学位論文要旨



No 115788
著者(漢字) 加藤,宙
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ヒロシ
標題(和) 不整地を移動する多脚型ロボットに関する研究
標題(洋)
報告番号 115788
報告番号 甲15788
学位授与日 2001.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4832号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 二宮,敬虔
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨 要旨を表示する

 車輪型ロボットと比較して脚型ロボットは、その構造上、対地適応能力の高さが期待される。このことから、月・惑星表面や噴火口など不整地、原子力施設内の放射線管理区域などの人間が近付きがたい階段のある場所、地雷処理のような連続した轍を残すことが好ましくない場所、など多数のアプリケーションが考えられる。

 本論文では、月・惑星表面のような不整地を移動するロボットの実現を大目的として、以下の提案を行っている。

 [1]不整地移動に適した多脚型ロボットの基本形態の提案

 [2]多脚型ロボットの歩容を生成する基本的なアルゴリズムの提案

 [3]不整地移動における胴体移動アルゴリズムの提案

 [4]不整地移動における遊脚移動アルゴリズムの提案

 [5]不整地歩行を検証するためのシミュレーション手法の提案

 [6]小型で軽量なロボットを実現するための、機構の最適化手法の提案

 本論文では、まず初めに車輪型ロボットと脚型ロボットのそれぞれの特徴を明らかにし、不整地移動に脚型ロボットが適していることを示している。また、脚型ロボットの歩行を、大きく静歩行と動歩行に分類し、それぞれの特徴を明らかにし、不整地移動に静歩行が適していることを示している。また、静歩行をする脚型ロボットを実現する上での、脚数と制御アルゴリズムや対故障特性の関係を明らかにし、6脚以上を持つ多脚型ロボットが不整地移動に適していることを示している。さらに、脚の構造について、関節駆動型と垂直水平分離駆動型のそれぞれの脚を持つロボットの特徴について明らかにし、関節駆動型の脚を持つ多脚型ロボットが、不整地移動に適していることを示している。以上のことをまとめ[1]の提案となる。

 多脚型ロボットの研究においては、まず、ロボットの機構の検討を行い実機を製作し、その実機を動かすための歩行アルゴリズムの開発を行うという手順で研究が進められることが多い。このような研究アプローチでは、歩行アルゴリズムがロボットの機構に依存するため、汎用性が低くなる。汎用性が低いことは、ロボットが移動する環境の変化に対する適応能力の低下も招く。しかし、不整地を移動する場合、周囲の環境は大まかにしか把握できない可能性が高く、周囲の環境は絶えず変化すると考えるべきである。また、月・惑星探査においては、一部の脚が故障した場合でも、ミッションが続行できることが望ましく、脚の故障をロボットの形態の変化と考え、柔軟に対応できる歩行アルゴリズムが望ましい。このようなことから、ロボットの形態によらない、周囲の環境の変化に柔軟に対応できる、汎用的な歩行アルゴリズムが必要であると考え、[2]のアルゴリズムの提案となる。このアルゴリズムは、5脚以上任意の数の脚を持ち任意の脚配置の多脚型ロボットに適用できる。このアルゴリズムはロボットの形態を仮定していないため、実際のロボットに適用する場合には、個々のロボットに合わせたアルゴリズムの拡張が必要となるが、アルゴリズムの基本的な部分で、胴体の移動と遊脚の移動を分離しているため、アルゴリズムの拡張を容易になっている。

 [1]で提案した形態のロボットに対して、[2]のアルゴリズムを適用する場合、胴体の移動と遊脚の移動のそれぞれにおいて、アルゴリズムの拡張が必要である。胴体の移動については、不完全な環境を移動するため、遊脚が接地脚になる時に、脚の可動範囲に余裕を持たせる必要があり、この余裕が偏らないように胴体の姿勢を変化させる必要がある。このためには、地面の斜度には追従し地面の凹凸に対しては反応しないような、制御が望ましい。これを、接地脚の関節角と胴体の傾斜角の情報から、地面の状態を推定して、制御を行う場合、得られる地面の状態が離散的であることと、地面の凹凸と斜度の情報が混じっているという2つの点が問題となる。この2つの問題を扱うのが[3]の提案である。[3]では、対地適応度というパラメータを定義し、過去の状態からこれを動的に変化させることにより、凹凸の量の変化に対しても対応している。遊脚の移動においては、脚が予定外に地面と衝突するのを避ける必要がある。これを実現するためのアルゴリズムの提案が[4]である。[4]では、[3]の対地適応度を利用して、遊脚の移動軌道を変化させている。

 以上の[2][3][4]の提案において、それぞれの手法の有用性はコンピュータシミュレーションによって示している。しかし、それぞれのシミュレーションでは、提案アルゴリズムはシミュレーション環境が誤差を含まないことを仮定し、シミュレーション環境は提案アルゴリズムの意図(接地脚と遊脚の切り替えるタイミングなど)を理解でき、提案アルゴリズムが無理な要求(例えば、接地脚同士が突っ張るような動き)をしないことを仮定しているなど、検証されている歩行アルゴリズムとシミュレーション環境との関係は、協調的である。ここで、より現実世界に近づけるために、シミュレーション環境に提案アルゴリズムが知らない誤差(例えば脚の関節角の読みとり誤差など)を付加すると、提案アルゴリズムはシミュレーション環境に対して無理な要求を出すようになる。このため、検証されている歩行アルゴリズムとシミュレーション環境との関係が協調的ではない、シミュレーション手法が必要となる。静歩行をする多脚型ロボットが不整地を移動する場合について、このようなシミュレーション環境を実現するための手法を[5]で提案している。これには、離散的なデジタルエレベーションマップを、連続的な地面として扱うための手法、検証されている歩行アルゴリズムの意図に関わらず遊脚・接地脚の切り替わりを判断する手法、静歩行をシミュレーションする際の重力を扱う手法、シミュレーション結果を3次元グラフィックで表示する際に表示の負荷を減らすためにロボットの影を地面に投影しない場合に接地脚・遊脚の区別をわかりやすくする手法、接地脚がお互いに突っ張るような動きをした場合の扱いなどが述べられている。

 以上の[1]〜[5]を基に、実機の設計制作を行った。この実機の運用を通して、コンピュータシミュレーションでは見つからなかった以下の問題が発生した。

 (1)脚にかかる荷重が偏り

 (2)重量の増加とトルク不足

 (3)配線の複雑化

 (4)脚の可動範囲の狭さ

 (5)斜面移動時のトルク不足

 [6]では、それぞれの問題に対しての解決策を示している。(1)に対しては、脚配置により各脚にかかる荷重の偏りの違いを明らかにし、脚配置の最適化を提案している。(2)に対しては、多脚型ロボットでは、遊脚に比べ接地脚のほうが必要トルクが大きいことを示し、同じ重量のロボットの場合に重量を胴体から脚に移すことにより、必要なトルクを減少させることを提案している。(3)に対しては、(2)に対する解決策も含める形で、各脚に分散してCPUを配置することを提案している。(4)に対しては、リニアアクチュエータを利用せず、関節を直接駆動することを提案している。この際、超音波モータを使用する利点を示している。(5)に対しては、脚の各関節に同等の能力が必要なことを示している。

 以上が本論文での提案の内容である。脚型ロボットの研究には、人間と同様な歩行の実現を目的とした研究、昆虫のように単純な回路で複雑な歩行パターンの生成を目的とした研究、噴火口など不整地を移動することを目的とした研究、より効率の良い歩行の実現を目的とした研究など様々な目的の研究があり、それぞれに独特なアプローチで、世界中の研究者が様々な提案を行っている。理論的な提案も多数あるが、目的も多数あるためか、個々の目的に特化した理論が多いように感じる。そのような中、ロボットの形態によらない汎用的な歩行アルゴリズムと、実機を制作する上でのハードウェア的な問題の両方を扱い、汎用的な歩行アルゴリズムを実機に適用するまでの各ステップが連続的に述べている本論文の意義は大きいと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「不整地を移動する多脚型ロボットに関する研究」と題し、月・惑星表面などの、未知不整地環境を探査する多脚型ロボットを実現することを目標として、それに必要な新しい歩行アルゴリズムを提案し、シミュレーションで実証を行ったものであって、全体で、7章よりなる。

 第1章は、序論である。本研究の背景として月・惑星探査の意義、それに必要な移動ロボットの特性、多脚型ロボットの一般的な特徴、月・惑星表面のクレータや斜面などの探査における多脚型ロボットの優位性を論じている。

 第2章は、「多脚型ロボット」と題し、ロボットの移動機構の中で、多脚型の特徴を論じ、従来の研究をサーベイして、不整地表面を移動する多脚型ロボットの問題点、従来解決されていない技術的課題につき述べている。従来発表されている多脚型ロボットは、その活動する環境と、ロボットのハードウェアの形態を規定し、その条件下に歩行アルゴリズムを検討している。これらの条件に依存しない、汎用的な歩行アルゴリズムの必要性について論じている。

 第3章は、「汎用歩行アルゴリズム」と題し、5本以上の脚を持つ多脚型ロボットに適用できる新たな汎用歩行アルゴリズムを提案している。提案されたアルゴリズムは、適用する多脚型ロボットの形態によらず有効なため、非常に抽象的なルールからなっており、ロボットの形状によらず適用可能であることを示している。また、本章後半では、具体性を持たせ多脚型ロボットモデルの例を定義し、それに提案したアルゴリズムを適用することにより、基本ルールの意味を具体的に示し、コンピュータ上でシミュレーションを行い、アルゴリズムの有用性を示している。

 第4章では、「歩行パラメータ」と題し、前章で提案した汎用歩行アルゴリズムに対して、ロボットの安定度、接地脚と遊脚の速度、胴体の動作、遊脚の動作などにつき、なめらかさ、安全性など、所謂、より優れた歩行を実現するために、アルゴリズムの中の変更可能な部分について、歩行への影響を、数学的・物理的な考察とシミュレーションを交えて論じている。これにより、提案した汎用アルゴリズムを具体的な多脚ロボットに適用する際の、最適化の指針を与えている。

 第5章では、「不整地面での胴体の移動」と題し、前章までに提案した、汎用歩行アルゴリズムを採用する多脚型ロボットにおいては、ロボット胴体の移動経路は任意に与えることができることを利用し、地面の傾斜度に合わせて、より走破性能が上がるように胴体姿勢を変更するアルゴリズムを提案している。特に、従来、一般的に採用されてきた、不整地を移動する場合に、胴体を常に水平に保つ手法は、歩行に有利でないことを指摘し、胴体の傾斜角を地面にできるだけ合わせる方が、安定性を増すことに着目し、新しい視点から、多脚型ロボットが不整地を移動する場合の、ロボット胴体の姿勢の制御手法を提案している。第3章で提案した汎用歩行アルゴリズムは、ロボット胴体の位置と姿勢を自由に与えることが可能なため、本手法を、汎用歩行アルゴリズムに組み込むことが容易に可能であることを論じている。

 第6章では、「ハードウェア検討」と題し、試作したロボットの設計と製作、それを用いた実用上の問題点の抽出、および、それを解決する対策の提案を行い、改良型ロボットの設計について論じている。

 第7章は、「まとめ」であり、得られた研究成果をとりまとめるとともに、今後の課題と展望に言及している。

 以上を要するに、本論文は、月・惑星表面などの未知不整地環境を探査する多脚型ロボットを対象とし、5本以上の任意の形状の脚型ロボットに適用可能な極めて汎用性の高い歩行アルゴリズムを提案し、従来困難とされていた不整地でのロボットの移動の可能性を大幅に拡大し、それを計算機シュミレーションによって検討し、その有効性を証明したもので、今後のロボット工学、制御工学の進展に貢献するところが少なくない。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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