学位論文要旨



No 115782
著者(漢字) 馮,東東
著者(英字)
著者(カナ) フェン,ドンドン
標題(和) HDL受容体SR-BI結合蛋白質(CLAMP)による血中のHDL cholestero1レベルの調節に関する研究
標題(洋) Studies on the Regulation of Plasma HDL Cholesterol Level by CLAMP-an HDL Receptor(SR-BI)Binding Protein
報告番号 115782
報告番号 甲15782
学位授与日 2001.03.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第929号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

 HDL(High Density Lipoprotein,高比重リポ蛋白質)は“善玉リポ蛋白質”と呼ばれ、抗動脈硬化作用を有すると考えられている。これは、HDLが末梢組織に蓄積した過剰のコレステロールを肝臓へ運ぶことで、コレステロールを処理、排泄する機構、すなわちコレステロール逆転送系に重要な役割を担っていることによる。肝臓やステロイド生産臓器へのHDLコレステロールの輸送機構は、LDL受容体を介するLDLの取り込み機構(エンドサイトーシス)とは全く異なる。つまり、LDLがLDL受容体に結合すると、リポ蛋白質粒子全体が細胞内へ取り込まれ、リソソーム内で蛋白質成分、脂質成分と共に分解される。これに対し、肝臓やステロイド生産臓器では、HDL中の脂質成分を選択的に細胞内に取り込む機構が想定され、「選択的脂質取り込み」という概念が提唱された。1996年Kriegerらのグループは、「選択的脂質取り込み」機能を担うHDL受容体として、はじめてSR-BI(Scavenger Receptor class B type I)分子を同定した。SR-BIの過剰発現マウス或いはノックアウトマウスを用いた解析から、SR-BIは、コレステロール逆転送系の最終段階である肝臓へHDLコレステロールを受け渡すことにより、血清中のコレステロールレベルを調節したり、ステロイド生産臓器ヘステロイドホルモンの原料となるコレステロールを供給したりする役割を果たすことにより、生理的にHDL受容体として機能していることが明らかとなった。当教室は、SR-BIのC末端細胞質領域と結合する分子量が約70KDaの蛋白質を、affinity column法によりラットの肝臓膜画分から同定した。cDNAクローニングの結果、本蛋白質はPDZドメインを4個持つ新規蛋白質であることが明らかになり、CLAMP(C-terminal Linking And Modulating Protein)と命名された。本研究で私は、CLAMPの肝臓におけるの生理機能に注目し、特にCLAMPの血中HDL cholesterolレベル調節への関与について調べ、以下の成果を得た。

[実験・結果・考察]

1.SR-BIとCLAMPは肝臓内で結合している

ラットの肝臓ホモジネートを10万gで遠心し、上清と沈殿に分画したところ、SR-BIもCLAMPも沈殿画分のみから回収されたことから、両者は肝臓膜画分に存在していることが分かった。それで、ラットの肝臓膜画分をTriton X-100で可溶化した後、CLAMPのモノクローナル抗体で免疫沈降したところ、SR-BIが共沈してきたことから、SR-BIとCLAMPは生理的にも結合していることが示された。肝臓の形質膜は、リポ蛋白質代謝に関わるシヌソイド膜と胆汁排泄に関わるカナリキュラー膜の2つに大別される。従って、CLAMPのSR-BIに対する機能を調べるために、肝臓の形質膜をフラクショネーションし、シヌソイド膜とカナリキュラー膜を分画して、それぞれの膜画分における両蛋白質の分布を調べた。その結果、ラットの肝臓においても、SR-BIはシヌソイド膜とカナリキュラー膜との両方に存在することが分かり、リポ蛋白質代謝だけでなく、胆汁排泄にも関与していることが予想される。一方、CLAMPはそのほとんどがシヌソイド膜に局在していることから、肝臓におけるSR-BIの機能の中で、主にリポ蛋白質代謝の方に関わっていることが示唆された。

 また、細胞内においてSR-BIとCLAMPとが結合しているかどうかを調べた。CLAMPを恒常的に発現したCHO細胞に、SR-BI或いはSR-BIのC末端の15アミノ酸を削ったSR-BIΔC15を発現させ、CLAMPの抗体を用いて免疫沈降し、SR-BI或いはSR-BIΔC15をSR-BIの細胞外ドメインに対する抗体で検出した。その結果、CLAMPと共にSR-BIは沈降するが、SR-BIΔC15は沈降しないことが示され、細胞内においてもCLAMPはSR-BIのC末端と結合することが示唆された。

2.CLAMPとSR-BIとの局在に細胞骨格系が関与している

 CLAMP蛋白質の細胞内分布を調べた。CLAMP発現CHO細胞では、細胞質が一様に染まることから、CLAMPは細胞質全体に散在することが分かった。この細胞にさらにSR-BIを発現させると、細胞の形態が変化し、糸状突起のような構造が観察され、そのような部位や細胞の輪郭の一部などにCLAMPが分布するようになった。このことから、CLAMPは細胞内でSR-BIと結合することにより、細胞質から形質膜へと局在を変えることが示唆された。一方、SR-BIΔC15を発現された細胞では、そのようなCLAMPの細胞内での局在の変化は見られなかった。

 CLAMP発現CHO細胞にSR-BIを発現されたときに観察される特徴的なフィラメンタスな細胞内分布から、両蛋白質の局在に細胞骨格系が関与している可能性が考えられた。そこで、CLAMP発現CHO細胞にさらにSR-BIを発現された細胞で、マイクロフィラメント、中間系フィラメント、或いはマイクロチューブルをそれぞれ染色してみた。前述のような特徴的なフィラメンタスな構造はマイクロフィラメントの分布と一致することが分かった。以上の結果を考え合わせて、我々は次のような仮説を提案する.つまり、CLAMPは直接的或いは間接的にマイクロフィラメントと相互作用し、SR-BIを介してHDLから形質膜の内側に取り込まれたコレステロールエステルは、形質膜の直下にあるマイクロフィラメントに沿って細胞内を移動する。

3.SR-BIと結合するCLAMPのドメインの同定

 CLAMPの4個のPDZドメインの中で、SR-BIのC末端と結合するのに必要なドメインをyeast two-hybrid法を用いて調べた。その結果、最もN末端側のPDZドメイン(PDZ1)を含む約100アミノ酸からなる領域はSR-BIと結合するが、C末端側の残りの3個のPDZドメイン(PDZ2,3,4)はSR-BIと結合しないことが分かった。これらのC末端側の3個のPDZドメインと結合する因子を同定することにより、SR-BI受容体と細胞内のコレステロールプールとの間を結ぶ分子メカニズムを明らかにし、形質膜から細胞内へのコレステロール輸送系とのクロストークを分子レベルで解明することが今後の課題である。

4.CLAMPの生理機能の解析

 CLAMP発現CHO細胞に、SR-BIまたSR-BIΔC15を発現させると、SR-BI蛋白質の発現が2-3倍上昇することが分かった。これと同時に、CLAMP発現細胞にSR-BIをトランスフェクトした細胞では、HDLの細胞結合量及びCEの選択的取り込み量が共に2-3倍上昇した。このことから、CLAMPはSR-BIと結合して、おそらくSR-BI蛋白質の安定性を高めることによりSR-BIの発現量を上昇させた、HDLの結合量及びCEの取り込み量を上昇させている可能性が考えられた。

 PDZドメインを欠損させたmutant CLAMP発現CHO細胞(CHO-PDZ12)に、SR-BIを発現させると、SR-BI蛋白質の発現量及びHDLからのCEの取り込み量が、コントロール細胞のレベルまで減少することが分かった。そこでPDZ34を欠損させたmutant CLAMP蛋白質(PDZ-12-)の組替えアデノウイルス(Ad.-12-)を作成し、CLAMP及びSR-BI両発現細胞に感染させたところ、CLAMPの分布が膜画分から細胞質画分に変化した。このことからPDZ-12-はCLAMPとSR-BIとの結合を競合的に阻害し、ドミナントネガティブ効果を示すことがわかった。そこで、PDZ-12-をマウス肝臓に過剰発現させ個体レベルにおけるCLAMPの生理機能の解析を試みた。その結果、SR-BI蛋白質の発現量が減少することがわかった。また、血清中のトータルコレステロールレベルが有意的に上昇し、また、この増加したコレステロールはほぼHDL中にあることが分かった。さらに、マウス血清中のHDLコレステロールのクリアランスは、コントロールマウスに比べて遅いことが明らかになった.これらのことから、CLAMPは個体レベルにおいても、SR-BIを介するHDLからのCE取り込みに重要な役割を果たしていることが示され、血清中のHDLコレステロールレベルを調節する新しい分子機能の存在が明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 血漿リポ蛋白質は血液中で脂質を運ぶ役割を担っており、動脈硬化性心臓血管障害と密接に関わっている。LDL(低密度リポ蛋白質)は動脈硬化を促進するのに対し、HDL(高密度リポ蛋自質)は逆に阻害する。HDLコレステロールの細胞への受け渡しは、昔から知られているLDL受容体を介する経路とは異なり、HDLの蛋白質成分を取り込んで分解することなく脂質を選択的に取り込むことが知られている。スカベンジャー受容体クラスBタイプI(SR-BI)は分子レベルで初めて明らかになったHDL受容体であるが、幾つかの動物実験の結果からHDLのコレステロールエステル(CE)を選択的に取り込むことが証明された。しかし、肝細胞内でSR-BI受容体を介して取り込まれたCEがどのようにして、またどこへ運ばれるかについては明らかになっていない。彼女らは3年前に、SR-BI結合蛋白質をラット肝臓膜画分から同定しCLAMPと命名した。CLAMPはPDZ蛋白質ファミリーに属し、4個のPDZドメインを有する。肝臓におけるCLAMPの生理機能を明らかにすることを目的に、本研究は行われた。

1. ラット肝臓におけるSR-BIとCLAMPの結合の解析

 SR-BI及びCLAMPはともにラット肝臓膜画分に分画されたことから、Triton X-100で可溶化後CLAMP抗体で免疫沈降された。その結果、SR-BIが共沈してきたことから、両者は肝臓内で結合していることが示された。肝臓の形質膜は、リポ蛋白質代謝に関わるシヌソド膜と胆汁酸排泄に関わるカナリキュラー膜に大別される。そこで、両蛋白質の分布が調べられ、SR-BIは両膜画分中に同程度見られるのに対し、CLAMPは殆どがシヌソイド膜に分布していることがわかった。このことから、CLAMPはSR-BI分子をシヌソイド膜にターゲットしてシヌソイド膜上におけるSR-BI分子の発現レベルを規定しているか、或いはまたSR-BI分子をクラスタリングして受容体と下流の分子マシナリーを連結させている可能性などが示唆された。

2. 培養細胞を用いたCLAMPの機能解析

 CLAMPのSR-BIに対する機能を調べる目的で、CLAMPを恒常的に過剰発現したCHO-CLAMP細胞が作製された。CHO-CLAMP細胞にSR-BIを発現させると、CLAMPは細胞質画分から膜画分に分布を変えることがわかり、また免疫沈降法から両者は細胞内で結合することが確認された。CHO-CLAMP細胞にSR-BIを発現させると、コントロールCHO細胞に比べてSR-BI蛋白質の発現量が2-3倍に上昇し、HDLからのCE取り込み量が約3倍程度増加することがわかった。このことから、CLAMPはSR-BIに結合することによりSR-BI蛋白質の安定性を高め、HDLからのCEのselective uptakeを促進する作用があることが示唆された。次に、PDZドメインを欠損した様々な変異型CLAMPを恒常的に過剰発現したCHO細胞が作製され、これらの細胞にSR-BI遺伝子をー過的に発現させたところ、CHO-CLAMP細胞のときに見られるようなSR-BI蛋白質の発現増加及びHDLからのCE取り込み亢進作用は見られなかった。

3. ドミナントネガティブ体を利用したCLAMPの生理機能の解析

 PDZドメイン3と4を欠損したPDZ-12-をアデノウィルスに作らせ、CHO-CLAMP/SR-BI細胞に感染させると、CLAMPとSR-BIの結合が競合的に阻害されて、大部分のCLAMPが膜画分から可溶性画分に遊離してくることが示された。細胞レベルで、PDZ-12-のドミナントンネガティブ効果が観察されたので、次にPDZ-12-をアデノウィルスでマウスに感染させ、個体レベルでのフェノタイプが観察された。今回用いられたアデノウィルス感染システムでは目的蛋白質の99%以上がマウス肝臓に発現する。まず、SR-BI蛋白質の発現レベルが比較され、PDZ-12-を感染したマウスの肝臓ではコントロールマウスに比べて有意に発現量が減少していることが示された。次に、血清全コレステロール量を経時的に調べたところ、PDZ-12-を感染したマウスでは7日目にピークをむかえ、コントロールマウスに比べて有意に上昇することが示された。そこで、どのリポ蛋白質中のコレステロールが増加しているかを調べる目的で、ゲル濾過かラムで血清が分画され、PDZ-12-を感染したマウスでは主にHDL画分中のコレステロールが増加していることがわかった。さらに、PDZ-42-を感染したマウスではHDLコレステロールのクリアランスがコントロールに比べて有意に落ちていることが示された。

 以上を要するに、本研究は、CLAMPは個体レベルにおいてもSR-BIを介するHDLからのCE取り込みにおいて重要な役割を果たすことが示されている。以上の知見は、HDLコレステロールレベルを調節する分子機構を考える上で意義深いものであり、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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