学位論文要旨



No 115789
著者(漢字) 市村,重俊
著者(英字)
著者(カナ) イチムラ,シゲトシ
標題(和) 細孔モデルに基づいた多孔膜の構造および性能評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 115789
報告番号 甲15789
学位授与日 2001.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4833号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 講師 山口,猛央
内容要旨 要旨を表示する

1.研究背景と目的

 限外濾過法(ultrafiltration,UF)と精密濾過法(microfiltration,MF)は,化学工業だけでなく食品や医薬品分野においても、製品の分離・精製,さらには純水製造や廃水処理で欠かすことのできない技術となっている。反面、ファウリングによる性能劣化の問題等、膜分離法には克服すべき課題も多い。また、膜性能(透過性と選択性)は操作条件によって変化するため、正確な予測が可能となる透過モデルの確立の重要性も指摘されている。

 UFとMFはいずれも多孔膜を利用した膜分離法であり、一般には、UF膜の細孔径は2〜50nm、MF膜の細孔径は50nm〜数μmとされている。また、UFとMFでは異なる濾過理論により膜の性能解析が行われている。これは、主に濾過の対象物質によって濾過現象が変化するためである(本論文では、この濾過現象の違いをもとに、高分子溶液の濾過をUF、粒子懸濁液の濾過をMFと記す。)。一方、細孔径によらず多孔膜では、溶質と細孔のサイズの違いに基づいた篩い効果が選択性(阻止性)を決定する重要なメカニズムとして挙げられる。

 膜細孔による篩い効果を定量化した透過モデルとして細孔モデルが提案されている。すでに、UF膜の構造評価に利用した研究が報告されているが、MFへの適用が可能となれば多孔膜全般の性能予測においても有効な手段となる。しかしながら、モデルの定量性については十分な結論は得られていない。

 本研究では、UF膜およびMF膜レベルの多孔膜の濾過特性を検討し、構造および性能評価への細孔モデルの適用性を明らかにし、多孔膜全般の透過理論の確立に必要な知見を得ることを目的とする。

2.緒論

 濃度差と圧力差を膜透過の駆動力とする場合、体積フラックスJvと真の阻止率Rは、非平衡熱力学より以下の式で与えられる。

ここで、ΔPは膜両側の圧力差、Δπは浸透圧差である。Lp,σおよびPはそれぞれ純水透過係数、反射係数、溶質透過係数と呼ばれる輸送係数である。輸送係数は、操作条件に依存せず分離系によって一義的に決まるため、膜性能を表す指標として最も望ましいものとされている。しかしながら、多孔膜の細孔構造に関する情報は得ることができない。

 細孔モデルでは,膜細孔をキャピラリー状と仮定することによって、輸送係数を構造因子と関連付けることが可能となる。

ここで、Akは膜の開孔比、Δxは細孔長さ、D∞は拡散係数、ηは粘度である。また、SFとSDは立体障害因子、f(q)とg(q)は壁補正係数であり、これらはいずれも溶質半径rsと細孔半径rpの比(q)のみの関数である。細孔モデルは、膜の構造と性能を関連付けることができる唯一の透過モデルであるが、定量的な妥当性を明らかにすることによって初めて有効となる。そのため、濾過の対象物質の種類やサイズの影響等について検討する必要がある。ただし、懸濁粒子を対象とするMFにおいては、阻止特性評価に関する研究はほとんど行われておらず、評価法の確立と阻止メカニズムの解明が必要となる。

3.アルミニウム陽極酸化膜の限外濾過特性と細孔モデルによる解析

 UFにおける細孔モデルの妥当性を検証するため、半径20〜30nm程度の直円筒状の細孔が規則的に配列したアルミニウム陽極酸化膜(AIAO膜)を作製した。屈曲性の鎖状高分子であるDextranとPEGを溶質として濾過実験を行い、Rのフラックス依存性を測定した。さらに(2)式を用いてσとPを求めた。まず、σの実験結果と(4)式の理論値との比較を行い、モデルの定量性を明らかとした。また、従来の流体力学半径ではなく回転半径による溶質サイズの評価が妥当であることを示した。一方Pについては、(5)式の理論値、さらには拡散実験の結果との比較を行い、良好な一致が確認された。以上の結果より、UFにおいては、細孔モデルを用いた輸送係数の定量的な記述が可能であるとの結論が得られた。

4.多孔膜の限外濾過特性に対する細孔構造の影響

 多孔質ガラス膜(SPG膜)を利用し、複雑な構造を有する多孔膜への細孔モデルの適用性を検討した。ここでは、鎖状高分子であるDextranとPullulanを溶質とした。Rのフラックス依存性から、膜が二層構造を有することが示唆されたため、各層のσとPを二層モデルを仮定して求めた。まず、σを用いて各層の細孔径を評価した。水銀圧入法の測定結果との比較から、細孔モデルによる内部層の構造評価の妥当性が支持された。さらに、Pを解析することにより、既存の手法では困難な表面層の厚みが評価できることを示した。以上の結果から、濾過特性に対する細孔構造の影響は、細孔モデルに対して適当な構造パラメータを導入することにより定量化が可能であることを示した。

5.粒子懸濁液に対する多孔膜のデッドエンド精密濾過特性

 多孔膜の粒子阻止特性の評価法を確立するためには、細孔閉塞およびケーク層形成の抑制が必要となる。そこで、希薄な粒子懸濁液を利用した全濾過法による見かけの阻止率の測定法を提案した。その結果、様々な構造の膜に対して細孔径と粒子径に応じた粒子分画曲線が得られることが明らかとなった。一方、ポリメチルメタクリレート粒子とポリスチレン粒子では、阻止特性に違いが生じた。これは、篩い効果だけでなく、粒子の細孔への付着によって粒子が阻止されるためであることを、実験およびDLVO理論により明らかにした。さらに、比較的均一なキャピラリー状の細孔を有するTE-PC膜の阻止特性に対し、粒子の細孔内付着に起因する細孔閉塞モデルを提案し、見かけの阻止率の経時変化を予測することが可能になった。以上の結果から、希薄な粒子懸濁液を用いた阻止特性の評価法が、多孔膜の細孔径評価,さらには細孔閉塞(ファウリング)機構の推測に有効であるとの結論が得られた。

6.クロスフロー濾過法における精密濾過膜の粒子阻止特性

 ここでは、UFで対象とする高分子溶質と同程度の懸濁粒子(ポリスチレン粒子)を用い、クロスフロー濾過特性の定量化を試みた。実験では、キャピラリー状の細孔を有するTE-PC膜の見かけの阻止率が、操作圧力、膜面流速、電解質濃度(KCl)に応じて変化すること、また低電解質濃度においては細孔閉塞が生じにくいことが確認された。そこで、MFに対して初めて流速変化法を適用したところ、従来の無次元相関式に比べポリスチレン粒子が約100倍の物質移動係数を示すことが明らかとなった。さらに、見かけの阻止率のフラックス依存性を限外濾過理論(非平衡熱力学モデルと細孔モデル)により解析した。その結果、σの電解質濃度依存性が、粒子の細孔内への分配に対する静電的な影響によるものであることが示唆された。以上の結果から、MFにおいては、細孔モデルに対し粒子間および粒子-膜間の静電的な相互作用を考慮することによって、膜性能の定量化が可能になることを明らかにした。

7.本研究の総括

 細孔モデルは、多孔膜の構造と性能を関連付けることが可能となる唯一の透過モデルである。そこで、UFおよびMFに対する細孔モデルの適用性を主に実験的に検討した。高分子溶液を濾過対象とするUFにおいては、理想的な細孔構造を有する膜に対して、細孔モデルの定量性が確認された。さらに、複雑な構造を有する膜に対しては、適当な構造パラメータの導入により膜性能の定量化が可能になることを示した。一方、懸濁粒子を濾過対象とするMFにおいては、希薄懸濁液を用いることにより、様々な構造の膜に対して粒子分画曲線が得られること、またこの手法により、サブミクロン粒子の阻止メカニズムに関して有用な知見が得られることを明らかにした。さらに、クロスフロー濾過法により、MFに対してもUF理論の適用が可能であること、篩い効果にさらに静電的な効果を考慮することによって輸送係数の定量化が可能であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「細孔モデルに基づいた多孔膜の構造および性能評価に関する研究」と題し、限外濾過膜や精密濾過膜などの多孔性分離膜の細孔径、開孔比、膜厚などの構造因子と透過流束、溶質阻止性能などの性能とを関係付ける細孔モデルについて、モデルの妥当性を検討し、多孔膜の構造に基づく性能評価法を確立したもので、6章からなっている。

 第1章は緒論で、多孔膜の構造評価法、膜性能評価法、両者を結びつける細孔モデルについて既往の研究をまとめ、本研究の背景、目的および論文の構成を述べている。

 第2章では、まず20から30μmの均一な細孔径をもち、膜表面に垂直な直円筒状細孔となるアルミニウム陽極酸化膜をモデル膜として作製し、その構造因子をSEM写真や純水透過性能から測定している。溶質としては分子量1万から15万の水溶性高分子であるデキストランなどを用い、濾過実験および拡散実験を行い、透過流束、溶質阻止率、細孔中の溶質拡散係数を測定している。

 両者は細孔モデルで関連づけられるが、従来細孔径として使用されてきた高分子溶質を剛体球と仮定するストークス径を用いる場合には、透過性能から細孔モデルで推算した構造因子は実際の構造因子と一致しないことを明らかにしている。かわりに高分子ランダムコイルが水を含み、その水が高分子内を通過できると考えて導かれる回転半径を用いると、細孔モデルによる推算構造因子が実際に測定した構造因子とよく一致することを明らかにしている。

 第3章では、アルミニウム陽極酸化膜よりも構造が複雑な膜として、細孔断面はほぼ真円で、径も均一であるが、膜面に対し垂直な直円筒状ではなく曲がりくねっており、さらに細孔どうしの貫通も多数ある多孔質ガラス膜を対象に、その構造評価、透過実験を行い、やはりストークス径のかわりに回転半径を採用することで、実際の膜構造と性能との関係を細孔モデルでよく説明できることを明らかにしている。

 多孔質ガラス膜は表面近傍の細孔径が内部より大きな2層構造になっていることが知られているが、この点も2層構造に拡張した細孔モデルを用いることでよく説明できている。

 第4章では、多孔膜構造と透過性能との関係が細孔モデルによりどの程度大きな細孔一粒子系に対してまで適用可能かを検討することを目的として、精密濾過膜による粒子のデッドエンド濾過実験と粒子阻止性の解析を行っている。このような試みはこれまでに例がなかった。粒子の濾過ではこれまでは膜表面に粒子堆積層(ケーキ層)が形成され、細孔径よりも小さな粒子でも完全に阻止されてしまうとされてきた。実験事実もこのことを裏付けていた。本研究では、まず数ppmという非常に低い濃度で数100Paという非常に低い圧力、すなわち非常に低い透過流束を採用することにより、細孔径と粒子径で決まる一定の阻止率がケーキ層が形成される以前に一定時間得られることを初めて明らかにしている。

 得られた阻止率と膜構造因子の関係については、ほぼ電気的に中性なポリメチルメタクリレート粒子を対象とした場合には細孔モデルでよく説明できることを明らかにしている。しかし、負に荷電しているポリスチレン粒子の場合には、両者の関係は細孔モデルでは説明できず、静電気力の影響を考慮に入れる必要があることを指摘している。

 第5章では、64nmの小さな粒子を、細孔径0.2μmの精密濾過膜でクロスフロー濾過し、粒子径が小さくなると分子を分離対象とする限外濾過法と同様、膜面で濃度分極が生じることを明らかにしている。このため、細孔モデルによる構造因子に基づく性能評価のためには、濃度分極の補正が必要となる。そこで限外濾過法と同様に流速変化法により膜近傍の粒子の物質移動係数を求め、流速の1/3乗に比例するという関係は成立するが、層流における分子の物質移動に関する相関式から推算される値のほぼ100倍になることを明らかにしている。この物質移動係数を用いることで細孔モデルに基づき粒子のクロスフロー精密濾過性能と細孔構造関係を明らかにできることも明らかにしている。

 第6章は総括で、本論文の内容をまとめ、今後の課題を述べている。

 以上要するに、本論文は、細孔モデルを用いることで、限外濾過膜一分子系、精密濾過膜一粒子系いずれにおいても多孔膜の実際の構造と透過性能とを関連づけるごとができることを初めて明らかにしたもので、膜分離工学および化学システム工学に大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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