学位論文要旨



No 115799
著者(漢字) 青柳,かおる
著者(英字)
著者(カナ) アオヤギ,カオル
標題(和) ファフルッディーン・ラーズィーの宇宙論
標題(洋)
報告番号 115799
報告番号 甲15799
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第317号
研究科 人文社会系研究科
専攻 アジア文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹下,政孝
 東京大学 助教授 柳橋,博之
 東京大学 助教授 市川,裕
 東京大学 教授 鎌田,繁
 桜美林大学 教授 中村,廣治郎
内容要旨 要旨を表示する

 イスラーム・スンナ派神学者、ファフルッディーン・ラーズィーFakhr al-DTnal-RazT(d.1209)の宇宙論、つまり現象界(物質界)と不可視界(霊界)という2つの世界の包括的議論にみられる哲学と神秘主義的要素を分析し、神学・哲学・神秘主義の折衷の様相を考察した。さらに、神学者ガザーリーAbu Hamid al-GhazalT(d.1111)の宇宙論と比較しながら、イスラーム思想史におけるラーズィーの宇宙論の特徴を明らかにした。

 ラーズィーの宇宙論においては、存在者分類に哲学の影響がみられた。ラーズィーは、現象界については、原子と偶有の合成である物体とし、従来の神学的原子論を採用しているが、不可視界については、位置を占めず、位置を占めるものに内在しない哲学的非物質的実体とした。さらにラーズィーは、2つの世界の具体的な内容について列挙し、それぞれが様々な階層を持つとする。

 次に、ラーズィーの神秘主義的宇宙論について、ミゥラージュ(預言者ムハンマドの天界飛翔の物語)解釈を中心に検討した。ラーズィーによれば、現象界と不可視界には相関関係があり、ファーティハ(コーランの開扉章)が2つの世界を結びつけている。ラーズィーは、人間霊魂の上昇を霊的ミゥラージュによって説明し、人間霊魂が現象界から不可視界を通して神に至るとした。さらにラーズィーは、ファーティハが唱えられる礼拝を神秘修行と解釈して霊魂の上昇について論じた。霊的ミゥラージュによって人間は上昇し、神に達し、神との合一に至る。ラーズィーは、神学的原子論と哲学的離在実体の融合した世界観の上に、神秘主義を取り込もうと試みた。

 ガザーリーは哲学の影響を受けており、流出論は批判したが、現象界とは次元の異なる霊的実体を、不可視界として自らの思想に取り入れた。しかし公式的立場である神学的議論においては原子論を採用し、議論が統一されていない。ガザーリーは神学的原子論の世界観と、哲学的存在者を取り入れた神秘主義的世界観を統合しようとはしなかった。ガザーリーの関心は、不可視界を存在者分類的に論じることではなく、霊魂上昇のための現象界と不可視界の相関関係であった。ガザーリーの神秘主義的宇宙論における思想潮流を統合していく方向には、神学は含まれず、神秘主義に哲学が部分的に取り込まれている。

 ラーズィーは、ガザーリーの神秘主義的宇宙論を、神学的議論に戻して再解釈することによって、神学・哲学・神秘主義を統合した。同時代のイブン・アラビーlbn al-`ArabT(d.1240)の存在一性論などにおいて、一層の思想的統合が始まった状況の中で、ラーズィーの宇宙論における存在者分類とミゥラージュ解釈は、神学の枠内で、可能な限り哲学と神秘主義を取り入れていく立場をあらわしていると言えよう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、12世紀後半のアシュアリー派の思想家であるファフルッディーン・ラーズィーの宇宙論、特に現象界と霊界(不可視界、天使、中間世界)という2つの世界全体についての包括的な議論を取り上げて、彼が、伝統的な神学の中にどのように哲学と神秘主義の思想を取り入れたかを考察し、ガザーリーやイブン・アラビーなどと比較することによってラーズィーのイスラム思想史に占める位置を明らかにしたものである。

 ラーズィーは、神の属性や創造の問題に関しては従来のアシュアリー派と同じく哲学者を批判している。しかし、宇宙論においては、アシュアリー派の原子論を現象世界に限定し、従来のアシュアリー派が認めなかった非物質的実体としての霊魂の世界の存在を肯定している点で、哲学の影響が明瞭にあらわれていることが本論文によって明らかにされた。次にラーズィーの主著である『コーラン注釈』にあらわれるミゥラージュ(預言者ムハンマドの天界飛翔)解釈を分析することによって、現象界と不可視界には相関関係があり、人間霊魂は現象界から不可視界を通して神に至るとされる部分などに神秘主義の強い影響が見られることが明らかにされた。

 宇宙論を現象界と霊界の存在論的議論に限定してしまったために、当然とりあげられるべきであった人間霊魂についての議論や天体論などが無視されており、ラーズィーの思想の全貌を明らかにするためには、残された課題は少なくない。しかし、従来のアシュアリー派神学の研究はガザーリーまでに集中しており、ガザーリー以降の神学の発展に関しては、まだ十分に研究されておらず、特に本論文の主題である、ラーズィーの哲学的側面を具体的に明らかにした研究や、ラーズィーの霊界に関する研究はほとんどないので、本論文はイスラム思想史学に対する貴重な貢献として、高く評価できる。以上の点から、本論文は博士(文学)の学位を授与するにふさわしい業績であると認められる。

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