Q79L(GTP固定型)やPra2T52A(エフェクター領域の変異型)はypt1変異株の増殖を阻害するが、Pra2T34N(GDP固定型)やPra2N133I(nucleotide-free型)はypt1変異株の増殖を阻害しなかった(中段)。一方で、いずれの変異タンパク質も発現していることは確認できた(下段)。

図4 (A)Rma1をATP、ユビキチン、および高いユビキチン化活性を有する小麦胚芽抽出液と反応させると、見かけ上の分子量が本来の分子量(矢頭)よりも100kD以上にわたって増加した(*).(B)ヒトRma1を同様にATP、ユビキチシ、高いユビキチン化活性を有する網状赤血球抽出液と反応させても、やはり見かけ上の分子量が100kD以上にわたって増加した(*)。

図5 (A)Rma1のPull downアッセイの結果。Rma1(左半分)のうちで、見かけ上の分子量が増加したRma1のみが、抗ユビキチン抗体(右半分)でも認識された。(B)ヒトRma1についても、同様に見かけ上の分子量の増加がユビキチン化によることが示された。

図6 (A)Rma1をATP、ユビキチン、El、Ubc4あるいはUbcH5aと反応させると、Rma1の自己ユビキチン化が再構成され、見かけ上の分子量が増加した(*)。その他のE2ではユビキチン化は再構成されなかった。(B)ヒトRma1の自己ユピキチン化も、ATP、ユビキチン、El、およびUbc4/UbcH5aだけで再構成された。

図7 シロイヌナズナRma1(AtRma1)とヒトRma1(HsRma1)のアミノ酸配列の比較。黒丸はリングフィンガーモチーフのコンセンサス配列を、下線は膜結合部位と思われる疎水性の領域を示す。

図8 本研究によって、Rma1がUbc4/5ファミリーとともに働く新しいタイプのE3であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章では植物の小胞輸送に関与すると思われるPRA2遺伝子の酵母小胞輸送変異株を用いた解析について、第2章では酵母の小胞輸送変異(sec15変異)を抑圧するシロイヌナズナ遺伝子RMA1の機能解析について述べられている。いずれの研究も出芽酵母の小胞輸送変異株を用いて、高等植物の小胞輸送に関与する因子や、その機能に迫ろうとするものである。

 まず第1章では、エンドウ由来のRab/Ypt低分子量GTPase Pra2を一連の酵母ypt変異株に導入して、その解析を試みている。Pra2を酵母の種々のypt変異株に導入したところ、Pra2はいずれの変異も相補せずに、逆にこれらの変異株の増殖を阻害することが示された。既に上田らが、シロイヌナズナのRab/Ypt遺伝子ARA4がGDI等を競合するために、酵母ypt変異株の生育を阻害することを明らかにしている。しかし、Ara4の場合とは異なり、GDIの共発現ではPra2による増殖阻害は回復しないことから、Pra2はGDIとは異なる酵母の制御因子を奪うことにより、ypt変異株の増殖阻害を引き起こしていると考えられる。

 生化学的な特性を変化させる種々の変異をPra2に導入して、その増殖阻害活性を調べたところ、興味深いことにPra2△Cはypt1変異株の増殖を阻害するが、ypt3変異株の増殖は阻害しないことが示された。また、GTP固定型の変異体やエフェクター領域の変異体はypy1変異株の増殖を阻害するが、GDP固定型の変異体やヌクレオチドフリー型の変異体は増殖を阻害しないことも明らかにされた。これらの結果は、Pra2が酵母中で複数の因子を競合しており、ある因子がC末端に依存してPra2と結合することでypt3変異株の増殖を阻害し、別な因子がC末端に依存せずにGTP型のPra2と結合することでypt1変異株の増殖を阻害していることを示唆している。

第2章では、論文提出者らが酵母sec15変異の抑圧因子として単離したRma1の機能を、生化学的な手法によって明らかにしている。まず大腸菌より精製したマルトース結合タンパク質(MBP)とRma1の融合タンパク質(MBP-Rma1)をATP、ユビキチン、小麦胚芽抽出液と反応させたところ、その見かけ上の分子量が100kDa以上にわたり増加することが示され、さらにその原因がMBP-Rma1のポリユビキチン化によることが明らかにされた。また、MBP-Rma1をATP、ユビキチン、E1、および動物由来の各種E2と反応させると、Ubc4あるいはUbcH5a特異的にMBP-Rma1の自己ユビキチン化が再構成され、見かけ上の分子量が増加することが明らかにされた。ATP、ユビキチン、E1、およびE2(Ubc4/5)だけでMBP-Rma1のユビキチン化が再構成できることは、Rma1のユビキチン化が自身の活性に由来すること、言い換えればRma1がUbc4/5と協調して働くE3であることを示している。さらに(1)MBP-ヒトRma1をATP、ユビキチン、網状赤血球抽出液と反応させても、その見かけ上の分子量が100kDa以上にわたり増加すること、(2)分子量の増加はMBP-ヒトRma1のポリユビキチン化こよること、(3)MBP-ヒトRma1のユビキチン化もATP、ユビキチン、El、およびE2だけで再構成できること、が示されており、Rma1の機能が進化的に保存されていることが明らかにされている。

 第1章の実験結果は、酵母の変異と他生物の相同遺伝子の発現による合成増殖阻害が普遍的に起りえる現象であることを示しており、さらにPra2と相互作用する因子を酵母変異体を用いて単離・解析するための方法論的な基礎を与えるものだと考えられる。

 また、第2章の実験結果は、Rma1がUbc4/5と共に働く広く保存された新しいタイプのユビキチンリガーゼ(E3)であることを生化学的に明確に示している。Rma1は高等植物でE3活性が初めて示されたリングフィンガータンパク質であり、今後その機能解析を進めるうえで、本研究は欠くことのできない重要な情報を与えるものと考えられる。

 なお、本論文第1章は上田,貴志氏、佐々木,幸子氏、中野,明彦氏との共同研究であり、第2章は鈴木,俊顕氏、田中,啓二氏、中野,明彦氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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