学位論文要旨



No 115790
著者(漢字) 宮地,寛登
著者(英字)
著者(カナ) ミヤチ,ヒロタカ
標題(和) DNA測定用マイクロデバイスの開発
標題(洋)
報告番号 115790
報告番号 甲15790
学位授与日 2001.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4834号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 宇都宮大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 助教授 油谷,浩幸
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

 今日の分子生物学の発展に伴い、ヒトをはじめとする様々な生物において遺伝子の機能や生物学的機構を解明する研究が進行している。このような背景から、膨大な数の遺伝子の機能解析などの研究を支えるツールとしてDNAアレイ技術が注目されている。DNAアレイはスライドガラスやシリコンの基板に、多数の異なる配列を持ったDNA分子を微小空間に整列させた高集積化DNAセンサーである。DNA分子はその塩基配列に遺伝情報を保存しているので、遺伝子解析にはその特有の塩基配列の検出が重要である。DNAは相補的塩基配列により目的の塩基配列を厳密に認識できる。DNAアレイはDNA分子がもつ特性を利用し、特定の分子(塩基配列)を一度に数多く解析する手段として有用である。しかし、遺伝子検出を行うには煩雑な操作、高度な技術、時間を要する。このため迅速かつ汎用性に富んだ遺伝子検出法の開発が切望されている。

 本研究はDNAハイブリダイゼーションを迅速化する方法を開発した。このためDNAアレイ表面の修飾、ターゲットの調製法、DNAがマイナスにチャージしている性質を利用した電場中でのハイブリダイゼーションについて検討した。

 本論文はDNA迅速測定用デバイスの開発に関するものであり、6章より構成した。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。

 第2章ではDNA検出を行う際問題となる固定化担体上へのDNAの非特異的な吸着を抑制することを目的とし、半導体作製技術であるプラズマ重合法を用いてプローブDNAを固定化できないか検討した。

 一般的にDNAを固定化する場合、担体として正に帯電している膜または表面をポリリジンでコ一ティングしたものが利用される。負電荷を持つDNAはこれらの担体に静電的に固定化される。しかし、DNAのリン酸基が負に帯電しているためプローブのみならずターゲットDNAも担体表面に非特異的に吸着する。これが原因でハイブリダイゼーション効率が低下するばかりでなく、吸着によるバックグラウンドの上昇で得られたデータの解釈が難しくなることがある。そこでプローブ周囲の環境を疎水性とすることによって担体表面への吸着を抑制できるのではないかと考えた。しかし、疎水性の担体表面にプローブを強固に固定化することは困難であるため、末端をビオチン標識したオリゴヌクレオチドをプローブとして用い、ストレプトアビジンと結合させて固定化する。このため、まずビオチンとの結合能を保持したままストレプトアビジンを疎水性膜に固定化する方法を検討した。

 その結果、疎水性プラズマ重合膜を成膜した担体にストレプトアビジンを吸着させ、そこに2層目のプラズマ重合を30から45A成膜させてもビオチンとの結合能が保持されることがわかった。なお、2層目のプラズマ重合膜が無い場合(OA)ストレプトアビジンが担体から剥離し、また、60から90Aの間で著しくビオチンとの結合能力が落ちることから、ストレプトアビジンはプラズマ重合膜の表面にビオチンとの結合部位を突出した状態で固定化されたと推定される。

 さらにこの手法を用いて作製したDNAアレイは膜の疎水性の性質により、既存のアレイと比較してバックグラウンドが低く抑えられることがわかり、洗浄時間の短縮化、S/N比の向上につながることがわかった。

 第3章では、標的DNA(ターゲット)を効率よく調製するために反応系を工夫している。一般的にゲノム上の特定の遺伝子領域をPCR(polymerase chain reaction)法を用いて増幅する。遺伝子増幅後のPCR産物は二本鎖DNAとして得られる。ところが二本鎖DNAを一本鎖プローブと結合させることは困難であり、またPCR産物を一本鎖としても一本鎖DNA内で自己相補鎖が生じることが要因となりハイブリダイゼーション効率に影響を与えると考えられる。そこで、標的DNAは、二本鎖DNAのうちプローブ結合部位を一本鎖となる片側突出端DNA(unilateral protruding DNA;UPD)とし、プローブ結合部位以外の部分は二本鎖DNAの構造をとるように設計することによって、標的DNAが自己相補鎖の形成を抑制し、構造の安定化を図った。

 そこで、RNA-DNAオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いPCR(polymerase chain reaction)を試みた。本反応は通常のPCR反応とは異なり、各熱サイクルでDNA polymeraseと逆転写反応(reverse transcriptase)活性を必要とする。このため高温でも安定に逆転写を行うことができるthermus thermophilus 由来 Tth DNA polymeraseを用いた。その結果、PCR産物は二本鎖DNAの片側がRNA:DNAハイブリッド構造になっており、この部分をRNaseHで消化することにより、UPDを構築することに成功した。このようにして作製したUPDをターゲットとし、モデルとして用いた微生物のゲノムDNAから食中毒関連病原性細菌の同定を試みた。その結果、表面プラズモン共鳴現象(SPR)法と第2章で示した手法により作製したDNAアレイを用いて配列特異的にDNAを検出することに成功した。

 第4章では、DNAアレイの表面状態がハイブリダイゼーションに与える影響を調べたのち、実際にヒトゲノムを用いてターゲットとなるUPDを作製し、SNP(single nucleotide polymorphism)タイピングができるか試みた。

 SNPは、ゲノムDNAに最も多く存在する一塩基の変異を持つ遺伝的多型である。遺伝的多型とは同一種内の遺伝的差異を指し、ヒトの個体間での病気に対する感受性や予防診断、薬剤反応性に関連する遺伝子を探索する際有用な多型マーカーとなるのではないかと考えられている。これまでDNAアレイを用いたSNPタイピング技術で確立されたものはない。

 本章では、第2章で開発した手法を用いて一塩基変異検出に必要とされるDNAアレイ表面の性質を検討した。ここでは2種類のプラズマ重合膜を用い、異なる性質を持つ表面を呈するようストレプトアビジン固定化担体を作製した。その後、ビオチン標識したプローブを固定化し、オリゴヌクレオチドをターゲットとして用いて表面の性質が一塩基変異検出に与える影響を調べた。

 その結果、アレイ表面が疎水性の場合、配列特異的にハイブリダイゼーションを検出できることがわかった。一方、表面が親水性の場合一塩基変異を見分けることができなかった。この結果からDNAアレイ表面を疎水性にすることによってS/N比が向上したのではないかと考えられた。

 さらに、ヒトのゲノムから第3章で示したようにUPD構造を持つターゲットDNAを作製し、apoE遺伝子のSNPタイピングができるか検討した。apoEには、それぞれ一つのアミノ酸残基の違いによりApoE2、E3、E4の3つの主要なアイソマーが存在することが知られている。この中でアポリポ蛋白E(ApoE)の対立遺伝子e4の頻度が、アルツハイマー病患者において高いことがしられており、ApoE4がアルツハイマー病の危険因子であると考えられている。また、これら3つのアイソマーの違いは、SNPで引き起こされることが知られている。

 プラズマ重合法を用いて作製したDNAアレイにヒト染色体を鋳型として調製したUPDをターゲットとしてハイブリダイズさせた結果、SNPタイピングが可能であることが明らかになった。

 第5章では、DNA検出用デバイスを設計し、一塩基の違いを持つオリゴヌクレオチドを電場中でハイブリダイゼーションさせて配列特異的な検出を迅速にできるか試みた。

 このため、白金電極上に第2章で示したようにプラズマ重合膜にストレプトアビジンを固定化し、そこにビオチン標識したプローブDNAを配置した。また電場中でターゲットDNAを移動させて遺伝子検出できるようキャピラリーを配置したデバイスを構築した。

 本デバイスを用いてDNAハイブリダイゼーションを行った結果、ターゲットDNAは電場中で電極上に存在するプローブDNAと短時間にハイブリダイズすることがわかった。これによりハイブリダイゼーションに必要な時間が大幅に短縮することができた。また、本デバイスを用いて配列特異的に一塩基変異も検出できることがわかった。これまでの手法ではハイブリダイゼーションに要する時間(〜18時間)を短縮することができなかったが、電場中でハイブリダイゼーションを行うことにより大幅に時間が短縮される(約30秒)ことがわかった。

 第6章は結論であり、本研究で得られた結果をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はDNA測定用マイクロデバイスの開発に関するものであり、6章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、半導体作製技術であるプラズマ重合法を用いたDNA固定化技術の開発について述べている。一般にDNA検出を行う際、DNAが固定化担体上へ非特異的に吸着することが問題であり、これが原因でハイブリダイゼーション効率が低下するばかりでなく、吸着によるバックグラウンドの上昇で得られたデータの解釈が難しくなる。そこで、プローブ周囲の環境を疎水性とすることで、DNAの担体表面への非特異的吸着を抑制することについて検討している。このため、ビオチンとの結合能を保持したままストレプトアビジンをプラズマ重合法により成膜した薄膜を用いて固定化する方法を試みている。その結果、疎水性プラズマ重合膜を成膜した担体にストレプトアビジンを吸着させ、そこに膜厚30から45Aの2層目のプラズマ重合を成膜することでビオチンとの結合能を保持したままストレプトアビジンを担体に固定化できることを明らかにしている。さらに、この技術を応用したDNAアレイの作製について述べている。この結果、作製したDNAアレイは疎水性の膜により既存のアレイと比較してバックグラウンドが低く抑えられることを示しており、これによりS/N比の向上につながると述べている。

 第3章では、標的DNA(ターゲット)を効率よく調製するための反応系を工夫している。ターゲットDNAは片側突出端DNA(unilateral protruding DNA;UPD)とし、プローブ結合部位以外の部分は二本鎖DNAの構造をとるように設計することによって、標的DNAの構造の安定化を図っている。このような構造を持つターゲットDNAをRNA-DNAオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いPCRを行っている。

 その結果、PCR産物は二本鎖DNAの片側がRNA:DNAハイブリッド構造を持つことを明らかにしている。またこの部分をRNase Hで消化することによってUPDを作製することに成功している。このようにして作製したHPDをターゲットとして用い、表面プラズモン共鳴現象(SPR)法と第2章で示した手法により作製したDNAアレイを用いて配列特異的にDNAを検出することに成功したことを明らかにしている。

 第4章では、DNAアレイの表面状態がハイブリダイゼーションに与える影響を調べたのち、ヒトゲノムを鋳型としてUPDを作製し、一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)のタイピングについて検討している。

 実験の結果、DNAアレイ表面を疎水性にすることによってS/N比が向上し、遺伝子配列特異的に検出できると述べている。さらに、第3章で述べた技術を用い、ヒトゲノムからUPD構造を持つターゲットDNAを作製してSNPのタイピングについて検討している。この結果、プラズマ重合法を用いて作製したDNAアレイを用いてSNPのタイピングが可能であることを明らかにしている。

 第5章では、電場中でのハイブリダイゼーションを用いることで、一塩基の違いを持つオリゴヌクレオチドを迅速で配列特異的に検出する技術について検討している。このため、白金電極上に第2章で述べた技術を用いストレプトアビジンを固定化し、そこにビオチン標識したプローブDNAを配置することでDNA検出用デバイスを設計している。またここで示されたデバイスは電場中でターゲットDNAを移動させて遺伝子検出できるようキャピラリーを配置した構造を有すると述べている。

 その結果、ターゲットDNAは電場中で電極上に存在するプローブDNAと短時間にハイブリダイズすることがわかり、ハイブリダイゼーションに必要な時間が大幅に短縮できると述べている。また、本デバイスを用いて配列特異的に一塩基変異も検出できることを確認している。

 第6章は結論であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめている。

 このように本論文では、DNA固定化技術の開発及び固定化担体表面の性質の改変、ターゲットDNAの調製法、DNAが負の電荷を持つ性質を利用した、電場中でのDNAハイブリダイゼーションについて検討している。これによりDNAハイブリダイゼーションを迅速にかつ、配列特異的に検出するDNA測定用マイクロデバイスの開発に成功している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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